翌日、起床して朝の制御訓練や朝食を済ませたところで仕郎から呼び出しがかかった。悠元が本屋敷の書斎に出向くと、そこには元と千姫がいた。
「おはようございます、父さんに母上」
「ああ、おはよう。丁度これから顛末について話すところだから、お前も座ってくれ」
「分かりました」
本来なら自分の立場は神楽坂家の人間だが、公的な場所でもない限りは謙られると困ってしまう。そのあたりを察しつつ元はそう述べ、千姫も元の発言を特に咎めなどしなかった。悠元が千姫の隣に座ると、千姫が話し始めた。
「まず、向こうの“シリウス”に関する魔法技術ですが、アンジー・シリウスと約定を結びました。彼女のサポートを担っているセリア・ポラリスにも今頃伝わっていることでしょう……ただ、その時の勝負が大変なものでしたが」
ただでその約定を結ぶのはフェアではないと感じた千姫の提案で深雪とリーナの対決方式にしたのだが、達也が『
原作でも元々かなり高い想子保有量を有していることに加え、想子制御能力は制限ありの状態でも飛躍的に改善されている。更には魔法演算速度も軒並み伸びていることに加えて悠元から天神魔法を教わっている。
リーナは持ち前の戦闘能力を十全に発揮していたが、深雪も新陰流剣武術を学んでいる影響で体術面では互角以上の展開に持ち込んでいた。そして肝心の魔法対決は……リーナの高プラズマエネルギーを発生させる領域魔法『ムスペルスヘイム』に対して深雪は悠元が密かに渡していた魔法―――古式複合・領域干渉魔法『
『ゼロ・ニブルヘイム』は不純物をすべて取り除いた
「その様子だと、達也が止めたのですか?」
「ええ。あのままだとアンジー・シリウスが精神ごと凍結されかねませんでしたので。にしても、的確な対処でしたが……悠君はそのことを?」
「一応は教えました」
ただ、現状の『ゼロ・ニブルヘイム』は魔法式の隠蔽処理を行っていないため、達也の『
その後、リーナについては『
「そういえば……悠君から不思議な波動を感じますが、何かあったのですか?」
「……信じられないかもしれませんが、一応話しておきます」
隠しきれないと判断して魔法結晶に宿ったアリスの存在のことと発生過程を話すと、元は苦笑を浮かべていて、千姫は扇子を開いて口元を隠すようにしつつ笑みを零していた。千姫の反応を見るに、過去にも似たような事象があったのだろうと思いつつ話を続ける。
「自分でもさっぱりな部分が多すぎますが……上泉家に伝わっている天神魔法は、融合した当人だけでなく憑依していたパラサイトまで蘇らせることまでは確定事項と言えるでしょう」
「初代様の遺していた文献の通りですか……悠君としては、信用できそう?」
「従属関係の契約術式があるのは間違いないですから、それはこれから見極める案件です」
信じきるのは難しい話だが、どうせUSNAの手に負えないのならばこちらの力として取り込むのも選択肢で言えば“あり”なのだろう。その意味で烈の原作での動きを踏襲しているのかもしれない。
ただ、そうなると同じように変質化させた際の契約がややこしいことになりそうである。なので、アリスはこのまま手元に置きつつ、それ以外のパラサイトが同じ方法で分離した場合はそれらの契約破棄も視野に入れるべきだろうと思う。
誰かに使わせるとなると、口止めの意味も込めてそこに居合わせたメンバーになりそうな気もするが。
「お前がこの世界に来てからというものの、お前は世界を驚かせるレベルの偉業を成していくな」
「俺はどっかの起業家や大統領にまでなった旧合衆国の不動産王じゃないから、名誉なんて面倒事しか生みませんよ……トーラス・シルバーのことだって、俺の身分は“外部協力者兼次席株主の関係者”なわけですし」
今日は日曜で、明日はCAD調整用測定器の納入にマクシミリアン・デバイスの関係者が同行するらしい。その同行者リストの中にあったセールス・エンジニアの“
「そういえば、俺のことを知ってる父さんと母上には話すけど……エクセリア=クドウ=シールズがもしかすると俺と同じ存在かもしれません」
「……それは本当か?」
「俺をそういう存在だと断定するような発言がありましたから。それと、魔法科高校での魔法実習の際に人間の反応速度を超えた魔法発動速度を叩き出していました。現状は状況証拠しかありませんが……あと、達也ですら本気を出さないと見つけられない俺の偽った気配を“存在”で見抜いていたので」
あの時はそこまで気にしていなかったが、『
ここまでの状況証拠が出ている以上、エクセリア=クドウ=シールズは“転生者”の可能性が極めて高い。それもこの世界―――“魔法科高校の劣等生”の原作知識を持っている類の人間だということは言うまでもない……現状は正誤の添削をしていないので、何を言っても推測の域を出ない話である。
「まあ、現状は可能性が高いだけで確定という訳ではないですが。パラサイトのことを認識しているような素振りがありましたので、一応気に留めてくれると助かります」
