魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

170 / 551
方向性が変わっても気質は変わらぬもの

 予測はしていたが、実際に相対すると混乱してしまうのはよくあること……だと思う。セリアの“中身”が前世の妹というだけあって、一層慎重になっていたのは言うまでもない。

 

「それでさ、お兄ちゃんは何であんな手紙を残してたの? 普通に健康なら問題ないと思うのに」

「あのなぁ……俺が一人暮らしを始めたら、近くの高校に通う口実で強引に居候してきたやつがそれを言うか?」

 

 妹がやっていたことを今世の自分が司波家でやっていることのため、前世でのことを掘り起こす気などなかった。だが、セリアから尋ねられた以上は答えるのがいいと思ったため、正直な感想を述べるに至った。

 

「俺自身、いつどうなるかなんて分かったものじゃないからな。使わずに済めばよかった保険みたいなものだった……結果として出番があったわけなんだが」

 

 ただでさえ世話焼きかつブラコンの気が強い妹。彼女が俺自身の死という現実に向き合った場合……予測できる一番の可能性は自ら命を絶つという選択肢だった。正直なところ、いくら平和で魔法などない世界であってもリスクというものは付きまとう。それこそ、自分で気を付けていても出合い頭に車と衝突する可能性だって無きにしも非ずなのだ。

 

「何か上手く流されたような気がするけど……そういえば、こないだのパラサイトってどうなったの?」

「流れ通りに潜り込ませたが、どうなるかは分からん。何せ、九島家の先代当主が関東に来ているようだからな。その意味でお前も無関係とはいえないだろう」

「ううっ、それはそうなんだけれどね……」

 

 原作では独立魔装大隊を動かしているが、今回は一切動くことがないよう風間には言い含めている。ここで独立魔装大隊とスターズが正面衝突なんかしたら、間違いなく国際問題である……いや、既に達也と自分にちょっかいを出している時点でそうなっているようなものだが、これが表面化すると国防軍の規則に色々触れかねない問題なのは間違いないだろう。

 

「ていうか、私だって気付いていたんならもう少し優しくしてほしかったけど?」

「膨れるな。あの時点で確証がなかった上、俺だってこの事情を下手に明かせないんだよ」

 

 “転生”という事象自体、この世界で見ればイレギュラーの類に属するだろう。四葉に復讐しようとする連中がそれをにおわせる様な術式を使ってはいるが……それに、自分とセリアでは転生したタイミングが違うため、この話題には結構神経を尖らせる必要がある(セリアは物心つく前あたりかららしい)。

 

「てか、お前も色々やらかしてるのは調べがついてるからな。基礎単一系の移動魔法でビル一個を数百メートル垂直上昇させるとか……」

「いや、その程度ならお兄ちゃんもそれぐらいできるよね」

「うーん……できないこともないが、やる意味がないからな」

 

 セリアの行動原理が大概リーナ絡みになっているというのは……言わぬが花というやつなのだろう。

 彼女のスターズ入隊に関しての資料はすべて目を通したが、当時の面接官が相当苦悩したのは目に見えていた。いくら世界最強を自負するとはいえ、USNA軍の魔法師部隊であるスターズにも杓子定規というものは存在している。

 なにせ、試験官が記入する備考欄に「スターズで扱える範疇を超えているため、政府に要相談」と力強い筆圧で殴り書きされていたぐらいだ。一体何をやらかしたのか掘り下げた結果……セリアは単独で『ムスペルスヘイム』を発動させて、的はおろか試験会場が半壊したという事実が出てきた。いくら力を見せるためとはいえ、そこは自重しろよと内心でツッコミを入れた。

 それでも政府お抱えの専属魔法師にならなかったのは……セリアの姉であるリーナも似たような目で見られていたからに他ならない。魔法以外はポンコツなリーナとはいえ、流石に試験の時点で戦略級魔法を使うことはなかったが、成績としては非常に優秀だった。なので、試験官たちからセリアと同じ警戒をしながら見られていたのだろう……リーナからすれば傍迷惑な話である。

 

「で、セリアが知ってるなら聞きたいんだが……お前の祖父である九島健はどういう人物なんだ?」

「そうだね……孫が可愛いお祖父ちゃんって感じだね。ただ、時折日本が恋しくなる時があるみたいだよ」

「……生きてるのか?」

「ロッキー山脈の奥地で世俗とは隔離した生活をしてるよ。通信手段なんてお祖父ちゃんが飼っている鷹が運んでくる手紙ぐらいだし」

 

