魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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来訪者編
仕事を増やすな、と叫びたい


 ―――『灼熱と極光のハロウィン』

 

 横浜における大亜連合特殊部隊を主軸とした侵攻軍との戦闘。そして、鎮海軍港に大亜連合艦隊が集結していたこととウラジオストクから出港した艦隊―――慣例破りの大規模動員の根拠として衛星画像データ開示を外務省が行った。

 “3年前の復讐戦”という体での発表とまではいかなかったが、メディア関連はこぞって今回の大亜連合の動きに関して『沖縄防衛戦の報復ではないか?』と憶測混じりの論調が飛び交うほどだった。

 

 国防軍で使用された兵器については、日本政府より『我が国に対しての侵略行為と認められる案件であったため、積極的自衛権の行使として“戦略級魔法”を用いた』と公式の声明を発表した。

 無論、この事実について国内外から問い合わせが殺到したが、政府からは『魔法や魔法師の詳細については、国家重要機密に属するものであるために回答はできない』という一文を発しただけで、それ以上の言及を避けた。

 

 中には「国家公認の戦略級魔法師として名を挙げるべきだ」という論調もあったが、何もかも魔法ありきという考え方は反魔法主義を勢いづかせかねない。そこに一石を投じたのはFLT―――「トーラス・シルバー・プロジェクト」による魔法医療技術の発表であった。

 魔法治療も含めた医療技術の進歩は、いつの時代も重労働となる医療の現場からすれば歓迎ムードであった。一方、既得権益である病院幹部や医師会の役員は難色を示していたが、11月1日に施行された医療関連法案により、国家事業として魔法医療技術の研究が進められることとなり、大人しく認めざるを得なかった。

 同日、FLTが今回投入されたサイオンレーザー治療を非魔法師の患者に対して行った臨床試験の結果を公表。今までのレーザー治療と比較して完治率が2倍という結果に、トーラス・シルバーの名はCAD技術だけでなく非魔法師に恩恵を与える功績を打ち立てた。

 そこに加えて、各家電メーカーからのプレスという形で新型業務用家電「シルバー・ブライト」が発表された。基幹部品となる部分はFLTが担い、外枠などの設計や製品組立を家電メーカーが担う分業制を採用。FLTが日本きってのCADメーカーとして地位を向上させた形となった。

 

 西暦2095年11月2日。本来であれば魔法科高校の生徒も授業があるのだが、先日の大亜連合侵攻(プラス新ソ連の艦隊による経済水域侵入)により数日の臨時休校となっていた。

 非公認ではあるが、戦略級魔法師としての仕事を終えた悠元の次の仕事は……事後処理という名の面倒事であった。

 

「―――出征?」

「はい。表向きは講和条約を迫るための示威的行為、となります」

 

 東京の神楽坂家の別邸にて、悠元はこの国で唯一の戦略級魔法師である澪を出迎えた。本来なら、付き添いとして来ていた洋史も来ているのかと思ったが、澪は思うところがあって洋史の同伴を強く断った。その代わりとして、悠元は雫と姫梨に同席してもらうこととした。

 なお、深雪については週末に四葉本家へ赴くため、そちらに集中するように言い含めておいた。いくら『神将会』とはいえ、今すぐ政治的な案件に関わらせるつもりなどなかったからだ。

 

「暫くは東京を離れることになりそうで……悠元君と離れるのが嫌なのー! なんでそんな他人行儀なのよー!」

「……とうとう化けの皮が剥がれたか」

「えらく冷静な対応だね。相手は十師族で戦略級魔法師なのに」

「あ、あはは……」

 

 そんな風に言ってのけてしまう雫も大分神楽坂家の家風に染まってきたのかもしれないし、母親の強気な性格の影響かもしれないが……取り繕うのをやめた澪の様子を見て、姫梨も苦笑が漏れていた。

