USNAこと北アメリカ合衆国の首都、ワシントンD.C.にある大統領官邸―――ホワイトハウスの大統領執務室。部屋の四方にはSPが見張る厳重な警備体制の中、ソファーに向かい合う形で座っているのはUSNA大統領と……一人の女性であった。
「例の逃走者絡みで多忙の中、本当に申し訳ないバランス大佐」
「いえ、閣下直々のお呼び出しとなれば断る理由などありませんので」
その女性―――ヴァージニア・バランス大佐は30歳代後半だが、それをあまり感じさせない颯爽とした“お姉さん”。世界群発戦争の影響で人口が激減したとはいえ、未だに男性優位の気質が残っている政治家や軍人の中で女性官僚の存在は珍しい。
だが、彼女を珍妙な眼で見ることなどできはしない。それは彼女の役職―――USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長。制服組・私服組問わず軍の不法行為に目を光らせる内部監察局のナンバー・ツー。
大統領が彼女を呼んだのは、彼女の上司である局長に余計な負担を掛けないことに加えて大統領自身がバランス大佐の父親と知己であることに起因している。更に付け加えるならば、この後の対処を的確に行える人選として“適切”だと考えたからだ。
「バランス大佐。ここだから話すが、私は2年前の時点でマイクロブラックホール生成・消滅実験の危険性を示唆されていた。このことはセリアもといポラリス中佐にも伝えている」
「……一体何方がその可能性を?」
バランス大佐は大統領の言葉に驚く素振りを見せなかったが、内心は驚きを隠せなかった。あの実験自体未知数の不安要素が多く、過去にも何度か実験の最終許可にまで至ったものの、結局は実施されずに頓挫したままであった。
「ミスター剛三だ。あの人から釘を刺されたときは半分与太話かと思っていたのは否定しない……だが、忠告を破った結果がこれとは、正直自分を殴りたくなったよ」
最終的に実験の許可を出したのは大佐の目の前にいる大統領だが、当時の世論や軍に対するシビリアンコントロールを考えれば止むを得ないと判断してのこと。だが、それは最終的に彼の知己であり先の戦争の英雄たる人物の忠告を無視した。
そのツケがこういう形になったのは「自業自得」という他ないと大統領はそう言いたげながらも言葉を飲み込んだ。
「そのミスター剛三から手紙が届いた。内容は……“我が国の護りである戦略級魔法を脅かすような行動は直ちに慎め”とな。加えて、彼の孫からも同様の手紙が届けられた」
「その口ぶりからするに、そのお孫さんとは面識がおありなのでしょうか?」
「ああ。2年前のアンジー・シリウスの件だが、その孫が彼女を倒した張本人だ……彼の今の名は神楽坂悠元。私が尊敬と畏怖を込めて『
大統領が悠元の名を口にしたのは、彼が魔法を使わずに自身を組み伏せたことだけではなく、アンジー・シリウスですら手に負えない相手である以上はこちらから刺激するような行動を慎むべきだという意図を込めてのこと。
神楽坂悠元のことは大佐も存じていて(パーソナルデータや調査結果の資料ではあるが)、今回のスターズを含めた日本への軍派遣の際、戦略級魔法師に関する被疑者調査の中で最も可能性の高い人物としてリストアップされていた。
しかも、間の悪いことに大佐が大統領から呼び出しを受ける直前に大事な報告を受けてしまった。それも、その彼のことに関してだ。
「閣下。その神楽坂悠元の事なのですが……ポラリス中佐が交戦し、彼に敗れたそうです」
「……最悪だな」
大統領がそう零したのは色々な事情がある。自身の孫娘と恩人の孫が対立してしまったこともそうだが、先程言い放った言葉が意味を成さなくなったことも大きい。
正直なところ、剛三の魔法によってホワイトハウスが更地になっていないだけ彼がまだ有情である、と出来れば楽観視したいのだが……そうも言ってられなくなったと内心で独り言ちる。
「許可してしまった私が言うのもなんだが、この状況は決して好ましくない。“イグナイター”が一旦モスクワに戻ったという未確認情報のこともあるが……バランス大佐、私の代理人―――USNA政府の特使として日本に行ってほしい」
