魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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年の瀬の会合

 世間がクリスマスで賑わっている頃、九重寺には三人の人物が顔を合わせていた。

 一人はこの寺の住職である九重八雲。二人目は偉丈夫で濃い髭が特徴的な男性。そして、三人目は尼の衣装を身に纏う女性であった。この三人は神楽坂家の諜報を担う『九頭龍』における幹部クラスにあたり、中央と西部、東部を管轄する中心人物。

 

「して、八雲。東部の白人どもが騒がしいのは真か?」

「真のことだ。それは『星見』でも予見した通りのことらしい」

 

 偉丈夫―――宮本家当主こと宮本(みやもと)宗司(そうし)が八雲にそう切り出すと、八雲は対等な言葉遣いで答えた。すると、尼姿の女性―――矢車本家当主夫人こと矢車(やぐるま)朔夜(さくや)が徐に口を開いた。

 

「西が無事に済めば、今度は東ですか……何やら妖の臭いを感じてしまいますが、八雲は何かご存知でしょうか?」

「朔夜殿の懸念はほぼ当たっているらしいね。次期当主殿の調べによれば、彼らは科学の力で“壁”を歪ませたようだ」

 

 八雲は悠元からその話を聞いた際、思わず自分の耳を疑った。現代魔法において対処方法が確立していない「パラサイト」の発生リスクをUSNAの大統領が知っていながら、先日の戦略級魔法を追求しようとした結果……その懸念が現実のものとなった。

 そして、『九頭龍』に位置する古式魔法の家にも神楽坂家の前身となる安倍氏の警告がきちんと受け継がれている。これは、数百年という長い時を経て次元の壁が揺らぎかねない事態を予見していた、ということだ。

 

「……修司を留学させるのは、その対処をするためか?」

「その通り。修司君と由夢君、そして雫君を留学させるのは『神将会』の総長殿の意向による」

 

 パラサイトを瀬戸際で対処するだけでなく、その先も見据えた対策を彼らに担ってもらうのが今回の目的。

 スターズは神将会に対しても探りを入れてきているが、そもそも神将会のパーソナルデータ自体が全て紙媒体での管理体制となっており、探られても何も痛くないダミーのパーソナルデータがネットワーク上に置かれている。

 周公瑾がこの状況下で動いても、先回りしてその企みを全て潰す。それでいて顧傑が動けば、反魔法主義にいいようにされているUSNAに格好の取引を持ち掛ける。スターズを有している彼らにとっても反魔法主義を野放しにするなど出来ないのだから。

 八雲も周公瑾の存在やその素性は粗方調べているが、それが全て四葉の復讐戦に繋がるとは思ってもいなかった。この辺は世捨て人の性なのかもしれないが。

 

「その代わりに来る面子の中には、九島将軍の孫娘たちがいる。どうやら、彼女らが今代の『シリウス』ではないかと睨んでいるが……彼を相手にして生き残れるかどうか」

「次期当主殿のお話は甥から聞いておりますが、それほどなのですか?」

「彼は『心刃』を発展させた技術―――三代目当主殿が編み出した『天刃霊装』を会得した。ほかの神将会のメンバーも彼の教えによって次々と会得しているほどだ」

「成程……儂の子である上二人には到底話せぬな。間違いなく嫉妬するであろうからな」

 

 天神魔法だけでも素質を選ぶのに、過去にかつて存在した技術を現代で会得した悠元は、間違いなく神楽坂家の歴史に名を残す存在となっている。分家である宮本家当主の宗司は、八雲の言葉から起こりうることを予見しつつ、重たい口調で述べた。

 それはともかく、いくらUSNA最強の魔法師を自負しているとはいえ、こちらの技量も見ずに喧嘩を吹っ掛ける姿勢は如何なものか……と宗司は言葉をつづける。

 

「八雲。その彼は正月の慶賀会に出るのか?」

「無論だよ。特に今回は神楽坂の次期当主お披露目として“護廷(ごてい)十二家”が揃い踏みとなる」

 

 神楽坂本家、分家の伊勢、高槻、宮本。九頭龍に属する矢車、鳴瀬、四十九院、津久葉、安宿、吉田、九重。そして、神楽坂家の筆頭執事を務めている忠成の葉山家。これらを総称して“護廷十二家”と呼ばれる体制は、神楽坂家が築いて保ってきた国家守護のシステム。

 

