元との話を終えて悠元が向かった先は本屋敷の地下にある大規模の訓練場。床から天井までの高さは10メートル以上もある関係で移動用のエレベーターが備え付けられている。尤も、体力を鍛える意味で階段を使うことが多いために数える程度の使用回数しかないわけだが。
訓練場の扉を開くと達也らは動きやすい服装に着替えており、各々準備体操をこなしていた。
「お、もう始めてたのか」
「長くなると思ってある程度のコツだけは教えたのですが、駄目でしたか?」
「別に構わないよ。姫梨との付き合いは短いけど、信頼してるから」
別に褒め殺しを狙っての発言ではなく率直な感想を述べたのだが、これに対してエリカがニヤついていたので懐からチョークほどの大きさの金属棒を取り出してノーモーションから放ると、エリカはその殺気に反応して反射的ながら顔を逸らした。金属棒はというと、定率減速の魔法を掛けて途中で失速させ、そのまま音を立てて床に落ちた。
「って、危ないじゃないの!!」
「殺気を先行して走らせてみたが、流石だな。本気でやるんなら殺気を全て隠した上でやってたよ」
「はあ……冗談と思えないのが悠元らしいよね」
「さて、おふざけは程々にしておくが……一応お前らの親には了解を取り付けている。暫く三矢家の本屋敷で泊りがけの合宿だ。足りないものは経費で落とすから遠慮なく言ってくれ。CAD関連については高精度の調整機を使ってるから問題はないだろう」
「あー、だから最低限必要なものは持ってくるように言ったわけね」
三矢の本屋敷に来る前、各々一度家に戻った上である程度の荷物は持ってくるように言い含めた。これにも他の目的はあったりするのだが、今は言うべき時ではないと判断して話を進める。
「昨晩なんだが、レオが吸血鬼と遭遇してな。特に怪我はなかったんだが……連中が魔法師を狙っている以上、付け狙われる可能性もなくはない。その連中が単なる魔法師だったらまだ楽と言えば楽なんだが……」
「アメリカ―――スターズとしては、その『吸血鬼』を“アンジー・シリウス”が追跡して処分する腹積もりという訳か」
「正解だよ、達也。だが、逆効果だということを認識していない」
寧ろ自分の首を自分自身で締め上げているようなもの。『吸血鬼』の詳細データや潜伏先は既に把握しており、スターズの動きも既に把握している。普通のなろう系なら一挙に殲滅してしまえばいい訳だが、そう出来ないのは法という壁があるからである。同胞ならばともかく外国人の、それも同盟国の魔法師という面倒さが付きまとっている。
「逆効果って、増殖でもしちまうのか?」
「『パラサイト』は実体を持たない。つまり通常の目視で捉えるのは不可能。想子の感受性と霊子の感受性は比例するとなっているわけだが……ここが鈍い原因はCADありきの現代魔法が原因なんだ」
例えばの話、ファンタジーだと強力な武器や防具などの強力なものはそれを扱う当人の実力が伴って初めて使い物になりうる。CADの場合はそういった制限がされておらず、精々制限があるとするなら起動式を含めた魔法演算処理の複雑さぐらいでしかない。この辺は様々なCADを弄った経験からくるものだ。
だが、CADありきでは複雑な上位魔法を使用することなど出来ない。魔法の結果を複雑なものにするには発動プロセスそのものを複雑化させるだけでなく、その魔法を組み立てるために必要な演算能力を獲得する必要がある。
十文字家が魔法演算領域のオーバークロックという技術を獲得するに至ったのは、基本演算能力の底上げが難しいという結論に至ったからであろう。
「とことん現代魔法の欠点を突くような話をするけれど……悠元、僕らの霊子の感受性を引き上げたのは単純に『パラサイト』対策だけじゃないんだね?」
「ああ。学校で使った『天照』で大体の特性は掴めたんだが、一人だけどうしたものか悩んでる」
「一人だけ? もしかしてなんですが……」
