魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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変わる流れ、変わらぬ流れ

 燈也は物陰からトレーラーの様子を窺っていた。すると、六人のマクシミリアン・デバイスの社員―――その一人に近づいて声を掛ける人物がいた。

 それがリーナだということにさほど時間は掛からなかった。というか、同じクラスメイトである上に何かと話題の尽きない彼女は一応警戒しているようだが……その女性が危険の高い人物だということに燈也は内心で溜息を吐いた。

 

(彼女がパラサイトと融合していることに気付いていないのでしょうか……まあ、無理もありませんね)

 

 燈也も自分自身のことを十全に理解しているとは言い難い。何せ、燈也のその能力も固有魔法も自身の危機的状況から火事場の馬鹿力みたいな引き出し方で会得した力だ。だが、そのお陰で自分自身の周囲に対する警戒も出来るという訳だが。

 すると、燈也の視線の先で二人に割り込んだのは先行する形となったエリカ。間髪入れずに放たれたのが幹比古の結界術式だということに左程時間は掛からなかった。遅れる形でレオ、幹比古、美月もその場に姿を見せた。エリカの目にも止まらぬ刃はその女性―――リーナが「ミア」と呼んだ女性の胸を貫いていた。

 リーナはどうやら通信機で知り合いと連絡しているようで、その内容は聞き取れないが……彼女の言葉からするに、彼女が吸血鬼の正体であることは間違いない様だ。

 

(容赦ありませんね……いや、これでも死んでいるとは思えませんが)

「燈也、状況は?」

「達也に深雪ですか。まあ、見ての通りだと言うしかありませんね」

 

 燈也の表情は楽観視出来る状況ではない、とでも言いたげだった。これには視えている達也が一番理解できていた。深雪は達也ほどでないにしろ、ミカエラから感じられる霊子波に揺らぎがないことを感じ取っていた。

 それを指し示すかのように、エリカが確かに貫いたはずの胸の傷が瞬時に塞がっていたのだった。

 

「悠元はいないようですが……」

「悠元さんは吸血鬼の仲間を警戒しております。なので、私たちだけで対処しなければいけない形です」

「そうですか……達也に深雪、僕がこれからすることはお二人の秘密にしてくださいね」

「……ああ、分かった。深雪、動きを封じてくれるか?」

「畏まりました、お兄様」

 

 何をするのかは不明だが、燈也の言葉を信じる価値はある。達也が頷いたのを見て、深雪はCADを操作して照準をミカエラに向けた。

 

「―――『零点銀世界(ゼロ・ニブルヘイム)』、発動」

 

 深雪の放った『ゼロ・ニブルヘイム』はミカエラを起点として2メートルほどの氷柱が形成された。それを確認すると、燈也はCADを操作して魔法を放つ。その魔法は燈也のみが使用することのできる“姿無き凍る炎”。

 

「ナイスです、深雪―――『絶氷の業炎(ニブルヘイム・フレア)』」

 

 精神干渉系魔法『絶氷の業炎(ニブルヘイム・フレア)』―――燈也のみが使うことのできる固有魔法であり、その効果は想子を導火線として精神体を燃やしたり凍らせたりすることが出来る―――精神に対する“熱量操作”を起こす魔法。

 4年前の佐渡侵攻では“外傷のない死体”が数多くあり、それを成したのは他でもない燈也である。そのお陰で佐渡侵攻の真犯人たる存在の特定に結びついたのは言うまでもないことだが。

 燈也は融合している女性の本来の精神を凍らせ、憑りついているパラサイトを燃やす。いわば精神干渉系の『氷炎地獄(インフェルノ)』とも言うべき魔法に、達也は燈也の述べた理由も自ずと察しがついた。とはいえ、約束を結んだ以上は追及することなど御法度なので何も言わずにいた。

 

「上手く出来ている自信はありませんが……合流しましょうか?」

「……二人とも、防御を!」

 

 達也の言葉で燈也と深雪は想子シールドを展開した。すると、まばゆい光と共に氷柱が砕け散り、ミカエラはその場に倒れこんだ。だが、肝心の「魔」の存在は気配すら感じなくなっていた。

 達也は三人の中で一番気配を感じ取れる深雪に尋ねるが、深雪は首を横に振りつつ達也の問いに答えた。

 

「……深雪、どうだ?」

「分かりません。逃げられたのかもしれません……」

 

 深雪で感じ取れないとなれば、かなり高度な隠蔽を会得しているのか、それとも……ともかく、今ここで出せる結論ではないと達也は判断した。

 

「やはり、パラサイトに対する戦闘経験が圧倒的に足りませんね」

「燈也と深雪は悪くない。寧ろ適切な対応だったと思う」

 

 学校の周辺は悠元と姫梨、佐那が警戒している。その手練れを掻い潜れるとはとても難しいだろう。それこそ、彼らが意図的に泳がせたり見逃したりしなければ、の話だが。それに、達也からすれば深雪の本来の力を隠すだけでなく、燈也の事情も黙ることにつながる。

