一難去ってまた一難、という言葉は実によく出来ている。とりわけ「
三国志で言うならば、皇帝という存在やその証である玉璽。この国の戦国時代でいうところの足利氏。宗教においての聖地や、王族・皇族という血族の権威。武士の力や当時では最先端であった火縄銃も力の一種であり、貨幣という存在による経済力もれっきとした力だ。
そして、魔法もその例外に漏れない力の一端である。
「……阿呆が」
悠元は、自室で端末のモニターを見つめていた。元々はテスト勉強の合間の息抜きだったのだが、不意に漏れたその一言の原因は『八咫鏡』で侵入したUSNAの大統領府―――それも本来忍び込めないはずの大統領専用端末に残されていた、ダラス国立加速器研究所の『マイクロブラックホール生成・蒸発実験』の承認許可であった。
2年前、剛三と悠元がUSNA軍の基地に無断侵入し、アンジー・シリウスを倒した一件で大統領府に呼ばれた際、剛三は大統領からこのことについて相談を受けていた。
「―――マイクロブラックホール実験だと? お主、正気でものを言っておるのか? 魔法の発展のために、計り知れぬリスクを負うつもりか?」
現大統領と剛三は群発戦争の折、何度も面識を持っていた。全面核戦争を回避するため、剛三は超法規的な連合軍に参加していたからだ(その当時は剛三の父親が留守を預かっていた)。
クレムリンに単独で乗り込んで首脳陣を竹刀2本で薙ぎ倒したり、宗教の対立によるローマ法王の暗殺を未然に防いだり、後は各国の王族の護衛を引き受けたこともあった。彼らからすれば、常識外とはいえ核の脅威から国を救った英雄。外国人に対して滅多なことでは贈られない勲章の数々は、一応剛三の私室の棚に飾られている。
そうやって飾ったのは亡き剛三の妻であり、片付けようとすると彼女のことを思い出して触れられないらしい。
「そこまで危険だと仰るのですか?」
「無論だ。これは、かの安倍晴明が遺した“警告”よ。お主らのような政治家には胡散臭いなどと思われるかもしれんがな」
何故分かっているのか、という疑問は当然だろう。だが、答えは実に簡単である。
魔法もとい『超能力』には当然“禁術”と呼ばれるものがあり、その中には意図的に次元の壁に穴を開け、魔法的エネルギーの情報体を引き込む術式も存在する。
妖(あやかし)―――後に「パラサイト」と呼ばれる霊子情報体の危険性は、当時陰陽道の権威であった安倍晴明ですら危ぶむもの。天神魔法にはブラックホールレベルの魔法も当然存在するが、“重力”を消費しないように苦心した、と神楽坂家に現存している手記で語られている。
天神魔法を編み出した片割れの当人がそう述べる以上、次元の壁を歪ませる禁術はこのまま秘匿するべき代物だという認識は悠元も同意見だった。
だが、その忠告をUSNAは破った……いや、破らざるを得なかった。その原因は達也の『マテリアル・バースト』と悠元の『スターライトブレイカー』に他ならないということも十分に理解している。
だからといって、何でもしていいわけではない。盗み見たスターズの調査報告によれば、
(そもそも、被疑者って何だよ……覇権を脅かすものは全て悪とでも言うつもりか? そんな考え、前世紀の合衆国と何ら変わりないって愚痴りたくなるな)
まるで自分たちの行いこそ『正義』だと雄弁を振るう様に、悠元の口から思わずため息が漏れた。同盟国であってもそんな振る舞いをする方がどうかしている、と言いたくなるほどに。
だが、これで「パラサイト」がこの国に来る可能性は高まってしまったことになる。せめて1学年の三学期ぐらいは穏便に過ごさせろという悠元の望みは、向こうの過剰な
◇ ◇ ◇
横浜での一件があった後、千秋は達也たちに謝罪していた。マインドコントロールを受けていたという医師の診断を正直に話し、陳謝していた。これには謝罪されるなどと思っていなかった達也たちは、苦笑しつつも千秋の謝罪を受け取っていた。
そんな事があった達也たちは現在、学生にとって避けれない
「えっと……幹比古、ここはどうだったっけ?」
「そこはね……って、ここまで出来てるんなら、あともう一歩だよ」
「マジかよ。なんにせよ、ダンケだぜ」
「…くあー! 美月、ここが分かんないんだけど」
「ここはね……」
1学期と同様、雫の家に集まっての勉強会(今回は英美と入れ替わる形で姫梨が参加している)。レオは時折幹比古に聞いたりしつつ解き進めている。一方のエリカもレオに負けじと進めているが、詰まってしまうところは美月の助けを借りていた。定期試験というものが避けて通れない以上、致し方ないことではあるが。そんな和やかな雰囲気は、雫の一言で崩れることとなる。