「そうか……もしそうだとして、悠元はどうする?」
「どうにか出来る相手じゃないと思います。現状でも結構面倒な相手ですし」
今代の“シリウス”の枠組みはおろか、スターズそのものの枠組みに暫定的ながら組み込まれた存在。この時点でUSNAの国防参謀本部がセリアという存在に対して畏怖の感情を抱いている可能性が高い。寧ろ
そして、彼女は十師族の一角である九島家の縁者。正確には先代当主の弟こと九島健の孫娘。このことを九島家の現当主が利用しないはずがないと考えている。
「悠君でも手に余る相手だと?」
「彼女との対決は不意を打ったからこそ勝てたようなものです。お互いに制限なしで戦えば都心が焼け野原で済まなくなるかと思います」
今の悠元の想子保有量は、最大出力の『
その意味で核兵器以上の存在となっていることには内心で溜息を吐きたくなったが。
「そういえば、明日魔法科高校の機材搬入にはマクシミリアン・デバイスの社員も数名同行するそうですが……全員USNAの軍関係者です。こんなんで誤魔化しが効くと思っているのでしょうか」
「剛三殿から聞き及んだが、大統領には既に?」
「直筆の手紙を“直接”送りつけました。魔法師というシビリアンコントロールが掛けづらい相手ですから、大統領閣下も苦労されているとは思いますよ」
軍内部を調査したところ、この国の戦略級魔法やパラサイトに関するいくつかの出所不明の情報が存在していた。USNA軍では調べ切れていなかったが、その出所を『天神の眼』で遡ったところ、“三人”の可能性が浮上した。
一人はNSA(USNA国家科学局)のエドワード・クラーク。二人目は“七賢人”の一角である顧傑。そして……最後の一人はエドワードの息子であるレイモンド・クラーク。そのいずれもが『フリズスキャルヴ』の使用権限を持つ人物たちだ。こちらでも『八咫鏡』で『フリズスキャルヴ』をハッキングして使用履歴を全て抜き取っているため、大方の出所も既に掴んでいる。
敵が情報で欺こうとするなら、こちらも情報で対抗するだけの話だ。
「愛国心が強いのは感心に値するとは思うけれど……それで割を食うのは他の同盟国だ。この国が力を持たなければ新ソ連や大亜連合がつけあがることを何故理解できないのかと思うよ。核兵器を自在に制御しようとした国の後継国家だからなのかは知らないけど」
悠元の『
達也の『
そして、国家公認戦略級魔法師である澪の『
ちなみにだが、悠元は『スターライトブレイカー』を更に効率化させた術式を設計中で、これが完成すれば対人戦闘から広域戦闘までの汎用化が可能となる。そのことを現状知っているのは達也だけで、聞かされた側の反応として「埒外の天才という他ないな」と返ってきた。甚だ遺憾である。
話を戻すが、現代魔法の先進国としてのプライドと世界最強を自負しているスターズのプライド……その捨てきれないプライドのせいでこの国が割を食っている事実は本当だし、いくら戦略級魔法を無力化したいからって大統領の「友人」を襲撃した事実も本当のこと。そもそも、第二次大戦後に法を押し付けた側が法を破るという自分勝手さには呆れて物も言えない。
旧合衆国とUSNAは違うと異論を唱える者も出てくるだろうが、自分勝手な理屈で他国を脅かしている時点で“同じ穴の狢”でしかない。
結局のところ、お互いの理屈でぶつかり合っているのは事実だが、力を持てばパワーバランスの調整という大義名分を掲げて干渉してくる時点で法治国家の看板を即刻降ろすべきだ、と思ってしまうのは自分だけなのだろうかと自問したくなっていた。
現代魔法の発祥が旧合衆国―――USNAなのは事実だが、それを盾にして“世界の管理者”を自称していることに内心呆れていたせいか思わずタメ口になっていたことに対し、元と千姫は揃って苦笑を浮かべた。
「それだけ悠君の魔法は世界を揺るがすということですよ」
「とは言われましても、世界の治安を脅かすつもりなんて皆無に近いのですが」
そもそも、横浜の件だって火種を先に蒔いたのは新ソ連であり、こちらの最後通告を無視した上での対処。加えて“イグナイター”に『トゥマーン・ボンバ』まで使われた身としては、今すぐ新ソ連に損害賠償を支払わせたいぐらいだった。
勝手に恐れて、その上勝手な都合で軍人魔法師を送り込んでくる……これを好意的に解釈できるとしたら、一体頭のネジが何本飛ぶぐらいの狂いっぷりが必要なのだろうかと思う。世界は
そんなんだから原作でも「ディオーネー計画」をでっちあげて達也を宇宙へと飛ばそうと考えたのだろうが、下手に深雪という一種の制御装置から離れた
その気になれば『マテリアル・バースト』の衝撃波で木星を公転軌道上から離脱させて地球にぶつけることも可能だろうと思う。正気の沙汰じゃない神業の領域だろうが、達也ならやりかねないと思ってしまうのは自分だけなのだろうか。
