アンジェリーナ・クドウ・シールズことリーナ、そして双子の妹であるエクセリア・クドウ・シールズことセリア。二人の麗しい外見に加えて深雪も加われば自ずと絵になってしまう。その三人と行動するということは面倒な視線を向けられることにも繋がる。
そんなことは置いておき、留学生たちと達也らE組の面々と対面することになった。
「疲れてるみたいだね、悠元」
「単なる留学生ならともかく、女性としても皆目麗しいからな。他の男子連中が嫉妬の目を向けてくるわけよ」
「成程ねえ……当の本人には面倒事だものね」
別の用事があって達也たちと先に合流した悠元の表情を見た幹比古の言葉に対し、悠元がそう述べると事情の知るエリカが納得したように呟いた。現状複数の婚約者がいる身としては面倒というほかないわけだが。その上で悠元は幹比古の隣に座る女子生徒に目線を向けた。
「で、あんなに廊下が騒がしかったのは、二人だけでなく彼女がいたからか」
「あ、うん。どうやらそうみたいだね」
「はじめまして、
「そうか。俺のことは悠元でいいよ、東道さん」
「私も佐那で構いません」
隣のB組に転入してきた佐那。見た目は茶髪のショートボブでほんわかとした表情をしている。とはいえ古式魔法の大家である東道家の娘であり、しかも悠元からすれば母方の従姉にあたる。幹比古曰く強烈な初対面だった、と漏らすほどだった。
「あの時のミキは見てる分には面白かったわよ」
「僕の名前は幹比古だ! そういう道を選んだ自覚はあるけれど、まだ完全にそうなった訳じゃないんだから」
「まあ、幹比古の場合はそうなるよな」
既に戸籍も神楽坂家に移っている悠元とは異なり、幹比古の場合は公的な手続きがまだの段階だ。それを言ってしまったら達也と深雪が四葉家の人間だということもまだ公になっていないことでもあるが、その話題は避けておくこととする。
そんな他愛のない話をしていると、入り口付近がざわつく。姿を見せた面々で大体の予測はつくわけだが。
「噂をすれば来たな」
「そのようだな」
リーナとセリア、それに深雪とほのか、燈也も加わって大分大所帯になってしまった。これで派閥を組んでいないと言われても否定してもらえない現実が待っているのは言うまでもないだろう。
流石に留学初日なので、お互いの自己紹介をするぐらいに止まった。その際にセリアが僅かに表情を険しくしていた。後で達也に確認したところ、彼もそう思っていたのは確かなようだ。
◇ ◇ ◇
佐那の転入もそれなりの騒ぎとなったが、一番の話題となったのはリーナとセリアの存在だろう。学園でも一番の美少女と言われる深雪と対等な存在が現れたのは、それだけでも絵になる。
しかも、金髪と蒼い目であるリーナとは対照的に長い銀髪をポニーテールにしており、似ているのは顔の輪郭と瞳の色ぐらいだ。これで金髪と同じ髪型だったら判別が極めて難しいと思う。
無論、容姿もさることながら魔法師としての実力でも注目を浴びることになったのは言うまでもない。午後の魔法実習では、深雪とリーナが向かい合って互角の勝負を繰り広げていた。
「悠元さん、加減をしろと吹き込んだのですか?」
「多少は、としか言ってない。何せ相手が相手だからな……おまけに、観覧している先輩方もいる以上、深雪が空気を読んでくれたみたいだ」
そもそも深雪は負けず嫌いな性格だ。その部分に関しては筋金入りだと悠元も理解している。とはいえ、現在の深雪は現代魔法に加えて古式魔法や武術のブーストが掛かっている以上、同年代でもトップクラスの実力者。自由登校となっている3年生も見学しているため、現段階で出せる実力を明るみに出すのは拙いと考えている。
それに、リーナとセリアの目的を考えれば深雪に対して余計な嫌疑が掛かるのは宜しくない。そのあたりのことは深雪にも予め言い含めているので大丈夫だと思う。その証拠に、深雪は絶妙な想子制御でギリギリになるように競い続けている。
「深雪の実力、相当上がっていますよね……自信なくしちゃいそうです」
「彼女の場合は地力も相当ですから。ほのかにしかできない強みを伸ばせばいいと思います。っと、お互いに終わったみたいですね」
結果としては四対二。上手く誤魔化した上で勝ち越せた形となった。
