魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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はるのあしおと(※)

 あれから更に2年。悠元は15歳になっていた(なお、彼の誕生日は2月14日……つまり、わかるな? あとは察しろ)。

 FLT社のCAD開発第三課には表向き「上条(かみじょう)洸人(ひろと)」という名で配属となった。形としては在宅勤務ということとなる。

 

 メールには二年前に思い付いた絶対情報遮断魔法『五芒星(ペンタゴン)』を用いていて、FLT社にある滅多に使わない自分の席にも自宅との専用通信端末を置いてもらっている。何でペンタゴンかというのは、その場のノリみたいなものだ。

 この『五芒星』は55秒間隔でランダム変化する55桁のセキュリティが五重になっている。離れた場所の端末で同一のセキュリティにするには55秒以内に異なる端末のインストールを済ませる必要がある。面倒なことだが、これも情報を秘匿するための苦労だ。

 

 そして、FLT社から新星のごとく現れた魔工技師『トーラス・シルバー』。その片割れは悠元である。

 経緯を話すと、父親のコネでFLT社に出入りするようになった達也が会社の力で牛山をスカウトし、その牛山が悠元のCAD設計能力を見抜き、達也の特化型CADの設計に関わる形となったのが大まかな流れだ。

 その際に「開発者名がないといろいろ言われそうですし、トーラス・シルバーという名前のチームでいきましょう」ということになった。どうせ未成年の関係で情報は公開できないのだから、それでいい。個人名なのかチーム名なのかは表に出さず、『トーラス・シルバー・プロジェクト』という名称まで作り、個人名ではなく開発チーム名の証明書類を紙媒体として一応作っておいた。建前の証拠ってやっぱり大事だと思う。

 

 この過程で達也に「お前、佑都だろ?」とバレた。

 CADの精密な設計ができる時点で自分ではないかと当たりをつけていたらしい。「さすおに」である。とはいえ、自分が三矢家の人間―――三矢悠元だということは秘匿したまま。そういえば、こっち方面で忙しくなって九校戦には結局行けずじまいだった。深雪への手紙は深夜経由で渡していたから、色々文句を言われたのはいうまでもない。

 

 その引き換えという訳ではないが、達也専用の銃形状特化型CADの設計図を送ったら向こうから悲鳴が上がったらしい。あれでも『サード・アイ・ゼロ』の焼き直しに近いんだけどね。汎用型までとは言わないけど、同一系統の起動式を最大20種類までインストールできるようにしたし。

 達也が打ったと思しき返信メールには「見たこともないプログラムで驚かせてやる」とのことだった。今のうちにぎゃふん、と言っておけばいいかな?……とか思っていたら「今のうちにぎゃふん、とか言うのはなしだからな?」と書かれていた。やだ、お兄様はエスパーか何かですか?

 

 数日後、FLTから同一の魔法式を連続発動させるループ・キャスト・システムを発表。それを搭載したカスタマイズ性の高い『シルバー・ホーン』が発表された。それに加えてハイエンドタイプとなる『フォース・シルバー』も発表。

 世界の名立たるメーカーであるマクシミリアン・デバイスやローゼン・マギクラフトの従来モデルを遥かに超える安定性と起動式の読み込み速度、安全性を確保した。

 

 ちなみに、『フォース・シルバー』でも大本の3割の性能に抑えられている。

 その大本は悠元の持つ白銀と漆黒の銃形状“汎用型”CAD―――フォース・シルバー・オーバーカスタム『ワルキューレ』と『オーディン』。

 悠元の持つ設計能力と達也の卓越したプログラム構築能力があって完成したCADで、普段は処理速度と特殊機構のセーフティを掛けているが、全ての安全装置を外すと現在オーバーホール中の達也専用CAD『サード・アイ』に相当する。これの完成の過程でソフトウェア開発を頼んだら達也にばれたというわけだ。

 

 次は三矢家の状況。家業の兵器ブローカーは規模を維持しつつFLT社との取引を始めた。『トーラス・シルバー』のことは家族の中でも元にしか言っていないが、そのお蔭で海外メーカーとの仲買も増えたと元は述べていた。国防軍についても独立魔装大隊との関係で十山家を気にしなくてもよい状況に持って行けた。まずは上々である。

 