 ここでも原作との変更点が生じている。烈の弟である健が生きており、しかもセリアが言うには20歳代の若々しい体を維持するために魔法や武術の研鑽を辞めていないらしい。なお、実年齢は84歳で奇しくも千姫と同い年とのこと。

 そんな彼をUSNA政府や軍が放置している……いや、触れたくても触れられないのかもしれない。何せ、あの世界最巧とまで謳われた「トリック・スター」の実弟。恐らくはリーナやセリアのスターズ入隊も彼が一枚噛んでいる可能性が高いだろう。

 悠元が知らなかったのは、健がそういった通信手段を一切使っていなかったためでもあった。アナログな伝達手段に加えて、普通の人間でも行きにくい場所で生活している以上は仕方がないことなのかもしれないが。

 

「私とリーナにスターズのスカウトが来たとき、どこからか聞きつけてスカウトをぼこぼこにしちゃってたし……どんな話し合いがあってお祖父ちゃんを納得させたのかは怖くて聞いてないけど」

「うちの爺さんみたいなものだな……」

「そういえばお兄ちゃん、最近、リーナが頻りにお兄様―――達也のことを聞きに来るんだけど……何かあったの?」

「うーん、あの二人となると当事者間の問題だから触れたくはないんだが……それとなく聞いてはみるわ」

 

 そう言った後、悠元は屋上のフェンスを飛び越えていった。それを見たセリアは、いくら魔法がある世界とはいえ自分からトラブルを避けようとしている方向性に苦笑を禁じえなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 2月―――この国ではバレンタインというイベントが定着している。本来宗教色が強い筈のバレンタインから逸脱しているのはこの国だけだろうと思う。学校から帰ってきたセリアがまず見たものは、エプロン姿のリーナとシルヴィアだった。

 

「ほら、根気よくですよ。焦ってやろうとしないでください」

「わ、わかってるわよ!」

 

 セリアからすれば、料理すらロクに出来ないリーナがチョコ作りをしている……今見ているこの光景が夢なのではないかと思っていたが、それはセリアの背後から掛けられた言葉で現実だと思い知る羽目になった。

 

「おかえり、と言っておこう中佐」

「バランス大佐……その、大佐がここにいる理由は察しますが、あの光景は一体何なのでしょうか?」

「聡明なのは流石だな。私も止めようとしたのだが……リーナの言葉にシルヴィアの火がついてしまってな。流石の私も降参せざるを得なかった」

「……えと、その、本当に何があったのです?」

 

 セリアからすれば心当たりはなくもないのだが、リーナがここまで入れ込む相手などいたのかと疑問を浮かべていた。正直な話、ミドルスクールの時にリーナが同性からチョコレートをもらうことはあっても、異性に対してチョコレートを渡すなどということはなかった……それが仮に市販品であってもだ。

 それがこの留学で火が付いたということなのだが……セリアが思い当たる最大の可能性をバランスは口にした。

 

「その……魔法科高校の同級生にリーナが勝負を挑んだらしくてな。しかも、魔法ではなく体術での勝負らしい」

「体術ですか? マーシャル・マジック・アーツ部の部員あたりにでも挑んだのですか?」

「いや、少佐の口ぶりからするに風紀委員と思われるが……私もこれ以上踏み込むのは宜しくないと判断した。なので中佐、君から聞いてみてくれるか?」

「はぁ……あまり期待はしないでください」

 

 バランス自身、その人物の可能性に気付いているのかもしれないし、軍人としての任務に支障が出るようなら看過など出来ないが、リーナは戦略級魔法師の無力化任務には前向きの姿勢を見せている。その相手がリーナにとって大切な存在となりつつあることにセリアは内心で溜息を吐きたくなった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 生徒会副会長なのに、仕事がない。いや、仕事はいくらでもあるわけなのだが、生徒会長であるあずさから「悠元君はこちらの手が本気で回らなくなったらお願いします」と釘を刺されている。これは恐らく来年度の動きを見越しての言葉なのだろうが。

 軽運動部での活動も卒業式の準備やら三矢家での訓練もあってお休みしているため、そのまま三矢家の本屋敷に帰ってきた悠元がまず目にしたものは、とある部屋の扉の前で立っている詩奈と侍郎であった。

 

「二人とも、一体何をしているんだ?」

「あ、悠元さん。おかえりなさい」

「おかえりなさい、お兄様」

「ああ、ただいま。それで……この部屋は確か、男子連中が寝泊まりしてる部屋だよな?」

 

