バレンタインというイベントは、男性だけでなく女性にとって一大イベントも言える。なので各々が気合を入れている様は言わずとも伝わってきてしまう。普通の話題ならそれぐらいで終わるようなものだが、悠元からすれば他人事で流せる範疇を超えている。何故ならば、奇しくもその日が悠元の誕生日だからだ。
今年は訓練の関係で女性陣が三矢家の厨房に籠る形となった。その一方で男性陣はというと、特にやるべきこともないので魔法の訓練をすることに集中していた。
「まあ、厨房がああなるのは既定路線だし、仕郎さんがいるから滅多なことにはならんと思うが……俺は別の意味で憂鬱になりそうだ」
「あー、悠元の場合はそうなるよね」
「そう言う幹比古も道場の門下生から結構もらってたけどな」
誕生日を迎えること自体が億劫という訳ではない。自分にとっては特別な日だし、誰かに祝福されることは喜ばしいことだ。では、何が問題なのかと言えば……誕生日プレゼントの大半がチョコレートとなってしまうことだ。別にチョコレートは何も悪くないわけだが。
大半の家は自分の誕生日のことなど知らないが、十師族クラスとなれば話は別だ。三矢の人間として祝われることなく神楽坂家の人間となったので、他の十師族から婚姻話を持ち出される可能性はかなり減ったわけだが……それも見通しの甘い目測だということは言わないでほしいと思う。
「バレンタインか」
「おや、達也もチョコをもらったことが……深雪か」
「一応『義理』と念は押しているがな。その分、悠元に対しての代物はまるで料理というよりは儀式に近い印象を感じてしまったが」
その深雪からは「今年は腕によりをかけて作りますので、期待しててくださいね」と予め言われている。深雪の料理の腕は信頼できるので特に不安はない……それ以外に何かしらの動きをしそうなことを除けばの話だが。
「深雪にほのか、美月に佐那、姫梨は分かるが……一番意外なのはエリカだな」
「そうだな。その対象も意外という他ないんだが」
「? いやいや、悠元に達也。揃って俺を見るなっての」
そう、他人の色恋沙汰には敏感なエリカがチョコ作りに勤しんでいる。しかも、その様子をこっそり覗いた感じでは剣術に取り組んでいる時のような真剣さだった。で、その本命を渡そうとしている相手は……どうやらレオのようだ。
当人は表向き否定しているが、魔法の訓練では暇さえあればお互いに協力しあったりしている。横浜でのやり取りや連携を見るに、お互い口では喧嘩しても信頼しているのが見て取れた。エリカの素性を知る身としては、レオに惹かれるのも無理はないといったところだろう。
「ま、最近のエリカはどこか余所余所しくて張り合いがないって言うのは否定しねえが……どうしたよ?」
「聞きました、燈也さん? この人、相当の朴念仁ですよ」
「ええ、全くです。達也さんはどう思います?」
「俺に振らないでくれ……」
エリカと出会ったのは今から5年前―――最初の出会いは吉田家でのことだった。縁側で一人座っているエリカを俺と幹比古が見つけた。当時の幹比古は自分の実力を疑わない性格で、そんな彼がエリカに話しかけたのは、単に興味本位の側面が強かった。
そこからお互いに口喧嘩が始まり、幹比古が自分の名前を言ったことでエリカが言い返した。
―――じゃあ、アンタのことはミキって呼んであげる。
―――僕の名前は幹比古だ!
