魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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分の悪すぎる賭け

―――西暦2095年11月6日。

 

 九島(くどう)光宣(みのる)。九島烈の孫であり、九島家で生み出された魔法の全てを会得した天才。同年代の十師族において指折りの実力を持つことは、かつて世界最巧の魔法師と言われた烈も高く評価していた。

 そんな彼は自室のベッドで大人しくタブレット型端末に目を通していた。端末にはFLTの公式発表文が表示されており、それを見つめながら思案していた。

 

(この国から放たれた2発の戦略級魔法。一つは対馬方面から感じたけれど、もう一発の兆候が全く感じられなかった。恐らく、かなり高いレベルの想子制御を行っていた……凄いな)

 

 思わず内心で賞賛の言葉が出るほどに、光宣の関心はその戦略級魔法に向けられていた。親戚に国防軍の人間がいるとはいえ、戦略級魔法自体が極めて厳しいセキュリティーを掛けられている以上、知ることは難しいだろう。

 そもそも、それを知ったところで今の光宣に行使できるほどの力がない。いや、発動自体出来たとしても、一発限りの大技となることは光宣も承知していた。

 すると、扉が開いて姿を見せたのは、光宣にとって親戚である響子だった。

 

「光宣君、今日は大丈夫なの?」

「はい。最近は大分安定しています」

「それはいいけれど、あまり無理をしないでね」

 

 肉体的には特に異常がなく、医学的に見ても健康体である光宣だが、原因不明の病弱体質によって、1年のうち約4分の1はベッドで過ごすことを強いられている状況だ。才能はあるのに、それを十全に発揮できないことを響子は痛ましく思っていた。

 長生きしてほしいと願う響子や烈に対し、光宣は()()()魔法師としての生を全うしたいという思いがある。なまじ才能があるが故に諦められない……すると、響子は光宣が見ていた端末の記事に目を見開いた。

 

「ところで、それはサイオンレーザー治療の記事かしら?」

「あ、はい。……正直なところ、こういった魔法の使い方なんて僕は考えもしていなかったので。それもあの[トーラス・シルバー]が見出したとなれば、この状況を打破できるカギになるのかな、と」

「……そうね。そうなるといいわね」

 

 響子は[トーラス・シルバー]である二人の人物を知っている。だが、その二人がこの国にとってなくてはならない存在であり、二人とも(元)十師族の戦略級魔法師という常識外れの素性を持っている。

 彼らとは知り合いだが、この考案者はその片方であると響子は睨んでいる。とはいえ、九島家の先代・今代当主に対して彼の持っている感情は決して良くない。

 

 彼―――三矢(現姓:神楽坂)悠元の実力は、現代魔法・古式魔法の両方に精通しており、上泉家と神楽坂家の血脈を受け継いだ三矢家においての“天才”。彼も光宣と似たような原因不明の病弱であったが、現在では健常者と変わらぬ状態でありつつ、魔法も十全に使うことができる。

 彼を治した方法が分かれば、光宣もその方法で治せるのでは……という響子の思いを汲み取ったのかどうかまでは分からないが、光宣は苦笑を浮かべていた。

 

「響子姉さん、顔に出てるよ」

「え、ああ、ごめんなさい……」

 

 光宣と響子は、家系的に言えば“従姉弟”の間柄にあたる。尤も、光宣の生まれた素性を知っている人間はごく僅かに限られている。響子も光宣の素性を知っているからこそ、姉と呼ぶことを受け入れていた。

 だが、彼は知らない……いや、いずれ彼は誰から聞くこともなく、自らその答えに至るのかもしれない。彼の異常なまでの魔法センスは、最早理解の範疇を超えつつあると考えていたところで、光宣は端末に届いたメールに目を通していた。

 

「よかった、彼も無事だったのか……」

「悠元君から?」

「ええ。九校戦で一条の御曹司に勝つというだけでも凄いのに、現代魔法と古式魔法の複合術式は僕でも至っていない領域ですから、心配はしていなかったのですが……事後処理でメールが返せなかったと書いてます」

 

 光宣と悠元はお互いに面識がある。悠元が「長野佑都」を名乗っている頃、烈を介する形でお互いに知り合った。

 その時に感じた悠元の第一印象は、「まるで底が見えない」という抽象的な感想だった。それが光宣にとってどう解釈すればいいのか……今まで自分の体質以外で悩んできたことのない彼にとって、悠元との出会いが新鮮な体験だったのは間違いなかった。

 

