空き教室に集まった面々は、達也と悠元が非公式ながらも戦略級魔法師という事実に驚きの表情を見せていた。だが、このままでは話が進まないと判断してくれたのか、燈也が問いかけた。
「悠元。パラサイトが相手となれば恐らく現代魔法でも対処は難しいと思いますが」
「現時点ではな。俺の見立てが正しければ、俺と深雪、姫梨に佐那、幹比古と美月……それに燈也も可能ではないかと踏んでいるが、どうだ?」
「行けないことはないかと思いますが、実際に相対しないことには分かりませんよ?」
「それが普通の回答だよ」
燈也が自身の持つ精神干渉系の固有魔法『
神将会のメンバーである三人や古式魔法の大家である佐那はともかく、幹比古には上泉家の外典から精霊魔法を教え込んでいたり改良した起動式を提供しており、美月に関しては姫梨の教えを受けて天神魔法を学んでいる。
悠元が今言った面子に達也を含めなかったのは、パラサイトに対して有効な攻撃方法を会得していないからだ。
「で、だ。そろそろ想子制御の“第二段階”を進めようと思う」
「第二……段階? この状況でですか?」
「この状況だからこそだよ。本当ならもう少し後の予定だった訳なんだが、全員の制御レベルが思った以上に伸びたからな」
達也や深雪はともかくとして、二科生メンバーの想子制御能力は格段に向上していた。本当ならば2年生に入った段階で進めるつもりだったが、なにかしらの不確定要素が紛れ込んでいる以上は悠長に構えてなどいられない。
それに、これから教えることは『パラサイト』に対しての有効手段でもある。尤も、制御関連の情報を徒に広めれば面倒事になりかねないため、箝口令は必須事項になってしまうが。
「今までは自身の体内を循環する想子制御に絞って教えていたが、今度は自分の周囲にある想子を制御する方法に踏み込む。何人かは俺の想子制御を実際に見ているが、有機物や無機物を問わずに干渉できないと吸血鬼は対処できない」
この状況下で現代魔法のタブーだのなんだのという悠長な事など言っていられない。その考えは一番『護人』らしい考え方をしている、ということなど今の悠元にそこまで考える余裕などなかった。
周囲の想子制御にまで踏み込む最大の理由はただ一つ。それは想子に霊子と遜色ない“性質付与”をする方法を身に着けてもらうためだ。
「精神を捻り出して霊子を制御する方法はなくもないが、そんなものは自爆技に等しいし古式魔法の秘術に触れてしまうからな」
「それは確かに。けど、どうやって身に着けてもらうんだい?」
「そうだな……一番手っ取り早い方法を取るか」
そう言って悠元が取り出したのは数枚の短冊。そのいずれにも複雑な術式が描かれており、幹比古も一目見ただけでかなり高度な術式が組まれていることを見抜いた。その短冊を空中に放り投げると、悠元は手を上に翳した。
すると、短冊は四方に飛んで行って空き教室に結界術式が展開される。悠元ぐらいの実力者ならば態々使う必要などないが、今回短冊を用いた理由は術式の維持だけでなく魔法科高校の魔法監視システムを欺くためのものだ。
「感覚を掴むには、霊子そのものの感覚をハッキリと認識する方が手っ取り早い。なので、しっかり気を持ってくれよ……『天照絢爛』発動」
悠元の天神魔法―――『天照・五行相剋:天照絢爛』による力の波動が空き教室全体に及び、数秒後には何事もなかったかのような状態に戻った。悠元以外の面々はというと、一部を除いて放心状態になっていた。
だが、その一部―――達也と深雪、それと姫梨は意識を保っており、今までハッキリ感じ取れなかった感覚に多少の戸惑いを見せていた。
「今の魔法は、九校戦のピラーズ・ブレイクで使用した魔法だな」
「正解。流石に細かいことは達也でも教えられない代物だが。今回は霊子の感覚を掴んでもらうために使用しただけだから、威力設定はゼロになってる」
霊子の感覚を掴むには、かなり膨大な霊子そのものを感じ取る必要がある。この経験は天神魔法を独学で学んでいた時に天神喚起の訓練で感じたことだ。その時は間違って『鳳凰』を喚起してしまい、膨大な情報量を『
『天照』を使用した理由は、この教室内で属性魔法単体発動は拙いという判断からくるものだ。『月読』の場合は攻撃的な側面が強かったため、使用しないことに決めた。加えて、ここにいる面子全員が自分のように全属性の適性を有しているわけではないと思い、全属性魔法行使を行ってなおかつダメージをゼロに抑えられる『天照』を選択した次第だ。
「本来の方法なら精霊標などといった場所での修業が望ましいんだが、そこまでの余裕がないからな」
「だから『天照』を使用したのですか……つくづく規格外ですよ」
「いや、姫梨がそれを言ったらブーメランだからな?」
数分後、ようやく意識を取り戻したほかの面々。幹比古も流石に“竜神”以上の情報量に半ば放心状態だったらしく、少し情けないといった感じの表情を見せていた。だが、これでここにいる面子全員が霊子に対する感受性を著しく引き上げられる形となる。
「どうだ? 最初の方は霊子酔いを起こすこともあるから、無理に立たなくてもいいぞ」
「あ、はい。私は大丈夫ですけれど……エリカちゃんが……」
「み、ミキや悠元らってこんな感覚で生活していたわけ?」
「僕の名前は幹比古だ」
悠元の『天照絢爛』で一番ダメージを受けていたのはエリカであった。なお、レオは昨日の吸血鬼での経験が生きたらしく、佐那は古式魔法の大家というだけあって酔うことなどなかった。ほのかも元々光に対する感受性からか霊子酔いは見られなかった。