 

「まあ、今回のことはお互い胸の内にしまっておこう。“十師族”も大変だからな」

「……ああ、成程。そういうことですか……姉の気持ちを考えると複雑ですよ」

 

 燈也の姉―――六塚家当主こと六塚温子が憧れというか真夜の熱狂的なファンなのは事前に聞き及んでいた。達也の言いたいことを自ずと察してしまった燈也の苦笑交じりの言葉に、それを見た深雪は思わず苦笑を漏らしたほどだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 パラサイトが消失した―――この事実は周辺の警戒をしていた佐那も驚いていたが、姫梨は溜息を吐きつつ近くにいた悠元を見やっていた。美月の『水晶眼』すら欺いたとなれば、4年前に“不可視の戦略級魔法”を使った悠元以外有り得ないと判断していた。

 

「―――手助けしたのですか?」

「すぐに排除できなくはないが、変に警戒されて自爆特攻なんてされたら困るからな」

 

 想定していた以上に深雪の『ゼロ・ニブルヘイム』と燈也の『ニブルヘイム・フレア』が対パラサイトにおいて強力な対抗魔法となっていたことは置いておき、リーナはともかくセリアまで介入して事態を引っ掻き回されるのは御免だった。

 なので、悠元は姫梨と佐那を吸血鬼の仲間を近寄らせない名目で達也らと別行動をとらせた。無論、この名目も大事な目的なので嘘は何一つ言っていない。すると、周囲の脅威が去ったと判断して佐那が戻ってきた。

 

「戻りました……悠元さん、あのパラサイトを助けたのですか?」

「お前らは揃って勘がいいな……まあ、上手く誘導したから見つかる可能性は極めて低いが、深雪あたりから色々追及はされそうだよ」

 

 弱ったパラサイトは上手い具合に「ピクシー」へと乗り移った。原作の準拠と改変が入り混じった状態だが、現時点の状況だけで見れば他のパラサイトから切り離すことに成功したとも言えよう。

 だが、セリアが何もしないとは限らないため、実験棟自体にも特殊な結界術式を施している。『万華鏡(カレイドスコープ)』をベースにした結界術式のため、かなり繊細なレベルで想子や霊子を感じ取れる人間でないと発見は出来ないだろう。

 

「さて、そろそろ事態の収束ということで動きますか」

 

 悠元はそう述べると、重力制御術式を用いて実験棟の近くに停まっているトレーラーの上を中継点としつつ地面に降り立った。周囲の状況はといえば、氷柱の爆発で戸惑っている面々が多い。そこには無論リーナも含まれる。

 そのことをあまり気にするまでもなく、悠元はミカエラを肩に担いだ。すると、そこに姿を見せたのはセリアだった。

 

「悠元、ミアをどうする気なの?」

「どうするって……彼女はこの混乱を齎した“被疑者”だ。それとも何か? お前にはそうするだけの権限がUSNA政府から与えられているのか?」

「っ……それは……」

「それに、魔法監視システムの録画を切っているとはいえ、この状況を放置すれば野次馬が殺到しかねない。そうなれば余計に混乱するだけだ」

 

 いくら外側からの眼を誤魔化しているとはいえ、第三者がこの状況を見れば直に噂が広まってしまう。ここでセリアがミカエラの身柄保護を主張したところで、国策機関である魔法科高校で最も優先されるべきはこの国の法律。

 魔法科高校では“エクセリア=クドウ=シールズ”であることに加え、達也らがいる前でスターズのナンバー・ゼロ“セリア・ポラリス”を明かすことはUSNAの軍事機密を明るみにする最大のデメリットが生じる。こればかりはUSNA軍上層部や政府が許容しないだろう。

 その反面、悠元の場合は神楽坂家当主代行兼「神将会」第一席という事実を達也たちに明かしている。リーナとセリアにバレるデメリットは生じるが、それも一つの取引材料として見込むこともできる。

 

「というわけで……達也に深雪、それと燈也もそこにいるんだろう?」

「流石だな。今回は特に出番もなかったが」

「何事も平和に終わるのが一番だよ。てなわけで深雪に燈也、午後から授業を休むので事情を説明しておいてくれ」

「……分かりました、悠元さん。でも、罷り間違ってその女性を惚れさせないでくださいね?」

 

 この状況でそんなことを言いのけてしまう深雪に対し、先程までの緊張感がすっかり消え失せていた。その言葉を聞いた達也はというと、深い溜息でも出そうなほどに疲れたような表情を浮かべていたのだった。せめてもの救いは、深雪が嫉妬で魔法を暴走させて魔法科高校が氷の城にならなかったことぐらいかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 結論から言えば、この一件は大きな尾を引く形となった。無理もないことだが、人ならざる者(パラサイト)の侵入を許す形となったためだ。細かい事情を知らぬ身からすれば“傍迷惑”という他ないものだが、魔法科高校―――その母体である国立魔法大学としては政府に厳重な抗議と申し立てを行うに至った。

