南アメリカ連邦共和国。通称はSSAもしくは南米連邦と呼称されるようになったこの国の歴史は浅い。
2年前―――西暦2093年に地方政府による小規模のゲリラ戦が勃発し、前身となるブラジル政府が対応した折、他国の魔法師を巻き込んだ。それを知った人物が地方政府に乗り込んで『対話』をすることになり、1ヶ月もせずに各地方政府が降伏。大規模な軍事衝突にまで発展しなかったのは、USNAという強大な勢力を誰しもが無視できない現実を理解していたからだ。
ブラジリアにて開かれた講和会議で、ブラジル政府を主体とした連邦共和制が全会一致で可決。その後、選挙の結果によって旧ブラジル連邦共和国出身の南米連邦初代大統領ディアッカ・ブレスティーロが誕生した。
第三次大戦前に存在していた南米の国が合従し、大勢力となっているUSNAに対抗するための基盤が完成。大統領に就任したディアッカの初めての仕事は、この功績を成した人物に対しての恩賞だった。
とはいえ、他国の魔法師の力を借りたとなれば国際問題になりかねないことに加え、襲撃された魔法師は未成年ということもあり、彼に対しては勲章の授与だけに止めた。その代わり、もう一人の功労者である上泉剛三を南米連邦の英雄として盛大に歓待し、メディアでも大きく取り上げさせた。
西暦2095年10月31日の正午頃(日本時間では同日の深夜)。
南米連邦首都:ブラジリアにある大統領府の一室で、偉丈夫な金髪の男性が書類を相手に睨めっこの様な様相を呈していた。そろそろ執務を切り上げようとした男性―――連邦共和国大統領ディアッカ・ブレスティーロの元に、秘書官が駆け込むようにして執務室に飛び込んできた。
「し、失礼します! 大統領閣下、緊急の報告が日本の大使館より入りました!」
「日本の? ……報告を聞くから、少し落ち着いてくれたまえ」
「は、はい……」
秘書官の言葉を聞いて再び椅子に座るディアッカだが、急かす様なことはしなかった。ブラジル時代のゲリラ戦で巻き込まれた経験により、多少の事態でも落ち着いて行動できるようになっていた。そもそも、その後のごたごたが大変であったのは言うまでもないが。
秘書官はディアッカの言葉を受け取り、息を整えたところで踵を正して報告を始めた。
「大亜連合と思しきテロ部隊が横浜へと侵攻しましたが、日本側の人的被害はほぼなかったとのこと。輸送艦に偽装した敵揚陸艦は国防軍の魔法師部隊によって撃沈したとのことです。そして……」
大亜連合に対しての先制攻撃で、日本側が戦略級魔法を使用。鎮海軍港は“消滅”した。その攻撃で大亜連合の戦略級魔法師が死亡したという情報も流れてきているが、真偽は不明という報告も伝えられた。
その情報に加えて、佐渡島に侵攻しようとしていた“国籍不明”の艦隊が別の戦略級魔法によって消え去ったという情報も齎された。
ディアッカとしては、太平洋を挟んだ向こう側の出来事なので、それがすぐにこちらに対しての脅威となる可能性は極めて低いと感じていた。そうでなければこのような情報など直ぐに入手できるはずもない。
「そうか……大使館に情報を寄越した提供元は?」
「上泉家とのことです」
その名を聞いて、ディアッカは少し思い耽った。この国が成る為の礎を作ってくれた人間によるこのお節介をどう捉えるかによって、この国の今後を左右しかねない……彼はそう感じていた。
少しの沈黙の後、ディアッカはゆっくりと……そしてしっかりとした声を発した。
「その戦略級魔法の如何はともかくとして、地方に目を光らせておけ。反魔法主義の連中が息を吹き返すやもしれぬからな。経済政策の立案と予算編成を出来る限り急ぐように頼む」
「は、はい。それと、USNAからこちらに対して問い合わせがありましたが、如何なさいますか?」
秘書官からの言葉に気が早い、とディアッカは内心で呟いた。こちらとて日本の戦略級魔法師の存在など剛三や公的になっている五輪澪以外に知らない。剛三と共にいた彼ならば……という可能性も捨てきれないが、憶測で語る危険ほど怖いものはない。
(やれやれ、剛三殿と頻繁に連絡しているわけでもないというのに、北の連中は疑心暗鬼の塊だな。いや……世界の覇権を握りたい欲求でも再発したのか。現大統領の祖先が脱却した道を戻すなど、軋轢が生じるだけだというのに……)