「八雲殿は大丈夫なのですか? お弟子さんが彼のご友人にいると聞いておりますが」

「今回は本山の特使、ということで既に話はつけている。袈裟姿なら彼も必要以上に追及してこないだろうからね」

 

 千姫からは達也と深雪を表向き悠元の友人(内実は四葉家当主代理)として呼ぶことがすでに決まっている。このことについて七草家と九島家が神楽坂家に探りを入れ始めているが、その辺の対応も既に始めている。

 普段は達也の前で袈裟姿など見せることはないが、これでも叡山の末寺であることに変わりはない。彼は古式魔法の使い手であると同時に住職だということは、分かっていても納得できないが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「―――箱根に?」

 

 魔法科高校―――第一高校だけでなく第三高校も冬休みに入っていた。教師陣が公務員のため、学校には警備員ぐらいしかいない。だが、自主訓練という形で学校に来て訓練に励むものも少なくない。

 そんな中、金沢魔法理学研究所の訓練室にて特訓を積んでいた愛梨、栞、沓子の三人。各々来年の九校戦でのリベンジを誓っての訓練の休憩中に、沓子が口にした一言に愛梨が聞き返した。正月の初詣に行かないかと愛理が誘ったのだが、それに難色を示した沓子が気になった結果の答えだった。

 

「うむ、そうらしいの。今朝母上から言われてしまっての」

「箱根って温泉街で賑わっているぐらいのイメージだけれど、それ以外は何も聞いてないの?」

「正装を準備するようにとしか……確か、神楽坂家の屋敷が箱根にあるとは聞いておるが」

 

 沓子からすれば、いくら四十九院家が白川家の流れを汲む古式魔法の家系とはいっても、今は百家の本流に連なる家柄の側面が強い。そもそも、沓子自身が四十九院家の当主を継ぐ立場にないため、家についての全てを知っているとは言い難い。なので、彼女も憶測混じりの結論しか出せないのが本音である。

 

「神楽坂家……確か、三矢悠元が養子に入った家ね」

「愛梨、気になるの?」

「……そうね。叔父様たちは私に期待してるような素振りだったけれど」

(満更でもないように聞こえるのは、私の聞き間違い?)

 

 実のところ、愛梨の母親はフランス人(結婚した際に帰化して日本人名を名乗っている)であり、古式魔法でも格式高い家柄に該当する(愛梨の異名は母親の出身に由来している)。もし悠元と愛梨が婚姻を結べば、一色家としても愛梨の母方の実家としても、強い繋がりを得る形となる。

 彼に対して好意的な感情を持っている愛梨を見て、大人たちが進めている政略結婚自体が茶番にも思えてしまう栞であった。

 

「そしたら、何か土産を期待しておくわ」

「別に温泉旅行とか遊びに行くために赴くとは思えんがのう……余裕があれば、そうしておくかの」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 クリスマスパーティーが無事に終わったところで、神楽坂本家では正月の飾り付けに追われている。陰陽道系の家系は仏教系や神道系のものと異なり、そこまで大がかりのことをするわけではない。一年の締めくくりとして大掃除をするか、正月三が日に向けての仕込みをするぐらいだ。

 とはいえ、神楽坂本家を移転させる際に建立された京都の神社(旧本家跡に建てられた神社)や箱根の神宮(霊山である富士山の力をコントロールするための神社)のこともあるので、一概に暇とも言えない。尤も、その辺の対応は分家筋の仕事のため、本家の人間がするべき仕事は来客の対応ぐらいしかないのだが。

 悠元はその来客の応接として、とある人物と面会していた。

 

「貴方が千姫姉の跡を継ぐ元三矢家の方ですか。中々に良い面構えをされておりますね」

「恐縮です」

 

 悠元と面会しているのは、鳴瀬(なるせ)紅紗(あずさ)―――現当主・千姫の実妹で、雫の母方の祖母にあたる人物。容姿は千姫ほどではないが、それでも30代ぐらいにしか見えない若さを保っている。なお、実年齢は81歳と本人が述べている。

 

「北山家のことは色々伺っていまして。雫が好いた相手が十師族と聞いたときは驚きもしましたが……やはり、長姉の面影がしっかり残っていますね」

「自分としては、もう少し男性らしくあってほしかったところですが、もう諦めていますよ」

「ふふっ、そうですか」

 

 悠元は母親の詩歩に似たため、父親である元と似なかったことについては、ある意味で良かったと言えばいいのかもしれない(元も自分に似なくてよかった、と述べていたらしい)。

