魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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人間離れと人外は得てして異なるもの

 怪人は困惑していた。追ってきていた存在を感じないどころか、私/我々との意思疎通さえ途絶えた。これほどの高度な遮断を受けたことなど、自身/我々だけでなくこの体の持ち主であったチャールズ・サリバン軍曹の記憶情報でもないものであった。

 

 その怪人の目の前には、一人の武装した少年が静かに佇んでいた。彼の手には銃らしきものが握られているが、それは拳銃ではなく銃型CADだということもすぐに理解していた。

 怪人と相対する少年は、漆黒の銃型CADを構えてこう告げた。

 

「―――驚いたか、白仮面の怪人さん。これ以上の狼藉は見逃せない……お前らがこれ以上害を為すというのなら、その存在ごと滅する。例えそれがお前らの“生存本能”だとしてもだ」

 

 自分(サリバン)がどういった存在なのかを、目の前にいる人物はハッキリと認識している。見た感じでは飛び道具らしきものも携帯しているように見えるが、それを使う意思などないということをサリバンは彼の眼から感じ取っていた。

 しかも、彼の奥底が全く見えないことにサリバンは仮面の奥で冷や汗が流れた。かといって、むざむざと捕まるわけにもいかない……サリバンは少年の問いかけに答えた。

 

「我々が大人しくこの国から出れば、追跡はしないというのか?」

「国外の事に一々首なんぞ突っ込んでられないからな。そもそも、今回の事態を引き起こしたのは他でもないアメリカだ」

 

 同盟国とはいえ、異次元の来訪者の危険性を指摘されておきながら自らの欲望で自らの首を絞めたのだ。自業自得ものの出来事にこの国が脅かされるのならば排除はするが、最終的にUSNA自身が責任を負うべき事象。

 現にその対処としてアンジー・シリウスを動かしたわけなのだが、物理的かつ現代魔法での対処など意味を成さないことも事前に通達しておいての結果に呆れる他ない。

 

「とはいえ、だ。いくらそちらの都合とはいえ、我が国の魔法師を襲った罪が消えることなどない。何よりお前らにうろつかれると、余計な欲を覚える奴も出てくるのでな」

「―――っ!? (な、何が起きたと……意識が……)」

 

 少年が放った魔法により、サリバンは急激に意識が遠くなるのを感じていた。他の私/我々にこの事実を伝える暇もなく、強化された肉体も指一本すら動かせない……今のサリバンが最期に見たものは、漆黒の戦闘服と白銀に染まった瞳を持つ少年の姿であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「―――『霊魂霧散(スピリット・ディスパージョン)』の効果は上出来だな。対パラサイトとしてはぶっつけ本番だったわけだが……」

 

 系統外・精神構造分解魔法『スピリット・ディスパージョン』―――想子構造体と接続している精神、即ち霊子構造体のみを破壊する魔法。パラサイトに対してどれほどの効果・負担になるか不明だったため、保険として『天神の眼』を使用した上で発動させた。

 この方法だとパラサイトはおろか元々チャールズ・サリバンであった精神まで破壊してしまうのは既定路線だが、この対処法も今の悠元には備わっている。悠元は「オーディン」を仕舞って「ワルキューレ」を取り出し、倒れこんでいるサリバンに向けて魔法を発動させようとしたところで通信機から声が聞こえてきた。

 

『悠元、急速に接近してくる物体が一つ。……いかがします?』

「……姫梨、結界を解除して撤退しろ。深雪、達也にもそう伝えてくれ」

『悠元さんは、どうされるのですか?』

「決まってる。どの道バレるのが早いか遅いかの違いだけだ……俺が二人の“シリウス”を抑える」

 

 その相対でこちらの情報が知れるということは、こちらもアンジー・シリウスの正体を知るということだ。とっくにその覚悟など決めている……指示を出したところで、所持していた情報端末に達也からの空メールが入った。内容が何も書いていないということは、達也とリーナが相対したことを意味する。

 

(しっかし、リーナは大丈夫なのかね。今の達也は戦うだけでも苦心する相手だというのに)

 

 ただでさえ反則的な魔法―――『再成』と『分解』を持っているだけでなく、想子シールドの強度は自身を除けばトップクラス。仮想魔法演算領域という本来ハンデになる要素も想子制御技術の訓練によって一科生のレベルに踏み込んだだけでなく、「トライデント」の同時発動という高難度の攻撃方法まで獲得している。加えて未完成ながら「遠当て」まで修得している状態だ。