燈也の言葉を皮切りにその該当者候補―――達也に視線が集まる。これには流石の達也本人も買いかぶり過ぎだろう、と言わんばかりの態度が見え隠れしていたが、このことについて嘘をつく道理がないと判断して悠元は話し始める。
「燈也は鋭いな。達也は夏休みの段階で第二段階にまで踏み込んでいたから、その更に先まで踏み込んでもらうつもりだよ」
悠元が手を翳すと、先程投げて床に落ちていた金属製の棒が音を立てることなく一瞬で手元に戻ってきていた。しかも、それを掴んでいる悠元の手は一切の傷が付いていない。これは悠元のみが使える『ミラーゲート』は一切使っておらず、情報次元の情報改変のみで成立させた事象である。
これには一同が驚きを隠せないが、そんなことを気にする暇もなく人差し指だけで棒を回していた。
「横浜での一件の前に魔法科高校のセキュリティーを破ろうとした輩もいたし、春のテロリスト襲撃もあったからな。その意味で防御が万全とは言い難いわけよ」
「確かにその通りなんですが……その、大丈夫なんですか?」
「このぐらいできないと爺さんから木刀の雨が降ってきていたからな」
それこそ手裏剣一つで木刀の雨を凌げ、という無理難題をこなしたことがある。少なくとも新陰流剣武術の前身である新陰流はこういったことを想定などしていなかったと思う……多分。
かつて経験した人外育成コースのことはさておき、達也以外の二科生メンバーに加えてほのかと燈也が第二段階の訓練を始めることとなった。そちらの監督については姫梨と佐那が担当してくれるということで任せることとした。
それに、これから話す内容に関して達也と深雪以外の面々に明かすのは拙いと考えたからだ。
「―――『
「俺は過去に二度その秘術と対峙したことがある。一度目は『老師』こと九島烈、二度目は“アンジー・シリウス”と対面した時だ」
前者は剛三と一緒に対面した際、後者は剛三に巻き込まれた時の話。後者の気配は単純な目視だと照準を外されることを予め知っていたので、躊躇うことなく広範囲攻撃の天神魔法を使用することで『パレード』を攻略した形だ。
「悠元さん。その『パレード』は幻術魔法の一種なのでしょうか?」
「現代魔法の括りだと対抗魔法の一種だな。本人に関するあらゆる情報のエイドスを複写・加工し、仮面・仮装のエイドスを魔法式に投射して本人の姿を変えるだけでなく、魔法の照準に対する干渉を行うことで本人への魔法照準を防止する魔法なんだが、『パレード』にはこの国の古式魔法の技術も内包している」
原作知識で知っていたわけだが、実際に体感してその恐ろしさを実感する羽目となった。尤も、その『パレード』にも現代魔法ならではの欠点が生じる。それは魔法照準を外すためのエイドスに限界距離が生じるという点にある。
加えて、魔法式が露出するという点はこの魔法にも適応されており、その気になれば『
「悠元、師匠がこのことに関与してくる可能性は?」
「ほぼ確実。何せ九重先生の先代が教えた魔法を改造して出来たのが『パレード』だからな。尤も、九重先生以上に母上が出張ってくることになりそうだが」
「九頭龍」の絡みも無論あったりするが、大本となった忍術の『
その『水遁流転』という魔法なのだが、術者のエイドスを空気中に漂うエイドスに複写して存在を広範囲に点在させる魔法。簡単に言えば、想子の感受性を著しく強制的に引き上げることで相手の情報処理をパンクさせるための精神干渉系魔法。
『パレード』と異なる点は魔法式の所在で、何と術者の足元にある。しかも魔法式のエイドスまで複写してしまうために、本当の魔法式が破壊されない限りは効果が持続する。天神魔法の技術の一部が使われた経緯についてだが、その当時の神楽坂家当主と本山の僧侶がお互いの技術を学びあうための交換条件として持ち出されたものらしい。
「本来なら九島家の秘術故に口外は出来ないんだが……明日、軍人に憑りついている吸血鬼の連中を一人“隔離する”。メンバーは俺と深雪に姫梨、達也はバックアップに回ってほしい」
「悠元は“アンジー・シリウス”が出張ってくると睨んでるわけだな。協力はしないのか?」