 そして、悠元の隣には雫も同席している。雫からすれば北山家絡みの付き合いが優先的になってしまっており、母方の実家との付き合いはそれこそ記憶でギリギリ覚えているぐらいのものでしかないらしい。

 

「雫も大きくなりましたね。前に会ったときは物心付くかどうかの時でしたから、覚えていないかもしれませんが」

「辛うじてってぐらいかな。それで、どうしてお祖母ちゃんが神楽坂の本家に?」

「千姫姉さんのご指名です。本当は鳴瀬家当主が出るべきことなのですがね」

 

 家督は既に紅紗の息子が担っている以上、本来の話でいえば彼が出てくるべきことなのは確かだ。そうならなかった理由は、千姫がそう指名したからだと話す。別に隔意を持っているわけではなく、年明けから起こるであろう騒動を最小限に止めるため、矢車家と鳴瀬家の当主には代理を立てさせる形で納得させた。

 ちなみに、紅紗から「曾孫の顔は早く見たいので、お願いしますね」と言われたとき、雫の顔が赤くなっていたのは言うまでもない。

 

 紅紗との会談を終えた二人は、そのまま『神将会』の面々が集う広間に姿を見せた。その場には既に他の五人も着席しており、悠元と雫も指定された席に腰を下ろした。

 

「さて、年明けから各々動くになるのは明白だが……結論から言えば悪魔―――[パラサイト]がこの国に来る。東の連中の被害妄想が引き起こしたとばっちりの尻拭いとも言えるが」

「やっぱり、ハロウィンの一件が原因なんでしょ? あ、別に深雪ちゃんのお兄さんを責める気はないよ」

「気にしないで、由夢。にしても、面倒なことを起こす国は凍らせましょうか?」

 

 今の深雪が魔法力を全開で使った場合、間違いなく都市一つは氷結世界が作れるレベル。天神魔法の修得は初級レベルだが、それでも達也の妹だけあって物覚えはかなり早い。彼女の言ったことに対して元継が窘めた。

 

「それは流石に止めてほしいな。にしても、[マテリアル・バースト]や[スターライトブレイカー]であそこまで騒ぎ立てるとはな……これが通らなければ、世論を味方につけてでも達也君や悠元を国外から追い出すこともやってこないとも限らない」

 

 元継の懸念は強ち的外れとも言えない。原作においての結果があの『ディオーネー計画』だ。反魔法主義の方々に対しては申し訳ないかもしれないが、こちらとしても生存権が懸かっている問題を座視など出来ない。

 それが国外はおろか国内にいることも問題なのだが。

 

「まあ、向こうにも熱心な愛国者はいるからな。エドワード・クラークはその代表格だ」

「エドワード・クラーク? 一体何者だ?」

「奴は非魔法師で専門は情報分野の研究者だが……全世界の電子機器を傍受できるシステムを開発した張本人。その名称は『エシェロン』といい、そのバックドアシステムである『フリズスキャルヴ』でアメリカの覇権を握りたいと考えている野心家だ」

 

 そもそもの話、[パラサイト]の一件でUSNAが余計な妨害をしてきたことを内輪にしたせいで、後々のことに大きな影響を及ぼしている。いくら公権力を有さないとはいえ、繋がりが全くないというわけでもない筈なのにだ。

 同盟国内での不協和音は、世界戦争への緊張度を高めることを意味している。そのことぐらいはどの国であろうとも理解している筈なのだ。

 その不文律を一方的に破ってきた形のUSNAが余計に拗れさせ、[パラサイト]に対して有効な攻撃手段を持っているとはいい難い状況で余計な火種を持ち込む……こうなると、USNA自体が世界の火薬庫とも思えてくる。

 

「悠元、俺たちにそいつを探れと?」

「そこまでは注文しないつもりだ。最低でもUSNA国内にいるパラサイトを排除してくれ。天刃霊装を使えばパラサイトのみ排除することも可能だからな。で、彼には俺らと同年代の息子―――レイモンド・クラークがいる。彼が『フリズスキャルヴ』の端末を持つ一人で、一種の演出家(エンターテイナー)と言ってもいい……そいつには気を付けておけ」

 

 幸いにも、この時点で全員が天刃霊装の修得に漕ぎ着けている。純粋な想子と霊子で構成された天刃霊装ならば、肉体を傷つけることなく霊体のみにダメージを与えることができる。

 エドワード・クラークとレイモンド・クラークの情報を開示した理由は、この中で接触の多くなる雫、修司、由夢に対してのアドバイスも含んでいる。現に、エドワード・クラークはフリズスキャルヴを使い、横浜事変で動いていた神将会に対しても探りを入れている。