「閣下、本官は政治家ではなく軍人なのですが」
「無論分かっている。だが、シリウス少佐やポラリス中佐を抑えられる人選となればかなり少ないことぐらい大佐が一番理解しているだろう」
正直なところ、軍人に政治家紛いのことをさせるというのは“お門違い”だろう。だが、今回のウェイトは主に戦略級魔法と例の逃走者という要素があることに加え、その対処で派遣した軍関係者を確実に制御できる人選でなければならない。
無論、同盟国間の国際問題となれば大統領自身が出向くべき件なのは間違いないが、現状の国内も安定しているとは言い難い。逃走者の件のみならず、東海岸を中心に起きている反魔法主義の運動も抑え込まなければならない。
なので、リーナとセリアにとっては上司となり、尚且つ内部監察局の人間となれば大統領にとって実に都合のよい人選となる。
「
「と、仰いますと?」
「昔話だが……当時の私は、魔法こそ使えないが軍人だったのは大佐も承知しているだろう」
大統領は世界群発戦争の際、軍人として戦い……そして生き延びた。新ソ連との戦闘では最前線に送り出される形となったが、その際に彼は剛三の戦略級魔法を目の当たりにしていた。剛三の放った魔法―――戦略級魔法『
「『我が国に害を為さぬ限り、この力を貴国に揮うことはない』……正直なところ、私が今こうして生きていること自体ミスターに命の手綱を握られているようなものだ。仮に核シェルターに避難しようと、彼の魔法の前では意味を成さぬであろう」
この世界において上泉剛三の名を知らぬものはいないに等しい。その彼の力は各国でも警戒対象のレベルに入るが、拘束することなど出来ない。何故ならば、魔法抜きでも達人クラスの武芸者であり、その彼を師と尊敬している者は世界各地に数多く存在する。
剛三を拘束するということは、世界各地の有力者全てを敵に回すということ。国際魔法協会にも彼のシンパはかなりいるため、剛三を止められる勢力は殆どいない……身内を除けばの話になるが、そのことは大統領とて知らない事実。
「話を戻すが、ただでさえ東海岸の反魔法主義が活発になっている状況で私がこの国を離れるわけにもいくまい。例の逃走者の仲間が潜伏している可能性を考えれば……なので、君を呼んだというわけだよ、大佐」
「本官がその仲間だとは疑われないのですか?」
「大佐に関しては問題ないだろう……私はそう判断させてもらった」
大統領の言葉の裏にはバランス大佐に対する信頼もある。一応マイクロブラックホール生成・消滅実験当日のアリバイや逃走者らとの接触がなかったかどうかの事前調査は済ませており、メディカルチェック自体もパスしている。
100パーセント信用できるという訳ではないが、限りなく可能性が低いという賭けに近い状態。それでも大統領は大佐に今回の事態の収束を頼むこととした。
「それと、『ブリオネイク』および『レーヴァテイン』の使用許可を私の名で出しておく。それで逃走者に対処できるとは思えぬが……罷り間違っても彼やその関係者に対して使用することは禁じる」
「……分かりました」
大統領の言葉からするに「神楽坂悠元に対しての攻撃はするな」という忠告を含んだもの。先日の戦略級魔法の件では最重要人物とされているだけに、その人物がもし戦略級魔法を有しているとすればUSNAにとっての脅威となるのは明白。
それを差し引いてでもこの国が負うべき代償のほうが大きくなるという意味を含めた言葉に、バランス大佐はただ頷くことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
海の向こうではそんなことになっていると露知らず、慌ただしい週末が過ぎて月曜日となった。現時点で襲撃されることを想定しているのは悠元と……この間の可能性を考えればセリアぐらいだろう。
とはいえ、彼らからすればチャールズ・サリバンと融合していた存在を失った(厳密にはアリスという存在に変質化した)以上、慎重に事を運ぶだろうとは思われるが……そんなことを考えていると、丁度廊下でセリアと出くわす形となった。
