魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

154 / 551
癖の強いものは治りづらい

 司波家でのやり取りは話が若干脱線していたが、悠元は達也の提案を受け入れる形となった。九校戦前の練習で古式魔法を使えることは明かしていたし、幹比古のCAD調整を手伝っていたことからすれば、多少の技術はバレることも覚悟せねばならないと理解していたからだ。

 

「『パラサイト』を攻撃するためには情報次元の対象物を狙い撃ちにするほうが最も効率が良いだろうが、そちらの練習も並行しつつ俺が起動式を組む」

「悠元さんが起動式をですか?」

 

 深雪に渡していた『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』は元々『インフェルノ』を弄った術式のため、悠元がどこまでの魔法改変技術を持っているかまでは知らない故の反応を見せた。

 その一方、自身の魔法を使えることが分かっている達也は特に驚くようなそぶりを見せなかった。

 

「『パラサイト』自体、自分自身で想子を取り込む機能が備わっていない。元々そういう次元にいる故に必要がないからな」

「成程、だから生物などに憑依した結果が人の変質化に繋がるわけか」

 

 『パラサイト』が活動するために必要なのは人間―――それも、魔法演算領域を有する魔法師適性のある人間に限定される。襲撃された人間のいずれも魔法師だったという事実からして、この世界において想子を何らかの形で取り込み続けなければ『パラサイト』としての体を維持できない―――という事実は、天神魔法の秘伝書や上泉家・神楽坂家の伝記に記されていた。

 

「『パラサイト』を直接封印する術式は俺のほうで組み立てるが、古式魔法の部類になるから深雪に教えるのが限界だろう。達也はそうだな……『エレメンタル・サイト』で霊子情報体と宿主の想子接続構造の情報を割り出して『分解』する術式なら無理なく行けると思うが、どうだ?」

「……やはり、お前は埒外の天才だな」

 

 “原作”の知識は完全ではない以上、達也の得意分野を最大限生かせる上での魔法。相手が目視で追えない相手である以上、達也の『エレメンタル・サイト』はこれ以上ないほどの武器となる。

 前者の場合はこの世界に留まり続けさせる魔法だが、後者の場合は精神体を“殺害”する魔法になるだろう。不幸中の幸いとして、達也に人殺しの経験があることと一部を除いた激しい情動が抑えられていることは、この魔法を使う上でのハードルを自然と下げている。

 どの道、情報次元を“視る”ということを考えれば練習あるのみであるが。

 

「そしたら八雲先生に相談するか。爺さん経由なら快く受けてくれるだろう……そういえば達也、放課後にリーナから試されたみたいだが、大丈夫か?」

「お兄様、本当なのですか?」

「……ああ、本当だ。尤も、軽い試しのようなものだったが」

 

 悠元の『天神の眼』は達也の『エレメンタル・サイト』よりも更に上位の機能を有しており、その中には視た対象の経験した記憶を遡及することもできることを予め説明されている。放課後のことを思い出しつつ達也は答えたが、特に困るようなものでもないと弁明するように述べた。

 

「そのことに触れたということは、悠元も何かあったのか?」

「セリアに竹刀で襲い掛かられたよ。まあ、咄嗟に竹刀で彼女の持ってた竹刀を斬ってしまったが」

 

 その際に新陰流剣武術の一部を使う格好となったが、それで魔法のことがバレるとは考えにくい。とはいえ、魔法実習の絡みで自分に対する疑いが増したことは避けようのない事実だろう。

 達也らには話さなかったが、一人で帰宅する際に人工衛星による監視の気配を感じたために、普段よりも強めの気配遮断と光波振動系魔法で姿を完全に偽って帰宅したほどだ。後者に関しては九校戦の時に日除け代わりとして使っていた障壁魔法といえば分かりやすいだろう。

 

「……悠元さんは大丈夫なのですか?」

「どのみち矛先が向くことは想定済みだ。というか、そのことも含めてUSNAの大統領に直接手紙を送りつけたんだが……日本に来た連中をほぼ全員病院送りにしないと分からないほどド低能なのかと愚痴りたくなってくる」

「待て。今USNAの大統領宛に送ったといったが、流石に嘘……ではないのだろうな」

「爺さん絡みで知り合っただけだよ。俺は微塵も会いたくなかったんだが」

 

 面倒事を抱えるぐらいならいっそのこと綺麗に『分解』したほうが早いわけだが、変な遺恨を残すのも面倒というジレンマを抱えている。数年前のことに関しても剛三自身は「政治に凝り固まった首脳など会いたくなんてないが、これも儂自身のけじめかの」とぼやいていた。