「そういえば、USNA側の反応はどうなりましたか?」
「上泉殿―――
「……スターズどころか、USNAはそのくだらないプライドという“泥船”と共に沈むつもりですか?」
戦略級魔法の術者の特定及び無効化。そしてパラサイトの追跡任務。そのどちらも任務は続行されると千姫は剛三から聞き及んだ。ある意味人間を辞めた側の自分が言うのも変だが、人としての正気を疑わざるを得ない選択だろう。
話し合いが一区切りついたところで悠元は先に退出した。それを見届けた後、千姫は元に向き直って話を続けた。
「元殿、『護人』―――神楽坂家と上泉家は今回の件に関してUSNAの力を当てにしない方針で変わりありません。無論、それは師族会議も含まれる形です」
「当然でしょうな。私の娘も上泉家の古式魔法を会得しているとはいえ、相手が相手ですから」
十師族の一角に対して厳しい言葉なのは間違いないが、元もその認識に違いはなかった。
相手が精神の領域にいる以上、現代魔法で対抗するとなれば精神干渉系魔法の類になってしまう。それを理解しているからこそ、元は悠元の提案を受け入れて本屋敷の地下にある設備の使用許可を与えていた。
千姫の言葉に対し、元は険しい表情を見せつつも言い訳や否定などは一切しなかった。
「悠君は機を見た上で一網打尽にするようですが……先程の言葉が事実ならば、エクセリア=クドウ=シールズが悠君の障害になりうるかもしれませんね」
「魔法科高校でのことは私も聞き及んでいますが、現状において対処可能なのが彼しかいないのも事実なのでしょう」
前世での悠元に起きたことを知っているのは元と……剛三と千姫の三人だけ。普通ならあり得ないであろう経験を彼がしていることに驚いたのは言うまでもない。そもそも魔法師が恋愛結婚など極めて難しいため、その経験など皆無に等しい。剛三と千姫も伴侶を亡くしているが、半ば政略結婚の形だった。
あの“アンジー・シリウス”よりも上の実力者を抑えるとなれば、間違いなく悠元以外は対処するのが難しい。達也でも可能かもしれないが、その場合は『分解』や『再成』という異質な力までバレる恐れがあり、その後のデメリットが大きくなる。
「彼女が好意的ならば、USNAとの取引でこちらに引き込むのもありなのですが」
「また悠元が溜息を吐く材料が増えるだけかと思われますが……」
ちなみにだが、元は千姫から悠元の婚約者候補が五人いることを既に聞かされていた。四葉家(深雪・夕歌)と北山家(雫)、伊勢家(姫梨)に四十九院家(沓子)……神楽坂の係累であるとはいえ、十師族と百家からも嫁を迎えることになるのは流石の元も苦笑を禁じえなかった。
現行の民法では複数の妻を持つこと自体禁じられているが、そのあたりの問題は神将会に所属することで解決済みだと千姫は説明する。
神将会の役目は極めて技量の高い魔法師部隊というだけでなく、その後継者育成も含まれている。世界的に優れた魔法師を生み出すので苦心している以上、戦略級魔法師クラスの遺伝を継がせることが最も効率的な方法とされている。
そのため、民法上の縛りも神将会の面々には適応されない超法規的措置が取られている。流石に近親等での婚姻などといった医学的な問題―――魔法師の力を損なうような禁忌に触れる事項はアウトであるが。
「内密ではありますが、五輪家からも澪さんを悠君の婚約者にと打診されていますから。現状は沈黙を保っていますが、一条家と七草家も機に乗じてしてくるのかもしれませんね」
「ありえなくはないでしょうな」
五輪家の長女もそうだが、一条家の長女や七草家の三女も悠元に対して好意的な感情を持っている。加えて、七草家の長女が悠元に対して積極的なスキンシップをしていることも人伝に聞いている。
千姫が悠元の婚約者に関しての推測を述べると、元もその言葉に軽く頷いて肯定した。婚前交渉もとい既成事実についても聞き及んでいるが、これに関しては元も似たような経験があったために否定する材料がなかった。
「この間の正月も三人を相手にして平然としておりました。この分だとまだまだいけるかもしれませんね。寧ろ婚約者たちが大変ですよ」
「……はあ(やはり、血は争えんということか……すまないが頑張ってくれ、悠元)」
誰にも言えない秘密だが、元もそれなりに性欲が強い……結果として、今代の三矢家は七人の子宝に恵まれた経緯がある。その意味で彼は自分の息子なのだろう、と元は悠元に対しての謝罪も含むかのような溜息を一つ吐いたのだった。
USNAに対する展開としては「経過観察」という形になりました。こうした理由は後々出していく予定ですが、匙加減が難しいんですよね。何せ……来訪者編の後は“星”絡みのエピソードもありますので。
USNAを必要以上に追い詰めない理由は実に簡単ですが、この辺りは原作を読んでいる人ならすぐにわかるかもしれません。敢えて言うなら「剛三が未だにホワイトハウスを直接攻撃しない最大の理由」に直結します。