 国内外での因果関係は現状伏せられたままであることに加え、政府としても同盟国であるUSNAを下手に刺激したくない思惑が見え隠れしていると思われる。

 

 加えて、魔法科高校側の対応は至って事務的なものとなり、被疑者となってしまったミカエラ・ホンゴウは上泉家系列の病院―――精神治療専門の病院へと移送される形となった。本人の記憶はパラサイトと融合していた関係でかなり混濁しており、パラサイトからの支配からは脱したものの暫くは治療と経過観察が必要と判断された―――というのが師族会議や外部への説明である。

 悠元が引き渡す前に『天陽照覧』でミカエラの精神を治療しているが、アリスの前例もあるためにかなり慎重に対象の時間を選び取った。前の一件の際はパラサイトを一度消し去った上で発動したが、今回は分離した状態でミカエラだけを対象に選んでいる。

 この違いがどういった影響を及ぼすかは現時点で不明という他ないのだが。

 

 そのミカエラ・ホンゴウのことなのだが、悠元が一連の事情を話したところ……燈也にお礼を言いたいと申し出てきた。その際に頬を赤く染めているのを見て、恋愛的感情にまで影響を及ぼしている可能性を感じ取った。

 事情を聞くに、心の奥底に深く沈んでいたミカエラの心を引き上げてくれた少年の姿を見た、とミカエラは述べた。しかも、その特徴が燈也のそれと全て合致していたのだ。魔法が不可能を可能にするための力とはいえ、人を惚れさせるあたりは流石十師族の直系だと内心で呟いた……それを自分が言えた台詞ではないが。

 

 エリカ達はやや不完全燃焼といった感じだが、パラサイトを相手にするにはまだ不十分であることぐらい理解していた。なので、三矢家での訓練はそのまま続行される形となった。達也は九重寺に通いつつ「遠当て」の練習に励んでいた。燈也の『ニブルヘイム・フレア』を“視た”ことで何かを掴んだらしく、八雲も達也の上達ぶりには感心していた。

 ただ、八雲曰く「それでも剣術に関しては悠元君が数段も上になるだろうけれどね」とのことだった。一応数年は剛三のもとで修行を積んだ身なので、それを簡単に越されるのは心に来るものがあると思う。

 

「―――仕方ない」

 

 本来は殺す意図などなかったが、パラサイトの行動・憑依パターンを見たいという千姫の要望でほぼすべてのパラサイトが憑りついた宿主を殺した。パラサイトが憑依した相手に『極凍雲散霧消(フリーズミスト・ディスパージョン)』という試作中の魔法を使用し、相手が自爆行為に至らせないようにした。

 『フリーズミスト・ディスパージョン』は本来分解で生じる熱量を全てベクトル反転でマイナス化させ、原子単位で全凍結させるという現代魔法の範疇を超えた原子凍結分解魔法。これが精神体に与える影響は全くの不明だが、その魔法はアリス曰く「マスターの影響で多少のダメージを与えることには成功している模様です」とのこと。

 なお、ピクシーに憑依したパラサイトについてはそのまま放置している。現時点で今後の脅威となる可能性は極めて低いと考えているが……それが変わった場合はその時に対応するしかないだろう。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その影響は日本側だけでなくUSNA側でも起きていた。大使館はアンジー・シリウスを呼び出して証人喚問をしようかと考えていた矢先、一人の女性―――ヴァージニア・バランス大佐がそれに待ったをかける形となった。

 リーナは暗い面持ちとやや重い足取りで大使館の門を潜ると、そんな様子のリーナにバランス大佐が声を掛けた。

 

「気の進まない様子だな、少佐」

「え……た、大佐殿!? 失礼いたしました!!」

「気にするな、という方が無理か。さて、いくら大使館内とはいえ立ち話も宜しくないので中に入ろう」

 

 内部監察局のナンバー・ツーであるバランス大佐がここにいることなど想定していなかったため、リーナは慌ててその場に直立して敬礼した。その様子に対して少し笑みを見せつつ大佐はリーナに大使館の中へと入るよう促した。

 なお、大使館がセリアを呼ばなかった理由は単純明快で、軍上層部のみならず政府高官の間でもセリアの存在は取扱危険物と同等の扱いにされている。もしリーナと一緒に呼んだ場合、セリアが怒りのあまり大使館ごとなくなる可能性があったためだ。

 大げさに聞こえるかもしれないが、非魔法師からすれば魔法師の存在自体が怖いものであり、意思のある兵器のようなものと言っても過言ではない。

 




 戦闘シーン自体をどうしたものかと悩みつつ、出来るだけわかりやすいようにした結果がコレです。即落ち2コマと言われても反論できないような気はしますが。

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