 その時点でマイクロブラックホール実験の危険性を通告していたにもかかわらず、結局歴史の流れは“原作”を辿りつつあった。そうなると、USNA軍の上層部には自分が思う以上の強硬派なる派閥が出来ていてもおかしくはない。

 

「その『パラサイト』の宿主なんだが、現状は『スターズ』の兵士とのことだ。そうなるとアンジー・シリウスが出てこないということにはならんだろうな……現代魔法しかロクに使えないやつが事態を引っ掻き回してほしくないわ。むろん達也や一部の連中は除くが」

「悠元、それは遠回しに俺なら出来ると発破をかけているに等しいんだが?」

「お兄様なら出来ますよ」

 

 そう言われてしまっては奮起するしかない……と、達也は妹や親友からの発破に対して内心で溜息を吐きたいような心情を少し抱いたのであった。

 

 二人が地下室から出て行ったあと、悠元は画面を見つめながら考え事をしていた。

 それはセリア―――エクセリア=クドウ=シールズのことに関してだ。彼女のようなイレギュラーが生じる可能性は少なからずあった。そもそも自身という存在がこうなった以上、どのようなイレギュラーが国内外で起きていたとしても不思議ではない。

 

 その理由の一つが先日の“イグナイター”ことイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが出張ってきたことだ。いくら沖縄での一件があったとはいえ、そこまで警戒されていたことは想定の範囲内で済んでいた。この辺は剛三や千姫から聞き及んだことも含まれている。

 旧EU国内に関しても、情報を探った限りにおいて非公式の戦略級魔法師がいる情報は掴んでいる。とはいえ、横浜事変での『質量爆散(マテリアル・バースト)』や『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』に関しては世界のあちこちでそれを調べようと躍起になっている様子が調べた情報から垣間見えた。

 先日、元との電話の中でも日本の戦略級魔法を探るために留学生を派遣すべきというヨーロッパ方面の内部情報を聞いたことから、USNAの大規模調査はその第一弾とみていいのかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 東京都心。その場所で最も高く聳え立つ構造物こそ東京スカイツリー。世界群発戦争で一度破壊されたものの、復興のシンボルという形で再建が成された高層建築物―――その展望フロアの天井部分には一人の女性が立っていた。

 目の部分を特殊なゴーグルで覆い、彼女の右手には補助スコープ付きの大型の弓のようなものが握られていた。普通の弓と異なる部分があるとすれば、弓なら本来あるはずの弦がないという点。

 ゴーグルの耳には特殊なレシーバーが備わっており、そこから女性に対して連絡が入る。

 

『―――標的がロストしたわ、姉さん』

「了解したわ。今のところは『スターズ』も動いていないかしら?」

『ええ。ただ、七草家の魔法師が被害に遭ったようね。死に至るような状態でないことは確認済みよ』

 

 彼女―――三矢詩鶴は自身を姉さんと呼んだ通話先の言葉を聞くと、大型の弓形状CADを近くに置いていたアタッシュケースに仕舞い込んだ。元々今回の仕事はその標的を追い払うという段階までで、その標的の本格的な対処は別のセクションの話。出来なくはないわけだが、その辺は魔法師の家の柵が強く関係していた。

 

「佳奈がそう言うのなら大丈夫かしら。にしても、十師族の柵も面倒なものね」

『詩鶴姉さん……それは多分、父さんが一番感じてると思う』

「そうね」

 

 詩鶴と連絡先の相手―――佳奈が『吸血鬼』の対処に駆り出されているのは、その最初の『吸血鬼』に遭遇した相手が二人に加えて美嘉の三姉妹だったことが起因している。

 有無を言わせず襲い掛かってきた相手が人ならざるものだと佳奈が感じ取り、美嘉が習得したばかりの天神魔法で吹き飛ばし、更には詩鶴が追い打ちで怪我を負わせたが、何事もなかったかのように犯人が逃亡した。

 この時点で魔性なるものだと判断したわけなのだが、三矢家は他の十師族のように守護する基盤を持たないために二人は七草家の手伝いという体で動いている。かといって、得られた情報すべてを七草家に渡すかどうかは現当主である元の匙加減なのは間違いない。

 

「現状を考えれば、まだ悠元に動いてもらうべきじゃないと思うの」

『……やっぱり、USNA絡み?』

「憶測に過ぎないけれど、彼らの近くに『パラサイト』がいると思うわ」

 

 現状仮説の段階を抜け切れないことでもあるが、「パラサイト」が何らかの形でUSNAの関係者に取り付いていて、そこから得られた情報を仲間で共有している可能性に触れた。