「―――留学? USNAに?」
「うん。昨日まで口止めされていたから言えなかった」
雫がUSNAに留学するということ。実際のところ、神将会においては既に情報共有されており、その出所を探ったところ……USNA政府が日本政府に今回の交換留学を持ち掛けたところまで判明している。
そもそも、何故雫なのかという疑問が残る。向こうの利益を考えるのならば、それこそ深雪や悠元を対象に選んだとしても不思議ではない。恐らくだが、向こうでは深雪が四葉家の人間ではないかという推測を前提に行動している点。それと、悠元に関しては上泉家に配慮した形なのだろうが、雫だって神楽坂家の傍系にあたる。そのリスクをUSNAが負うとは到底考えづらい。
「でも、留学なんてできましたっけ?」
「交換留学だからじゃないか、ってお父さんは言っていた。本当のところは……どうなの?」
「俺は便利な回答マシーンじゃないぞ、雫。まあ、恐らくは『ハロウィン』の一件で魔法先進国としてのプライドに火が付いたのかもな」
ぼかした言い方をとったが、原因も経緯も全て調査済みである。USNAとは同盟国だが、西太平洋地域においての潜在的な競合国。とてもではないが、味方として数えるには危険だと判断していた。この辺の話は深雪から聞いた四葉本家での話から裏付けも取れている。雫はその事情も当然知っているが、機密情報も多いので知らないような振りをした。
「とはいえ、大丈夫なのかね……雫の代わりとして人の話もロクに聞かないで喧嘩吹っかけてくる
「……悠元。それはもしかして、『スターズ』総隊長のアンジー・シリウスか?」
「正解。まあ、出会った時は天神魔法で足場消し飛ばして墜落させたよ。向こうは戦闘スーツ姿だったから、気絶だけで済んでたな。流石はUSNA軍の技術力だわ」
「いや、それよりも世界最強クラスの戦略級魔法師相手に生き残ってる方がおかしいわよ」
そもそも、アンジー・シリウス自体個人情報を隠すためのコードネームみたいなもので、そのままの名前を使って日本に来るとは誰も思わないであろう。悠元の述べたことに対して、彼が同年代でも世界最強クラスという事実に周囲が驚いていた……深雪が目を輝かせていたのは言うまでもないことだが。
「ま、それはそれとして、留学となるとテストの後になると思うが、いつからになる?」
「年明けすぐだって。期間は3ヶ月」
ちなみにだが、アンジー・シリウスとの件は悠元が「長野佑都」と名乗っていた時のことなので、秘匿するように言い含めておいた。とはいえ、負けず嫌いな彼女のことだから、こちらの正体を知れば勝負を吹っかけてくるのかもしれない。どちらにせよ、面倒な状況が続くことに内心で溜息を吐いた。
そして、2学期末考査の結果が張り出されたわけだが、その結果が1学期以上に波乱を呼んでいた。その結果がこれである。
1位 1-A 神楽坂悠元
2位 1-A 司波深雪
3位 1-A 北山雫
3位 1-A 六塚燈也
3位 1-A 伊勢姫梨
6位 1-A 光井ほのか
7位 1-E 吉田幹比古
11位 1-E 西城レオンハルト
13位 1-E 柴田美月
16位 1-E 千葉エリカ
本来二科生ならば有り得ないと言われるほどの好成績を4人が挙げていた。レオの順位が高いのは、魔法実技で点数を稼いだからである。
尚、達也に関しては魔法実技の関係で総合順位は100位丁度であった……それを聞いた面々から「狙ってやったのか」という疑問の視線を投げかけられて、達也は溜息でも出そうな表情を滲ませていた。深雪はというと、達也が上位100人に名を連ねたことでご機嫌だった。
言うまでもないことだが、1学期まで手を抜いていたのではないかという疑惑を持たれることとなり、教職員からの質問を受ける羽目となっていた。レオとエリカ、幹比古に美月の四人が生徒指導室にいる中、その外では達也たちが彼らを待っていた。
「自分たちで努力した結果を認められない、って愚かすぎやしないか?」
「言いたいことは分かるが……A組で何かあったのか?」
「『ズルをした』とか言ってたね」
「まあ、流石に達也らの悪口は言っていませんでしたが、彼らとしてもプライドってものがあるのでしょう……実に下らないものですが」
「と、燈也君……」
教師陣が教えていた生徒ではなく、全く関与していない生徒が好成績を上げたことに対する僻みである、と燈也は臆さずに言い切った。これにはほのかが苦笑を浮かべていた。