 長男の元治と穂波の婚約は2093年の3月に成立した。

 その時期に合わせたのは師族会議の開催年だったことも含んでだと思うが、そこには別の事情も含まれていた。

 剛三が思慮した末に穂波を養子として迎えることとなったのは『渡辺(わたなべ)家』―――渡辺綱(わたなべのつな)の末裔とされる百家支流の家系で、約一世紀前に衰退した後魔法師の家系として百家に名を連ねた。その家を選んだ理由は剛三がこう述べた。

 

「―――あの家に伝わるであろう『ドウジ斬り』。それを失わすのは惜しいからの」

 

 剣術家らしい剛三の言葉だが、渡辺家にいる娘は千葉家の次男といい関係にある。その本流を汲む上泉家としての思いもあったのだろう。そこまで聞いて「ああ、あの人か……」とすぐに理解できた。

 新陰流剣武術師範代として千刃流の道場に顔を出す機会があり、そこで千葉家の人とも交流を持った。千葉家の次男に勝負を挑まれ、つい本気を出して道場を一部破壊したことは記憶から消し去りたかった。

 何にせよ、これで三矢家は四葉家、渡辺家、ひいては千葉家と縁を結ぶことになる。養女とはいえ十師族に嫁がせることとなるため、家格は自ずと上がることになるだろう。

 

 次男元継は大学卒業後に上泉家へ婿入りし、剣武術師範の免許皆伝を与えられた。長女の詩鶴と次女の佳奈は魔法大学に進学し、三女の美嘉も魔法大学への進学のために受験勉強中だ。末っ子の詩奈は中学1年となり、侍郎も同じ学年である。魔法のほうも恐らく大丈夫なので、詩奈の護衛として申し分ないだろう。

 

 で、残った悠元はというと、彼も受験生である。受験予定の魔法科高校の受験日は明日なのだが、夕食後に父である元の呼び出しを受けていた。それは受験の付き添いの件だ。

 

「私が行けば騒ぎになるからな。その辺は佳奈にお願いをした」

「いや、佳奈姉さんでも十分騒ぎになるんじゃないかと思いますが……先々代の生徒会長ですし」

 

 悠元がそう述べたのには理由がある。悠元が受験する国立魔法大学付属第一高校(通称:一高)は悠元の兄二人と姉三人が卒業した学校だ。特に元継、詩鶴、佳奈に加えて現在高校3年の美嘉は揃いも揃って輝かしい実績を上げていた。

 

「そうだな……揃って『悠元に触発された』と言って努力した結果、とは聞いているがな」

 

 九校戦だけ見ても、元継はモノリス・コードで負けなしの猛者、詩鶴は女子クラウド・ボールで史上初となる全試合三桁得点・無失点勝利を達成、佳奈は二代前の生徒会長として女子アイス・ピラーズ・ブレイク歴代最速記録を更新し、美嘉は今年度の前半まで生徒会長として本戦の選手兼新人戦のエンジニアを務め、二連覇の原動力となった。

 これだけ見ても三矢家だけでどれだけおかしいか解るだろう。そして来年度にはその元凶となる悠元が入るかもしれないという状況。

 

「触発って……別に大したことなんてしたつもりはないんですけど」

「具体的には『お前のやっていた魔法の訓練を真似しただけ』と揃って言っていたからな。私も真似したらこの歳で魔法力が伸びた」

「さいですか……まあ、明日の件については了解しました」

 

 魔法の訓練とはいっても、単にイメージ力を磨くための特訓でしかない。具体的には空想上の登場人物がやっていることを疑似再現できないか試行錯誤していたところを見られただけだが。結論から言うと「ビームはやっぱり大変だった」と言っておく。

 

 試験自体は受験人数の関係上2日に分けられて行われる。試験自体は前もって勉強していたので問題なかった。というか、魔法工学のテストが簡単すぎた。この辺りはCAD製作のおかげかな。魔法実技も問題なくクリアした。一応機械を壊さない程度に加減はした……それでも115msはやりすぎたと思う。

 付け加えておくが、自分の場合は十師族ということで他の生徒とは別室で受験となったため、そこまでの大きな騒ぎとはならなかった。

 そういや、達也と深雪も同じ学年らしいので彼らも受験だったのだろうか(原作知識で)、などと考えていると、着信音が鳴ったので通話ボタンを押すと、その相手は自分もよく知る人物であった。

 