「悠元君が十師族でなくなったのは、僕から見れば『当然の帰結』だと思いました。父は彼を引き込みたいようなことを言っていましたが、それを三矢殿が許すはずなどありません。ましてや、彼の祖父はあの英雄こと上泉殿です。いくら祖父と知己とはいえ、上泉殿の置かれた立場からすれば彼の存在は十師族に留めていい存在ではないと思いますから」

 

 『最強』であらねばならない矜持と暴走を止めるための『相互監視』。師族会議において極めて矛盾した有様を決めたのは、他でもない光宣の祖父こと烈だ。

 別に祖父のことを辱めるつもりなどないが、光宣自身ですら認めるほどの同年代最強の魔法師を十師族に留め置けば、近い将来に必ず遺恨を残すような争いになると思っていた。その彼が神楽坂家次期当主となったことは、彼の力が師族会議ですら制御できないと認めたようなものだと結論付けた。

 

「別に祖父や父を非難するつもりなんてありませんが……お蔭で、僕がフォローしなきゃいけない事態になったことをもう少し鑑みてほしいと思います」

 

 夏の臨時師族会議の後に事の次第を烈から聞いたとき、光宣は深いため息と共に祖父を叱責した。元が出る杭を打たれる前に悠元を取り除いたことは、師族会議のルールに則れば正しい対応でしかないのだと。

 その後で二人に代わって謝罪のメールを悠元に送ったところ、「謝罪は受け取っておくが、お前がそれ以上気に病む必要はないからな」と返ってきた。これ以上のことは本人たちの態度次第だと光宣も理解した。

 光宣としては、二人のフォローをするぐらいなら病気をこじらせて寝ていたほうがマシだ……とは口にしなかったが、思わず愚痴っぽく出た光宣の言葉を聞いた響子は苦笑いを浮かべるしかなかったのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同日。四葉本家の応接室には、屋敷の主である真夜、彼女の呼び出しを受けた達也と深雪、そして事情説明という名目で風間も同席していた。出された紅茶に一口付けたところで、真夜が切り出した。

 

「さて、本日おいで頂きましたのは、先日の横浜事変に端を発する一連の軍事行動について、お知らせしたいことがありましたの」

「本官に、ですか?」

 

 本来、軍人である風間からすれば部外者……いや、達也の戦略級魔法の解除キーを担っている以上は関係者とも言えなくはないが、公の権力を捨てている以上は表立った軍事行動ができない十師族の一角を担う真夜からの「確定情報」に風間は疑問を投げかけた。

 

「国際魔法協会は、先日の2発の戦略級魔法に関して、憲章に抵触する『放射能汚染兵器』ではないという結論に達しました。これによって、協会に出されていた懲罰動議も却下されたようです」

「前者は確信を得ていましたが、後者は初耳です」

 

 放射能汚染兵器―――大まかな括りを用いるのならば『核兵器』と述べるほうが分かりやすいであろう。兵器、という名称を用いる以上、当然魔法の術式も対象に含まれるが、達也と悠元の戦略級魔法はこれに一切抵触しない代物であることは風間も認識していた(悠元の『スターライトブレイカー』については、夏に訪れた時点で聞き及んでいた)。

 

「達也さんの魔法は私も姉さんから聞き及んでいましたけれど、悠元君の魔法については……正直、私も研鑽が足りないと思い知らされました」

「と、言いますと?」

「神楽坂家から詳細を聞きましたが、どうやら私が教えた『流星群(ミーティア・ライン)』を戦略級魔法に昇華させたようです」

 

 この言葉には風間だけでなく、達也と深雪までも驚いていた。世界最強クラスの魔法師である真夜の魔法を突き詰めたのが、悠元が使用した戦略級魔法という衝撃的な事実。そもそも、いつ真夜と悠元が接触していたのか……と考えたところで、達也が問いかけた。

 

「叔母上。ひょっとしてですが、3月のベイヒルズタワーの一件の際に教えたのですか?」

「正解です、達也さん。まあ、結果として悪くないほうに転びましたから、教えた甲斐はあったというものです」

 

 『悪くないほう』というのは、恐らく悠元が神楽坂家次期当主になったことだろう。自身の母親といい、彼に対しての感情がプラスの方向になっていることは許容するとしても、四葉家全体が一体どこに向かうのか……四葉本家から距離を置いている形の達也には、理解するのが難しかった。

 少し逸れた話を戻しつつ、真夜が再び口を開いた。

 

「鎮海軍港で消滅した敵艦隊のことですが、その中には『震天将軍』も含まれていて、戦死が確実視されています。『十三使徒』も『十二使徒』になったようです」

 