 達也を心配するよりもリーナが不安になってしまう……などと考えていると、上空から接近してくる存在に悠元は視線を向けた。既に結界魔法は解除しているため、向こう―――上空から飛んでくる人物も悠元の存在に気付いている。念のために言っておくが、気配の抑揚は一応戦闘中なので解除などしていない。

 

 上空から降り立った戦闘服を身に纏う蒼穹の髪と白銀の瞳を持つ少女。目の部分を仮面で覆っているが、それが『仮装行列(パレード)』によって姿を変えたセリアだということは直ぐに理解できていた。その彼女の視線は明らかに自身を捉えている……この時点でセリアが達也と同等レベルの存在だと判断していた。その彼女だが、降り立つと同時に拳銃を構えていた。

 

「神楽坂悠元、ですね?」

「仮にそうだと答えたとして、どうせ俺を抹殺することに変わりないんだろう? スターズのナンバーゼロ―――“セリア・ポラリス”」

「!?」

 

 セリアが驚愕の表情を見せたことに、悠元は内心で溜息を吐きたくなるような心境だった。

 情報というものは敵だけでなく味方にも精通していなければならない。同盟国兼潜在敵国であるUSNAの情報網は粗方洗い出しており、スターズの構成メンバーなど既知の情報でしかない。リーナよりも幾分かは危機感を持っているようだが、この程度のことで動揺していては話にならない。

 尤も、自分の場合は前世の経験もあって多少のことで動じなくなっているのもあるかもしれないが。加えて言うなら新陰流剣武術の鍛錬を乗り越えた結果なのかもしれない……一般的な魔法師を辞めたようなものなので思い返したくもないが。

 

「別に驚くことじゃないだろう。過去の偉人も情報の重要性を説いているのだからな……お前らが追いかけていた人物だが、既に仏となっている。何だったら確認しても構わないが」

「……確認させていただきます」

 

 セリアは警戒しながらも横たわっているサリバンに近づき、彼の状態をチェックしていた。脈と心臓の鼓動がないことで死亡を確認したわけだが、セリアは立ち上がった上で悠元に拳銃を向けた。

 

「……どういう方法を用いたのですか? 外傷や内出血がない状態で相手を死なせる魔法……精神干渉系魔法を使えるのですか?」

「そこはご想像にお任せする。で、いつまでその物騒なものを構え続けるつもりなんだ?」

 

 以前から既視感のような感覚だが、こうやって相対することでハッキリと感じ取っていた。その感覚が最も近いパターンを思い返すとするならば、前世の自分の妹から感じていたパターンに近い。

 仮にこの感覚が本当だと仮定した場合、神様が約束を破ったということに他ならない(そもそも口約束みたいなものなので仕方がない部分もあるわけだが)。流石にそう都合よくぽっくりと亡くなるパターンなんてそうそうあるものじゃない……彼女が逸って事を起こさない限りは。

 そんな推測はともかくとして、彼女から感じ取った感覚は「疑問」の一点に尽きると推察した。

 

「貴方は、貴方が倒した魔法師が普通ではないということを知っているのですか?」

「それは、彼がUSNAの軍人魔法師だからか? それとも……彼が普通ならざるものに憑りつかれていたからか? 尤も、後者の場合は精神諸共消し飛ばしているから、その証明なんてできないわけだが」

 

 いくら推察が正しかろうとも、相手が女性だろうとも……相手はリーナすら超える実力を持つであろう魔法師。そのことを差し引いても、この国の治安組織の公僕でもない相手という事実。USNAの公権力が及ばない場所―――拳銃を突き付けた時点で立派な“法律違反”という現実は確定している。

 

「……その点には感謝しますが、貴方には同時に戦略級魔法に関する嫌疑が掛けられています。大人しく同行を―――」

「すると思うか、戯けが」

 

 悠元の取った行動は、手に持っていた「ワルキューレ」で『円卓の剣(ラウンドブレード)』を発動して拳銃の情報強化術式を破壊、搭載された弾丸を『天照絢爛』で消し去った。強化術式の消失に気付いたセリアはそのまま拳銃の引き金を引くが、弾丸が出てくることなどなく空の状態の挙動を起こしたことに驚愕した。だが、セリアとて軍人魔法師である以上、彼女は素早く懐から何かを取り出し、悠元に向かって放った。

 