「こんばんは、風間さん。制服でないということは、今日は非番ということですか」

『ああ、一般回線でな。そういえば、第一高校を受験したそうだが』

「ええ、あとは試験結果待ちです」

 

 電話の相手は風間大尉もとい風間少佐(沖縄侵攻の功績で昇進)であった。服装が過ごしやすい服装だったことから、今日は珍しく非番だったことが伺える。第一高校のことについて触れてきたので、それとなく返した。

 

『まあ、悠元なら万に一つもあるまい。何せ、一高に旋風を巻き起こす三矢の一族だからな』

「旋風どころか竜巻に近いところはありますが……そういえば、彼については何か聞いてます?」

 

 兄や姉達(特に佳奈と美嘉)のやらかしたことだけでも苦笑しか出てこない。何せ、第一高校の『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』なんて言われたほどだ。口にしたくもないので伏せつつ達也について尋ねると、風間は思わず目を丸くした。

 

『おや、君ならば知っているかと思ったが』

「“そちら”の関係で接触を避ける様に仰ったのは少佐殿でしょう? 精々プライベートナンバーを交換したぐらいですよ」

 

 『トーラス・シルバー』の一件についても口頭で風間に伝え、彼の信頼できる人にだけその事実を公表している。連絡で済ませなかったのは何処で盗聴されるか解らないからこそである。無論、それに加えて『三矢家』のこともあるが。

 

『そうだったな。彼も同学年だから受験しているだろう……あのことは公表するのか?』

「するしかないでしょうね。何せ、合否の結果次第で先方からの提案を呑むことになりますので。少佐殿からすれば少し楽に……なりませんね」

『大方の事情は察した。良い結果を期待しているよ』

「はい。おやすみなさいませ」

 

 風間との対話を終え、一息吐く。悠元は机の中から一通の手紙を取り出した。それは四葉家―――それも現当主である真夜からの手紙であった。その中身は悠元にとって驚くのと同時に、うれしく思えるような内容だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 魔法が発達したとはいえ、重要な書類などを紙媒体などで知らせる名残りからメール便などの郵便配達は残っている。司波家にはその合格を知らせる通知書が届いたわけだが、リビングの室温は暖かい日差しが差す外よりも低かった。

 

「―――深雪、少し落ち着け」

 

 その原因は深雪が不機嫌であり、視線の先には兄である達也の入試の成績が書かれた紙。それによって深雪から魔法が漏れていた。達也は一息吐いたうえで深雪に声をかけた。

 

「あ……も、申し訳ありません。ですが……」

「魔法科高校における魔法技能の評価では妥当なところだろう。しかし、深雪がそれだけ高得点なのに二位とは驚いたな。流石は一高のレベルの高さということか」

 

 深雪が文句を言いたくなる気持ちは察するが、達也の得意とする魔法技術は、魔法科高校の魔法力評価だと評価されない項目になってしまう。それでも合格できただけ良かったと達也は述べつつ、深雪の成績を見た上で率直な言葉を述べた。

 

「いえ、魔法も筆記もお兄様が教えてくださったお蔭ですよ」

「魔法はどちらかと言えば“母上”のお蔭だろう。後で合格したことを報告するといい」

「はい」

 

 沖縄の一件の後、深夜は達也が深雪のガーディアンであることの前に自分の息子であることを見つめなおし、他の誰でもない司波達也として接するようになった。その流れで達也も深夜を『母上』と呼ぶようになっていた。

 すると、達也は入学式の案内を見て目を細める。

 

「お兄様? どうかされたのですか?」

「深雪、どうやらお前の上は十師族、それも三矢家の人間のようだ」

 

 達也が指差したのは入学式のプログラムに書かれた新入生祝辞の項目。そこには新入生総代の名前が書かれていた。

 

「三矢……悠元(ゆうげん)、でしょうか?」

「付けられたほうが呼びにくい名前ではないと思うが……しかし、三矢家か」

 

 達也も事前に調べていた。何せ、第一高校の『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』なんてまるで四葉家みたいな存在となれば、深雪への危険を考慮して調べなければならない。三矢家の七人の兄弟姉妹のうち、主に次女と三女がその原因を作ったまでは判明したが、それ以上のことは何も解らなかった。

 

「そういえば、深雪は昨年と一昨年の九校戦を見に行っていたな。何か知らないか?」

「確か、三矢佳奈さんと三矢美嘉さんという方なら直接お会いしました」

「直接? 会いに来たということか?」

「いえ、観戦していたら偶然隣にいらっしゃいまして」

 

