魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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割を食うのはいつだって苦労人

 旧神奈川県厚木市。三矢家の本屋敷―――当主の書斎にて、元と詩鶴、佳奈が向き合っていた。三人が顔を向き合わせつつテーブルに置かれた端末に目をやっていた。そこには先日詩鶴と佳奈が遭遇した不審人物に関するデータが記載されていた。

 

「……加減していたとはいえ、詩鶴の『一極徹甲狙撃(ディフェンス・ブレイカー)』を食らっても回復して動いたとはな。まるで御伽噺や創作物の“化物”というほかないな」

「殺してはいけない不文律がなければ心臓を破壊することも覚悟していましたが……何故なのですか?」

 

 疑問を浮かべたのは詩鶴であった。相手の身体能力からして魔法というよりも『超能力』の類に差し掛かっていることは古式魔法を学んでいる詩鶴自身が一番理解していた。何の対策もなしに殺せば厄介な事態となることも無論想定しているが、この辺は指揮系統に近い人間に聞こうと考えた。

 

「『パラサイト』のこともそうだが、その宿主が厄介だ。得られた映像データを解析したところ、先日USNAで起きていた脱走騒ぎの当事者らしい」

「それって、確かスターズのだっけ?」

 

 本来こういった情報は国家機密級なのだが、軍事関連の情報収集に長けている三矢家からすればそれほど難しくない方法でその情報を得ることに成功した。これには悠元から提供を受けた『精霊の鏡(カーヴァンクル)』の力も非常に大きい。

 元はその辺の情報を今回の作戦に関わる人間にのみ教え、他家への情報提供はしない条件を自分の子らに徹底させている。この理由は七草家に起因している部分が大きい。

 

「そうだ。悠元からの連絡では当代の“シリウス”までこの国に来ているそうだ。流石にスターズ総出という一番最悪のシナリオは避けられたが」

「仮にそんなことになったら、お祖父様が嬉々として真剣の六刀流を持ち出しかねませんよ」

「……都心が大規模停電してしまうかもね」

 

 剛三が念を入れて忠告したというのに、それを守らなかったどころか魔法先進国のプライドやら戦略級魔法に関しての神経質など諸々の要素が複雑に絡み合い……結果として実験は決行されてしまった。

 その一報を聞いた剛三の反応はというと、珍しく冷ややかに「先祖の爪の垢でも煎じて飲むべきだな、阿呆どもが」と吐き捨てたらしい。今回の脱走者の手引きをしていたのが剛三にとって因縁のある人物と関係しているかもしれない可能性が大きいからだ。

 戦略級魔法に関してもそうだが、脱走者の件でスターズから追跡チームが追加派遣されることが決まっている。その情報は無論掴んでいるが、元が最初にその情報を知った際に抱いた気持ちは“哀れ”という感情であった。

 

「その悠元から追加連絡だが、今回の一件は『神将会』が動く。警察省および警視庁、そして千葉家と吉田家の合同チームだ。先んじて美嘉に動いてもらうこととなった」

「私たちは当面七草家との共同戦線という形は崩さず、ですね?」

「ああ。十文字家にも声を掛けることになるのは間違いないが、悠元は既に神楽坂の人間だ。あまり頼り切るのも宜しくない」

 

 正直なところ、その気になれば悠元だけでも一瞬で片を付けることぐらいはできる……と元は推測している。だが、それでは意味がないということも理解している。単に『吸血鬼』―――スターズの脱走者を何らかの形で処理することは間違いないだろうということも。

 

「連絡を受け取った際に悠元からそれとなく聞いたのだがな……何て言ったと思う?」

「うーん……ありきたりなところだと、USNAに賠償責任?」

「『それは追々考えておく』と言っていた。時折自分の息子とは思えぬほどの冷酷さを元治にも見習ってほしいとは思うが、贅沢が過ぎるのだろうな」

 

 魔法という存在が世界において重要なファクターを占めている以上、時折苛烈にならねば生き残れない。世界の軍事関連の情報を収集している三矢家からすれば、その緊張感がひしひしと伝わっていることは元が一番感じていた。現に横浜事変でも周辺国が様々な手段で探りを入れていたことも把握している。

 戦略級魔法に関しては、同盟国である日本政府に『本当の目的』を明かさずに入国しているうえ、脱走者の件で無断に軍人を入国させる……この時点でUSNAが負うことになる責任はかなり重くなるだろう。

