司波家に帰った後、地下室で深雪の調整をしていたところに悠元がやってきた。深雪の格好はいつものように下着の上に一枚着ているだけの姿であり、正直割り切れている達也のことをある意味尊敬したくなったのは言うまでもない。
夏休みの後、なし崩し的というか親の定めた許婚の関係とはいえ、深雪の格好に慣れようと努力はしている。正直なところ、交友関係の干渉で兄妹関係にまで変化を及ぼすとは2年前の時点で思っていなかったことだ。
「達也、呼ばれたから来たんだが。深雪の調整は終わったみたいだな」
「一応はな」
CAD調整はハード面での調整を加えない限り達也の領分であり、彼女のガーディアンとしての領分もある。悠元もその部分を理解しているからこそ、深雪の調整に関しては達也に丸投げしている様なものだが。
「一応、ね。ハード面はかなり余裕を持たせてオーバーホールしたんだが、それでも足りなかったか?」
「今のところは問題ない。今回の場合は俺の読み違えだな。深雪の成長速度を勘案できていなかった」
珍しい達也の発言に深雪が憂慮を見せる。だが無理もない話だ。今の深雪は現代魔法のみならず古式魔法の修得にも力を入れているため、本来想定していた魔法式の構築速度上限を超えてしまう可能性はあった。
尤も、それだけではないと達也は説明する。
「悠元と付き合い始めてからだが、深雪の想子制御が爆発的に効率化している。悠元の持つ想子に直接触れていることが大きな影響を及ぼしているのだろう」
「お兄様、そうやって冷静に分析されると逆に恥ずかしいのですが……」
「深雪、諦めろ。達也はこういう性分なのだから」
自分の興味のある分野になると周りが見えなくなる達也のことはさておき、優れた魔法師同士で婚姻を結ぶ意味合いがこのあたりで顕著に出ているのだろう。尤も、このことを迂闊に明るみに出せない……扱いを間違えれば誤解を招く恐れがあるからだ。
「それで、俺を呼んだ理由は何なんだ?」
「そうだったな。率直に聞きたいが、彼女―――リーナは“アンジー・シリウス”なのか?」
達也が本来なら彼女から直接聞き出そうと思っていた部分がここになって出てきた。以前悠元がアンジー・シリウスと対面していたという話をしていたことから、悠元に直接聞いたほうが早いという結論を出したのだろう。
このことについて隠す理由もないと判断し、悠元は答えを返した。
「それについては間違いない。彼女の想子の流れで一致したからな。ただ、セリアに関しても警戒したほうがいいと思う」
「それはどうしてですか?」
「以前彼女が俺に向かって発動した戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』。その想定威力がかなり限定的になっていたことだ」
戦略級魔法の扱いが極めて難しいことは使用者である悠元と達也が一番理解している。以前風間に見せたことのある悠元の『マテリアル・バースト』に関しても、厳重な結界術式で周辺への余波をゼロに抑えているぐらいにだ。
「『マテリアル・バースト』もそうだが、戦略級魔法の扱いは極めて難しい。それは達也も気付いていることだろう?」
「そうだな。悠元から教わった想子制御があるとはいえ、『マテリアル・バースト』に対しての制御は極めて繊細だ。ちなみにだが、それを制御なしで放っていたらどうなっていた?」
『スターライトブレイカー』が津波による被害をウラジオストク軍港以外の周辺地域に起こしていないのは、FAE理論に基づく物理法則改変で範囲外の運動ベクトルをゼロに打ち消しているからこそ可能にしている技術。その技術の一部を『サード・アイ・エクリプス』に転用しているため、『マテリアル・バースト』も限定的な破壊に抑えられたという形だ。
話を戻すが、発動した時の『ヘビィ・メタル・バースト』の術式では二人分の魔法式が展開されていた。リーナ自身にそこまでの技量がないとは言わないが、魔法科高校での実習なども加味した場合、間違いなくセリアが関わっていると推察した。
「あの時の威力を無秩序に放ったら間違いなく演習場丸ごと消し飛んでいた。ホント『ファランクス』の練習しといて助かったわ」
