魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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お互いの腹の探り合い

 今朝のスキャンダルにも近いニュースを耳にしてからの登校。とりわけ当事者側に近いリーナからすれば頭が痛くなる思いしかしないものであった。

 かといって100パーセント実戦要員であるリーナには学校を休む選択肢などなく―――更にバランス大佐から普段通りの生活を心がけるように言われてしまった以上、重くなっている足取りを見やってセリアが気遣うように声を掛けた。

 

「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

「……仕方ないじゃない。大佐にああ言われた以上はそうするしかないもの」

 

 あのようなニュースがあって学校を休むことになれば要らぬ疑いを持たれるのも事実。セリアの問いかけに笑顔を作りつつ返しながら「第一高校前」の改札を抜けた。

 

「おはよう、リーナにセリア」

 

 二人の前に突如現れた人影―――達也の姿に、先程の様子も全て投げ出して逃走しようと試みた。だが、その作戦は失敗に終わってしまった。

 

「達也の姿を見て逃げ出すとか、失礼にもほどがあると思うんだが?」

「あ、アハハ……」

 

 逃げ道を防ぐ形で悠元と深雪が待ち構えており、これにはリーナのみならずセリアも苦笑を禁じえずにはいられなかった。とはいえ、二人に対して詰問する気などないため、悠元が話を切り出した。

 

「ま、別に問い詰める訳じゃないから歩きながらでも話そう。聞きたいことは……言わずとも理解してるのでは?」

「……今朝のニュースのことですね。後半部分はでっちあげしかありませんが」

 

 リーナだと感情的な発言が出ることを危惧してか、悠元の問いかけにセリアが答えた。魔法師排斥への世論操作を目的とするならば、真実に嘘を織り込むことも想定の範囲内だろう。

 

「世論操作が目的か。にしても、そういった情報は機密に触れると思うのだが」

「……『七賢人』よ、多分」

 

 達也の質問にはリーナが答えを返した。彼ら―――『フリズスキャルヴ』のアクセス権を持つ七人のオペレーター(千姫の持っていた端末を壊した以上は六人と述べるべきかもしれないが)の詳細についてはリーナは知らないようなそぶりを見せた。もしセリアがこちらの睨んだ通りなら……彼女はその詳細を知っていてもおかしくはない。

 

(リーナはああ言っていますが……悠元さんの説明と矛盾していますね)

(軍と言えども国防総省の管轄下だ。政府や国防総省(ペンタゴン)の情報全てが流れるとは思えないからな。その意味でリーナの言葉も嘘じゃない)

 

 いくら軍人と言えども国家情報全てがそのまま降りてくることなどない。ましてや、戦闘魔法師部隊であるスターズに不必要と判断された情報を流して任務遂行に支障を来たす必要はない。

 イデオロギーや狂信とは無縁の組織とリーナは述べたが、スターズは「七賢人」の全容を掴んでいない。USNA政府は恐らくエドワード・クラークがその主要人物ということまでは掴んでいるのだろうし、七人のオペレーターにも当たりを付けている可能性がある。

 尤も、その辺を聞くのにうってつけの相手がいるのは幸いという他ないが。

 すると、セリアが気になって悠元に話しかけてきた。

 

「悠元は、何も聞かないのですか?」

「聞いたところで何か変わるわけでもないし、今アメリカで起こっていることを解決するのはアメリカの問題だ。違うか?」

 

 冷たい言い方だが、この国が関与するようなことがあれば“内政干渉”の口実を与えかねない。修司と由夢、雫の三人がやっていることはどうなのかという疑問はあるのだろうが、人間主義の勢いを削ぐには正当な手段を選んでいられない。

 だが、これでも顧傑の手足を封じるだけに止めている。その理由は焦らせてこの国への渡航を早めるのを防ぐためだ。万が一の場合は『フリズスキャルヴ』を逆探知して顧傑の端末を破壊することも視野に入れている。

 

「……冷たい言い方ですね」

「現実問題と内政干渉の天秤だよ。尤も、こういう言い方は誰かさんの口癖が移ったのかもな」

「悠元さん、それは何方のことを指しているのですか?」

「さて、誰でしょうね?」

(な、何ですかこの空気……兄に対しての感情が他人に向けられると、こうなるということですか)

