魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

158 / 551
片付けにも順序を決める

『見失ってしまいました。移動基地へ帰投します』

 

 通信機から聞こえてきたアンジー・シリウスもといリーナの声を聴いたところで、移動基地で待機しつつリーナのサポートをしていたセリアは徐に通信機を外した。この追跡が失敗に終わったということよりも、リーナの追跡に対して妨害などをしてこなかったことを疑問に感じていた。

 これには同じくサポートをしていたシルヴィアが問いかけた。

 

「どうかしましたか、セリア?」

「いえ……こちらの妨害をしなかったことがどうにも気に掛かりまして」

 

 気にしすぎ、と言われればそうなのかもしれない。正直なところ、作戦を確実なものにするならばこの国の魔法師らの協力を得ることが一番手っ取り早い。だが、スターズひいてはUSNAというプライドが大きく邪魔をしている。

 加えて、今回の留学に関して戦略級魔法の調査という目的を隠している以上、下手に協力してその目的が明るみになったら国家間どころか国際問題に発展しかねない。最悪安全保障の為に結ばれた同盟関係が空中分解する可能性もある。

 

「そのこともそうですが、相手が巧みに誘導してきた技量を鑑みるならば、以前の実力をそのまま鵜呑みにするのは危険でしょう。フォーマルハウト中尉の件は偶々うまくいったと考えるべきかと」

「……セリアは“アレ”を使うおつもりですか?」

 

 シルヴィアが発した“アレ”というのは、マクシミリアン・デバイス社と国防総省が共同開発したセリア専用CADのことを指す。FLTで開発された「フォース・シルバー」シリーズには劣るものの、世界三大CADメーカーの一角を担うだけあって最先端の技術をふんだんに搭載している。

 ただ、そのCADを使う条件としてアンジー・シリウスでも解決が困難であると認められた場合であり、その解除権限を保有しているのは本国にいるリーナとセリアの上司だけ。

 

 現状の手応えを冷静に見るならば、リーナでも手に余るのは否定しようがない事実。楽観視など出来ない、というセリアの真剣な言葉にシルヴィアは頷く他なかった。

 

「最悪の場合はそうなります。正直なところ“同調”を用いても勝てる見込みが数パーセント上がる程度でしょう。あれの用途は元々戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』―――『ブリオネイク』のためのものですから」

「……」

 

 “アナザー・アンジー・シリウス”―――それがセリアに課せられた役目であり、一部の者からは“真なるシリウス”とも呼ばれている人物。そして、彼女にとってプライドというものは唾棄すべきものに等しい。リーナと同じ環境で育ちながらもどこか人並外れた感性をシルヴィアは静かに感じ取っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 レオが吸血鬼に襲撃された翌日。空き教室に呼び出される形となった悠元を待ち受けていたのは、それぞれ七草家と十文字家の代理も兼ねているであろう人物―――真由美と克人の二人であった。助けた女性が七草家の関係者だということは昨晩の段階で掴んでいたため、その辺も兼ねての呼び出しということは容易に想像できた。

 

「七草先輩に十文字先輩。こんな場所で会談ということは、大方昨晩のことでもお聞きしたいのですか?」

「率直に言えばそうなる。神楽坂、昨晩は何をしていたのか尋ねても構わないか?」

「昨晩でしたら、都心部の警戒をしていたらそれらしき反応を掴み、急行したら被害者が一人倒れていました。レオも偶然その場に居合わせたらしいですが、特に負傷はしなかったようで」

 

 このことに関して隠す必要はないし、『神将会』が既に動いていることは日本魔法協会を通して師族二十八家および百家をはじめとした魔法使いの家に通達済みだ。レオに関しては最悪自分の祖父の誼で協力してもらったという名分で通すつもりのため、このことに嘘をつくような道理などなかった。

 

「悠君は、詩鶴さん達が襲われたから動いているの?」

「七草先輩。血縁関係があるとはいえ、家の括りで言えば既に別の家の人間です。それに、今回の一件は情で動けば相手の思うつぼです」

 

 あの“アンジー・シリウス”ですら手古摺る相手に慢心など出来るはずがない。そもそも、世界最強と名高い魔法師部隊であるスターズは現代魔法という括りにおいてその名に恥じない強さを有している。

 相手は「パラサイト」である以上、正直なことを言えば現代魔法中心の十師族が手に負える代物ではない、ということを自覚してほしくはある。

 十師族にも九島家のように古式魔法の知識を有している存在も理解しているが、絶対ロクなことにならないことは以前訪問した際にハッキリしているため、今回のことに関して九島家はおろか独立魔装大隊を動かすことはしないと決めている。

 

「正直なところ、うちの姉ら以外でまともに動けていないのが実情ではありませんか?」

「それは……」

「……神楽坂。俺や七草では足手纏いにしかならない……そう言いたいのか?」

「完全にとは言いません。ですが、現代魔法において“霊子(プシオン)”に直接攻撃する術式は一般的な論理で言えばほぼ皆無です」

 

