魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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強さは諸刃の剣

 達也に課す目標。それを示すために悠元はポケットからCADを取り出してスイッチを起動する。すると、訓練場の一角が起動して射撃場へと変化したのだが、的の台座からは何も出てこないことに深雪が首を傾げた。

 

「悠元さん、何かは感じるのですが、肝心の的らしきものが見えないのですが?」

「普通の視覚ならな。達也は分かるか?」

「―――成程。パラサイト対策となればこうなるという訳か」

 

 達也は『エレメンタル・サイト』で的の台座から上方向に視線を向けると、孤立情報体―――式神の一種らしきもの―――が標的として出現していた。このシステムを組み立てたのは誰なのかと悠元に疑問の眼差しを向けると、悠元は説明を始めた。

 

「基本設計は俺だが、出力術式のベースは上泉家や吉田家の協力を得てる。流石にパラサイトに限りなく似せるのは危険だと判断した結果だが」

 

 悠元は手を翳し、情報次元の的の位置に想子を圧縮し霊子の性質を“付与”して炸裂。その余波で狙った的だけでなく周囲の的も消滅させることに成功した。深雪からすれば悠元が何かをしたという現象を霊子の波長で感じ取っていたようで、目をキラキラさせて悠元を見ていた。

 

「まあ、まずは情報次元の的に座標を重ねるところからかな。達也は元々アドバンテージがあるわけだし、そこにいくのがまず大事だろう」

「分かった。悠元が今やったように上手くいくかまでは分からんが……あと、深雪のフォローは任せた」

「既に抱き着かれてる状態でそれを言わないでほしい」

 

 別に嫌というわけではないが、2学期以降は学校でも司波家でも大体一緒にいることが多い。3学期になってから(厳密にはリーナとセリアが転校してきてから)は一緒に寝てほしいと懇願されて根負けした(達也も深雪を窘めたが、泣き落としに屈した)。しかも、寝間着だけ着て下着を身に着けない状態もあったりするため、必要以上に手を出していないか不安に感じることもある。

 仮に手を出さなくとも深雪から密着してくるため、軽いスキンシップどころでなくなっているのは否定しない。時折、朝起きた際に深雪が何も身に纏っていない状態となっていることもあり、対策術式を行使しているのは言うまでもない。『天神の眼』で情報の遡及は可能だが、一々気にしてストレスにしたくないということでしていない(神楽坂本家での出来事を考えると“している”前提で対策を講じている)。

 そのことを達也に話したところ、妹の暴走ぶりに頭を悩ませつつも事情を聞かれることが多くなった。このことを成長と呼ぶべきなのかどうかは判断に悩むところであるが。本人曰く「これがもし俺に向いていたのだと思うと、嫁の貰い手が出てくれたことに感謝する」とのことらしい。

 日に日に『誓約(オース)』ありの状態で制御の精度が増していることから、以前達也が述べていた推察も間違っていないのかもしれない。流石にこのことを公表する気にはならないが……自らの私生活を暴露するに等しい行為は流石に御免である。

 

「悠元さん……その、ダメですか?」

「ダメとは言わないが、深雪も制御の訓練だからな?」

「あっ……その、お手柔らかにお願いします」

 

 訓練以外のことで別に何かするわけでもないというのに、そう畏まられるとかえって恐縮してしまうと思う。ともあれ、訓練ということで深雪も距離を置いてくれたので良かったと思うことにする。主に精神的な意味で。

 

「さて、物理次元を無視して情報次元に魔法を撃ち込む方法なんだが、これが思ったよりも精神を削るからな。他の連中より多少疲労が増えることは覚悟してくれ」

「それぐらいは覚悟の上だ」

「了解、それでこそ達也だな」

 

 まずは基本となる想子弾の「遠当て」。そのやり方とイメージを達也に教える。全て教えても特に問題はないのだが、この先を教える際に引っ掛かる可能性があるため、まずは基本中の基本に止めた。元々『術式解体(グラム・デモリッション)』を使いこなしている達也からすれば、その情報だけでも大方の道筋は見えたようで悠元に尋ねた。

 

「難しいものかと思えば意外とシンプルなんだな」

「『遠当て』だけでも本来は高難度の技術だからな。想子の塊を目標に重ねるまでは今の達也なら難しくないだろう」

 

 達也が持っている元々のスペックに加えて想子制御の度合いが一番進んでいる達也ならば遠当てを放つまでそう時間は掛からないだろう……と思っていたら、案の定一発で理の世界に遠当てを放つことに成功していた。

 これには思わず目を丸くしてしまったのは言うまでもない。

 

「……出来たみたいだな」

「他人事のように言うな。どうする? 先に進めるか?」

「いや、今の感触を馴染ませておきたい」

 

 そう言って達也は遠当ての訓練を再開する。行き詰まるまでは独力で試行錯誤するという意思を感じ取れた。別の言い方をすれば負けず嫌いとも言うのだろうが。それならば、と悠元は深雪に視線を向けた。

 