 何せ、公式には自力で歩けない筈の澪が、車椅子から飛び降りて悠元に抱き付いているのだ。これを見て何かがあったと察しないほうが無理、というものだろう。抱き付いて満足したのか、澪が大人しく車椅子に座ると、先ほどのような様子に戻っていた。

 

「ふう……それでですね」

「無理あり過ぎだろう。誰か、ハリセン持ってきて」

「やめて!? 折角成長してきた胸が縮んじゃう!?」

「悠元……」

「冗談だよ(ハリセンで頭叩いたら胸が縮むってどんな迷信なんだ、と言わざるを得ないが)」

 

 真面目な話をするはずだったが、いつしか話が脱線している。雫の言葉を聞いて、悠元も仕方ないと話を戻すことになった。悠元が澪に対して敬語を使わないのは、神楽坂家当主代行として接しているだけでなく、九校戦の時は周りに五輪家の使用人たちが待機していたことに起因する。

 いくら結界とはいえ、その時はまだ付け焼刃程度のレベルだったから、簡単な結界が限界であった。転生特典でその辺を超えられるとはいえ、根本的な理論を学ばないと応用すらできないのは困る……というのが、悠元の持論というかプライドに近いものだ。

 

「政府の発表を聞き、真っ先に心当たりとして浮かんだのは悠元君ぐらいだった。このことは父も勘付いているとは思うけれど、今の悠元君は十師族ではない上、その影響を受けることがないことも理解してる」

「成程。仮にそうであるとして、誰かに相談しますか?」

「流石に無理よ。私にとって……命の恩人を差し出したくないもの」

 

 澪の“恋する乙女”のような様相を見て、反応したのは雫と姫梨であった。これは、どの道自分たちと同じようなことになるであろう、とお互いに顔を見合わせて無言で頷いた。

 

「ちなみに、立ち寄るのは神楽坂家(うち)だけですか?」

「一度屋敷には戻るけれど、洋史を連れて七草家と三矢家には挨拶させてもらうことになるかな。七草家は一応婚約の絡みもあるから」

「婚約……七草先輩絡み?」

「正確には“候補”ってだけだとそこの人に聞いた……彼らが進展しないせいで俺にとばっちりが来ているのは否定できないが」

「私、そこの人じゃないもん!」

 

 立ち寄る家の順序を格の順番にしたのは好意が持てると思うことはさておき、今日は魔法科高校も臨時休校なので、真由美はおそらく在宅しているだろう。澪には予め真由美が今回の案件に殆ど関わっていないことを説明してある。

 

 実を言うと、三矢家経由で悠元に対しても七草家からの招待状は来ていたが、その返信は保留にしていた。理由は単純明快で、四葉家への対抗意識でこちらを貶めたことは未だに忘れていないからだ。

 ホワイトデーの時に七草家を訪れはしたが、その後も本来非公式であった克人との試合から実家を追及した件に加え、神楽坂家への養子の件でも異論を唱えたのだ。いくら三矢家が四葉家との友好関係を持っているからとはいえ、当主のエゴイズムからくる嫌がらせを好意的に見れたら、それは一種の天才だと評価したくなる……いや、ドが付くほどのマゾヒストかもしれない。

 

 立場的には同じ元「三」の数字を冠する人間だが、昔の恋をいつまでも引き摺っている性質の悪い妻子持ちの気持ちなど、悠元には到底理解できなかった。その辺は転生前に付き合っていた彼女を身内に奪われる形となったが、結果的には自分がその事実を受けいれた経験が大きく影響しているのだろう。

 昔の恋を引き摺って振り向かせようとする人間の気持ちを、昔の恋を引き摺らずに身を引いた人間が理解しようとすること自体難しい、という根本的な問題もあったりするが。

 

「分かってますよ、澪さん……先日放たれた戦略級魔法の片割れ―――新ソ連に対しての魔法攻撃は自分が行ったものです。皇宮警察・特務隊『神将会』として、国難を齎すであろう外敵を排除したまでです」

「……え? 『神将会』? はい?」

 

