魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

172 / 551
バレンタイン当日①

 前世は前世、今世は今世……そう割り切って生きていくことを決意したはずだった。しかし、運命の女神という存在がいるのだとしたら、その神様はなんて悪戯好きなのだろうと思わずにはいられなかった。

 生まれ変わったのは私だけではなかったという事実。そして、私が目星を付けていた人物―――神楽坂悠元がその当該人物であり、私にとっては前世の次兄であるという事実をつい先日知った。

 

「で、こんな豪華な包みのチョコを学校に持っていくの、お姉ちゃん?」

「うぐっ……」

 

 双子の姉であるリーナにも勝っている私だが、魔法科高校に留学生として来て、まさか対等どころか私以上の実力を持っている人物が出てくることは夢にも思わなかった。魔法実習の後でその人物が司波深雪と恋仲になっている雰囲気を見た際、心なしか嫉妬やヤキモチのような感情を抱いていた。

 軍人としても来ている以上は最重要被疑者の素性を調べないといけない。正直なところ、気が付けば意識を逸らされてしまうので追いかけるのはいつも一苦労である。道場で試しも兼ねた襲撃はあっさりといなされ、悠元にチョップを食らう羽目となった。

 

「そ、そういうセリアはどうなのよ? ワタシが作った後で一人キッチンに籠っていたじゃない」

「私はもう相手に手渡しているので、特に気にする必要はないからね」

「え、もう渡したの!? 誰なのよ!?」

 

 その際、悠元の姿が前世の次兄の姿とダブって見えたのだ。正直なところ、生まれ変わっても前世の恋心は消えずじまいなのかと内心で独り言ちた。前世に何があったのかは……私だけの秘密。

 その後も暇さえあれば悠元を調べていたわけだが、どうしてもチョップを食らった一件からか次兄の姿がちらついてしまう。今だから言える推測だが、その時点で悠元に対して警戒する以上に異性として興味を抱いていたのかもしれない。それを振り切る目的も合わせてチャールズ・サリバン軍曹がいた現場に居合わせた悠元を拘束すべく脅しをかけたが、彼はこちらの攻撃手段を悉く無力化した上に気絶させられた。

 この時点で、私が彼に勝てる手段はかなり限定されてしまう形となった。

 

「それは乙女の秘密だよ、お姉ちゃん。それより、もう少し控えめな包装にしようよ。流石に金メッキはないと思うな」

「シ、シルヴィに続いてセリアまで……何がいけないって言うのよ……」

 

 その後、悠元から転生者の可能性を突き付けられ、私は素直に白状した。だって、ベン(ベンジャミン・カノープス少佐)ですら躱しきれない『ダンシング・スター』を無力化するっていうだけでも凄いのに、彼に何かあれば深雪に加えて達也までセットで付いてくる。いくら私が強くても、文字通りの無敵超人である“お兄様”とその妹を敵に回すのは正直御免被る話だ。

 結果として、悠元が前世の次兄が転生した人物だと知ることになり、今まで悩んでいた部分が吹っ切れた形となった。悠元にチョコを渡したのはその形の一つともいえる。

 

 閑話休題。

 

「女の子らしいセンスで選ぼうよ。余っている包装があるから分けてあげるけど……でも、どうして達也に渡そうなんて思ったの?」

「な、なななんでタツヤにあげにゃきゃいけないのよ!?」

 

 セリアの問いかけにリーナは言葉を噛んだ。手作りの時点で誰にあげるか分かり切った話だが、今までロクに料理すらしなかったリーナがシルヴィアの手伝いの甲斐もあって無事完成した代物の時点で入れ込みようが半端ない。単にチョコレートを手渡すのならば市販品でも十分なのに、逆にそうしなかった時点でリーナの想いというのは単なる友人関係に止まらないという意味の裏返しでもある。

 

「動揺してるってことは肯定と捉えるよ。先日の一件は聞いたけど、それのお詫び?」

「……それもあるけれど、ワタシは今までセリア以外負けたことがなかった」

「まあ、そうだね」

 

 セリアと切磋琢磨し、スターズの総隊長に相応しい実力を身に着けたリーナ。その彼女ですら勝てなかった相手がこの国にいる。その中の一人に悠元も含まれているが、リーナが知っている限りにおいてハッキリと実力を認識できた相手となると……直接対決した達也と深雪の二人だけだ。

 流石に双子の姉が同性愛に目覚めていたら本気で縁を切ろうか考えるところだったが、加えて達也のラッキースケベのこともあって選択肢は自ずと一つに絞られた。

 今まで異性との出会いがなかったわけではないが、魔法師としての実力に加えて祖父―――現大統領と九島健の存在が二人に対して近づいてくる異性を無意識的に遠ざけていた。前者はともかく、後者に至っては孫煩悩という他なかった。

 

「何て言えばいいのか……タツヤの顔見るたび、体が熱くなるの。まるで自分が自分じゃいられなくなる感じで……セリア? 聞いてるの?」

「アー、ウン、キイテルヨ」

 