 元々悪霊や妖魔にも一種の精神感応能力(テレパシー)があることからして、「パラサイト」がここまで巧妙に逃げ隠れ出来ているのはその能力を有している可能性があるだろう、という詩鶴の可能性の言及に対し、佳奈は一切否定しなかった。

 

『……父さんには、そう伝えるべきかな?』

「そうね。ただ、七草家に伝えるべきではないと思うの」

 

 もし「パラサイト」を軍事的に利用などと考えた場合、そのことを触れずに隠すしかないと踏んでいる。天神魔法に触れている側だからこそ、詩鶴と佳奈はパラサイトの危険性という点で一致した。別件でここにいない美嘉についても同意見を得られるだろう、と佳奈は詩鶴の言葉に頷いた。

 

「にしても、『一極徹甲狙撃(ディフェンス・ブレイカー)』で肩と膝を撃ち抜いたのに動けるだなんて……」

『姉さんのそれは全力だと対戦車ライフルと大差ないのにね』

「佳奈、それを言わないで」

 

 詩鶴の得意とする『ディフェンス・ブレイカー』は三矢家が得意とする「スピードローダー」を併用した加速・移動・収束・発散系統の複合術式で、高密度に圧縮した想子の矢を情報次元に向けて放つ魔法。現実の次元で圧縮した分の距離に掛かる空気抵抗が全て矢の内部に注ぎ込む形で注入されて実物の矢よりも高密度の物体へと化すため、フルパワーだと対戦車ライフルと大差ない威力を誇る。無論、この術式を組み立てたのは悠元に他ならない。

 対戦車ライフルを人に向けて撃てば問答無用で殺害しかねないため、今回は威力を抑えての攻撃となったが犯人はそれすらも治療しきって逃亡した。

 

 ともあれ、負傷者を運ぶ仕事があるために詩鶴はアタッシュケースにゴーグルを放り込んで閉じると、そのまま何の躊躇いもなく展望フロアの天井から眼下に広がる都会の夜景に飛び込むようにして降りて行った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 司波家に居候していても、悠元の置かれた立場が免除されるわけではない。それは神楽坂家に入ったことで変化が生じていた。『護人』の一角を担う以上、この国を脅かすものは何人たりとも許されないことだ。

 悠元は達也や深雪との会話を終えた後、そのまま渋谷へと出向いた。流石に冬なのでコートを羽織っているが、一応動きやすい服装に加えてCADを持ち歩いている。ネオンが光り輝いている街中を歩いていると、そこで見知った人物に遭遇した。

 

「あれ、レオ?」

「お、悠元じゃねえか。こんな時間にどうしたんだ?」

「俺は仕事の一環だよ。レオの場合は……お祖父さんのようにふらついている感じか?」

 

 何で、というレオの疑問を読み取ったのか、悠元は表情を変えることなくその答えを述べる。

 

「うちの爺さんが知り合いだったらしくてな。詳しいことは聞いてないが、訳ありの魔法師だったってこととよくふらついていたぐらいは知っているのさ」

 

 この言葉に嘘は含まれていない。だが、“原作”の知識からしてドイツで開発された「城塞シリーズ(ブルク・フォルゲ)」―――レオがその第三世代であることは知っている。この辺は“転生”の概念を知らなければ理解しようもないと思う。

 悠元の説明を聞き、レオはそれで納得したような表情を向けていた。

 

「ただ、最近は物騒だからな。変にうろついているとヤバいから。いくらレオの実力が上がっていても、対処できないやつもいるだろう?」

「まあな……って、あれってエリカのお兄さんじゃねえのか?」

「おや、本当だ」

 

 レオがふと視界の先に見つけたのは寿和と稲垣。二人に関してはレオも面識があるようで、警察官である彼らが気配を隠して捜査している様子。悠元は密かに気配遮断と認識変化の結界術式を張った上で、レオと一緒に近づいた。

 

「お二人とも、こんばんは」

「うお、っと神楽坂殿に君はこの前エリカを迎えに来ていた子じゃないか」

「そんなことしてたのか?」

「無理矢理呼び出されたんだよ……って、刑事さんたちは何故ここに?」

 

 この場合、部外者であるレオを巻き込むのは不本意とも言うべきだろうが、魔法師であることとレオの徘徊癖を考えれば情報共有はするべきという判断に至った。稲垣は若干警戒するが、寿和は目線を悠元に向けていた。

 

「……神楽坂殿。いや、この場合は悠元君と呼ばせてもらうか。君はいいのかい?」

「レオも発展途上とはいえ魔法師です。彼が巻き込まれない保障などありませんから」

「そうか。なら、場所を移すか」

 