 一昨年、深雪は女子アイスピラーズ・ブレイクで優勝した佳奈、女子バトル・ボードで優勝した美嘉と偶然出会い、色々会話させてもらったと話した。向こうも家のことは触れずに深雪と接していたので、四葉との関係を探られたような感じではないと述べた上で、昨年も二人と一緒に観戦したと話した。

 

「お二人も『三矢のことは触れないでくれると助かる』と仰っておりましたし、私も頼りになるお兄様のことを少し話しただけです」

「まあ、深雪のことだから信用するが……信頼できそうか?」

「はい。私のことも妹みたいな存在だと美嘉さんが。その後で佳奈さんから拳骨の制裁を食らっていましたが」

「……賑やかな姉妹だな」

 

 そこまで聞くと三矢家が十師族だということを忘れそうになる、と達也は心なしか思った。それはともかく、と思ったところで電話が鳴った。設定された着信音で深雪がすぐに四葉本家からの直通だとすぐに理解した。

 

「この着信音は、本家からですか?」

「そのようだな」

 

 達也が立ち上がって通話パネルを押すと、画面に出たのは現当主の真夜に加えて二人の母である深夜であった。同じく立ち上がって達也の隣に立った深雪も驚いていた。

 

「叔母上に母上。……これは驚きました」

「お母様、伊豆にいらしたのでは?」

 

 二人はてっきり、深夜は伊豆の別荘にいると思っていたからだ。治療によって想子の感受性が落ち着いたとはいえ、元々人が多いところが苦手だったことと沖縄侵攻の心労を癒すために二人とは距離を置く形を取っていた。それに加えて昨年夫である龍郎と離婚はしたが二人の親権は深夜にあり、四葉の名のことを考えて司波の姓を名乗り続けている。

 二人の驚く表情を見て真夜と深夜はそろって笑いを零した。

 

『もう、二人ったら。私は病人じゃないのですよ? まあ、3年前までは病人みたいなものでしたが。二人とも、無事合格したそうね』

『姉さんも意地が悪いわね。さて、二人とも。まずは第一高校合格おめでとう』

「はい。ありがとうございます。お母様に叔母様」

「ありがとうございます、母上に叔母上。流石の情報収集能力ですね」

 

 揃って同じ笑い方をするところは流石双子の姉妹だと思いつつ、二人の言葉に深雪が軽く頭を下げる。達也は礼を述べつつ四葉の情報収集能力を褒めるような言い方をすると真夜が得意げな表情を浮かべた。

 

『褒め言葉と受け取っておくわね。それで、二人に相談したいことがありまして……悠元さんのこと、覚えていますか?』

「あ……」

「ええ、無論です。彼の助けがなければ、ここに立っていることはなかったかもしれません」

 

 その言葉に深雪は彼のことを思い出す様に声を上げ、達也があの時の功績を過不足なく正当に評価した。過ぎたことに『もしも』というのはおかしいかもしれないが、それを聞きつつ深夜が二人に対して言葉を発した。

 

『それでね、二人がいいというのなら司波家に居候させたいの。幸い空き部屋はあるでしょうけど……どうかしら?』

「そうですね。自分は吝かでは……」

「是非お願いします! お兄様、いいですよね!?」

「あ、ああ……そういうわけでお願いします」

 

 佑都の名前を聞いた瞬間、まるでエンジンにニトロでも追加した、と言わんばかりに瞳をキラキラさせているような妹を見て、これはもう止める術がないと判断して達也は深雪の賛同する声に同意せざるを得なかった。これでまだ深雪は彼に対して恋をしているような感じでないと言い訳しているのを達也は知っている。というか、何度も聞いている。

 

 だが、ここで達也は気付いていなかった。

 真夜と深夜が名前を出しているのは『三矢悠元』のことであり、達也と深雪の知る『長野佑都』ではないということに。加えて彼がどこに行くことになるかも聞いていない。その辺りも理解してやっている二人に疑問を感じることなど、暴走気味の妹をどう止めるか考える達也には思考のリソースが追いつかなかった。

 

『あらあら……達也さん、くれぐれも粗相のないようにお願いしますね』

「心得ています」

 

