魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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不思議な変化

 ()は確かに、一人の少年と対峙してその存在が消え去った。それは紛れもない事実として私の記憶情報に刻まれている。

 

 そもそも、私という存在はこの世界に望んで来たわけではない。形なき世界から形ある世界に、一刹那だけ揺らいだ「壁」を通って引き寄せられた十二の存在の一つ。本来ならばこの世界に来た時のように強い霊子(プシオン)波動に引き寄せられるはずが、気が付けば人の形を取らない結晶に迷い込んでいた……意識があったときにはこの状態となっていたため、私にもその過程など分かる筈もなかった。

 

 霊子に関しては満ちるほどに補給されているが……チャールズ・サリバンという人物に宿っていた時に感じていた“同じ存在の波動”は全く感じなくなっており、代わりに私を倒した少年との繋がりを感じていた。そもそも、この一人称自体この状態となってからのものだが、これはこれで悪くないと考えるようになってしまった。

 

 今の私にできるのは、私が“主”と定めた少年の力となること。今は周囲に気配も多いため、その時が満ちるまで待つことしかできることはないだろう。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 状況的に不利という他ない中、リーナは素直に両手を挙げて降参の意を示していた。世界最強の魔法師がそんな態度を素直に示していいのかと思われるが、その理由はリーナの周囲に倒れている面々―――「スターダスト」のメンバーらが主な要因だった。

 それを見た上で悠元はリーナに尋ねた。

 

「とりあえず……リーナ、これ以上の追跡は止めた方がいいことをお勧めする」

「何それ、どういうことよ?」

「ここ数日追跡していたのなら気付いているのだろう。吸血鬼―――スターズ(おまえら)絡みの追跡対象が逃げ切っていることにだ。まさか、追跡している当人がそれに気付いていないとは言わないよな?」

 

 原作ならばリーナがサリバンを始末していた。だが、その事象を書き換えた以上は未来にも当然影響してくる。悠元の発言に対してリーナは事実を突かれたような形となり、口惜しそうな様子を垣間見せていた。

 

「ワタシだって気付いていたわ……それでも、引けない理由はあるのよ」

「(“シリウス”の誇りか……)それで同盟国に被害が出ても何の感傷も抱かないとは、流石“アンジー・シリウス”と言うべきか」

「……何も聞かないの?」

 

 リーナからすれば当然の疑問なのだろう。何か聞いてくるのかと思えば、悠元は質問するどころか忠告してきた立場だ。

 正直なところ、悠元からすればリーナから必要な情報を得る必要などない。その気になればUSNAの大統領に直接連絡する手段を持ち得ているし、最悪の場合は直接ホワイトハウスに乗り込むこともできる。それに『八咫鏡』で国防総省(ペンタゴン)から情報を全て引き抜くこともできる以上、リーナから無理矢理情報を引き出すという余計な労力をかける必要もないというわけだ。

 そもそも、リーナは知らないが悠元も一応軍人魔法師の端くれであるため、軍事機密に触れかねないようなことを聞いて面倒事に巻き込まれるのは御免である。

 

「軍人魔法師であるリーナに無理強いをしたところで何の得にもならない。それに、だ……いくらスターズとはいえ治外法権の及ばない場所での戦闘はこの国の刑法の対象内だ」

「それはユートたちも同じじゃない!」

 

 そう反論するリーナだが、悠元と深雪、姫梨は「神将会」のメンバー。千姫は神楽坂家現当主であり、達也に関しては悠元が達也の管理権限を持っている関係で「神将会」の協力員という体裁をとっている。なので、リーナ以外の意識がある面々は超法規的措置の対象内にあるメンバーしかいない。

 そのことを態々教えてやる義理もないため、悠元は芝生に寝かせていたセリアをお姫様抱っこの形で持ち上げた。

 

「……残念ながら違うな。てなわけで母上、この場をお任せしても?」

「それは構いませんが、悠君はどうするのですか?」

「ちょっと送り届けてきます。尤も、誰かいるとは思えませんが」

 

 千姫の問いかけにそう短く答えると、飛行術式を展開して悠元は瞬時に上空へと高く舞い上がった。

 『仮装行列(パレード)』絡みの交渉に関しては当人である千姫に任せるのが筋だし、達也と深雪のストッパーとして姫梨がいる以上はひどくなることなどないだろう。セリアを持ち上げたまま悠元は、そのまま目的地―――リーナとセリアの生活拠点に出向いた(プライベートに関わるので同居人の調査は必要最低限にしている)。