「深雪なんだが、天神魔法の訓練だな。属性魔法の練習もそうだが、精霊の制御訓練を本格的に進めるぞ」

「制御訓練と言いますと、九校戦の時に悠元さんがやっていたような訓練でしょうか?」

 

 話を聞くに、幹比古に見つかった制御訓練の風景を深雪も見ていたようだ。とはいえ、そのことを隠してもメリットにならないので頷いて肯定する。通常ならば魔法は適性に応じてある程度特化するのが普通だが、天神魔法においては“全属性”の精霊制御が求められる。これは基本となる魔法陣が7つの属性の精霊を一定以上制御できていることが発動の前提条件となっているからだ。

 

「間違ってはいない。本来は精霊標などのスポットや触媒で訓練するのが望ましいが、そう贅沢も言ってられないからな。なので……深雪、俺の手に手を重ねて集中してくれ」

「はい」

 

 こういう時はしっかりしているというのに……愚痴なのか惚気なのか分からない文言はさておいて、悠元が右手の掌を上に向けた状態で差し出し、深雪は手を重ねる形で右手を置いて瞼を閉じた。

 それを確認すると、悠元は精神を集中させて周囲に無数の精霊を発生させる。七属性の精霊の感覚を掴む訓練は深雪が悠元の婚約者となってから続けており、重ねた手から伝わる感覚を基に深雪は周囲に浮かぶ精霊を制御していく。

 本来は精霊標や触媒を用いて精霊を発生させ、それを制御する―――以前実験棟で幹比古がやっていたような練習方法に近い。悠元はそれを『万華鏡(カレイドスコープ)』という常識外れの固有魔法で精神の消費を限りなく抑えているため、深雪の精霊制御訓練はいつもこの方法を用いている。

 そもそもの話、「ハルノブ」―――木彫り熊の前例はあるが、あれこそどういう経緯でああなったのかまでを説明できない。それに、古式魔法と現代魔法では制御方法も異なる部分があるため、触媒などを使わずに悠元が精霊の発生を担っているのは、深雪が危険な目に遭わないようにする思いがあった。

 余談だが、その木彫り熊については千姫が興味を持ったらしく、置き場所に苦慮していた側の国防軍から買い取ったらしい。なので今は神楽坂の本屋敷に置かれているわけなのだが……自分が近くにいないとただの置物なのは変わらない事実である。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 脱走者を追跡する技術に関してはUSNAに一日の長がある―――それは紛れもない事実である。脱走者の一人と思しき追跡者の想子パターンを既に把握しているサポートを受けて、リーナは『パレード』を纏い仮面を付けた状態で追跡を再開していた。だが、その脱走者側はといえばリーナの動きが読めるような素振りを見せつつ追跡を掻い潜っていた。これにはサポートメンバーの一人であるセリアが難しい表情を浮かべていた。

 

「……シルヴィア、これをどう見ますか?」

「疑いたくはありませんが、メンバーの中に“内通者”がいるとお考えですか?」

 

 それしか考えられない、とセリアは顔を縦に軽く振って肯定した。セリアの追跡能力を以てしても追い切れない怪人……せめて古式魔法でも学んでいればと内心で独り言ちるセリア。すると、レーダーに異常を知らせるアラームが鳴り響いた。シルヴィアが気を取り直して状況を知らせるように指示を発する。

 

「何があったのですか!?」

「報告します。追跡していた不審者のパターンが突如……消失しました」

「消失? 向こうがこちらの追跡に気付いたのですか?」

 

 USNAの想子追跡技術は世界でも屈指……いや、現段階では“世界一”と豪語しても遜色ない程のレベルである。そのセンサーが捉え切れなくなったという事実は、オペレーター席に座っていたセリアを立ち上がらせるのに十分過ぎた。そして、セリアは部屋の奥に置かれている黒のアタッシュケースを開き、中に入った装備―――スターズが対魔法師用に使う戦闘服に素早く着替える。そして、セリアは『パレード』を展開した。

 

 煌めく白銀の髪は透き通るような空色に。

 リーナと同じ蒼の瞳は自身の元々の髪色である白銀に。

 頬の線は鋭いものへと変化し、リーナの『パレード』を思い起こすかのような威圧感を生み出している。

 そして、自身用に調整されたCADをやや乱暴ながら掴むと、セリアは外に出て飛行魔法デバイスを起動。シルヴィアの制止する声にも耳を貸さず、セリアはリーナと同じ仮面を身に着けると夜の都心へと繰り出していった。

 

(分かってるの!? 相手は同じ軍人というだけでなく『パラサイト』のこともあるのよ!? こんな時に余計な真似を…!)