 何にせよ、二科生として入学することを何とか有耶無耶にできたので良かった、と達也は内心で彼に感謝の言葉を述べていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 魔法科高校に入る側もあれば、当然迎える側も準備に追われることになる。そんな忙しさが第一高校の生徒会室で繰り広げられている中、生徒会長が座るデスクで端末のモニターを見つめている緩やかなウェーブがかったロングの黒髪の女性(背丈のせいで“女子”と言っても違和感は生じないが)を見て、ショートヘアの女性が窘めるように声を上げた。

 

「こら、真由美(まゆみ)。忙しいときに油を売ってるんじゃない」

「サボってなんかないわよ。というか、野次馬の摩利(まり)に言われたくないし、忙しくしてるのはリンちゃん達だもの」

 

 ショートヘアの女性―――第一高校の風紀委員長である渡辺(わたなべ)摩利(まり)に対して、ウェーブがかった黒髪の女性―――生徒会長である七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)は今出来る仕事がないと言わんばかりに反論した。すると、生徒会役員の男子が「この書類が書きあがったら、精査していただけますか」という援護射撃の発言に真由美が我が意を得たり、と言わんばかりの笑みを見せ、これには摩利も反論を諦めて真由美の興味を引くものに視線を移した。

 

「それで、真由美は一体何を見ていたんだ?」

「これよ、これ」

 

 モニターにはニュースの記事が映し出されており、それは先日起きた横浜ベイヒルズタワーでの脱走兵の襲撃事件についてであった。日本魔法協会関東支部への襲撃は回避され、犯人である元国防軍曹長の魔法師も逮捕されたと記載されていた。

 最近は魔法師排斥の動きや記事も目立っていて、真由美も十師族(じゅっしぞく)―――『一』から『十』までの数字(ナンバー)を冠する名字を与えられた師族二十八家の中でも最強に相応しい十の家系―――の一角を担う七草家の人間として憂慮はしていた。尤も、七草家は他の十師族とのトラブルで忙殺されているところもあるわけだが、ここでは割愛する。

 だが、そんな記事を真由美が楽しそうに読んでいたことが摩利にとって一番興味を引かれたところであった。

 

「けれども、何だか楽しそうに読んでいたじゃないか」

「それはね、ここよ」

「何々、『勇気ある謎の美少女魔法師の活躍により……』と。……これは、中々に骨のあるヤツがいたものだな」

「ちょっと無謀かなと思うけれど、この正義感は頼もしいわよね」

 

 確かに、相手の持っている能力を考えずに突撃するのは真由美の述べた“無謀”にも繋がるが、結果として惨事に繋がらなかったのはその魔法師のお陰なのだろう。

 問題はその『謎の美少女魔法師』なのだが、真由美が端末を操作して表示した画像はかなり解像度が低く、辛うじて対象の人物の輪郭が分かる程度であった。だが、摩利がどこかで見たことのある様な感じがして少し考え、何かを思い出したように声を上げた。

 

「ん? ……ん、ああ! これって!」

「摩利も気付いた?」

 

 真由美が端末を再び操作して、校内データベースの新入生一覧にある1年A組のフォルダから一人の女子生徒のデータを表示した。あの画像で真由美も目星を付けていた生徒の名前は司波深雪―――第一高校に“次席入学”することとなる人物である。

 

「ホント頼もしいわよね。こういう子が当校に入学してくるなんて」

「……真由美。その言い方だと、今年の新入生総代の彼が“問題児”という言い方になってしまうんだが?」

「別にそんなことは言ってないじゃないの!」

 

 摩利が今度の新入生総代に対して触れたのは、摩利の実家とその彼の実家が義理の親戚関係にあるためだ。しかも、七草家と同じ十師族の一角を担う『三矢家(みつやけ)』の人間にして、先日の入試結果では魔法実技で他を寄せ付けぬ結果を叩き出し、魔法理論では歴代一位の高得点を叩き出した。

 

「“悠君(ゆうくん)”は確かに私の目から見ても優秀だとは思うけど、魔法なんて見たことがなかったから」

「普通はそうだろう。だが、彼の兄や姉が常識外れの結果を出していて、入試結果にもその片鱗が窺えるのは事実じゃないか。何が不満なんだ?」

「別に不満という訳じゃないわよ」

 