「貴方にこれが躱せますか―――『ダンシング・スター』!!」

 

 合計32本のダガー。無秩序に放られた刃がセリアの声を魔法の起動キーとして空中に一瞬固定された後、悠元に向けて飛翔する。『ダンシング・ブレイズ』よりも高度な移動系魔法であり、飛翔速度は亜音速にまで到達する。

 

(亜音速で飛ぶ刃―――武装一体型デバイスか。とはいえ()()な)

 

 普通の人間ならば即死は免れないだろう魔法だが……セリアは知らない。彼女の目の前にいる人物は、これ以上の雨を無傷で生き残った強者。音速かつ3桁以上の木刀―――厳密には『相転移装甲(フェイズシフト)』でカーボン化させた木刀の雨を乗り切ったという経験からすれば、セリアの『ダンシング・スター』など児戯に等しいものだった。

 悠元が紙一重でそのダガーを躱していくことにセリアは冷や汗が止まらなかった。

 

(彼は本当に人間なの? ……って、そんなことを考えている場合じゃない!)

 

 『ダンシング・スター』で気を取られている間の隙を突くべく、セリアはコンバットナイフを取り出す。展開するのは無論『分子ディバイダ―』の仮想領域。そして、セリアは自身の偽装に回していた魔法力を全て位置情報の偽装に振り分け、自己加速術式で一気に切迫した。

 先日の試しを考えればセリアの取った方法は決して間違いではない。セリアもこれで勝てると読んでいた。だが、『分子ディバイダ―』で切りつけたはずの彼の姿は次の瞬間、霞となって消えた。

 

(『仮装行列(パレード)』!? いつの間に……えっ?)

 

 彼も『パレード』が使えるという事実を逡巡する暇もなく、セリアは振り下ろしたコンバットナイフが持ち上がらない―――いや、彼女の全身がその状態のままで“凍り付いていた”。しかも、魔法を発動させようにも自身の想子が活性化しない。辛うじて首から上だけは動くために視線を動かすと、『ダンシング・スター』で放ったダガー型武装デバイスは全て悠元の足元に落ちていた。

 

「一時的に魔法行使を無力化させてもらった。まあ、永続的なものじゃないから精々数時間ぐらいしかもたないが……意識は飛ばさせてもらうぞ」

 

 そう言って悠元が「ワルキューレ」で魔法を放った後、セリアの意識は急激にブラックアウトしてその場に倒れこんだ。

 悠元が使ったのは『水遁流転(すいとんるてん)』を『パレード』―――いや、この場合は古式魔法である『纏衣の逃げ水』に近い形で発動させたもの。そして『水遁流転』が斬られた場合はそれをトリガーとして同じ天神魔法である『結氷凍界(けっぴょうとうかい)』を発動し、セリアの魔法発動を封じた。

 『結氷凍界』は現代魔法の分類上で精神干渉系魔法に属し、相手の肉体活動や想子活性を封じる効果を持つ。今の悠元ならばほぼ永続に封じることも可能だが、この魔法は『誓約(オース)』と同じく術者と対象者に対して同レベルの制限が掛かってしまうデメリットを持つ。なので、効力を数時間に限定してデメリットを軽減している……魔法演算領域を制限したところで無限からの引き算という訳の分からないことになるので、実質ノーリスクという現実には内心で溜息を吐きたかった。

 そして、彼女の意識を飛ばしたのは以前英美に使った想子干渉をベースとして編み出した魔法―――『夢世界(ドリーム・ワールド)』と一応呼称した精神干渉系魔法。結果だけ見ればセリアに対して不意を打つことは出来たわけだが、彼女相手に二度も使うわけにはいかない戦法だ。

 

 周囲の気配を探るが、特にジャミング反応もなく他の妨害も認められない。それを確認した上で悠元は「ワルキューレ」をサリバンの死体に向けた。そして、一つの魔法を放ってサリバンとセリアを担ぐと、悠元は何も持っていないかのような足取りで飛行術式を起動し、都心の夜空へと飛び上がった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元が指定した合流ポイントに降り立つと、そこは言うなれば“一方的な状況”になっていた。リーナが元の姿(流石に仮面は付けられたままだが)に戻っているところを見るに、達也と相当本気でやりあったのは間違いないだろう。何せ、リーナは平気そうな表情を浮かべているが、軽く息が上がっているのは間違いない。