 とりわけ悠元は非公式ながらこの国の戦略級魔法師。沖縄防衛戦の『天鏡雲散(ミラー・ディスパージョン)』と横浜事変での『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』は既に現代魔法の領域を超越した代物なだけに、周辺国の警戒も理解できなくはない。

 だが彼には一貫した考えがある、と元は呟く。

 

「悠元は世界の支配者に“なんて”拘っていない、と呟いていた。結果として神楽坂家の次期当主とはなったが、色々悪目立ちした自分の浮ついた立場のために受け入れた、と話していた」

 

 3年前の一件で四葉家に目を掛けられたことは、他の十師族でもそれとなく噂程度のレベルで広まっていた(無論元はそのことに関してやんわりと否定していた)。

 彼が魔法や武術の研鑽を止めないのは、恐らくだが彼の前世での経験が大きいのだろう。それに加えて、悠元自身の魂が入れ替わってしまうまでの記憶を引き継いだことで生への執着が人一倍強い、と元はみている。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。メディア関連で『吸血鬼』のニュースが流れ、連続猟奇事件ということでお祭り騒ぎだった。それは無論、十代の若者が集まる形となる学校でも似たようなかたちだった。

 普通だとありえないようなゴシップに飛び付いてしまうのは人の性なのだろうが、興味があることとそれに対して首を突っ込むのは別次元の話だ。対岸の火事に嬉々として突入していくのは一種の狂人ぐらいなものだろう。

 現にその記事はオカルト面を強調した書き方が殆どで、エンターテイメント性を重視したような論調ばかりであった。いくら大衆の眼を引き付けたいからと言っても限度は守られてしかるべきだ。

 自由だからと言って何をしても許されるわけではない。

 

「家の用事とか言ってたけど、どうしたのかな?」

「さてな」

 

 翌日、1年A組の教室。ほのかの言葉に短く返しつつ、内心では二人の席をちらりと見ていた。あの二人の素性はある程度調べたわけなのだが、このタイミングで学校を休めば今お祭り騒ぎになっている例の件と関係あるのでは……と邪推する輩がいても不思議ではない。

 そのことに関しては自分に対するブーメランを投げているようなものだが、否定はできない。

 

「今のところ死者は出てないみたいですけど……悠元はどこまで知ってます?」

「実はな、うちの姉らがその最初に襲われたらしい」

「えと、その吸血鬼さんって、死んでませんよね?」

 

 燈也の言葉に対して悠元が答えると、それを聞いたほのかの言葉に二人は苦笑していた。いくらなんでも姉達が魔法科高校時代に暴れたとはいえ、大学生の身分で正当防衛が成立していても殺しはしていない、と聞き及んでいる。

 だが、相手は行動不能の状態から回復してすぐに撤退したらしい。相手からすれば彼女らの魔法力を得ようと考えたのだろうが、武術を学んでいる姉らに対して殺気を剥き出しにしている時点で自殺願望を疑わずにはいられない。

 すると三人のもとに深雪が近づいてきて、その傍には姫梨も付いてきていた。

 

「何のお話をしていたのですか?」

「巷で噂になっている『吸血鬼』関連のことでな。ほのかはその犯人が死んでないのかと聞いてきたんだ」

「流石に死んでいたらオカルティック度が加速しますよ」

 

 ここにいる五人の内、詳細の情報を知っているのは悠元と深雪、姫梨の三人のみ。とはいえ、昨年春と秋のことからすれば『吸血鬼』が学校を襲撃しない可能性がゼロとは言えない。魔法科高校のセキュリティは高いが、埒外に耐えるほどのものではないことは承知済みだ。

 レオやエリカ、幹比古に手伝ってもらう形となっているが、ここに美月やほのかを入れるのは別の問題。同じ『神将会』である深雪や姫梨は言わずもがな、エリカの場合は千葉家への協力を取り付けた際に『不逞の娘だが、使えないことはないだろう』と千葉家の当主が言っていた。

 お互い線引きをしているのに余計な野暮はやめてほしい、というのが悠元とエリカの共通認識である。とりわけエリカからすれば、大晦日の時に『深雪に凍らされたくない』といってその当人から満面の笑みを向けられた経験が色濃く残っている。

 

「昨日の話だが、雫から連絡がきたな。寝巻とはいえ、流石にあの格好はどうなのかと一瞬焦ったが」

「聞いた私も流石に焦っちゃいましたよ。いくら電話の相手が悠元さんとはいっても限度が……」

 