 

 何気ない会話だが、お互い気の知れた相手だからこその会話であり、気が付けば二人を中心にほんわかとしている雰囲気を見て、セリアが思わずたじろいでいた。それは二人の仲の良さに対してというよりも、本来ならありえない感情の向け方に対してだが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ―――昼休み。悠元は一人屋上にいた。

 いつもなら一緒にいる深雪や姫梨は傍にいない。それは悠元自身にとって確認すべき事項だと判断したための単独行動。すると、屋上の扉が開いて姿を見せたのはセリアであった。

 

「悠元……私だけ呼び出しとは、先日の件に対する追及ですか?」

「追及、と言えば間違ってはいないが……率直に聞く。お前は“転生者”だな?」

「っ……どうして、そう思われたのですか?」

 

 セリアの一瞬の躊躇いがその答えを指し示しつつ、敢えて問い返したセリアの態度はあまり褒められたものではないが、その辺を妥協しながらも悠元は根拠を述べ始めた。

 

「先日の一件。まるで俺が“この世界でイレギュラーな存在”だということを認識していたことに加え、達也ですら本気でないと見つけられない俺の気配を認識していた」

 

 彼女にあるかはわからないが、転生特典が認識できる存在の可視化だとするなら、ある程度の辻褄は合う。尤も、自分の場合は三つの特典を受け取っている以上、彼女に隠し玉がない保証などないが。

 彼女に多少なりとも原作知識があるなら、自分の存在がイレギュラーだということぐらい察しているはずだ。何せ、深雪の感情の向け方が変化していることに違和感を覚えても無理はないだろう。

 

「それは、貴方が意図的に解除していたのではありませんか?」

「それはないな。普通の人間なら意識的にすることを俺は無意識的にしている。……とまあ、それはおいといて、一番の理由がチャールズ・サリバン軍曹に憑りついていた『パラサイト』を認識していたことだ」

 

 ミカエラ・ホンゴウのこともあって話せなかったのは無理もないことだが、それを差し引いても「パラサイト」の存在を話せなかったのは、自らがその可能性に触れることを危惧してのものだ。

 こればかりは自分自身も転生の数ヶ月後に元から問い詰められた経験があるのでよく理解している。尤も、こちらに三矢家を継ぐ気などないことは早々に表明したため、比較的穏便に事が済んだのは言うまでもない。

 その代償として三矢家がおかしいレベルに振り切れてしまったが……俺はただ十山家の言いなりになって苦心していた元を助けようとしただけで、他の意図など一切含まれていない。

 

「……参りました」

「案外、白旗を早く上げるんだな」

「今の貴方に勝てる要素なんてありませんから……」

 

 セリアのその言葉の後、彼女は自分が“転生者”だということを白状した。それは即ち自分が同じ存在だということを明かすことになるわけだが、この世界に来て初めての邂逅ということで、セリアはどこかホッとしたような表情を見せていた。

 そして、セリアは自らの出生を明かしたわけなのだが……これが自分にとって一番該当する人物だということに頭を抱えてしまった。

 

「というわけなのですが……悠元?」

「何でお前まで亡くなってるんだよ……兄貴がかわいそうだわ(神様、マジで恨むぞ……)」

「は、え、ええ? もしかして、お兄ちゃん?」

 

 声質は異なるが、イントネーションからしてセリアが前世の妹だということに本気で頭を抱えたくなった。前世においては原作の深雪レベルのブラコンを発揮していた彼女……すると、セリアはこちらの転生に気付いたのか、涙を流していた。

 

「よ、よかった……お兄ちゃん、元気でやってるんだね……あの深雪さんをたらしこんだ才能は兄さん譲りだけれど」

「失敬な。あの兄貴ほどじゃねえよ」

 

 事情を聞いたところ……自分が亡くなった5年後、飛行機事故に巻き込まれたらしい。原因は原因不明のダウンバーストによるものだったそうだ。自分が万が一と思って遺していた手紙は読んでいたらしく、自分の分までしっかり生きると決めた矢先のことだったらしい。

 その影響でブラコンのレベルも多少は改善されていたようだ……現状の推測でしかないが。

 