 肉体への直接攻撃ならば克人や真由美でも可能。だが、精神への攻撃という領域は現代魔法において精神干渉系魔法しか存在しない。しかも、精神干渉ひいては有機物干渉自体が現代魔法においてタブーのような位置付けになっている。

 軍事的な力として魔法という存在があるのに、相手に直接干渉するという方法を禁忌としているのは人道的な観点からすれば理解できなくもない。だが、「パラサイト」を相手にしている以上はそのタブーに拘り続ければ相手の専横を許し続ける結果にしかならない。

 悠元だって七草家と十文字家が全くの無力である、と断ずるつもりはない。彼らのネットワーク網が非常に有用なのは間違いないが、古式魔法の領域に関しては極めて難しいと言わざるを得ないだろう。

 

「“霊子”に直接攻撃って……もしかして、悠君は『パラサイト』の線を疑っているの?」

「ここ最近の襲撃については直接聞きましたが、詩鶴姉さんの『一極徹甲狙撃(ディフェンス・ブレイカー)』を二発も受けたにも拘らず、忽ち回復して逃げおおせたんです。この時点で一般的な人間でも魔法師でもないと判断できるかと」

 

 これは詩鶴の複合術式を組み上げた人間だからこその言葉であった。

 距離という概念を情報次元で圧縮するという手法自体世界でも類を見ない高等技術だが、この副次効果として相手の想子経路を破壊してしまう。圧縮した情報次元の情報を強制的に流し込む形となるため、通常の自然回復では魔法技能に支障が出かねないが、超能力レベルには効果が薄いことも確認済み。

 現代魔法でも踏み込めていない領域の話に、真由美はおろか克人も暫し黙り込んでしまった。数分ぐらい経ったかのような空気が流れたところで克人が尋ねた。 

 

「古式魔法の領域だとするならば、九島家の力を借りるべきではないのか?」

「……十文字先輩。魔法科高校に来ている留学生はその九島家の縁者です。下手に首を突っ込まれて『九島家はUSNAと共謀した』などと謂れのない噂を流される可能性があります」

 

 九島家先代当主である烈とその弟である九島健の確執は表沙汰になっていない。それこそ当事者と神楽坂家当主の千姫、そして上泉家先代当主の剛三に悠元だけだ(悠元は長野佑都を名乗っていた時に剛三から聞き及んだ)。

 ましてや、リーナとセリアは本家を袂を分かったとはいえ健の孫娘―――九島家の縁者ということは本人たちも肯定している。この要素は下手すれば大きな爆弾になりかねない。

 

 仮に九島家が出張ってくれば、魔法師として優秀な彼女らを取り込むことも想定される。だが、それはそれで国際問題に発展しうる可能性を秘めている。単純に物事を解決するのならば彼女らの力を借りて対立姿勢を軟化させるべきだが、問題はUSNAの軍人側にもあるし、こちら側の連携にもある。

 何が言いたいのかと言えば、今後の「パラサイト」関連について国内で足並みを揃えなければ、この先の事態が大荒れになる。だからこそ、悠元は『吸血鬼』の排除を最終的な目的にしているが、その前に片付けなければならない問題に手を付けることとしたわけだ。

 

「神楽坂家当主代行、ならびに『神将会』第一席として七草家と十文字家に依頼します。貴方方が有する情報ネットワーク()()を『神将会』に貸していただきたい。無論、七草家が有している国防軍の情報セクションもですが」

「……悠君。いえ、神楽坂家は先日の七草家の振る舞いに対して怒っているの?」

「怒る、という表現は違いますね。正確には“呆れている”ですかね」

 

 正直なところ、四葉家に情報収集ツールとして『精霊の鏡(カーヴァンクル)』を渡している関係で、国防軍関連の情報セクションを失ったところで大した痛手になっていない。それなら、国防や世界の軍事関連情報を収集している三矢家に依頼する方が早いし信憑性も高い。

 自身の姉らに対抗手段として頼りきりになっている状態で有効な手段を打てないと分かり切っているのに、それでも意固地になって調べようとするのは……四葉への対抗心というか、真夜を諦めきれない弘一の執念なのだろう。

 

「先輩方には学校や他の十師族―――とりわけ九島家への釘差しをお願いしたいのです」

「その言い方だと、まるで九島家を敵視しているようにも聞こえるが?」

「先輩方にも話していませんでしたが、九校戦の時に九島閣下と会い、試しでありながらも殺気を向けられた身です。それで友好的な態度を取る方が極めて難しいと思いませんか?」

 

 かつて世界最巧と謳われた烈と会談しただけでなく、殺気を向けられたという事実に二人は驚愕を隠せなかった。あの場は適当に流したが、彼の孫に対して何もしていないことに良い感情など持っていなかった。数年前に九島家の本屋敷を訪れた際も、その時は剛三の面子を潰さないように配慮したまでだ。