ようやく一つとなった南米連邦でも問題がないわけではない。難民の問題は徐々に解決しつつあるが、経済問題などの喫緊的な課題が多い。
だが、そこに手を差し伸べてくれたのは日本や東南アジア同盟、インド・ペルシア連邦、アラブ同盟といった大国からの脅威を感じる者たち。表向きの同盟というよりは非魔法分野での経済協力の範疇だが、それでも成立したばかりの国にとってはありがたい話だった。
USNAとは軍事的な同盟の話も模索されているが、戦略級魔法師がいるとはいえ軍事バランス的に弱い現状で同盟を結べば、確実にUSNAに取り込まれる公算が大きい。『シンクロライナー・フュージョン』の魔法提供をしろ、などと無茶な要求をしてくることも可能性の一つして考えられる。
「にしても、USNAからか……大統領府か? それとも
「いえ、それがNSAのエドワード・クラークを名乗る人物からの問い合わせでして」
NSA―――北アメリカ合衆国国家科学局。USNAの政府機関の一つで、魔法技術や科学技術の研究を行っている機関―――というのが、表向きに開示されている方便だということはディアッカも勘付いている。
そして、エドワード・クラークという人物は情報システムの専門家ということも人伝に聞いたことがあった。加えて熱心な愛国主義者ということもだ。その人物が態々こちらに問い合わせてきた意図をディアッカは冷静に分析した。
「政府高官ならばともかく、素性がハッキリしない人間に話すものなど持ち合わせていないのだが……少し待つように言ってくれるか? こちらも政務故に今すぐ手を離せないのでな」
「は、はい!」
もしかすると、その当該人物がこちらに入った日本の情報を“傍受”した可能性をディアッカは考慮した。もしそうだとすれば、エドワード・クラークという人物がUSNAの関係者とはいえ、彼を真っ先に安全だと判断するのは早計だろう。
ディアッカは手元にある通信端末を起動し、通信を繋げるように指示。
すると、その人物―――エドワード・クラークなる人間の姿がモニターに表示された。
『初めまして、ブレスティーロ大統領閣下。USNA国家科学局のエドワード・クラークと申します。突然のご連絡をしてしまい、大変申し訳ありません』
「連邦共和国大統領、ディアッカ・ブレスティーロです。それでクラーク殿、秘書官から問い合わせの要件だと聞き及んでいますが、一体何をお聞きしたいのでしょう?」
謙った様な言い方をしているが、ディアッカの目にはエドワードが心の底から誠意を見せているようにはとても見えなかった。ともあれ、サッサと用件を済ませてほしいという思いを込めつつエドワードの言葉を促した。
『日本と大亜連合における戦闘のことです。こちらの調べでは恐らく戦略級魔法ではないかという推測を得ましたが、そちらでも何か掴んでいないかと思い、問い合わせした次第です』
「我々の情報収集能力はそちらに劣ってしまうことなどご存知でしょう。そもそも、貴方が政府機関の人間とはいえ、USNA政府の許可は得ているのですか?」
『…ええ、無論ですとも』
ディアッカの言葉は、自国に対する自嘲とともにUSNAに対しての皮肉でもあった。魔法技術の発展具合から見ても、一日の長があるUSNAにはどうしても勝てないであろう。
エドワードからの答えに一瞬の間があったことをディアッカは見逃さなかった。とはいえ、それを問い詰めることもなく、ディアッカはエドワードの問い合わせの真意を見極めるように話を進めていく。
「我々も日本の大使館を通してではありますが、信頼できる筋より情報は得ております。大方、そちらが予測なされている範疇での話になるでしょう」
『閣下は戦略級魔法について心当たりがおありですか?』
「クラーク殿、私は政治家であって魔法師ではありません。なので、今回使われたであろう魔法の詮索については門外漢です。ましてや、その魔法師の心当たりなど皆無に等しいですからな」
これは別に事実の隠蔽ではなく、ディアッカの立場も含めた本心の言葉。戦略級魔法師なら剛三を知っているが、これは彼の仕業だとは到底思えなかった。