「そんで、生まれ変わったらリーナの双子の妹ってだけでも大変なのに、大統領の孫娘というオマケつき。……おかげで祖父にも目を付けられて、気が付いたらリーナのお守りみたいなことをしてたの」

「スターズでも持て余すあたりは流石にお前らしいと思うな」

「やめて。既に世界最強になってるお兄ちゃんに言われると空しくなるから」

 

 考えてみれば、こうやって何もしがらみを考えずに話せるのは元、剛三、元継、千姫に続いて5人目。セリアの“世界最強”という言葉には流石に納得がいかないのだが。

 

「世界最強ねえ……そんなプライドを抱え込むぐらいなら、欲しい奴にくれてやりたい」

「あはは……強さや名誉を求めないあたりは変わってないね」

「そういうものがどういった結果を出すのかは、兄貴の件で分かってることだからな」

 

 カリスマに溢れた兄と天才の妹。その間にいる俺に目を付けようとする連中はかなり多かった。だからこそ、前世の俺は人との関わりを必要最小限にしようと生きていた。その影響からか、他人から気配を読まれないような歩き方や気配の偽り方を率先して修得していた。

 言い忘れていたことだが、屋上には遮音と認識阻害の結界術式を張っている。流石に男女二人が屋上にいるとなれば要らぬ誤解を招きかねないと判断したからだ。

 

「でも、九校戦であの『クリムゾン・プリンス』を2種目で破って優勝してたよね」

「見てたのか……あの時は十師族としての強さを見せろ、と父に言い含められてたからな」

 

 ケーブルテレビなら海外でも視聴可能なので、恐らくは興味本位で見ていたのだろうが……その辺の娯楽をスターズでも許容しているあたり、潜在的な敵対国家の情報収集は欠かしていない証拠だろう。

 

「それを実行して一条の御曹司に『爆裂』を使わせないあたり……前世では手加減してた?」

「阿呆が。転生前の俺はお前のような明晰さも兄貴のようなカリスマも持ってなかったんだぞ」

 

 あくまでも自分の強さは元々の資質に加えて転生でのブーストが掛かった形なので反則技に近い。その辺を含めたような発言をしたところ、セリアは苦笑を滲ませていた。納得がいかない、と思いつつも悠元は一つの提案を持ち掛けた。

 

「まあ、それはいいとして……『パラサイト』に関しての対抗手段―――『ルナ・ストライク』クラスの精神干渉系魔法をスターズが持ち得ていない以上、最後の詰めはこちらが受け持つ。そして、もう一つのお前らの任務―――戦略級魔法師に関してのことだが、どうせ俺や達也に仕掛ける気なんだろう?」

「そうなんだけれど……お兄ちゃんの正体を知った以上、下手を打って“お兄様”に消されたくないよ」

 

 セリアの心情は分からなくもない。沖縄の一件だって下手に深雪を泣かせたり傷つけるようなことはしないように立ち回ったのだが……結果として、深雪に泣きつかれた挙句に恋慕の対象として見られる形となった。仮に俺とセリアが戦った場合、深雪がセリアに攻撃的な態度を見せても不思議ではない。その場合はこちらでフォローしなければならないと考えると……気が重くなる話だ。

 

「どうせ『ブリオネイク』やお前のCAD―――『レーヴァテイン』まで持ち出した以上、国防総省(ペンタゴン)や参謀本部の連中は結果を求めているだろう。物理的に無傷で済ませられる方法はあるから、その茶番に付き合ってやるよ」

「……今となっては、お兄ちゃんが一番恐ろしいかもしれない」

「酷い言い草だな、おい」

 

 国家機密レベルの代物の正体を既に掴んでいるような悠元の言葉に、セリアは敵に回すよりも降参して言いなりになる方が安上がりだと言いたげな発言が出た。これには流石の悠元もジト目を向けつつ辛辣な言葉を投げかけるほどだった。

 ちなみにだが、今回話した内容はお互いの胸の内にしまうことで合意した。

 




この段階で明かすべきかどうかは悩みましたが、お互いに疑いを持っている以上は遅かれ早かれの状態となっていたことは事実です。加えて、今の段階で明かすことにより「ピクシー」の存在を上手に秘匿する意図も含まれていたりします。

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