 悠元が言い放ったことに、澪は自身の処理能力が追い付かずに混乱していた。澪自身の予測が当たっていたことに加え、彼が『神将会』の人間であるという事実は彼女にとって衝撃的だったのだろう。

 

「悠元さん、五輪さんが混乱してますよ?」

「彼女だって国家公認の戦略級魔法師なんだがなあ……女性の戦略級魔法師って魔法以外ポンコツになる傾向でもあるのか?」

 

 悠元がそう述べた理由は、同じ女性の戦略級魔法師であるアンジー・シリウスのことだった。数年前、剛三が“道場破り”と公言してUSNAの軍事基地に堂々と乗り込んだ時のことだ。

 悠元は止む無く剛三を探しにビルの中を歩いていた。その当時は気配を偽る歩き方を会得していない頃だったため、軍人に捕捉されるのは致し方ないことだった。それだけならばまだよかったのかもしれないが、剛三が入っていった場所の先にあったのは、本来魔法練習用の秘密演習場だったのだ……それも『スターズ』専用の演習場にだ。

 

「―――殺気!?」

 

 それに気付いて慌てて仮面(魔法師での戦闘を想定して、身バレを防ぐためのもの)を被って床を踏み抜いて下の階に到達すると、魔法と思しきものによる衝撃波だったため、慌てて『ファランクス』で防御した。衝撃波が収まって踏み抜いてきた穴の先に見えるのは、綺麗な青空とCADを構えてこちらを見ている戦闘服姿の人物だった。

 

「何者ですか。速やかに投降しなさい!」

「……」

 

 威力こそ抑えられていたが、間違いなく戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』であるという「天神の眼」の解析データを得た……そして、()()はこちらに投降の意思がないと見るや、再び魔法の発動準備に入った。その起動式は―――紛れもなく『ヘビィ・メタル・バースト』であった。

 

「いくら演習場とはいえ、対人戦闘に問答無用で戦略級魔法を放つ奴が……ここにいたか、このポンコツ魔法師が!」

 

 定義破綻を起こさせるため、悠元が取った手段は―――強烈な重力で全てを押し潰す天神魔法『劫地破鎚(ごうちはつい)』を発動させて『ヘビィ・メタル・バースト』の事象干渉力を喰らい、辛うじて残っていたビルの原型を全て押しつぶした。これによって足場を失った形のアンジー・シリウスは、地面に墜落して気絶する羽目となった。

 

 閑話休題。

 

「それはないと思うけど、心当たりがあるの?」

世界最強(笑)(せかいさいきょう)と名高いスターズの現総隊長、アンジー・シリウス。彼女は澪さんよりもポンコツぶりが酷いからな」

「会ったことがあるんですか?」

「数年前にな。出合頭に戦略級魔法撃たれたから、足場無くして気絶させた」

 

 悠元の言葉を信じるのなら、数年前の時点で世界最強クラスの魔法師―――戦略級魔法師を破ったという事実が存在することになる。戦略級魔法を撃たれても生き残っただけでも驚きなのに、その人物に勝ったという事実は澪を驚かせていた。

 

「あの、悠元君……どうやって渡航したんですか?」

「うちの爺さんが見識を広める目的で国外に連れ出したからな。勿論普通に国際便の飛行機を使った。この国の政府ごときで爺さんや母上は止められないよ」

 

 そもそも、魔法師の管理が厳しくなったのは、魔法という存在は国益と直結しうるからだという思想が、群発戦争を通して世界中に浸透した影響である。それより以前に、『護人』としての立場である面々に今上天皇以外の拘束力は意味を成さない。

 いくら親戚だからと言っても、その魔法力が十全に引き継がれるわけではない。血縁が魔法師の証左だと安直に考える人もいるだろうが、そんなことが起こりうるのだったら、世界中の殆どの人間が魔法師になっても不思議ではないと思う。

 