 達也とリーナは無論だが、撤退を指示したはずの姫梨と深雪もいて、更には二人ほど追加されていた。そのうちの一人―――神楽坂家現当主である千姫が呑気に声を掛けてきた。

 

「悠君、そちらは大丈夫のようですね」

「ええ、まあ。母上が介入することは読めてましたが……九重先生もですか」

「やあ、久しぶりだね悠元君。まあ、僕の場合は個人的なものもあったりするからね。君の母君には助けられたよ」

 

 そう言いのけてしまうもう一人の人物―――八雲の言葉を聞きつつ達也に視線を向けると、達也は呆れたような印象を強く受けた。深雪に至っては苦笑を浮かべるほどだ。八雲の性格をよく知る者ならば、この程度で驚いていては付いていけないわけだが。そしてリーナはといえば、悠元が担いでいる人物の片割れがセリアだということに気付いて声を上げた。

 

「ユート……って、セリア!? 貴方が倒したの!?」

「ま、彼女が焦っていたから不意を突いたようなものだがな、リーナ。お前はお前で相当運が悪かったとしか言いようがない訳だが」

 

 そう言って悠元はセリアをゆっくりと地面に降ろした。流石にアスファルトに直接は拙いので芝生の上に寝かせる形となったが。その上で悠元は八雲に視線を向けた。

 

「九重先生、俺が担いでいるこの人物を引き取ってくれませんか? こちらだと色々面倒事が多いので」

「成程ね。その方が良さそうと見た……神楽坂殿、交渉はお任せしても?」

「構いませんよ、九重殿。こういったことは一括した方が良さそうですから」

「ちょっと、その人物は……」

 

 リーナが悠元の担いでいる人物に気付いて声を掛けようとするが、それを聞く前に八雲が悠元からサリバンの身柄を預かり、そのまま綺麗に消え去っていた。リーナは真剣な表情を悠元に向けるのは無理からぬことだった。

 

「ユート、貴方は今何をしたのか分かっているの?」

「それは理解してるし、元凶の一端は既に“取り除いた”。言っておくが、無理に取り返しても実験以前のチャールズ・サリバン軍曹でしかないからな。新たな情報など引き出せないと思え」

 

 セリアとの戦闘後、サリバンに使用した魔法は『天照:五行相生』―――『天陽照覧(てんようしょうらん)』。達也の持つ『再成』の上位互換版で、最大数十年単位で必要な情報のみを遡及して対象の状態をその当時に即した状態で戻すことが可能。更には死後24時間以内であれば一度だけ“蘇生”させることも可能である奇跡の魔法。

 幸いマイクロブラックホール生成・蒸発実験の実施日時は入手済みだったので、憑依の直前の状態に遡って復元させた形となる。なので、そこから今に至るまでの情報など得られない。なお、これが十年単位の再成となれば本人の姿まで変化してしまうため、ある意味『領域強化(リインフォース)』並みにヤバい代物である。

 そもそも、USNAでリーナが処分した相手だって元凶をしっかり取り除いたと判断せずに見逃している。向こうで出現した三体のパラサイトについては留学先にいる修司と由夢、雫から無事に対処できたことを既に聞き及んでいる。

 

「それとも……今ここで俺と達也、姫梨と深雪、それに母上の五人を倒してでも追跡するか?」

「セリアを倒されたことには怒ってるけど……ワタシだってそこまで馬鹿じゃないわよ」

 

 そもそもの話、一時的に九重寺で預けられる形となるのは間違いないが、その後はどうなるかなど悠元にも不明である。春のブランシュや夏の無頭龍に関してはある程度聞き及んだが、闇に葬った事項を聞いて気分がいい筈もない、と判断して聞いていない。

 一方のリーナも、双子の妹を倒されたことに対する怒りはあるものの、自身よりも実力が上の相手をどうこうできるほどの余裕などなかった。

 




 かなりスピーディーな戦闘展開となりましたが、トップレベルだと下手にダラダラ時間を引き延ばして周囲に被害を広げるよりはマシかと思うことにしました。極論を言ってしまえば、一撃必殺すればUSNAが煩いという理由も含まれていますが。
 今回出したオリジナルの精神干渉系魔法は原作31巻で出てきた事象から思いついた魔法です。元々古式魔法の技術から九島家が色々やっていたことに加え、USNA方面の古式魔法関連も入っていればおかしくはないという判断です。(大亜連合方面の古式魔法や超能力方面という可能性も否定はできませんが)

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