 いくら連絡の相手が婚約者とはいえ、スケスケのネグリジェだけしか身に着けていないのはどうかと窘めつつ、雫と通話していた(雫は渋々ながらカーディガンを羽織っていた)。悠元の後で雫と話していたほのかの場合は音声だけでの通話だが、悠元はテレビ電話形式の連絡だったためにほのかは悠元の言葉に対して驚いた、と呟いた(ほのかの場合はその辺の愚痴を雫から聞かされたため、事情を把握していた)。

 流石に場所が場所なので言葉を選びつつ会話を進める。

 

「それはともかくとして、向こうでも『吸血鬼』の事件で騒ぎになってるみたいだな。西海岸ではなく中南部方面らしいが」

「ニュースじゃなくて知り合いの生徒から聞いたって言ってましたね」

 

 関連の情報は『神将会』全員で既に共有している。その知り合いの生徒なのだが、雫から聞いたその名―――“レイモンド・クラーク”で緊張感がより一層増した形だ。ただ、雫と修司、由夢には必要以上のことを勘付かせないためにも一定以下の警戒に止めるよう伝えている。

 その後、食堂での昼食でも『吸血鬼』に関する話題が尽きることはなかった。いくら魔法科高校の生徒と言えども……いや、この場合は生徒“だからこそ”とも言えるだろう。その際に美月が「人間主義」に関することを危惧するような言葉を呟いた意味も理解できる。

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 三学期の3年生となれば進学や就職の都合で自由登校になるのは珍しくなく、国策機関である魔法科高校も例外に含まれない。その3年生である二人―――克人と真由美は使用されていない空き教室で顔を合わせていた。

 双方共に十師族の直系であり、今回はそれぞれ十文字家と七草家を代表してのこと。尚、お互いに恋愛感情はないというか、そもそも入学時点から競い合うライバルのような関係に近いので、「密会」であっても「逢引」ではない。これは十師族の“最強”に由来する結果である。

 

「何で私たちがこんな所で、とは思うけれどね」

「それに関してはすまない。だが、これが今一番波風を立てない方法だと思ったからな」

「上泉家の一件もそうだけれど、ここにきて四葉家にまでちょっかいを掛けるだなんてね……お陰で四葉家とは冷戦状態。今ここで悠君に追及されたら間違いなく土下座ものよ」

 

 前者に関してはその一端に関わってしまった以上、悠元に対して強く出ることもできないと真由美は感じている。加えて悠元が戦略級魔法師ということを知っているからこそ、四葉家への横槍は野暮であると内心で父親への呪詛をちらつかせていた。そんな様子の真由美に克人が苦笑を漏らした。

 

「お前でも神楽坂には頭が上がらんか」

「当たり前よ。しかも、狸親父のせいで泉美ちゃんのことも大変になったんだから……」

「確か七草の妹の片割れだったか……何かあったのか?」

 

 真由美に双子の妹たちがいることは克人も聞き及んでいる。彼女の口から出た名前に対し、克人が気になる素振りを見せつつも問いかけると、真由美は深い溜息をひとつ吐いた後で説明する。

 

七草(ウチ)は元々泉美ちゃんが悠君と婚約を結んでいたのだけれど、悠君の高校入学前に破棄になったのよ。バレンタインの件もそうだけれど、一番の理由は十山家の見逃しね。それからというもの、事あるごとに泉美ちゃんの当たりがきつくて…あんの親父…」

「例の一件か……」

 

 今まで大きく動くことのなかった上泉家が動き、下手をすれば師族が三つ潰されかける事態になっていたかもしれない一件。

 この場合、十文字家当主代行の克人が一番割を食った形であった。何せ、当初は同じ“十”の名を冠する十山家を諫める方向性だったが、それに待ったをかけたのは七草家現当主。結果として上泉家から厳しい目を向けられる形となった。

 

「九校戦の時もそうだけれど、自分が悲しくなってくるわ」

「そういうことを目の前で言われると、時折自分が異性扱いされていないのでは、と勘繰ってしまうのだが」

「そんなことはないわよ。十文字君は私の知り合いの中でもトップクラスだと思ってるわ」

 

 入試からのライバルだからこそ腹を割って話せる事実も、克人が真由美の知る異性の中でトップクラスという事実も偽りはない。とはいえ、その上には間違いなく悠元がいるのだろう、と克人は苦笑を禁じえなかった。

 




世間は自粛要請とか言ってるけど、リアル仕事が増えていく今日この頃。
来訪者編が10月に伸びましたが、更新頻度は少しずつ回復させていきます。不定期更新は変わりませんが(大事なことなので何度も言っておきます)
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