これが、お互いにとっての決まり文句みたいなものになっていた。そこから俺も巻き込まれる形になった。俺の場合は幹比古のように短縮されても文句はなかったわけなのだが、エリカは何故か悠元と呼んでいた。理由はというと「アンタはね……何故かミキのように呼んじゃいけないって気がするの」とのことだった……その時の自分はすごく納得できなかったが。
「人の恋路は各々の事情だから深くは踏み込まないが……」
踏み込まない、というよりは自分のことで手一杯になる可能性が高いため、変に首を突っ込む気にもならなかった。エリカのように他人の恋路が人一倍気になるような性分でもないというのもあったりするが。
◇ ◇ ◇
外交という仕事は、かつての時代であれば砲艦外交か密室(秘密)外交と相場が決まっていた。三度の世界大戦を経て、外交の基本は大同盟を前提とした会議・セレモニー型の外交が主流となっていったが、昔のスタイルが丸ごと消えたわけでもない。そして、その仕事は基本的に外交官―――官僚の領分が非常に大きい。
3年前の沖縄での一件後、穏便な解決に尽力していた外務省の面子を潰すがごとく行われた横浜事変。その一件絡みで使われた戦略級魔法を巡っての水面下の攻防は激しさを増している。
「だからといって、外交に首を突っ込む気にはなれませんけれどね」
「悠元君からすればそうなるわよね。でも、無関係とは言えないわよ?」
「分かっちゃいますよ、それぐらいは」
訓練が一区切りしたぐらいで響子が三矢家の屋敷を訪ねてきたので、悠元と達也、それと深雪が応対した。別に悠元一人でも応対すべきかと思ったのだが、達也に渡すものがあるようで同席を許可した。深雪に関しては有らぬ疑いを持たれるのを回避するためだ。
響子から聞かされた音声データ―――外務省とUSNAの外交官の盗聴音声を聞き終えたところで、悠元から出た言葉に響子は苦笑をしつつも率直な言葉を返した。確かにあの一件絡みで『
「俺の『スターライトブレイカー』はそもそも未完成の段階で使ったものです。しかも使われている技術が機密のオンパレード過ぎて明かすことすらできませんし」
「……艦隊を消滅させて、ウラジオストクの軍港だけをピンポイントで破壊した魔法なのに?」
あれで未完成と言われて首を傾げている響子。達也と深雪もそれに関しては同意見のようであった。そもそも、『スターライトブレイカー』は以前防衛大学校のデモンストレーション後に木彫りの熊を飛ばした際に使用した質量物超長距離射出魔法をベースに組み上げた魔法だが、横浜事変の時点では収束と分散の効率を詰め切らずに使用していた。それに加えてベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』による妨害があったため、威力の増幅でウラジオストクの軍港部まで破壊してしまった。当初の予定では艦隊だけを消滅させるだけに止めるつもりだった。
「後者に関しては自分も計算外ですよ」
悠元が目指す戦略級魔法―――五感の識別に関係なく、情報次元に存在する情報そのものを破壊する魔法。理論上では同じ戦略級魔法クラスの起動式・魔法式をも破壊可能とする魔法。それならば『天照』や『月読』で事足りるのでは? との疑問が浮かぶだろうが、現状の『天照』と『月読』では単独発動の条件がかなり厳しい。それに加えて下手に弄れる代物でもないため、別のアプローチから組み上げることでその問題を解決しようと試みている最中だ。
「それはともかくとして……大亜連合とUSNA、それとオーストラリアもといイギリスが一枚噛んでいたのは溜息しか出ませんが」
「前者の方は察しがつきますが、オーストラリアとイギリスは何の関係があるのですか?」
「ああ、それは達也君が破壊した輸送船の絡みよ。あの船、ご丁寧に国籍を偽っていたから。外務省もその件に関しては大慌てのようね」
表向きは黙秘を貫いているが、停泊時の船籍証明は間違いなくオーストラリアが公的に発行したものだということは調べがついている。大亜連合とUSNAの密約についても同様で、この件については政府間での交渉事なので放り投げる形となったわけだが。
「意図的に艦隊の出港を遅らせた……結果としてはUSNA軍太平洋方面部隊が何も出来ずに終わった形となったわけだけど。ずいかく型空母についても執拗に聞いてきてるわ……まあ、一番の興味は二つの戦略級魔法についてでしょうけど」
力を必要以上に持つことは周囲に対しての警戒や恐怖を強める。魔法が体系化して軍事力と密接にかかわっている以上、戦略級魔法はその最たるものだろう。その認識自体は間違っていないと思うが、ならばこそ力を削ぐことがUSNAにとって不利益を被るという計算に繋がったことが不服という他ない。
「さて、あまり長居していると要らぬ疑いを持たれそうだから失礼するわね。あと、達也君と悠元君に、はい」