「そもそもの話、家柄で見る目を変えている時点で、その人物の実力が知れるわ……っと、お疲れさん」
「お、待っててくれたんだ」
「何にせよ、ここだと目立つから場所を変えるか」
達也の提案に全員が頷き、そのままアイネブリーゼに足を運ぶ形となった。注文した品が揃ったところで口火を切ったのはエリカだった。やはり教師から言われたことに対して我慢ならなかったのだろう。
「何よアイツら! あたし達は真っ当に努力しただけだっていうのに、『1学期は手を抜いていたのか?』なんて決めつけるような前提で問い詰めてきたのよ! おまけに『魔法力を上げた方法を教えろ』って! 厚かましいにもほどがあるから、思わず掴み掛りそうになったわよ」
エリカとしては、悠元から教わった想子制御を広める気などなかったし、魔法力が上がったことを千葉家当主に問い詰められたが、神楽坂家の秘術に関わるから無理だ、と返しておいたことも口にした。
その辺は幼馴染として長い付き合いになるので、悠元の異常性を理解していたからだ。
「それは……よく耐えましたね」
「エリカもその辺は理解していたからね。レオが怒らずにエリカを止めたことも大きかったけれど」
「あの状況じゃあ、下手に反抗しないほうがいいだろうと思っただけだよ」
「……アンタにしては珍しく理性的だから、掴み掛らなかっただけよ。それに、美月が」
「何か言いたいのですか、エリカちゃん?」
凄みのある笑顔の美月に、エリカは思わず乾いた笑みを見せていた。これには深雪がクスッと笑みを零すほどだった。
そもそもの話、「魔法行使の速さ」だけを「魔法への慣れ」と見るだけでは成立しない、ということに気付いても可笑しくはない。だが、悲しい現実として制御訓練が魔法力を上げる方法として定着していない。
例えば、プロスポーツのアスリート―――陸上選手を見ていれば分かるが、トラック競技であってもフィールド競技であっても重点的に使う筋肉だけでなく、全身をしっかり鍛え上げているからこそ輝かしいパフォーマンスを発揮する。これは、全身の筋肉が連動していることも大きく影響している。
これは魔法も同じで、全身の想子体を隈なく循環させることで想子体の強度と想子の生成速度・密度を上げていく。
この方法なら、とある人物の難問も解決するのでは? という疑問が浮かぶだろう。だが、それができない理由は彼の学んだ魔法に原因があるのだが、ここでは割愛しておく。
「というか、達也君は何か言われたの?」
「いや、特に何も言われていないな。また転校の話を持ち出されたが、丁重に断っておいた」
今回も呼び出されたようだ(悠元と深雪、ほのかが丁度生徒会でいなかった時)が、そもそも達也に別の学校の話を持ち出して、来年度の九校戦のことを何も考えていない。学校としての利益ではなく、教師陣のプライドを優先しているあたり、校長や教頭には知らされていない話なのだろう。
そんなテストも終わって、今年のクリスマスは身内でやろうかと思っていたところに、悠元の端末にメールが届く。
「……ふむ。達也たち、クリスマスから年末年始は予定が空きそうか?」
「どうしたのですか、悠元」
「母上からのお誘いだ」
メールの内容は、神楽坂本家でクリスマスパーティーと年末年始の挨拶をするので、友人たちも招いてはどうかという千姫からの提案だった。古式魔法の大家が一神教の行事であるクリスマスを祝う……ということに、同じ古式魔法の家である幹比古が思わず首を傾げた。
「えっと、神楽坂家がクリスマスパーティーって……大丈夫なのかい?」
「神楽坂家は知らんが、上泉家も盛大にクリスマスパーティーやってるぞ。エリカと雫、ほのかは何度か参加してるから分かると思うが」
「そうね。剛三さんがサンタクロースに扮してプレゼント配ったりしてるし」
第三次大戦の英雄がサンタクロースに扮する時点で色々あるだろうが、本人は至って楽しそうにやっているため、誰も文句が言えない。何せ、雫の両親も最初にそれを見た時、苦笑しか出てこなかったほどだった。
◇ ◇ ◇
神楽坂家のクリスマスパーティーは、見るからに豪勢なものとなっていた。和を重んじつつも洋の装いを上手く取り入れるあたりは風水に長けている陰陽道系の十八番なのだろう。雫の壮行会も兼ねているこのパーティーには、達也たちだけでなく当主である千姫、彼女の愛弟子である修司と由夢も参加している。なお、燈也に関しては実家である六塚家から呼び出しを受けていたため、口惜しそうにしていた。
「え? 修司と由夢もアメリカに行くの?」