 二人からの挨拶を返しつつ、悠元は二人がここにいる理由を尋ねると、それに答えたのは侍郎だった。

 

「えっと、実は深雪さんが達也さんに尋ねたいことがあると言って入っていったようで……偶々聞いていた詩奈が聞いたので、俺は何も聞いてないんですが」

「……(まさかね……)」

 

 最近聞き及んだ話題の可能性もあるが、リーナ絡みとなれば流石に無視できないと思いつつ扉を開けた。すると、腕を組んで立っている深雪とベッドに座っている達也の構図が目に入った。二人も物音に気付いて悠元らの方へ視線を向けていた。

 

「悠元……」

「悠元さん、お兄様ったら不謹慎だと思いませんか!?」

「深雪、事情を説明してくれないとどう反応したものか分からないんだが?」

 

 正直な話、いきなり詰め寄られても困る。悠元の正直な反応に流石の深雪も頬を赤らめていて、自分の迂闊さを恥じていたようだ。一方の達也はというと、深雪からの追及が一時的にでも止んだことに一息吐くような様子を見せた。

 

「それで、達也。もしかしてなんだが……リーナ絡みだったりするか?」

「……やっぱりお前は埒外だな」

「阿呆か。セリアから気になることを尋ねられたから、もしかしてかなと思っただけだ」

 

 達也が言うには、数日前に風紀委員の巡回をしていてマーシャル・マジック・アーツ部に立ち寄った際、偶々見学していたリーナと立ち会うことになった。無論達也としては固辞したかったわけなのだが、リーナは敢えて虎の尾を踏みぬくようなことを言ったらしい。

 

「俺自身のことをどう言われようとも構わなかったが、深雪のことを引き合いに出されたからには受けて立つ他なかった。そこまではよかったのだが……」

 

 お互いに捻挫以上の負傷を禁止とした試合形式での対決。リーナの希望で制服での試合となったわけなのだが、ここで達也の持っているラノベ主人公気質が発動した。

 リーナが『仮装行列(パレード)』を使って達也を誤魔化そうとし、それに対抗して達也が『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』でリーナの本体を見破って抑え込もうとしたのだが……周囲の観衆のこともあってある程度力を抑えていたせいで、本当ならリーナの肩を掴むはずがリーナの胸を鷲掴みにしたらしい。

 これにはリーナが顔を真っ赤にした後、達也の手を振り払って逃げ出したらしい。試合は言うまでもなく無効試合となった。

 

「悠元さん。セリアから何を尋ねられたのですか?」

「リーナから達也のことについて聞かれてるらしい。恐らくはその一件が大きく影響しているかもしれないが……先日の逃げ方はある意味納得できるかな」

 

 その翌日の朝にマイクロブラックホール実験のことがあったので、彼女の逃げ方もある意味納得できるものであった。なお、その件で達也は「ラノベ主人公気質の持ち主」などと噂されるようになっていた……間違っていないので反応に困るのは否定しない。

 

「どこまで聞いているのかは知らないし、セリアでもリーナと同レベルの情報しかないはずなんだがな」

「ちなみにだが、俺のことを探るような感じなのか?」

「さあ、そこまでは聞いちゃいないが……深いところまで探るような感じではなかったかな」

 

 この場には三人だけでなく詩奈と侍郎がいる以上、達也と深雪に関する情報は極力抑えている。以前訪問した際も深雪が四葉の直系だということは二人にも知らせていない。達也や深雪も二人の存在を片隅に置きつつ話しているわけだが、詩奈と侍郎は特に喋ることもなく黙って聞いていた。

 セリアの言葉のニュアンスからするに、達也の魔法についてや強さの秘密を探ろうという感じではなく、先日の一件―――この場合はマーシャル・マジック・アーツ部での一件で達也の様子を探ろうとしているのかもしれない。

 魔法というよりは恋愛事情絡みに近いのかもしれないが、自分の存在が色々な方向で影響を及ぼしていることに改めて実感させられる羽目となったのは言うまでもない。

 




 前半部分で結構コメントにてツッコミが入ってしまったため、下手に掘り下げると宜しくないと判断して大幅に書き直しています。いろいろご指摘を受けての対応ですのでご了承ください。
 後半部分は達也の主人公気質さを何かに使えないかなと思案した結果d(『ミスト・ディスパージョン』で蒸発)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。