「そうしたいのは山々なんだが、現状だと難しいからな」
難しいと述べたが、正確にはミカエラ・ホンゴウと名乗っている女性にも『パラサイト』が憑りついていることが確認された。どうやって特定したのかと言えば、『パラサイト』の持つ特殊な性質を逆手に取った方法。
精神干渉系魔法『
その魔法で『パラサイト』が掴めないか探ってみたところ、見事に本来の人間では発しないはずの波長をキャッチすることに成功したわけだ。想定などしていなかった副産物には流石に苦笑せざるを得なかったが。
「隔離するということはアメリカに送り返すのですか?」
「そんな面倒なことはしない。だが、彼らには利用できる価値があるから、それを最大限に生かすだけだよ」
脱走者から『パラサイト』を切り離す算段はつけた。この術式を編み出すために転生特典と天神魔法の知識をほぼフルに使ったのは言うまでもない……約1000年以上も経った後に新たな魔法が出来るなど、創始者は考えもしなかったであろうが。
そもそもの話、創始者は天神魔法自体を“完成したもの”と断定などしていないわけだが。その意味を正直に受け取るならば、『天照』と『月読』はまだ研鑽の余地があることを意味しているに他ならない。
「そうなると、レオや幹比古達の訓練はカモフラージュというわけか?」
「それも目的の一つだよ。いつでも俺らが近くにいて対処できる訳じゃないからな」
別に「パラサイト」だけを念頭に入れているわけではない。
特にレオとエリカは奇しくも旧EU―――ローゼン・マギクラフト絡みで因縁がある(無論二人はその事実など知らないが)。国外だけでなく国内も安全とは言い難く、勢力を広げるための手段として師族二十八家が狙ってこないとも限らない。千姫もその辺を理解してくれたからこそ、立場的に一番弱くなってしまう美月を伊勢家の養子に迎えることとした。
ちなみにだが、隔離先は九重寺にすることを決めている。元々の家柄に加えて“九”の家と関わりを持っているので古式魔法にも造詣が深く、八雲もそのあたりの事情を理解しやすい点にある。
「とりあえず鍛錬を始めるか。達也、お前の眼だと精神の領域は視れないのか?」
「流石にな。その口調からするにお前は視れる様だが」
「あんまり気分のいいものじゃないけれどな。視れないものに怯えることと天秤に掛けられたらどう答えていいものか悩むが」
生まれ変わる前の世界に比べれば、この世界での悠元の人生は順風満帆などと言えるものではない。実家の三矢家もそうだが、祖父である剛三に巻き込まれての世界一周旅行はその代表格といえよう。世界中には触れることすら禁じられているものが多くあり、精神が視えることでそれにも触れてしまうというか“引き寄せられて”いた。
とりわけ墓地などの特定の感情に偏ってしまいがちな霊的スポットでは顕著に発動し、それがきっかけで天神魔法を本気で修得するに至った(属性魔法はあらかた学んでいたが、精神干渉などの魔法はまだ先でよいと判断していた)。話していないが『天照』を修得したのが高校入学前の話だということから察してほしい。
「俺の眼は強力すぎてな。以前エジプトのピラミッドでファラオの霊に襲われたときは流石に肝を冷やしたわ」
「そんなことが……どう対処されたのですか?」
「少しアレンジした精神干渉系魔法でな。咄嗟に覚えたものだから、その魔法の理屈も分からん」
厳密には壁画に刻まれていた当時の王家が残していた古代魔法。それをベースに編み出した精神干渉系魔法『
こんな出来事も世界旅行の一端で起きたことだ。トラブルに巻き込まれるのは自分というよりも剛三のせいだと思いたかった。割と切実に。
パラサイトをすぐに退治しない理由は次話にて語ります。
最近原作31巻を購入して読んだのですが……何やってるんだよマジで、という感想しか出てきませんでした(色んな人に対して)。もはや国家のためというより個人のプライドとエゴで戦争するとか……まあ、今更なのは言うまでもないですが。
引くに引けないというのは分からなくもないのですが。