 大亜連合にいる国家公認の魔法師こと(りゅう)雲徳(うんとく)。彼が達也の[マテリアル・バースト]によって戦死したという真夜の情報に、風間は目を見張るほどだった。そこから更に、真夜は五輪澪が国防海軍の艦隊に同行することも公表し、更なる情報を真夜が開示した。

 

「先日、国防海軍は最新鋭空母である350メートル級の『ずいかく型』を就役させました。今回の佐世保の艦隊にも同行する予定です」

「……そのような話、噂すら聞いたこともありませんが」

「無理もありません。どうやら、上泉家が主導となって種子島に秘密ドックを建設していたようです。尤も、この情報は上泉家先代当主から聞き及んだものですが」

 

 同程度の規模を誇る空母となると、USNAの「エンタープライズ」が該当する。それだけの規模の資材やら人材を一体どうやって隠し切ったのか……そもそも、空母を製造するための膨大な資金をどこから……疑問が尽きないことばかりである。

 

 実際のところ、解決法はかなり単純なものだ。

 空母の大部分を占める鋼材だが、世界群発戦争で沈没した戦艦や潜水艦が数多くあり、それを悠元が『ミラーゲート』で片っ端から回収しきっていた。ここで剛三の世界巡業の旅が生きてくるのだが、剛三としてはそんな方法など思いつかなかったであろう(剛三だけが悠元の『ミラーゲート』の存在を知っていて、関係者には適当に誤魔化した)。関係国からすれば、周辺海域に艦船がいなかったのにサルベージされたかのごとく消え失せたため、一時期騒ぎになった(結局原因不明の“神隠し”で処理された)。

 材料の次は設計図だが、これはフランスから存在していた原子力空母の設計図を調達(剛三がフランス大統領に直接承諾を得ている)し、国防海軍での運用を見越した仕様に変更されている。武装面はライセンスを取ると面倒なことになるため、全部国産に切り替えられている(開発元は神楽坂家の系列企業が関わっている)。勿論、原子力は動力源に用いていないので、魔法協会に咎められることは一切ない。

 人材については、全員上泉家(プラス神楽坂家)の関係者を採用している。上泉家は大工だけでなく金属加工などの第二次産業も手広くやっており、艦船修理においては全国で8割のシェアを有している。第二次大戦前の戦闘機や艦船などの兵器製造に立ち会った者たちを密かに匿い、国力復活のための技術を守っていたというわけだ。

 

 そもそも、何故そんなものを作ったのかと言えば、国防陸軍と国防海軍のしょうもない縄張り争いを緩和させるための策である。

 今回の一件で陸軍が戦略級魔法という武器を手にした以上、海軍が躍起になって戦略級魔法の研究を再開させるかもしれない……3年前の時点で剛三もそう懸念していたため、急ピッチで空母建造に踏み切った形となる。本来5年以上かかる建造プロセスは魔法という暴力で解決した形なので、表沙汰になど当然出来るはずがなかったというわけだ。

 

 閑話休題。

 

 ずいかく型空母の就役を知ったとき、真夜も思わず驚いたほどだ。

 このタイミングで国防海軍が最新鋭の航空母艦を就役させるという方策は、この国が大亜連合との講和における“本気度”を如実に示している。政府や防衛省も公式の発表で空母の存在を認めている。

 これには諸外国からの問い合わせが殺到したが、島国である以上は周囲からの危険を海で守られているとはいえ、大亜連合や新ソ連からの自衛を主眼に置いた防衛体制を強く主張した。それでもこの空母の存在を「軍国主義の再興である」と言いたげな主張が見られたが、先日の横浜事変の影響で封殺される形となった。

 

「ですが、そのお蔭で彼らの目線も逸らせていますので、結果からみれば問題はありませんが……念のため、暫くは接触を控えておきましょう。どうやら、七草家から探りを入れられているようですから」

「成程……なら、彼を経由して連絡を取れるようにしておきます」

 

 あくまでも、達也の担当できる領分は対馬要塞での[マテリアル・バースト]で帰結している、という真夜の主張を風間が受け入れる形となり、風間はそのまま帰宅の途に就いた。

 達也の様子からして、自分はここにいるべきではないと席を立とうとした深雪に、真夜は視線を深雪に向けつつ声を発した。

 

「あら? 深雪さん、どちらに行かれるのかしら?」

「お兄様は叔母様にお話があるようですから、私が居てはいけないかと思いまして」

「そんなことはないわ。達也さんも構わないかしら?」

「……ええ、構いません」

 