あの一件から久々に出くわすとはいえ、セリアの表情は友好的とは言い難いものだった。
「……悠元、恨みますよ」
「なぜ恨まれるのか理解できないんだが? そもそも、セリアとは魔法実習以外で負かした覚えなどないんだが」
「う、そ、それは……」
悠元は知らぬ存ぜぬといった表情をしているが、セリアからすれば既に正体がバレている前提で物事を考えていた。とはいえ、「エクセリア=クドウ=シールズとセリア・ポラリスが同一人物」という事実は軍事機密に抵触するため、下手なことを言って第三者に聞かれるのは非常に拙いこともセリアは理解している。
恨まれるとすればこの前の出来事だが、こちら側とて大人しく殺される筋合いなどない。戦略級魔法が生み出されること自体を“世界の脅威”として勝手な
「負けず嫌いは結構だし、俺も再戦は吝かではない。だが、俺自身の生殺与奪に関わるとなれば話は別だ……と、どうやらここで押し問答を繰り広げても意味はなさそうだ」
「ええ、そうみたいですね……悠元はどうされるつもりですか?」
ここで「魔」の気配を感じ取った悠元の言葉にセリアも頷いた。恐らくは魔法科高校の防御術式に引っ掛かる形で反応したのだろう。すると、セリアが悠元に問いかけた。
「仮定の話になるが、
「貴方にはあるというのですか?」
「この国に来た以上、お前らの国の法は特定の場所以外通用しないってことぐらい理解してると思うが……俺にはそれがあるとだけ答えておく」
悠元はセリアの答えを聞くこともなく振り返ってその場から走り去った。曲がり角を過ぎたあたりで悠元は通信機を取り出し、深雪に繋げる。
「深雪、先程の反応は掴めたか?」
『はい。お兄様も感じ取ったようですが……まさか、先日の件と関係が?』
深雪からすれば先日のサリバンの件で感覚を知っていたから分かっていたが、よもや達也も霊子波を感じ取れるぐらいに成長していることを考えれば、かなり大きな進歩と言えるかもしれない。
今はそう喜んでいられるような場合ではないが。
「非常事態と考えていい。構成は……達也と深雪が前面に出て、レオ達にはバックアップを頼んでほしい」
『悠元さんはどうされるおつもりですか?』
「この状況で連中が余計な横槍を入れないとも限らない。俺が学校周辺の警戒網を敷き、姫梨と佐那にも手伝ってもらう」
相手の気配検知は現状“1体”ということは確認済み。だが、既に仲間を1体失っている以上は無茶を犯してでも防御術式を破ってくるかもしれない。そうなると現状の面子で対応できるのはかなり限定されてしまう。なので、古式魔法に精通している悠元と姫梨、佐那で対応する。
幹比古をパックアップに残したのは、達也と深雪のフォローを考えれば妥当な人選だと考えたからだ。それに、悠元の持つ『
一方、CADの調整も兼ねて実験棟にいた燈也も「魔」の気配を感じ取っており、しかも間の悪いことに実験棟近くに停まっているトレーラーから感じ取ったのを燈也は見逃さなかった。
(この気配は……六人いますが、そのうちの一人は“冷たい気配”……もしかして、これが“パラサイト”でしょうか?)
いくら十師族とはいえ、魔法師ではなく魔物を相手にするなど初めてのこと。六塚家で極めて特殊な能力を持つ燈也は自身の技能から人間の存在を探ったところ、トレーラーの近くにいるであろうマクシミリアン・デバイスの社員のうちの一人から人間のものとは思えない気配を感じ取った。
魔法科高校に態々入ってくること自体“自殺行為”に近い筈だというのに……そこで燈也は頭を横に振って長考の姿勢を崩した。もしかすると、そのパラサイトは仲間を増やすべく魔法科高校に潜入した可能性もある。
そうなれば、霊子波を感じ取れない魔法師が餌食になる可能性もある。燈也は調整を終えたばかりのCADを手にすると、そのまま冷たい気配のするほうへと足を向けた。
どうするか悩みに悩みぬいての展開です。
本来なら国防・外交方面の話になるのでその筋の政治家を派遣するのが妥当なのですが、それに加えてスターズのこともあるのでそれを一気にまとめての方策です。
流石に軍人ありきとなれば今後の外交にも大きく影響するので、ここに数手ほど付け加える形となりますが。