 加えて、前世の影響からかセリアは端末で日本語版の女性向け恋愛漫画を読むことが多く、セリアと一番接する機会の多いリーナも自然とその影響を受けて読むことが多くなった。それと今までの異性関係が合わさって原作にはない恋愛の価値観が生まれていたのだろう。(リーナの日本語関連についてはセリアと健が教えていたため、日常会話も難なくこなせるレベルである)

 いつからはともかくとして、リーナは達也に恋愛感情を抱いている……そのことは間違いないかもしれない。恋愛感情だけでなく別の要素も含まれていそうな雰囲気に、セリアは聞き流す感じでリーナの言葉を聞いていた。まるで自分が悠元に向けている感情を見させられているような気がしたため……というのはセリアの心の声である。

 

「リーナ、分かってはいると思うけれど」

「言われなくても承知の上よ。そこだけはちゃんと割り切るつもりだから」

 

 ただ、達也は戦略級魔法の使い手の可能性が悠元に次いで高いと注視されている人物。しかも、バランス大佐から彼に対しての襲撃作戦が計画されている。ただ、彼の能力を知る側であるセリアからすればその作戦自体が破綻前提という他ない。それが分かっていても言えないのはセリアに要らぬ嫌疑が掛かりかねないからでもある。

 バランス大佐が大統領から託された「ブリオネイク」を使用したとして、少なからず悠元の影響を受けている達也に通用するか否か……二重の意味で“堕とされる”ことになるのかもしれない。

 それはともかく、軍人として割り切ってはいても、内心穏やかとは言えない……そんな心境のリーナにセリアは内心で苦笑してしまったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 バレンタインで浮足立っているのは別に一部だけではなかった。想いを伝えようと張り切る女子はこの世の中に大勢いる。それが時として行き過ぎた場合、第三者から見た風景は料理という代物から大きく逸脱することとなる。

 

「……」

「泉美? こんなところで何を……って、この匂いは……」

 

 場所は七草家の本屋敷。香澄は台所の前で溜息を吐きそうな表情をしている泉美に気付いて声を掛けたのだが、その続きを言う前に台所から漂ってくる匂いでその原因を瞬時に悟ってしまった。泉美は香澄の接近に気付きつつ小声で呟いた。

 

「香澄ちゃん、お姉さまったらまたあのチョコを作っていますよ……悠元お兄様から苦い感想しか出てこなかったアレを」

「普通に作ろうと思えば作れるはずだけどね。悠元兄に親を殺されたわけでもないのに」

 

 台所に立っているのは真由美であり、その光景を二人が目撃するのは“二度目”だ。しかも、今年は昨年よりも苦みの強い材料がちらほら見え隠れしている。台所に立っている自分たちの姉は明日のイベントで一体何人の男性を地獄に叩き落すつもりなのだろうか、と物騒な発想にしか至らなかった。

 なぜかと言えば、真由美から発せられる含み笑いは楽しそうな雰囲気を通り越して何かを企んでいそうな様相にしか見えない(なお、香澄は市販品で済ませ、泉美は既に手作りのチョコを作り終えて発送しているので、別に台所が使えなくても問題はない)。

 

「もし、アレをまた悠元お兄様に食べさせようものなら……その時はお姉さまを許しません。ついでに台所の使用許可を出したお父様も」

「いや、前者はまだ分かるとしてもお父様は関係ないんじゃあ……」

 

 泉美がここまで恋焦がれる相手―――悠元(その当時は長野佑都と名乗っていた)との出会いは5年前に七草家で開いたパーティーだ。初対面の相手であるにもかかわらず、公的な場ならいつもは大人しい泉美が悠元に対して話しかけていた。香澄もはじめは泉美の趣味(ロマン)が暴走してるのかなと思って聞いていたのだが、泉美の表情が明らかに悠元を恋慕するような状態だった。これは双子という繋がりで香澄が真っ先に気付いた形だ。

 その後、泉美を止める意味で香澄が駆り出される形となり、悠元と仲良くなったのはその時だ。その際に泉美から『私の初恋の相手を奪ったら、いくら香澄ちゃんでも許しませんよ?』という意味合いを含んだ視線を向けられ、香澄はその気などないと説得するのに必死だった。

 

「お父様もお父様です。折角お兄様と結ばれることに喜んでいた私を散々コケにして……お姉さまが“狸親父”と言いたくなる気持ちがよく分かります」

「あー……とりあえず、試食の餌食になる前に戻ろう、ね?(ごめん、お母様。こうなった泉美を止めるのはボクでも無理だよ)」

 

 悠元を狙おうとした十山家の一件といい、悠元の素性を調べたことといい、父が時折何を考えているのか分からなくなる……と香澄は思った。それについて母に尋ねたところ、昔の恋が諦めきれない縺れだと聞かされた。それを聞いた香澄の感想はというと「この家は恋愛事となると方向性がおかしくなるのでは?」という疑問が浮かんでしまうのであった。