 達也が何かを覚悟している……というのは、兄をよく見てきた深雪だからこそ理解していた。そもそも、達也は四葉本家においてガーディアン……使用人のような扱いに等しい。そもそも、彼の素性をある程度知っている者はともかくとして、更に深い部分となればごく限られた人物に絞られる。

 そんな達也の思いを見透かしたのか、真夜は深雪の同席を許した。達也も少し悩んだが、深雪の同席を認めたので、深雪は達也の隣に移動した。

 

「達也さんもお手柄だけれど、深雪さんも『神将会』として初めての実戦をこなし、陳祥山を捕えた功績はお見事です」

「ありがとうございます。ですが、彼を実際に捕えたのは悠元さんですから……叔母様は、四葉が神楽坂の傍系だということを知っていらしたのですか?」

「ええ、物心ついた時から知っていました」

 

 四葉の家系のうち、四葉本家、黒羽、椎葉、静の四家が神楽坂の係累に属する。だが、天神魔法に関わる技術は四葉家を滅ぼしかねない剣に成り得ると東山元英が判断し、子孫には継承されなかった。

 この意向には神楽坂家の先代・今代の当主が大きく関与している。

 

「来週から高校も再開されるでしょうが、達也さんはそのまま通って構いません」

「……よろしいのですか?」

「達也さんが抜けたら、深雪さんのガーディアンを務め上げられる人が居なくなってしまいます。悠元さんに放り投げるのはとても失礼なことですから」

 

 『スターズ』が達也の使用した魔法―――[マテリアル・バースト(USNAの仮称はグレート・ボム)]が質量エネルギー変換魔法だというところまで調べはついていた。だが、その一方で悠元の[スターライトブレイカー]が従来の物理法則を遥かに無視しているため、達也の魔法とは同一のものではない、という推論までしか出てきていない。

 

「それに、達也さんのことで『スターズ』が動いている以上は、対抗できる術を引き離すほうが非効率というものです」

「アメリカが動いていると?」

「まだ調査を始めた段階ではありますが、[マテリアル・バースト]の種別とその被疑者の一人に達也さんが入っているということです」

 

 とはいえ、被疑者として達也と深雪、悠元まで絞り込んでいるあたりは自称世界最強の魔法師部隊を名乗っているだけのことはある、と真夜は二人に説明した。

 

「千姫さんにも言われたことですが、コンペの後で達也さんが居なくなれば、自ずと良からぬ噂が立つかもしれません。幸いにして、達也さんは表情を隠すのがお上手ですから、誤魔化すのは問題ないと判断しました」

 

 好きで表情を失ったわけではない、と真っ先に言いたかった達也だが、そこで自分自身が反論しようとしたことに思わず口を閉ざしてしまった。そんな変化を真夜は察しつつも、クスッと笑みを零した上で言葉を続ける。

 

「達也さんは気付いていたかしら? 先日の戦いには、“イグナイター”もどうやらちょっかいを掛けてきたようです」

「いえ、初耳です……ただ、悠元が対応したということだけは理解できます」

 

 達也が[マテリアル・バースト]を発動させる前、北東方向から魔法発動の兆候を達也は感じていた。だが、その場に恐らくいるであろう悠元に全てを任せ、任務を遂行することだけに集中した。

 ベゾブラゾフの魔法である[トゥマーン・ボンバ]はその詳細のデータを知らないが、実力はUSNAの先代『シリウス』と同等以上だと達也は推察していた。その彼が出張ってきても、悠元相手では最早分の悪すぎる賭けであろう。

 

 ただでさえ、現代魔法を“欠陥魔法”と言い切り、古式魔法を更に洗練させている彼のことだ。この世界に存在する戦略級魔法を全て使えたとしても、達也からすれば「まあ、悠元だからな」という一言に尽きる。

 疑似キャスト・ジャミングの件からすれば、自身の[マテリアル・バースト]に関しても達也の十八番のままにしたいのだろうと思う、と達也は結論付けていた。

 

 今回の一件だけで、五人の戦略級魔法師が動いた……それは即ち、多かれ少なかれ世界が動き始めた、という証左に他ならなかった。

 




 光宣と悠元が面識を持っている関係で、その辺を意識した書き方になっています。彼とて優秀な魔法師であり、九島家が古式魔法との関わりを強く持っていることも大きく影響しています。

 真夜の対応が原作と異なるのは、単純に悠元や千姫の存在あってこそです。滅多に表情に出ない達也なら、上手く隠しきれるという方向に向けさせました。

 空母に関しては、何もテコ入れしないよりはマシということで考えました。この時代の造船技術がどうなってるかというのは全く分かりませんが、最悪魔法で全てを片付ける万能理論(ぇ
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