 フリズスキャルヴの検索履歴が残るシステムの特性を使い、[八咫鏡]で顧傑の動向を探るついでにエドワード・クラークの動向も探っているというわけだ。場合によってはレイモンドについても探りを入れるべきだろうが。

 

「この国に来ることになる『シリウス』は、最悪俺一人で対処する。元継兄さんは十文字家に繋ぎを取って、早めの共同歩調を取るように言ってくれ」

「そうだな……師族会議の面倒な規則さえなければ、こんな回りくどい方法など使わずに済むのだが」

「悠元さんに元継さん。その、面倒な規則というのは?」

「十師族は互いの監視のために、非常事態を除いて師族会議を通さずに共謀・共調を禁じている。まあ、三矢家と四葉家の場合は“手打ち”だから規則には抵触しなかった訳だが」

 

 お互いの秘密を知ったということから来る手打ちを禁じるルールはないし、元治の妻となった穂波の婚姻斡旋をしたのは上泉家。それに、FLTの株式についても“司波”深夜からの提案であるし、その保有権が神楽坂家に移った以上は師族会議のルールに一切抵触しない。

 七草家に対してパラサイトの拘束術式供与をしたのは、この飴に対して如何なる動きを見せるか、という彼らへの試金石。七草家が国防軍の情報部と太いパイプを持っていることは当然知っている。

 そもそも、国防という観点からして十師族が国防軍と関係を持たない訳にはいかない。それに反した流れの一端に独立魔装大隊という存在もあるわけだが。

 

「でも、どうやって[パラサイト]はこっちに来るって分かったの?」

「……余剰次元理論を用いたマイクロ・ブラックホール生成・消滅実験。爺さんですら警告したそれを連中がやりやがった」

「それは、どういうものなのでしょう?」

「理論自体の説明は色々面倒だから省くが、やっていることは古式魔法の“禁術”に等しい……といえば、察しは付くか?」

 

 その言葉で悠元以外の面々……とりわけ現当主である元継の表情が強張った。[パラサイト]をこちら側の次元に引っ張ってきた原因が何なのかも悟ったようだと悠元は察した。

 

「……施設の破壊はしないのか?」

「それをしたところで、躍起になって研究所が複数建設されるのが目に見えている。もしくはこの国に対する圧力として使われるオチだろう。まあ、今は奴らに泳がせておけばいい……その代償を自称聡明な頭脳を持つUSNAの連中が気付いていればいいんだがな」

 

 向こうの勝手な言い分でこちらを貶めるのだ。その代償が倍プッシュで済まないことを理解してもらわねば話にならない。現に、交換留学の裏側では[パラサイト]に寄生された脱走軍人の処分をアンジー・シリウスがしているようだが、それが逆効果を生んでいると気付いていないようだ。

 どうやら、彼女の祖父は学んでいたはずの古式魔法関連の技術を孫娘に教えなかったようだ。妙なところで律儀とも言えるかもしれない。

 

「この際ハッキリ言っておく。俺は今回十師族に手を貸したが、これで内ゲバなんてやってるようなら、最悪見捨てることも視野に入れる……まあ、友好的な間柄の家は温情で残してやるけど」

 

 口が悪いかもしれないが、相手は国家単位の規模なのだ。そんな時に足並みが揃いませんでしたなんてことが露呈すれば、それこそ今後上手くいくとは限らない……いや、極めて難しいだろう。そもそも、師族会議が許可なしにお互いに協力することを禁じている時点でお察しだ。

 確かに、達也の魔法は現代魔法において最強格なのは確かだ(威力が強すぎて迂闊に使えないというデメリットも存在するが)。だからといって、USNAがそれを西側への抑えに利用しようとせずに排除を決めた時点で、まるで“21世紀版ハル・ノート”のようである。

 それを表立って言っていないのは評価に値するが、軍のコントロールを政府が出来ていないこと自体問題だと思う……魔法という存在のせいでそうなることは止む無きことかもしれない。

 




 内ゲバに内ゲバが重なった結果、パラサイトの対応がしっちゃかめっちゃかになったので、その辺の意思統一として悠元が動いた形です。

 三人の留学目的は日本に流れてくるパラサイトの数を減らすことが目的の一つです。他にも目的はありますが、これについてはネタバレになるので伏せておきます。

 そろそろ人物設定を分割しないと厳しくなってくる……
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