そう言って響子は達也と悠元にラッピングされた箱を手渡す。この時期のプレゼントとなれば自ずと予想が付くだけに、思わず苦笑が漏れてしまった。見送りは悠元がする形となったわけだが、その際に響子が悪戯めいた笑みを見せつつ尋ねた。
「やっぱり、義理じゃご不満だったかしら?」
「そういう訳で苦笑したわけじゃないですよ。そういう感情は達也にでも向けてください」
「ふふっ……それじゃ、失礼するわね」
なお、響子を見送った後にその様子を柱の陰から見ていた深雪に問い詰められ、そんな二人の様子を見ていた達也は人知れず溜息が漏れた。
◇ ◇ ◇
普段は生徒会としての仕事を割り当てられることなどない悠元だったが、バレンタイン前日である2月13日。この日だけは少し様子が違っていた。普段なら勤勉なほのかがいないことに加えて、臨時の生徒会役員として仕事をしているリーナも生徒会室にいなかった。
留学生の二人―――リーナとセリアには色んな部活動から声が掛けられていて、中には余計な欲を見え隠れさせている部活動もあったため、最終的な判断として臨時の生徒会役員に置くことで決着を見た。
仕事の効率化やそれに合わせたデータベースのシステム改良は悠元が裏技めいた方法―――とはいっても、システムの根幹であるデータベースのハードウェアを最先端レベルにまで改造しただけで、プログラム部分は達也も一枚噛んでいる(達也には深雪の負担を軽くする目的ということで協力を頼んでいる)。
その影響で生徒会の仕事は約3割の作業時間削減が出来た。その反動と来年度からの人選の影響で悠元が割を食う形となった。
「てなわけで、俺が駆り出されたわけだが……簡単なチェックぐらいしかさせてくれないって悲しいわ」
「会長達も悠元さんの有能さは理解されていますから、仕方のないことかと」
「この場合は悠元の自業自得と言うべきだろうな」
駅へと向かう帰り道、悠元と達也、深雪の三人は生徒会室での出来事に加えて先に帰ったほのかのことについての話題となった。彼女が気合を入れるとなれば仕方のないことでもあるわけだが。
「二人して……しかも、達也に至ってはあんな頼みごとをするとはな」
「悠元なら問題ないと踏んだだけで、特に他意はないんだがな」
普段なら面倒だとあまり言わない悠元がそう言った理由は一つ。達也がほのかから貰うチョコレートに対しての贈り物についてだ。市販されているものでもいいとは考えたが、達也は身内の実績からして悠元に頼めばいいと判断した結果のものだった。
「ひょっとして、アレの事でしょうか。悠元さんはそういったものも作れるのですか?」
「ある程度のものしか作れないけどな。流石に下手の横好きでしかないよ」
「あのー、お三方。この場には私もいるんですけれど……」
その三人の会話に割り込むような形で声を掛けたのはセリアだった。見るからに仲の良いカップルとその友人(彼女の兄)という状況にとてもではないが邪魔をしたくない雰囲気を覚えてしまっていたため、今まで黙っていた。
「あー、悪い。セリアはこういうのに慣れてなかったな」
「うぐっ……そ、そんなことはともかく、ほのかの様子が落ち着かなかったのは理解できましたけど、お姉ちゃんに関しては予想外です」
「……セリアから見て、リーナはどう見えた?」
悠元の前世も含めた言葉にセリアはたじろぐが、気を取り直しつつ率直な意見を述べた。双子の妹であるセリアの言葉に引っ掛かりを覚えたのか、達也が尋ねた。
「そうですね……ここ最近は達也のことをずっと見ているような雰囲気ですね」
「それは視線でも感じていたが、敵意なのか分からない複雑な様子を感じ取った」
軍人としての明確な殺意や敵意に加え、達也との関わりで芽生えた感情が複雑に絡み合い、結果としてリーナが達也に対して抱いている感情が、当のリーナ自身にも理解できていないという状況に陥っているようだ。それでもやけっぱちな行動に出ていない辺りは流石“シリウス”であると褒めたくなるような印象を受けた。
「……達也。お姉ちゃんのことは色々あるでしょうが、嫌いにならないでほしいと思います。で、悠元にですが……1日早くのプレゼントです」
お互いどういう状況であるのかを知っているからこそ、セリアは達也に対して率直な言葉を述べた。それを言い終えてからセリアは鞄からラッピングされた袋を悠元に手渡した。そして、悠元の耳元に近付くと小さな声でこう述べた。
「私、本気でお兄ちゃんのお嫁さんを狙っちゃうから……覚悟してね」
言いたいことを言ってにこやかに手を振りながら去っていくセリア。それを見送っていた悠元だったが、唐突に感じる左脇腹の痛みで視線を向けると、笑顔で抓っている深雪の姿があった。これには達也も「やれやれ」と言った感じで疲れたような表情を見せていたのであった。
リーナの感情の変化の影響で流れも変化しています。そして、過去の経験から駆り出される主人公の図。エリカ自身に起きた変化は、どこかでやろうと思っています(またの名をネタ稼ぎ)