 その烈なのだが、どうやら関東地方に出向いている情報を得ている。ここで独立魔装大隊が動けばその一人である響子を頼るのは目に見えている。

 

「でも、悠君一人で全部対処する気なの?」

「そこまでは言いませんよ。ただ、レオが巻き込まれた以上はその周辺にも協力を頼むことになるかもしれないです。何せ、相手が相手ですからね。単なる人間相手なら先輩方にもお願いするかもしれませんが」

 

 その単なる人間というだけでも妨害が想定されるのは世界最強を自負する魔法師部隊。リーナだけならば問題ないが、その背後関係まで突き詰めていくと色々厄介事になってしまうのは間違いない。

 悠元の提案に関しては、一度持ち帰って検討するという答えが返ってきたので悠元もそれには同意した。ここで強引に突っぱねる理由などないからだ。真由美と克人の二人が空き教室から出て行って暫くしたのち、空き教室に入ってくる面々。真っ先に声を掛けてきたのはエリカだった。

 

「悠元、話は終わったの?」

「まあな。ただ、素直に協力してくれるかどうかは不明だが」

 

 十文字家は事前に上泉家経由で話を詰めているが、七草家に関しては最悪協力を得られない前提で話を進めるつもりでいた。この場に集まったのは一科生組の悠元と燈也、深雪と姫梨、ほのかに佐那。二科生組は達也とレオに幹比古、エリカと美月の11人。

 奇しくも達也と深雪の素性を知っているからこそ、変な諍いは起きないという判断も含まれている。なお、佐那については実の父親である青波から聞き及んでいるとのこと。

 

「細かい話は場所を移してからになるが、神楽坂家代表代行として三矢家に四葉家と六塚家、そして千葉家と吉田家に今回の吸血鬼事件の解決協力を依頼する形となった。国防軍への説明もこちらから通した形で、達也に関わる制約は一時的に俺が管理することになったんだが……面倒だよ」

「似たような立場のお前がそれを言うのか……」

 

 達也の言い分も理解できなくはない。この中にいる面々で一番の実力者は間違いなく悠元だという事実は達也以外の面々も同意していた。なお、本人はその事実を一番否定したがっていたが、話が進まないと判断して反応するのを止めた。

 

「ま、『分子ディバイダー』持ちの魔法師連中が来ないだけまだ安心できなくはないが」

「それって先代“シリウス”の術式だったはずですが……成程、僕らの相手はスターズですか」

「正解だな、燈也。協力できれば御の字だが、奴らの目的の一つは“灼熱と極光のハロウィン”で放たれた二つの戦略級魔法を無力化すること。その意味だと間違いなく相容れん」

 

 悠元の言葉で、その片割れを彼が担っているという事実を肯定していることに気付き、驚くものも少なくない。達也に関してはお決まりのポーカーフェイスだが、深雪は少し心配そうな表情を悠元に向けていた。

 正直なところ、正月にあれだけ派手なことを見せた以上、戦略級魔法に関しても推測はできるだろうということで肯定の言葉を述べたのだが、やはりそれでも衝撃的な事実には変わりないようだ。

 

「規格外だとは思っちゃいたけど……この分だと達也君も似たようなものなの?」

「俺の場合は軍事的な柵が強いからな。詳しくは話せない」

「いや、詳しく聞きたくないし、それだけでも十分よ。あー、ドンドン話せない秘密が増えていく……いっそのこと、誰かの家に居候したいわ」

 

 エリカのぼやきに苦笑しつつ、ひとまず話を進めていくことにする。ここにいる面子は全員悠元から想子制御の手解きを受けており、レオに関しては昨晩吸血鬼の襲撃を受けた形だ。そのことについて悠元が全員に話した上で、幹比古が悠元に尋ねた。

 

「悠元。その吸血鬼が『パラサイト』だと疑っているのかい?」

「嫌疑のレベルではなく確信に近い。俺の長姉に渡した術式は副次効果で想子回路を破壊する効果もあってな。それを瞬時に直せるとしたら超能力レベルになることも検証した結果から証拠が得られた」

 

 だが、憑依する前の彼らはあくまでも“現代魔法”の範疇において極めて優秀なレベル。それを超越している以上、彼らを軍人魔法師という括りで見るのは極めて危険だと判断した。

 なお、『ディフェンス・ブレイカー』の被験者は他でもない悠元であり、自己修復術式のテストも兼ねたものだった。その後で詩鶴から説教されたのは言うまでもないが。

 




 リーナだけでなく、セリアにもオリジナルのCADがありますの巻。制限を掛けているのは現行のCADだと負荷に耐えきれないという裏事情も含んでいたりします。この辺は追々(またの名をネタストック)

 本来ならば独自で動くような形でした(この時点で克人は達也が師族かそれに近しい人物と繋がりがあるのでは、と推測したからこそ自由裁量に任せたのかもしれません)が、しっかりとした後ろ盾で動いてもらう形です。その辺の詳しいことは次回にて。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。