 摩利は真由美と家柄抜きに親友関係を築いていて、時折彼女から相談やら愚痴を聞かされることがある。摩利自身の実家も十師族の外戚となった以上、そういった話題にも触れるべきということで父親から聞かされることが多くなり、その中には七草家の話題も当然含まれていた。

 何があったのかと言うと……今年のバレンタインの時に三矢家と諍いを起こして相手の不興を買うような形となった事。その原因に真由美も関わっていたことだった。更には、水面下で結んでいた三矢家と七草家の婚約も十山家によるトラブルの為に解消されたことも聞き及んだ。

 

 なお、その婚約解消を内心で一番喜んでいたのは……他でもない目の前にいる真由美であった。真由美の妹が密かに婚約を結んでいたことについては、それを進めていた自身の父親に「あんの腐れ外道タヌキオヤジ……」と超が付くほど不満げに漏らした事は、摩利だけが知っている秘密である。

 

「彼の入学を一番喜んでいたのはお前だろうに」

「べ、別にそんなことはないわよ! それよりも、今は彼女の話題でしょ!」

(逃げたか……)

 

 魔法師は一般的な男女よりも早婚を望む傾向が強い。それは魔法師としての能力を鑑みてのものであり、魔法使いとしての家格が高い家ほどそういう傾向が強まっている。故に恋愛結婚という自由度は家格と反比例する形で減少するのだ。

 

 話題を逸らして逃げた真由美も親(主に父親)からの縁談で勧められた婚約者候補がいるのだが、乗り気ではなかったのだ。この学校には真由美と同格とも言える存在はいるものの、真由美からすれば彼は恋愛対象としてというより魔法師としてのライバルという印象が根強い。一条家にも名の知られた男子はいるが、真由美から見て年下ということで婚約対象から外されていた。

 

 真由美が気に掛けているのは、同じ十師族の一角であり三矢家の三男。しかも、今度入学する新入生総代であり、生徒会長である真由美は既に顔を合わせている。真由美は否定しているような素振りを見せたが、摩利は自身の経験と照らし合わせて考えても、彼女が“彼”を気にかけているようにしか見えなかったのだ。

 その問題を先送りにしても、結局は返ってくる……ということは真由美自身も分かっているだろうと思い、摩利はこれ以上の追及を避けた。

 

「それで、どうするんだ? 何だったら風紀委員会(ウチ)に引き入れたいが」

「先に目を付けたのは生徒会(こちら)よ。十文字(じゅうもんじ)君としては悠君を部活連(ぶかつれん)に引き入れたいのでしょうけれど、不文律の手前もあって遠慮するそうよ」

 

 部活連(ぶかつれん)―――正式名称は課外活動連合会(かがいかつどうれんごうかい)といい、第一高校内に存在する課外活動クラブ(俗に言う部活動)を統括する組織のことを指す。そのトップである部活連(ぶかつれん)会頭(かいとう)は十師族の一角を担う十文字家(じゅうもんじけ)の長男であり、既に十文字家当主代行としても活動している実績の持ち主。

 すると、摩利が記事の中に気になる文言を見つけた。それは、犯人を取り押さえた人間が彼女ではなく別の人間だということであった。

 

「そうか……おや? この記事を見るに、取り押さえたのは同い年ぐらいの男の子ということか」

「摩利、気になるの?」

「彼女の知り合いかは分からないが、もし入学するというのなら腕っぷしは十分あると見た。首根っこ掴んででも風紀委員会にスカウトするつもりだ」

 

 犯人が元とはいえ軍人魔法師。それを相手に腕っぷしだけで圧倒できるということは、魔法の不正使用を取り締まる風紀委員は十分務まると摩利は判断した。尤も、その少年が魔法科高校に入学することになるという前提が付くのは摩利も当然理解している。

 

「次席入学の彼女に、三代続いて生徒会長を務めあげた“三矢”の弟に加えて“六塚(むつづか)”……今度の新入生は楽しみだな」

「ええ、そうね」

 

 今年卒業した前生徒会長と入れ替わる形で入学することになる新入生総代の三矢悠元。

 先日の元軍人魔法師を抑え込んだ次席入学者の司波深雪。

 そして、東北から十師族の一角を担う六塚家(むつづかけ)から現当主の弟が三番目の成績で入学する。

 真由美はおろか摩利ですら、深雪も十師族関係者であるという事実を知ることになるのは……まだ先の話である。

 




11/15 真由美と摩利のやり取りシーンを追加しています。

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