それで終わればいいのだが、留学生はリーナだけではない。セリアの魔法力はリーナ以上で、その証拠に魔法科高校の入学試験でやったものと同じ魔法力計測で105msという驚異的な記録を叩き出した。
結果として、その試験で同等クラスの秒数を叩き出しているのが悠元しかいなかったため、セリアの相手を悠元が務める形となった。
「ユウト、よろしい?」
「いつでもどうぞ。カウントはセリアに任せる」
魔法実習の内容は至ってシンプルで、二人が同時にCADを操作して双方の中間地点にある球をいかに素早く支配する。力量差が如実に出るため、この実習では悠元が負け無しで他を寄せ付けなかった。
加えて深雪とほのかに姫梨、留学した雫だけでなく燈也も実力を伸ばし続けており(悠元が内密に想子制御を教えたため)、悠元も合わせた6人とクラスメイトでは魔法力にかなりの差が開いていた。
「スリー、ツー、ワン…ゴー!」
セリアの合図で双方がパネル型インターフェイスに手を翳す。一瞬で勝負がつくかと思った面々は、その光景に目を見張った。
「えっ……!?」
「球が、微動だにしていないって……」
本来勝負がつくはずのゲームで引き分けという結果。しかも、魔法科高校ではずば抜けた実力を有する悠元と留学生の片割れが互角の魔法力を有しているという事実に驚く一方、悠元は冷静に今の動きを分析していた。
(先日の計測結果から多少短めの発動速度で打ち込んだが、ほぼ同等に合わせてきた……“シリウス”の名は伊達ではないということか)
干渉力や発動速度を若干早めにしたが、向こうもそれを読んだ上で合わせてきた。結果として勝負つかずになったのは納得できる結果ともいえよう。尤も、向こうとしては少し驚いたような仕草を見せていた。
「驚きました。まさか100ms未満の発動速度についてこられるなんて」
「それを平気でやってのける君も大概だと思うがな」
「なら、遠慮せずにやってもいいですよね?」
セリアの言葉に周囲がざわつく。一番困惑しているのはリーナであり、セリアの言葉の意味を一番理解できている身内だからこその反応だった。これには深雪が問いかけた。
「リーナ、大丈夫?」
「……セリアの本気はヤバいのよ。ワタシでも勝てないから」
あの“アンジー・シリウス”がヤバいと言わしめるほどだから、その言葉は本当なのだろう。現にセリアの纏っている空気からしてその本気さが伝わってくる。だが、悠元にとっては不安というよりも一種の既視感を覚えていた。
それは教室での初対面の際に感じていたものであり、心当たりがない悠元にとっては首をかしげる懸案事項である。
(またこの感覚か。一体、何なんだろうな……まあ、負けるのだけは嫌だし、ちょっとばかし裏技でも使うか)
再びセリアの合図でパネルに手を翳して想子を流し込む。悠元は固有魔法『カレイドスコープ』を他人に気付かれないレベルで発動させ、制御力と発動速度を爆発的に速めて球の支配権を奪取。
結果として勝ちを収めたが、その代償としてCADがオーバーヒートしてしまうという結果になった。それは悠元だけでなくセリアの側でも起きていた。
「あれ、壊してしまったみたいです……すみません」
「いや、俺もムキになって壊してしまったからな……」
魔法科高校のCAD自体汎用性の代わりに速度が犠牲となっており、加えてお互いが流し込んだ想子量に耐え切れなかったと推察した。
この実習での出来事は達也たちとも共有することとなり、驚くどころか逆に納得される羽目となった。悠元と同様にCADを壊してしまったセリアに関しては、悠元と同じぐらいヤバい奴という認定を受けていた。
「ショックです……グスン」
「セリアの場合は自業自得よ」
「セリアです。姉が辛辣すぎて泣きそうです」
「あ、あはは……」
約一世紀前のお笑いネタを引っ張ってきたことはともかく、セリアの実力がそこまでのものと分かっただけでも収穫だろう。本来なら達也がリーナに“シリウス”の探りを入れたりするのだが、セリアのこともあって触れようとはしなった。
「それにしても、悠元さんがCADを壊したのはこれで二度目ですね」
「俺だって壊したくて壊したわけじゃないんだからな、深雪。何故に笑顔を浮かべるんだか……」