 話が逸れた。

 当時は三矢の姓を名乗っていなかったし、魔法師としての実績は証拠隠滅するか周囲の身内に被せていた。なので、国際便の手配は問題なかったし、剛三に至っては監視していた公安の捜査官を物陰で“説得”して黙らせていた。

 

 今だから話すが、剛三の大規模魔法行使が1回で済んだこと自体奇跡だと思う。そもそも、カーボンナノチューブに材質変化させた木刀を100本以上分身させて降らせている時点で、それ自体戦略級魔法だろう。

 彼に物を持たせたら、全てのものは凶器と化す……本来武器にならないであろう豆腐をはじめとする柔らかい物であってもだ。一例を挙げると、買ったばかりのハンバーガーを偶然遭遇したひったくりに投げつけた結果、ひったくりは全身複雑骨折となっていた。

 砂を握って投げればショットガン同然、トマトを投げつけてのヘッドショットでテロリストの頭部破裂、大の大人でも制御できない闘牛を片手で抑え込み、釣竿で潜水艦を釣り上げる……これだけでも、剛三がやってのけたことの“氷山の一角”でしかないし、闘牛が癒し枠になるという現実である。

 

 もっと驚いたのは、伝統あるイギリス王室やかのローマ法王ですら剛三に頭を下げたことである。達也以上に剛三が「なろう系主人公」やっているような気がすることには……考えるのを止めた悠元だった。

 

 澪が帰るのを見送ると、悠元は一息吐いた上で手元にあるベルを鳴らす。

 すると、姿を見せたのは本屋敷にいるはずの忠成であった。

 

「悠元様、お呼びでしょうか?」

「てっきり別の使用人が来ると思っていましたが……この手紙を七草家に届けてください。それと、車の準備をお願いします」

「分かりました」

 

 忠成は悠元の意図を察しつつ、手紙を受け取ると速やかに部屋を去って行った。入れ違いとなる形で姿を見せた雫と姫梨が悠元に問いかけた。

 

「悠元、出掛けるの?」

「七草家にな。先輩も口は堅いが、相手はそれ以上の“狸”だ。それと……四葉家の件で探りを入れていた釘差しをしとかないといけなくなった」

「いつ気付いたのですか?」

「実は、あの家のボディーガードの一人に式神を忍ばせていたんだが、そこから得た情報だ」

 

 厳密に言えば、七草家が雇っている名倉(なぐら)という人物が、四葉家に対して探りを入れていることに気付いた。

 自分の場合は、三矢家が国防軍と関わりを持っていることから、仮に深く探られても肝心な部分を見られない限りは痛くならない。だが、四葉家が独立魔装大隊と接触している情報から、達也のことを掴んでくるのも時間の問題だろう。

 

「神楽坂家が四葉家のスポンサーの一角を担う以上、余計な諍いは御免被りたいが……深雪が七草家を凍らせたい、などと言っていた気持ちが少しは理解できる」

「今の深雪がそんなことしたら、綺麗な氷の柱ができそうだね」

「『神将会』において、潜在能力は悠元さんの次に位置しますからね……同伴はどうします?」

「相手が相手だから、探られる部分は浅いほうがいいだろうな。二人は留守番を頼む。七草家には俺一人でいい」

 

 そう言って悠元は私室に移動すると、少し着崩したような灰色のシャツに黒のスーツを身に纏う。この格好は神将会の公的な制服と言ってもいい。尤も、格式高い儀式となればネクタイまで身に着けるが、今回の訪問相手にそのような礼儀など不要と考えていた。

 なお、その恰好を見た二人に色々写真を撮られたのは言うまでもない。

 

「……深雪、ご機嫌だな」

「ふえっ!? そ、そんなことは……あったりなかったりしますかもしれません」

 

 その写真は雫を通して深雪にも送られ、達也からの問いかけに対して意味不明な日本語の返答になるほどであった。

 

 




 元のエピソード自体が来訪者編に係る形なので、こちらに含めました。
 ここから先は原作との変化点が多くなるため、後書きで注釈を入れることが多くなるので、ご了承下さい。

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