 当然だが、現在は追跡任務のために誰もいないことは明白。悠元は『八咫鏡』で家のロックを解除し、セリアをリビングのソファーにゆっくりと置いた。

 

(あの時の発言……隠しはしていたが、まるで俺を“転生した存在”だと睨んでいたな)

 

 あの場で突拍子もない発言などなかったが、吸血鬼の正体を既に掴んでいなければ出てこない発言がいくつか見られた。その事実がスターズ内に広まっていないところを見るに、セリアは自身がそういった存在だということを隠しつつ過ごしているのは明白。

 それに、100ms―――人間の反射速度の限界を切る魔法発動速度は現在判明しているだけで悠元とセリアの二人しかいない。この時点でセリアが“この世界において普通ではない”ということを意味する。

 『ダンシング・スター』もそうだが、達也ですら本気で探さないと見つけられない悠元の自然な隠形を見抜いていたことからして、彼女が現代魔法で説明不可能な能力を保持しているのは間違いないと踏んでいる。

 

(とはいえ、長居して変な嫌疑を持たれるのも面倒だからお暇しておくか)

 

 今回はセリアに対しての警告も含んでいる。これで大人しく本国に帰ってくれればよいが、同盟国の未知の戦略級魔法を野放しにする(大亜連合や新ソ連に対する抑止力)という選択肢をUSNA軍上層部が選択してくれたらの話となる……シビリアンコントロールが効きづらい相手に言ったところで「暖簾に腕押し」となるだけかもしれないが。

 悠元は『天照』で自分がいた痕跡を書き換え、何事もなかったかのようにその場を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 現状できる全ての対処を終えて悠元らが三矢家の本屋敷に戻ったのは日付が変わってからであった。パラサイト側からすれば仲間との交信が途絶えた上に消息が消えた形となる。これで一層警戒を強めるだろうが、今回の場合はそうしてくれたほうが余計な被害を生まずに済む利点がある。

 そのまま三矢家の自室として使っていた部屋に戻ったところで一息吐くと、突然声が響いてきた。それは物理的なものではなく精神的な波長―――“念話”と呼ばれるようなものに近かった。

 

『―――聞こえますか?』

(……何で「その時不思議な事が起こった」が平気で起きてるんですかね。出所は……これかよ)

 

 悠元がその声の波長を辿ると、懐に隠していた(もしもの時の触媒代わりにもなるため)オリハルコニウム製の魔法結晶(感応石と呼ぶには全くの別物となったため、便宜上そう呼んでいる)から聞こえていた。この結晶は今設計中の武装一体型デバイスに組み込むためのものだ。いくら『叢雲』があるとはいえ、それに頼り切らない方策の一環。この前エリカに渡していたものがそのプロトタイプとなる(そっちは流石にオリハルコニウムが使えないので高品質の感応石を使っているが)。

 流石に黙ったままというのも申し訳ないと思い、悠元は同じような感覚で話しかけた。

 

『さて、俺はお前のような存在を生み出した覚えなど皆無だし、こんな現象自体初めてでな。お前は一体誰だ?』

『そうですね……チャールズ・サリバンと呼ばれていた人物に憑りついていた精神体、と呼称すべきなのでしょう』

 

 まさかのパラサイト。しかも、あのサリバンに憑依していた精神体……なのだが、魔法結晶から感じる波長はサリバンと対峙していた時とは全く異なっていた。一人称に関してもパラサイトなら使うであろう「我々」という文言を使っていない。

 あの時『霊魂霧散(スピリット・ディスパージョン)』は間違いなく定義破綻を起こすことなく発動した。その効力が弱かったのかと推察した悠元だが、精神体はそれを否定した。

 

『貴方の魔法は私を破壊せしめました。私に残っている記憶情報から考慮するに“死んでいた”と断言できます』

『なら、どうして生きているんだ?』

『恐らくですが……チャールズ・サリバンの精神を蘇生させた際、私の精神も蘇生されたものかと思われます』

 

 『天陽照覧』自体の発動は先程のものが初めてとなる。なので、どのようなデメリットを生み出すのかということは全く知らなかった。加えてサリバンの状態復元日時をマイクロブラックホール実験の実施日にしていたのも大きいのだろう。

 ここからは推測になるのだが、『天陽照覧』によって指定した時間が融合直前の状態となっていたため、結果として融合していた吸血鬼状態のサリバンが分離し、軍人魔法師であるサリバンとパラサイトの精神情報体になったという考察が現時点で最も納得のできる結論だ。そもそも、『天照』の正式発動自体がかなりハードルの高いもの。単独発動できていた安倍晴明が人外レベルだったという他ない。この考察自体ブーメランなのは言わないでほしい。