地方政府に対しての乗り込みも偶然直に見ていたが、彼は極力魔法を使わないことを流儀としている。その彼が持っているであろう戦略級魔法など見たことはないが……ディアッカの政治家としての勘がそう物語っていた。
そもそも、向こうの親切から顛末を知った側からすれば、恩を仇で売るような真似などディアッカの思考には一切含まれていなかった。
「それで、まだお聞きしたいことがおありでしょうか?」
『連邦共和国として、どう動かれるのでしょうか?』
「それは政府がやるべきことであり、一研究者がしていい質問ではありませんよね? ……午後からも予定が立て込んでおりますので、それでは……もしもし、大統領閣下。このような時間に大変恐縮ですが、実は先ほど―――」
強引に話を打ち切る形で通信を切ると、ディアッカはそのまま別の場所に通信を繋げた。政府機関の研究者と政府の人間とでは、そもそも会話を成立させるための前提条件が異なる。こればかりはエドワード・クラークの失策でもあった。
それ以上に、ディアッカ・ブレスティーロという政治家はまだ35歳ながらも経験が豊富な人間。その要因となっていたのは、上泉剛三という存在に加えて彼が連れていた1人の少年との出会いだった。
彼らの案内役で一生分の経験をしたといっても過言ではないぐらいに、ディアッカの経験は濃密だった。尤も、それを言われて信じ切れる人間の数が少ないのは言うまでもないだろうが。
◇ ◇ ◇
ところ変わって、箱根の神楽坂家本屋敷。
大広間にて、上座に座って扇子を器用に指で回している千姫は、彼女の眼前にいる男性―――八雲から報告を受けていた。
「当主の予測通り、達也君の『マテリアル・バースト』、そして悠元君の『スターライトブレイカー』によって大亜連合と新ソ連の部隊は消滅。大亜連合に至っては戦略級魔法師が死亡したと判断できる内容に至りました」
「ご苦労様です……と言いたいところですが、諸外国の動きは?」
千姫は予め政府に対して、今回の一件は上泉家と神楽坂家の認可を受けた対応であるため、戦略級魔法の使用については認めるものの、魔法や魔法師の詳細については“国家重要機密”に準ずるため非公表とする旨を今上天皇の承認を得た上で通告した。
これを受けて、政府は戦略級魔法の使用を明言はしたが、それはあくまでも大亜連合や国籍不明の勢力に対しての“積極的自衛権の行使”であることも国内外に向けて発信した。
公にされている『
つまり、神楽坂家現当主である千姫も国家非公認の戦略級魔法師同様の存在となる。
「USNAは早速政府に対して問い合わせをしているようですが……達也君の魔法を『グレート・ボム』、悠元君のものに至っては『シャイニング・バスター』と仮称しているそうで」
「二人の魔法は現代魔法で再現可能な領域を超えてしまっていますからね。にしても、横浜の時は軍事協力すら申し出なかったのが“同盟国”とは……義兄様は何か言っておられましたか?」
いくら軍事的な同盟を結んでいるとはいえ、戦略級魔法は国家においての“切り札”。それを簡単に教えることなどできない。
そもそも、初動というか対処があまりにも手際が良すぎたがために、在日米軍が動くことなどないという結果に収まった。これをUSNAがどう見るかなど、向こうの勝手でしかない。
魔法協会は核兵器に対しての強い権限を持ち合わせているが、魔法師を統括するための組織的な権限を持ち合わせていない。文言上は協会に対する義務を謳っていても、それに対する法的根拠がない。あくまでも互助組織の領域を超えない程度の権限しか持ちえていないのだ。
新ソ連のウラジオストクの破壊は軍港部のみの破壊だけであり、市街地や民間の港湾施設の被害は一切出ていない。それにも拘らず、大使館経由で抗議が入ったらしい。ただ、その翌日には“国籍不明”の艦隊が新ソ連の部隊であることを明かすと、その抗議は完全になりを潜めたが。
「そうですな……拙僧と話をした際は特に目立ったことを言っていませんでしたが、怒りを滲ませておられました。ひとまず抑えてくれましたが、これで大亜連合側がさらに動けば、剛三殿の雷が間違いなく落ちますな。例の揚陸艦に関してですが、どうやらオーストラリアからの払下げだったようです」