 

 この時のセリアは自身が手掛けた技術を無効化されたというだけでなく、双子の姉が万が一の危機に瀕する可能性を真っ先に考慮した。

 身内を信じていないわけではないが、脱走者に憑りついている正体をUSNAの側で知っている身として、このままの流れを維持して最終的にパラサイトをUSNAから遠ざけるのがセリアの目的であった。そうなればこの国で様々なトラブルに見舞われる確率が高くなるが、セリアにとっての家族を危険にさらす様な真似などできるはずがない。

 

 セリアはこの出来事が脱走者によって引き起こされたものではない、と判断していた。確かに脱走者に憑りついている正体を考えるのならば情報共有などお手の物だ。だが、いくらパラサイトと言えども人の姿を保ち続ける以上は見た目という視覚的な情報をいつまでも偽り続けることなど出来ない。そうでなくとも、想子の波長データが変質化したとしても追跡できている以上は許容の範囲内で済んでいる。

 そうなると、考えられる可能性はセリアの知っている情報から考えた結果……一人の同級生に行き着く。

 

(神楽坂悠元……私の勘が正しければ、彼は恐らく私と“同じ”のはず)

 

 USNAの事前調査において、「灼熱と極光のハロウィン」における2発の戦略級魔法の最有力候補者と目されている人物。現代魔法と古式魔法の複合術式のみならず、現代魔法においても極めて高難度の制御技術を九校戦で披露していた元十師族の人間。

 その情報のみならず、セリアは留学直前にUSNAの大統領と会談する機会を得た際、彼から忠告を受けた。

 

「――― 一つだけ言っておくぞ、セリア。今回の任務に関して『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』が出てきた場合、素直に祖国に帰っても恥ではない。場合によっては私から発言しよう」

「アンタッチャブル……もしかして、四葉家のことでしょうか?」

 

 元造をはじめとした面々が成した四葉の異名は世界の知るところであった。大統領の言葉を聞いたセリアの問いかけに対し、大統領は首を横に振った。

 

「無論そのこともあるだろうが……私が最も危惧しているのは、ミスター剛三の孫が出てきた場合だ」

「かの英雄の孫、ですか。もしや、リーナを打ち倒したのは彼だと?」

「そうだ。その彼は神楽坂―――ミズ・チヒロの養子となったことをミスターから聞き及んだ」

 

 大統領は剛三だけでなく千姫とも個人的に面識がある。欧州方面への渡航の仲介役を引き受けたこともあり、剛三の義妹ということだけでなく神楽坂家の存在も聞き及んでいた。セリアからすれば十師族より更に上の存在がいてもおかしくはないと思っていたが、こういう形で聞き及んだ情報はセリアの知っている範囲外の話であった。

 

「数年前の話だが、私に対して魔法を一切使わずに組み伏せたのだ。その時の経験もあって、私は彼をアナザー・アンタッチャブル―――『触れ得ざる者』などと勝手に呼称していたのだがな。どこから聞き及んだのか、今では国防総省(ペンタゴン)もその異名を使っている」

 

 別に彼を悪く言うためにそう言ったわけではない、と大統領は独り言ちた。だが、それを静かに聞いていたセリアにとっては他人事で済まされる内容ではないと感じていた。何故ならば、彼女もまた“戦略級魔法”を使うことのできる魔法師なのだから。

 その彼にまつわる魔法方面の情報を集めた結果、そのどれもがUSNAで最先端と言われている魔法技術を嘲笑うかのようなレベル。少なくとも現代魔法では先進国のUSNAでも極めて難しいレベルの魔法を彼は難なく使用している。それが出来るとなれば……セリアが至った可能性は一つであった。

 

(分からないでやっているのなら、止めさせないと。分かってやっているのならば……私が殺す。“ポラリス”を持つ者として、見逃すことなど出来ない)

 

 “アナザー・アンジー・シリウス”と呼ばれることもあるが、スターズにおいてエクセリア=クドウ=シールズに与えられたコードネームは天の北極に最も近い輝星―――北極星の名である“ポラリス”。強さの序列で決められるコードネームの序列から離された理由は、リーナのサポート役を担える人選という理由だけではなかった。

 参謀本部が「彼女自身の魔法師としての才能はスターズそのものを崩壊させかねない“諸刃の剣”」と認識するほどに、他のメンバーとの魔法技術とは一線を画していた。国家公認の戦略級魔法師に認定すれば、それこそ国内外から余計なやっかみを受けることも想定されるほどに。なので、参謀本部が取った苦肉の策はアンジェリーナ=クドウ=シールズことアンジー・シリウスのサポート役として彼女の軍人の地位を確立することだった。

 

「セリア……それ程に相手が手強いということですか」

 

 その彼女を動かしたほどの相手。シルヴィアはセリアによって空になったアタッシュケースを見つめたのち、踵を返してオペレーター席に座った。こうなれば、どの道衝突は避けられないということをシルヴィアも感じ取っていた。

 




 達也の鍛錬と深雪の訓練風景。原作よりベースアップしているのでコツを掴むスピードも増しています。とはいえ、公衆の面前で『分解』と『再成』なんて使えない事実に変わりはありませんが(使ったら諸外国方面が面倒になるオマケつき)。
 多少肌色表現が増えていますが、主人公に恋慕している母親の存在を見て対抗心を燃やさないはずがないだろうか。いや、絶対にない(反語)


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