そして美月はと言えば、想子制御の訓練によって大分感受性の制御もできるようになり、こちらも霊子酔いは起こさなかった。燈也についても固有魔法が精神干渉系魔法のため、特に大きな影響は残っていないように見えた。
エリカの言葉に対し、いつもなら強めの口調で述べるのだが、先程の魔法の影響で些かテンションが低めに返していた幹比古であった。
「で、もう一点。先日五十里家に頼み込んでいたエリカ専用のCADが完成したから、今回の事件で遠慮なく使ってくれ」
「あたし専用? って、これがそうなの?」
「“
FLTの上条洸人―――厳密には悠元が設計を行い、それを基に五十里家の刻印型魔法陣をベースとした術式を内部に組み込んだもの。待機状態のCADは太刀の柄程度の大きさしかない。ようやく霊子酔いが収まったエリカがCADに想子を込めると、収納されていたパーツが展開して黒色の直方体状の打撃部分が展開する。
「ちなみにだが、知り合い曰く試作品の範疇だから」
「……これで試作品とか言われたら、世界の名立たるCADメーカーが泡を噴くんじゃないか、って思うわよ」
流石にそれはないだろう、と悠元は思う。原作でも完全思考操作型CADを最初に使える範疇まで持っていったのはドイツのCADメーカーであるローゼン・マギクラフトだ。そのメーカーは今年の頭に完全思考操作型CADを発表し、一時は話題となっていた。だが、大型CADの範疇の為に一般的な代物ではなく、どちらかと言えば大型機械を用いることの多い業種向けとなっていた。
なお、完全思考操作型CADは既に悠元が実用化している形だが、現状の使用者は悠元とレオ、そして先程渡されたデバイスを手にしているエリカの三人だけ。そのエリカだが、CADを待機状態に戻した上で悠元に問いかけた。
「ねえ、悠元。これって見たところスイッチやトリガーがないから、想子を試しに流し込んだら起動したんだけれど……」
「ああ、完全思考操作型CADの試作品だよ。FLTでもごく一部しか知らないことだから、黙っておいてくれ」
「……あたしって、悠元と関わったことが運の尽きだったのかしら」
人を勝手に疫病神扱いするなと言いたくはあったが、今はその話題に触れるのも面倒だと感じてそれ以上の追及は止めた。ここで達也と深雪を見やると、達也は興味深そうにエリカのCADを見つめており、深雪に至っては目を輝かせていた。ある意味通常運転の
「さて、細かいことは放課後にでもしておくよ。場所はそうだな……三矢家の本屋敷にしておこう」
「僕の家ぐらいなら問題はないと思うけれど、何かあるのかい?」
「要らぬ警戒をしたくないからな。そっちなら予め幾重にも結界術式が張られているし、問題はないと思うから」
達也たちには伝えていないが、魔法科高校の魔法防御網に対して余計な干渉をしている連中がいることは既に把握していた。その元を辿ればスターズの下部組織である「スターダスト」であることも既に掴んでいる。三矢家の本屋敷を選んだ理由は単純明快で、神楽坂家の別邸はあくまでも必要最低限の生活を送れる程度の設備しかないためだ。この辺の設備投資は追々やっていくつもりだが、USNAの連中を追い返してからの話となる。
幹比古の実家でも問題はないと思うが結界術式の準備が少々大変だし、九重寺では神楽坂家の詳細を知られる可能性がある。千葉家を選ばなかった理由は変に貸しを作りたくないという意味合いもある。実家である三矢家なら結界術式のことについても了解してくれると思われるし、地下にある大規模の訓練場なら周りを気にせずに事を進められる。
それでも、古式魔法の絡みから八雲に頼む必要はあるので、その辺は達也の体術訓練と並行して出来るようにお願いすることとした。
「一番面倒なのはUSNAの奴ら、軍事衛星を使ってまで俺を追跡調査してるからな。後々プライバシーの侵害で賠償してもらうつもりだが」
「あの、冗談ではないんですよね?」
「流石に冗談じゃ済まないわね……大丈夫なの?」
戦略級魔法の問題とはいえ、新ソ連や大亜連合だけでなく旧EU諸国まで動いている状況を楽観視など出来るはずがない。その矛先を向けてほしくないというのならそれ相応の態度で接するのが常識だと思うのだが、ここに関しては俺がおかしいのだろうか?
いくら俺でも『
そもそも『スターライトブレイカー』自体、本来完成させる予定の戦略級魔法―――その
「そこは大丈夫だろう、エリカ。俺ですら本気で探さないと悠元を見つけるのは難しいからな」
「それは褒めてるように聞こえないんだが? って、深雪も笑わないでくれ」
「ふふっ……すみません、悠元さん。でも、それだけ悠元さんがお強いってことですから」
なお、エリカに渡した疾風丸は例に漏れず厳重なセキュリティーを有している。
下手に分解や分析をしようとした場合、使用者や調整者を除く周囲100メートルの範囲に対して地面方向に大型トラック100台分―――約1100トン分の重力が掛けられる。普通の人間なら間違いなく地面にめり込みながら肉塊へと化すレベルだ。そのことをエリカに伝えると、絶対に手放さないと述べていた。その時の表情が若干蒼褪めていたのは言うまでもないが。
少々単位がおかしいかもしれないが、この設定は剛三並みの耐久度を持つ魔法師を想定している。その時点でおかしいと言われても、それは上泉剛三という存在がバグっているということにしてほしい。割と切実に。
今回は短め。次につながる展開を考えた場合、ここで切った方が自然だと考えた結果です。