「『ファランクス』―――移動型領域干渉は十文字家のお家芸なんだが……まあ、同時に13個の起動式を展開できるお前なら驚くことじゃないか」
「褒めてると解釈していいのか? それはともかく、爺さんがUSNAの大統領にあれだけ釘を刺したというのに……いくら神楽坂家の次期当主とは言え、俺は責任を負えねえぞ」
これに関しては無責任な発言ともとれるだろうが、実際のところは異なる。三矢家からの連絡を聞いた限りにおいて、USNAの政治家をある程度丸め込むことには成功している。
先日の横浜事変において『イグナイター』ことイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが動いたことは向こうも把握していたが、不法侵入を試みようとしたロシア語を話す国籍不明の艦隊群への対処の際、ベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の発動兆候データをホワイトハウスに送り付けた。無論
「それはどういう意味なのですか、悠元さん?」
「向こうの切り札ともいえる“シリウス”を送り付けた意味は理解できなくもないが、何でもかんでも制御したいと考えるやり方が気に食わん。別に差別なんぞしたくはないが、積極的に敵を作りたいとしか思えん」
なのにも関わらず、スターズとしては交渉すらしようとせずに相手の切り札を封じようとするやり方を取った。このことを四葉家ははじめとして、三矢家と上泉家、神楽坂家は間違いなく快く思わないだろう。力に対する恐怖心は分からないでもないが、核兵器を自在に制御しようとした旧合衆国の成れの果てが言えたセリフではないと思う。
「世界の警察になりたいのなら、いっそのことUSNA丸ごと外敵のいない金星か火星にでも移住しちまえって思うわ……なんだよ、達也?」
「お前ならできそうな気がするからな」
「仮にできたとしても、絶対にやる気なんてないわ」
現代魔法の最先端をひた走るという自負は理解できなくもない。そのプライドが同盟国に対して不必要な圧力を招くのは如何なものかと思う。力を持つがゆえに他者の力を恐れてしまう意味は察することができたとしても、結局のところは当人らの価値観で語っているだけの話だ。
「仮に二人の“シリウス”を投入したとなれば、間違いなく達也と俺が目的だな……尤も、どうやらそれだけじゃないんだが。というか、深雪。風邪を引くから早めに戻ったほうがいいぞ」
「悠元さんに温めてほしいといったら、嫌ですか?」
「……達也」
「その、なんというか、すまない」
ここで達也が謝らなくてもいいとは思ったのだが、律義な性格に加えて深雪に対する強い情動の影響で変に苦労人気質となっているようだ。これには流石の自分も悪いことをしたのだと悠元は内心で溜息を吐いたのだった。
自分としては深雪に対して好意的な感情を持っている。でなければ婚約の話を素直に受け入れたりはしないし、司波家での居候も受け入れたりはしていない。男としては冥利に尽きるわけだが、せめてTPOぐらいは弁えてほしい……いや、これでもかなり大人しめなのは達也も同意見である。
「お前が謝ることじゃないし、俺にも責任の一端はあるからな」
「そうか……ちなみにだが、本気でやってセリアに勝てそうか?」
「どうだろうな。実習だけで手の内全てを見せてくれるなんざ思っちゃいないが」
元々の“原作”から乖離しているが、流れ自体は何らかの形を準えている。九校戦の時の『破城槌』がその最たる理由だろう。何らかのリスクを負うことは既に覚悟している以上、達也に対しての情報提供も含めて早めに対策を打つべきだと思う。
◇ ◇ ◇
悠元の放課後は軽運動部で体を動かすか、生徒会の仕事をするか。それに加えて図書館で調べ物をするかぐらいしかない。だが、二人の留学生の存在はそういった生活サイクルに変化を多少なりとも及ぼしてしまう。
悠元はいつものように竹刀を用いて片手で素振りの練習をしていると、物陰から盗み見している人間の気配に気づいたのか、素振りをしたまま背後に向かって言葉を投げかける。
「覗き見するぐらいなら堂々と見ろよ、セリア」
「うひゃっ!? び、びっくりした……悠元、今のは魔法なんですか?」