 寿和が案内したのは路地裏の小さな酒場。寿和はマスターに一言掛けた上で小さなテーブルと椅子が置かれた部屋に案内される。無論、悠元は丁寧に音を遮断する結界を張った。稲垣は悠元の存在があるとはいえ、レオに対して若干の警戒をしていた。これにはレオと寿和が苦笑を漏らした。

 

「さて、君らはよく渋谷に来るのかい?」

「俺は偶々ってところっすね」

「二日に一度は来ています。尤も、細かいところは実家頼みになっていますが」

 

 最初はそこまで警戒していなかったが、その最初が自身の姉らを狙うという事実を聞いて三矢家は本格的に情報収集を行っている。悠元も深夜の巡回や探索を行っているが、敵が変に警戒しているのか、その動きから遠ざかるようにして被害が出ている。

 

「寿和さん。皇宮警察から警察省に送付された『通達』はご覧になりましたか?」

「ああ。確かにこちらが手詰まりである以上、協力は吝かじゃないんだが……」

 

 皇宮警察からの送付―――『神将会』を警視庁・警察省が全面的にバックアップするという通達。悠元が神楽坂家の次期当主であることは魔法使いの家ならば周知の事実で、何らかの関わりを持っているところまで理解した寿和がそう言葉を詰まらせた理由は実に簡単だ。

 ようは無駄な縄張り争い。縦割り社会構造の弊害でもあり、十師族が主な要因だった。

 

「七草家は独自に動いてこの事件を収束させるようだが……どうにかできると思うかい?」

「確かにどうにか出来るとは思いますが、あの当主が変な欲を持たないとも思えません」

 

 悠元が以前七草家に渡したのはあくまでも“拘束術式”―――つまりは一時的な被害抑制でしかなく、根本的な原因を取り除くという結果に至るわけではない。“封印”や“消滅”となれば、それは本格的に古式魔法の領域に突入する。

 臆せず言い切る悠元の言葉に稲垣がやや恐る恐るといった感じで問いかけた。

 

「悠元君。相手は仮にも十師族の当主なのに、そんなこと言っていいのかい?」

「これでも神楽坂家当主代行を兼ねていますから。正直言わせてもらうなら、内ゲバやってる場合じゃないだろうと苦言を呈したい気分です」

 

 USNAのメンツが大量に投入されたことに加え、脱走兵の一報が本格的に伝わったことで軍関連の情報がかなり入ってきている。この辺は元から聞き及んだ部分と自身の情報精査から得た結果だ。

 そんな中で妙なプライドを持ち続けることに一体何の意味があるのか。出遅れたくないという気持ちは理解できなくもないが、とりわけ七草家の場合は四葉家に対する妄執が些か強すぎると思う。

 ここまで来ると、ストーカー行為として四葉家が七草家に抗議してもおかしくはない……などと考えてしまうのは自分だけなのだろうか、と悠元は内心で愚痴る。

 

「相手は一個人という単体で済むレベルではありません。なので、寿和さんと稲垣さんにも協力をお願いしたいと考えております。これは皇宮警察特務隊『神将会』第一席、神楽坂悠元からの“要請”です」

 

 どうせUSNAがシラを切ることなど想定している。剛三の忠告よりも現代魔法の先進国としてのプライドを優先した以上、剛三が動くことは既定路線と言っていいだろう。それに、『仮装行列』の一件で千姫まで動くことは既に聞き及んでいる。

 同席しているレオに関しても、彼専用のCADを構想しつつ夜の徘徊には気を付けるようくぎを刺すことにした。

 癖を止めさせるというのはそう簡単じゃない話である。

 




 原作29巻で初登場となる『アストラル・ディスパージョン』の雛型をここから組み上げていきます。主人公自身天神魔法での対処法を持っていますが、達也への配慮を鑑みた結果です。
 29巻が出る前に「想子の供給を担う構造を分解できないのかな」と思ってはいたわけですが(リアル話)。

 真っ先に襲われたのが魔法大学の関係者ということで悠元の姉らを登場。魔法解釈に関しては後で修正するかもしれません。情報次元と物理次元の解釈度合いを読み解いている最中なので。

 レオは横浜事変の際に主人公が『神将会』のメンバーであることを知っているため、特に配慮する必要はないと判断しています。妙なところで変なことを言ってしまいがちですが、原作でも二科生とはいえ魔法科高校の入試をパスしているわけですから頭が悪いわけではないと思います。
 ただ、周りがおかしすぎるというわけd(複数の魔法直撃)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。