「……二人って恋人?」
リーナが悠元と深雪の親密そうな雰囲気を見て尋ねたことに、周囲の反応と言えば特に驚くようなことではなかった。既に周知とも言えるような様子にセリアが思わず反応した。
「あれ? そこまで驚いていないんですか?」
「いや、だってなあ……」
「あんなものを見せられたら、あたしらでも納得しちゃうわよ。むしろ九校戦まで付き合ってなかったことのほうが驚きよ」
ここにいる面子の中では達也とレオに幹比古、ほのかとエリカが二人のやり取りを目撃している。加えて同じクラスメイト兼生徒会役員とはいえ、二人で行動するところを目撃されることが多い。九校戦後は更に親密となったことで涙を流した男子生徒も少なからずいたそうだ。
「タツヤはどうなの?」
「今更どうと聞かれてもな……深雪が認めた相手に兄として嫉妬するのは可笑しな話だろう。俺自身も知らない相手ではないからな」
「達也君がやけに素直ね」
まるで普段がひねくれている様な言い方をするな、と口にしようかと思ったところで普段の口数が少ない自分を否定してしまうような気がした。結局達也が反撃の糸口を見出すことはなく、この時ばかりはエリカの言いたい放題にされてしまったことに達也は納得がいかないような様子を垣間見せ、幹比古が苦笑を漏らしていた。
◇ ◇ ◇
交通事情が発達したこの世界において、寮という概念は存在しない。HAR(ホームオートメーションロボット)の存在が一般家庭に普及していることに加え、日用品の買い出しがオンライン注文・個別配送で済ませられることも寮という存在を必要としなくなった。
リーナとセリアはそれぞれ一人暮らしではなく、少人数家族用のファミリータイプの間取りの部屋で生活している。その理由は二人と同居している人物たちの存在だった。
「……ターゲットの片割れはそこまでのものでしたか」
そう言葉を漏らしたのは、今回の作戦の補佐役を務めているシルヴィア・マーキュリー准尉。今日の実習での出来事をリーナとセリアから聞いた彼女は驚きを露にした。
「セリアが本気でやるといったときは冷や汗ものでしたよ」
「お姉ちゃん……持てる限界の80msレベルで発動させたのですが、彼はそれ以上の速度で発動させたとみるべきでしょう」
「……それ、CADが耐え切れないかと思います」
リーナの呆れた様な言葉にセリアは少し反省するような様子を見せつつも冷静に悠元の魔法力を推察すると、同じ同居人であるミカエラ・ホンゴウが呟いた。事実、その発動速度帯では魔法科高校の実習用CADに耐え切れないことも併せて伝えられた。
それを聞いたシルヴィアの表情はと言えば冷や汗ものとしか言いようがなかった。
「はぁ……今のところは探りを入れられていませんか?」
「向こうから“シリウス”や“ポラリス”だと疑われてはいませんが……ただ、なまじ実力を見せてしまったせいで疑われない保証はないかと思います」
セリアは冷静にそう述べたが、内心では別のことを考えていた。話が終わったところで自室に戻ると、考えに耽っていた。それは自身のターゲットである悠元のことについてではあるが、セリアは別の視点から彼のついての考察をしていた。
(どういうことなの? 元々彼の存在なんていなかったし…それを言ったら六塚燈也や東道佐那、伊勢姫梨だってそう……全ての人間がそうであるとは言えないけれど、彼は何者なの?)
まるでこの世界のことをある程度知っているかのような考え方をしているセリア。だが、この事実を同僚はおろか家族にすら……ましてや双子の姉であるリーナにも話していない。理由は至極単純で、それを話したところで異端扱いされてしまうのが関の山だと分かり切っていたからだ。
まだ少ない情報から導き出した結論は一つの可能性。だが、それを口にしたところでどうにもできない。寧ろ彼の協力が得られないと拙い未来が待っているだけに、慎重にならざるを得ないと判断するに至った。
リアル仕事が多忙なため、書く時間がなかなか取れませんでした。ほぼリハビリ状態の執筆なため、感覚を取り戻すのは難しいです。
後半部分については前もってフラグめいたことを書いていたので、その伏線回収の途中です。