達也の『マテリアル・バースト』で消滅した大亜連合の偽装揚陸艦のことだが、船籍データなどから三矢家の協力を得て情報の洗い出しを行ったところ、イギリス海軍の旧式艦を改造したものだということが判明した。
イギリスからオーストラリアに払い下げられた後、オーストラリアで輸送艦に偽装改造を受けて大亜連合に売り払われた形だ。“鎖国”状態のあの国がどの面下げてのうのうとしているのか……千姫は愚痴りたくなるような心境だった。
「オーストラリア……イギリス連邦絡みでマクロードの阿呆も一枚噛んでいそうね。私に負けた腹いせで事を起こしたのかしら。コントラチェンコも義兄様に負けたことを兵士に叩き込めって話よ。もっと許せないのは再び“正義の味方”を僭称したげなあの国だけれど」
「当事者でない限り、その恐怖を実感するのは難しいですからな。尤も、そうなってからでは遅いことなど歴史が示している、と述べたくなります」
魔法師の管理で国外への移動が厳しくなかった頃、千姫は『護人』の素性を隠して頻繁に欧米を訪問していた。彼女はその過程で戦略級魔法師であるウィリアム・マクロードと面識を得ており、彼との力比べでは難なく勝利していた。
約30年前の話なので、今となっては雲泥の差が生じるだろう。だが、千姫にとって彼との勝負など興味なし、と言わんばかりの様相を見せていた。
「脅威となる力を無視できない、という気持ちは理解できなくもないけれど……それで『スターズ』なんか持ち出したら、軍はおろかUSNA政府上層部の首がまるでゲームの如く飛んで行くわ」
「仰る通りで」
千姫がそう述べた理由の一つは次期当主である悠元の存在だ。彼はアンジー・シリウスの戦略級魔法を使用することができる―――つまり、“彼女”の魔法の弱点や対抗策をいくらでも立てることができる上、彼の使う『ヘビィ・メタル・バースト』はその弱点を完全に潰した上位互換版の戦略級魔法。
これから起きうる事象が単に『スターズ』だけではないとしたら、最早USNAという国自体が巨大な
「USNAといえば、かの九島将軍とは同い年と聞き及んでおりますが」
「……烈が余計なことをしてくれたのよ。魔法師としての才能は、間違いなく
「いえ、『九』の名を継いだ拙僧も初耳ですな」
烈の実弟である
表向きは国外派遣という体だが、事実上の国外追放となった経緯の詳細を知っているのは、当事者以外では剛三と千姫だけであった。九島家で生み出された『
「それを知っていたからこそ、三矢家を同じ目に遭わせるわけにはいかないと判断した、というわけですな?」
「ええ。健本人には国内に留まるように引き止めたのだけれど、やはり本人にとってもUSNAという現代魔法発祥の地に対する好奇心を抑えられなかったのよ……結果として、九島家は歪んでしまったわ」
才ある者を家の外に出してしまった結果、九島家が歪んでしまったのは言うまでもなく、その果てに生み出されたものは……剛三ですら怒りを通り越していた。だからこそ、個人的な付き合いは続けているものの、余計な手出しをしないことに決めていた。
「烈には『人の歪みをどうこう言っている暇があるのなら、己の歪みを正せ』と言ったのにね……八雲、神楽坂家当主として命令いたします。司波兄妹をそれとなく気に掛けておいてください。手出しの範囲はお任せいたします。それと、もし健の孫娘が関わってくるようなら、私自ら出ます」
千姫は、当主となっても魔法の研鑽自体は一切止めていない。自らの力の研鑽に終わりなどなく、彼女は『月読』の単独発動が出来るように鍛錬を積んでいた。その夢は次期当主に先を越されたが、女としての美しさを維持するために魔法の鍛錬は続けている。
長年の魔法力の制御訓練により、この国において……いや、世界最強クラスの魔法師の一角を彼女が担っている。その彼女が出るという意味を察しつつ、千姫の命を受けた八雲は姿勢を正した上で平伏し、命令受諾の意を礼で示したのだった。
珍しくの連投。ちょっとした裏話的な感じです。
烈の弟の資料が殆どないため、かなり盛っていることは否定しません。
次回は九島家の部分を少しやって、来訪者編の本枠に入る予定。