 これだけならばパラサイトに乗っ取られるリスクも発生してくるが、ここでパラサイトが変質化したのだ。その要因として考えられるのは、悠元の持つ魔法関連の何かが大きく影響しているのは間違いない。現状で根本的な原因が何なのかは不明だが。

 

『貴方の心に触れ、私の中にあったはずの「本質」は大きく書き換わってしまいました。そして、気が付けばこの結晶の中にいたという顛末です』

『……俺に対して害を為す気はないんだな?』

『それは出来ません。貴方に対して私は一般的に言われる“従属”という形で従っています』

 

 原作だとほのかの想いに影響されることはあったりするが、それと似た事象を知らず知らずのうちに起こしていたということになる。しかも、拘束術式などを使わずに支配下に置いているという有様。以前自分のことを“黒幕”扱いされたことを思い出しつつ、気を取り直して精神体に問いかけた。

 

『いくつか質問したいが、構わないか?』

『はい。今の私に答えられる範囲内であればいくらでもどうぞ』

 

 まず、精神自体が変質化したためにパラサイト同士との波長感知や感覚共有などの能力は失われている。万が一そんなものが残っていたら、全て厳重に封印して富士山の地下深くに埋めるつもりだった。

 その代わりとして魔法というよりは超能力に特化した能力を獲得している。彼女(?)を介する形で悠元もその超能力を使用することが出来る……最早何でもありな空気に、思わず涙が出そうである。

 

『私の存在を感知できるのは“ご主人様”だけです』

『俺にそんな趣味はないのだが?』

『大丈夫です。私は人間でいうところの女性に変質化していますので』

『……』

 

 何をどうツッコミを入れるべきなのか悩むし、どこまで信用していいものか分からない……それが今の率直な感想である。ただ、自分が関わるとパラサイトまで“変化”させるという事象まで分かっただけ収穫としては非常に大きいのだろう。

 なお、精神体という言い方をしていては混同するため、彼女(現状で判断できないが)に「アリス」という名前を与えることにした。更に話を聞いたところ、自分の前世で読んでいた漫画やアニメの知識を取り込んでいたようで、それらの能力も使えるらしい。ただ、それを使うには管理権限を持っている悠元の魔法演算領域を使わなければならない。

 ようは漫画やアニメの世界で言うところの“写し鏡の自分”なのかと尋ねると、アリスはその考えで概ね間違っていないと述べた。

 

『パラサイトで言うところの“融合”みたいなことはできるのか?』

『“融合”というよりは“同調(シンクロ)”ですね。以前マスターがやられていた独立情報体との精神同調みたいなものです』

『(そこまで読み取っているのかよ……)まあ、いっか。余計な説明をせずに済んだと思えば気が楽だ』

 

 そもそも、この世界に転生した際にパラサイトだと疑われたことからして、自分が異常な存在だということは多少自覚している。というか「自覚させられた」というのが正しいのだろう。面倒事が一個増えたと思えばまだ気は楽だが、このことは誰にも言えないだろう。下手をすれば要らぬ欲を生み出しかねない……それこそ七草家や九島家には間違いなく漏らせない内容だ。

 

『アリスとしては、他のパラサイトについてどう思っている?』

『そうですね……今となっては特に同情もありません。マスターが消滅させたとしても、それが彼らの定めという他ないかと』

 

 ご主人様呼びには流石に抵抗がある。とはいえ、他の呼び方を考えた際に万が一のことも考慮して「マスター」という呼称を選んだ。アリスとしてはパラサイトとしての繋がりが無くなった影響でそこまでの感慨などは持っていないようだ。この場合は少しでもそういうのが残っていたりすると厄介だったので良かったと思うことにした。

 悠元が成したこの現象が後の魔法師の勢力図を大きく書き換えることになるのは……この時の悠元も薄々感じていたのだった。

 




 前半部分は半分丸投げに近いです。戦争行為とか法絡みになると国際問題まっしぐらなのは間違いありません。
 それをやってると魔法という要素が薄れそうなので出来れば避けたいのですが……やっていかないと進められないジレンマもあったりします。ただでさえ国力と魔法が直結している部分がある以上、避けられないのは理解しています。(要約:パワーバランスが難しい)

 後半の展開はどうなのかと思いましたが、依存心が高めになりがちなほのかがああいう変化を及ぼした以上、主人公が何かしらの変化を及ぼさないと逆におかしくなると思った結果です。
 何せ、普通の木彫り熊をとんでもない代物に変化させてますので。

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