 蛇足だが、そんな二人を真由美は『マルチスコープ』でしっかり捕捉していた。この後に何が起きたのかは……当事者と神のみぞが知る。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 バレンタイン当日。達也と深雪は九重寺へ向かうため、早朝に屋敷を出た。その際に深雪から「チョコは帰ってきてからお渡ししますから。それと…誕生日プレゼントは期待してくださいね」と満面の笑みで言われてしまった。それを見たエリカから色々弄られる羽目になったのは言うまでもないが。

 

「悠元は人気あるし、帰るときにはチョコがいっぱいになりそうね」

「やめてくれ。ただでさえ小学や中学の時から机の上が埋まってて男子に嫉妬の目を向けられたのに」

 

 病弱だったせいで小学校の出席はよくなかったが、人当たり自体はよかったようで女子からのチョコは少なくなかった。学年が上がるごとに増えていったのには流石に納得いかなかったが。中学に上がれば流石に減るだろうと見込んでいたのだが、逆に増えていた。その内訳には剛三に連れまわされて各地の魔法師の家に挨拶回りした部分が大きく影響している。

 

「希望的観測だが、せめて1個でも減ってくれればありがたいよ」

「それは早々に打ち砕かれそうな気もするけれど」

「そのままそっくり返してやるよ、幹比古」

 

 現時点で響子から義理チョコを、セリアから本命チョコを手渡された。叶いはしないフラグを口に出したのは、悠元にとってはせめてもの抵抗なのかもしれない。

 なお、朝の時点で幹比古は美月と佐那から渡されており、レオはエリカから押し付けられる形でもらっていた。その際のエリカはまるで漫画やアニメに出てくるツンデレ系女子のテンプレ台詞のオンパレードだった。それを下手に弄ればやり返されるだけなので黙ることにしたが。

 達也たちは九重寺からそのまま第一高校に行くと思われるので、時間は少し早いがそのまま学校へ向かうこととした。教室に着いて悠元がまず目撃したものは、自分が座る席にいくつか置かれているチョコレートであった。

 

「目立つことをしている自覚はあるが、惚れさせるようなことはしてないと思うんだがな。腹いせも込めて九校戦で『クリムゾン・プリンス』をボコったぐらいだし」

「腹いせって……まあ、僕も人のことは言えませんが」

 

 いくら生徒会役員といえど、必要以上の干渉は基本的にしていない。それが最終的に自分や身内に被害を与えるようならば干渉する、というスタンスは入学時から変わっていない。流石に前世の兄のようなカリスマは持っていないと言えど、その当時は十師族の直系であったからこそ目聡い連中を避けるべく行動していた。

 チョコレートをいくつか確認したところ、現時点では全て二科生の同級生の女子のようだ。朝早くなら一科生の数も少ないので理に適っているが、名前表示もない悠元の席を知っているあたり何度か観察しに来ていたのだと思うと……この世界の女子(主に魔法師資質のある女子)は肉食系の気質が濃厚だろう。

 

「紙袋はいくつか持参してはいるが、流石にすべて埋まるとは思いたくない」

「悠元、君が言うと全部フラグになりますよ?」

「言ってることすべてが成立したら、まるで神様みたいじゃないか……」

 

 「出歩いたら嫌な予感がするから大人しくしよう」という悠元の考えとは裏腹に、次々とやってくる女子からチョコレートを貰う羽目となっていた。無論、燈也も人のことは言えず……深雪が教室に入ってくる頃には、二人とも既に紙袋一つが埋まっていた。

 

「燈也さんもそうですが、悠元さんたらおモテになりますね」

「笑顔で言うと別の意味に聞こえるんですが? 深雪さん」

 

 なお、教室にはいないほのかだが、今頃は実験棟の裏で達也にチョコレートを手渡しているのだろう。ちらりと二人の様子を『天神の眼(オシリス・サイト)』で確認したところ、ほのかからかなりの量の想子が漏れ出ていた。好きな人を前にして感情が昂っている形なのだが……これには流石の達也もほのかの両肩を掴んで落ち着くように説得しているようだ。この方法は逆にほのかを興奮させるだけなのでは、と思っていたらほのかが気絶してしまったようだ。

 

(……悠元さん。お兄様は、その……)

(言わないで……俺でも対処出来ないんだよ)

 

 達也自身、深雪以外のことに激しい感情を向けられないことは自覚している。だが、自分自身の恋愛事になると原作以上に疎くなっているような感じがみられた。リーナのことについては以前尋ねたのだが、リーナに対して何かしらの強い感情を抱いているのは間違いないかもしれない。

 訓練などを経て会得した深雪との精神感応(テレパシー)―――“念話”とも言うべき力で話しかけた深雪(想子制御の訓練により『誓約(オース)』で繋がっている達也の様子が感じ取れるようになったとのこと)の言葉に、悠元は何も言えなくなっていた。

 




朱に交わると赤くなる、というわけではありませんが、リーナも転生者の影響を受けています。その他にも転生者の影響を受けて色々変わっていたりします。
達也が原作よりも鈍くなっているわけではなく、ほのかの実力向上の副産物がかなり出てしまった結果ですので。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。