音からして危うく転びそうになったことはさておき、音に関しての魔法は悠元にとって慣れ親しんだものに近いため、そこまで集中力を要する必要がない。なので、音を増幅してセリアの耳にピンポイントで届けることなど造作もない。
リーナと比べると日本語に関してはかなり流暢という点が気にかかる。だが、その可能性を疑うよりも疑わねばならないことがあるのも事実である。
「まあ、生まれつき音には敏感なんでな。ちょっと指向性を弄った位だよ」
「ちょっとって……というか、そんなことを言っていいのですか?」
「どうせ知られてることだからな」
音に関して過敏な感覚を有することは十師族で知られている以上、外国とはいえUSNAの情報網に引っかからないはずがないだろう。とりわけ
それに、魔法実習で派手にやらかした以上はその程度のことなど些事のレベルだと思っている。素振りが終わったので、セリアのほうを向いたうえで問いかけた。
「セリアは日本の武術に興味があったりするのか?」
「え? まあ、ちょっとですね。小さい頃はよくお祖父様に可愛がってもらってましたから」
先日のリーナの口ぶりからすると、セリアのこの回答は意外なものだった。別にリーナが嘘をついていたと断言するわけではないが、セリアにしてみればこの程度のことでバレないと判断しているのかもしれない。
「なんだ? てっきり魔法のことでも聞かれるのかと思ったのか?」
「それは、まあ……流石に姉のように突っかかる気はありませんよ」
「その言葉を聞いたら、達也が不安になってきたな」
今日は生徒会室に立ち寄っていたのだが、出る際に廊下を歩いていく達也とリーナの姿を見かけた。達也本人としては風紀委員としての仕事でリーナの案内を押し付けられたのだろうが。
達也が早々後れを取るとは思わないが、相手はあの“シリウス”。開幕早々『ブリオネイク』ぐらいの心構えはあってしかるべきだ。尤も、その対抗策として『バスター・ミスト・ディスパージョン』の起動式を渡しているわけだが。
大仰すぎるかもしれないが、下手に慢心して命を落とすよりはマシだと思っている。
(……ここで『
そんなことを考えていると、いつのまにか靴を脱いでいたセリアが一気に距離を詰めてきた。単純な加速術式ではなく、幻影―――九島家の秘術である『
その程度のことなど以前九島家でやられたお遊びレベルだとすぐに判断し、悠元はノータイムで『八卦遁甲』を発動させて『パレード』の想子構造を分離。だが、いつのまにかセリアは道場の備品である竹刀を構え、悠元に切迫していた。
「―――温い、と爺さんなら言うだろうな」
悠元は体を捻ってセリアの振り下ろした竹刀をかわしつつ、そこから魔法による身体能力強化―――想子を圧縮して骨や筋肉などを保護し、人間の持つフルパワーを引き出すための技巧を駆使し、手に持っていた竹刀でセリアの竹刀に向かって振りかざす。
その結果、セリアの竹刀の刃に相当する部分は鋭利な刃物で斬られたかのように畳へと落ちた。これに驚愕しているセリアに向かって、悠元は何も持っていないほうの手で彼女の脳天にチョップを振り下ろした。
「あ、あうあうあー……あ、あ、頭が……」
「何が姉のようなことはしないだ。魔法実習の時もそうだが、もう少し自分を省みろよ」
不幸中の幸いといえば、セリアが手にした竹刀はそろそろ買い替えようと思っていたものだったぐらいだろう。
考えてみれば彼女と赤の他人のはずなのに、気が付けば反射的にチョップをお見舞いしていた。もしかしたら、セリアを前世の自分の妹とどこか似通っているのだと無意識的に判断しているのかもしれない。
前世の妹は天才な癖に肝心なところではポンコツ気質で、よくからかってきたのでチョップをお見舞いすることが多かった。「痛みに愛を感じるよ」などと言われたときは本当に距離を置こうか悩んだのは……ここだけの話だし、生まれ変わった自分には関係のない話だと思いたい。
生まれ変わっても“妹”で苦労することが変わらなかったことは実に遺憾である。
リアル事情が忙しかったですが、ようやく更新できました。
ちょっとした戦闘?シーンは入れてみましたが、これが本格的になると専門用語のオンパレードまみれになるんでしょうね(吐血)