「ああ。由夢は二高の代表だが、俺は三高の代理ということらしい」
修司の口から言われたことに、エリカは思わず目を丸くしていた。知り合いが三人もUSNAに留学することも驚きだが、本来三高の生徒ではない修司がその代理として留学することに関して驚いていた。この辺は修司が「ま、親父に言われちゃ仕方ねえよ」と述べるに留まった。
「ねっ、どこに留学?」
「バークレーだよ、エリカっち」
「ボストンじゃないの?」
「東海岸は雰囲気がよくないらしくて」
アメリカの現代魔法研究の中心はボストンにあるので、深雪がそう問いかけると雫が返した。この辺の事情は既に打ち合わせ済みだが、『神将会』のことは迂闊に話せる情報でもないために、その辺をぼかしながら話が進んでいく。現在進行形で反魔法主義がアメリカで暴れていて、その影響がこの国に及ばないように水面下で激しい攻防が繰り広げられていることなど、この楽しい雰囲気で言える話ではない。
「ああ、『人間主義者』が騒いでいるんだっけ。最近よくそのニュースを見るよね」
「魔女狩りの次は魔法師狩りって、歴史は繰り返すって言うが、ホント馬鹿げた話だよな」
幹比古の言葉にレオが冷たい口調で吐き捨てる。
非魔法師からすれば、魔法師という存在が恐怖に見えるのは分からなくもない。この動きの裏で糸を引いている人物は“布石”としてそんなことをしていることなど明らかだが、そのことを吐き捨てる気分にもならなかった。すると、達也がこう述べた。
「ここ最近の『魔法師狩り』は新白人主義と根が同じみたいだからな。安全を考えるのなら、東海岸にならなかったことは良かったんじゃないのか?」
「そうだな。西海岸でも危険がゼロとは言えないが、下手なことがあればUSNAのメンツが丸潰れになる」
「……確かにね」
今回の案件は急に決まったこととはいえ、留学先で雫たちにトラブルがあれば上泉家と神楽坂家が真っ先に動くことになる……というか、既にトラブルがUSNAで発生していることを現時点で知っているのは、ここにいる中で言うなら悠元だけしかいない。
何故言っていないのかと言えば、丁度クリスマスパーティーで顔を合わせるのだから、そこで『神将会』に情報を共有する方がいいと判断したからだ。それ以外にも、神楽坂家としての仕事やESCAPES計画のプラン作成で時間が割かれていたことも大きな理由になるが。
「ただ、交換留学といえば、その相手が分からんのだがな……雫は聞いてるか?」
「ううん、何も。女の子とは聞いてるけど」
この時点で情報を開示しない以上、代わりに来る人間が“USNA政府の関係者”ということを示していると思う。当然未成年だから情報開示できないという理由もあるだろうが、性別と年齢以外何も渡さない時点でトラブルを持ち込むと宣言しているようなものだ。
「その相手の情報ならある程度知ってるが、聞きたいか?」
「ホント!? 悠元なら信頼できるけど……どんな子なの?」
「―――アンジェリーナ=クドウ=シールズ。年明けに雫と入れ替わりで留学してくる子だ」
この情報が表に出なくても無理はない。何せ、悠元が『八咫鏡』を使って
「クドウ……もしかして、九島将軍の?」
「年齢からして、恐らく彼の孫娘だろう。外国人とはいえ、十師族の係累みたいなものだからな……そりゃ情報が出てこなくても無理はないと思う」
そして、実は第一高校に留学してくる人間が
実は、今代の『シリウス』について不可解な疑問があった。いくらアンジー・シリウス:アンジェリーナ=クドウ=シールズが優れた魔法師とはいえ、戦略級魔法の威力を制御し切っていたことに関しては謎という他なかった(彼女の『ヘビィ・メタル・バースト』ならビル一つ丸ごと消し飛ばしていた可能性が高かった)。その後で大統領に会い、リーナと双子の姉妹がいる話を聞いたことで、一つの可能性に辿り着いた。
それは、七草香澄と泉美が得意とする
そうなると、リーナ以上に警戒せねばならない相手になるかもしれない、と悠元は内心で溜息を吐いたのだった。
5000前後に収めたいのに7000オーバーになる現実。
転校生の名前を開示したのは、面子が秘密を守ることを理解しているからという理由です。ただでさえ主人公から恩恵を受けた結果が明白ですから。
利便性を追い求めた弊害として想子保有量自体を重視しない方向性に行ったのでしょうが、そもそも現代魔法の「二の太刀要らず」の考え方が、一発撃てば全て終わりかねない核兵器に近いんですよね……複数発前提で物を考えないあたりが特に。