「達也。光井さんを落ち着かせようとしたのは分かるけれど、そこはもう少し慎重になるべきだったと思うよ?」
「そうだな……こればかりは俺の責任だろうな」
ほのかは達也が素早く抱きかかえたので制服が汚れる様なことはなく、結局達也がほのかを保健室まで運ぶ形となった……しかも、お姫様抱っこでだ。
教室に戻った際にお返しを渡しそびれたことに達也は気付くものの、放課後あたりに朝の埋め合わせもしようと考えながら教室に戻ると、達也を待っていたのは仲の良いクラスメイト達の追及であった。
それを聞いた幹比古の感想に、達也はその通りであると反論する気も起きなかった。これにはエリカが意外そうな表情を達也に向けていた。
「恋愛事に鈍そうな達也君が反省するなんて……明日は大雪の予報とか出てない? それとも熱でもあるの?」
「大袈裟にも程があるだろうに、エリカ」
こればかりは恋愛事に関して疎いだけでなく、深雪のガーディアンとしての性分から自分自身のことは完全に二の次となっていることが大きく影響している。その事情に触れてしまうと達也自身の出自まで明かすことになりかねないため、それ以上の言葉は達也の口から出ることはなかった。
◇ ◇ ◇
ほのかは気絶してしまったことに対するショックというか、保健室の先生から事情(主に達也がほのかを抱きかかえてきたこと)を聞かされ、教室に戻ってそのまま机に突っ伏していた。耳が真っ赤に染まっていることからして恥ずかしさと申し訳なさが同居した形となっていることに、その様子を見に来ていた悠元と深雪からは苦笑が漏れた。
「ほのか、大丈夫よ。お兄様は親切心でほのかを保健室に運んだのだから、気に病むことではないわ」
「ほ、本当に? 私、嫌われたりしてないよね?」
「そこまで不安に思うのなら、昼休み辺りにでも謝りに行けばいい。ま、朴念仁の達也だから普通に許しそうな気もするが」
少し前までは「お前が言うな」と言われそうなものだが、今の悠元は深雪と付き合っている。なので、その言葉には周囲の面々も苦笑を禁じえなかったようだ。
ふと、『
この世界の教育システムは高等学校の段階から分野ごとの教育課程に分岐しており、とりわけ魔法科高校のカリキュラムは殆ど鮨詰め状態だ。その影響からか魔法科高校の生徒は勤勉で、二科生よりも一科生にその傾向が強い(向上心よりも取り残される恐怖心からくるものが強いのだろうが)。
そんな生徒らでも魔法競技とは別に設けられた一般教育課程の体育の時間は空気が緩みがちだ。とりわけ2月14日というイベントがある日は。
「気持ちは分らんでもないが、もう少し気を引き締められないものかね……いいところを見せたいという男子の気概は買ってやりたいが」
「仕方がないかと思いますよ。既に婚約者がいる僕らと彼らでは立場も違いますし」
男子としては女子に良いところを見せたいというプライド……そのこと自体を悪く言うつもりなどないが、それで調子に乗って怪我をしてしまうようでは本末転倒である。とりわけ悠元と燈也に関しては出自の関係で自ずと目立ってしまうため、堅実かつ安全を確保した動きを見せている。
加えて、二人ともフィジカル面はずば抜けているため、否応なく女子の注目の的にされてしまう。それが結果的に他の男子からの羨望やら嫉妬の視線を向けられることにも繋がるため、悠元と燈也からしたら「有難迷惑」という他なかった。
「加えて、悠元の場合は誕生日もありますからね」
「姉や妹にはチョコでいいよと押し通したけどな。妹の場合は俺のような相手を恋人にしたいとか言っていたが……兄や姉らも含めて溜息しか出なかった」
その妹こと詩奈だが、元々第三研での訓練を積んでいた影響で新陰流剣武術の訓練でもメキメキ実力を上げている。三矢家での本屋敷では、空いた時間を利用して詩奈と侍郎の稽古も受け持っているが、いくら身内とはいえ身贔屓は一切しない方針は剛三と同様だ。
「身近にチートじみた完璧な兄がいるのなら無理はない話かと」
「……チートじみているのは認めるが、完璧というのは過剰表現だろうに」
こちらとしても新陰流剣武術が鈍らない様に日頃から訓練は積んでいるが、対人の稽古は正直ありがたかった。師範代だというのに結果として深雪も含めた三人の面倒を見ている形ではあるが。そのついでにエリカやレオ、そして達也の面倒も見ている形なのはどうなのか、と苦言を漏らしたいが。
こんな会話が制服に着替え終えた男子二人で繰り広げられている裏で、女子らがバレンタインの会話プラス自分らのスタイルに関する話に触れていた、などとは知る由もないが。興味がないと言えば嘘になるが、必要以上に反応するのも失礼だと思う。
◇ ◇ ◇
九校戦に出ていた女子(個別ではなく一つにまとめての形だが)からもチョコを貰い、気が付けばチョコいっぱいの紙袋が2つほどになっていた。それが昼休みの段階でというのが正直溜息しか出ない。そんな中、セリアから屋上に呼び出しを受けて向かうと、セリアの他にリーナがいた。
「ごめんなさい、悠元。うちのお姉ちゃんがどうしてもヘタレだから」
「ちょっと、セリア!?」
「あー、詳しい事情は敢えて聞かないが……達也との仲介でもしろってか?」
流石に監視システムが充実している魔法科高校で軍人としての行動を起こすとはとても思えないのと、セリアからリーナのことについて相談したいという連絡に加えて、先日司波兄妹から聞き及んだ事情もあると思い、一人で屋上に来た。
その際、深雪から疑いの目を向けられたのは言うまでもないが。
「ユ、ユートまで……そんなに分かりやすい?」
「上手く誤魔化せてる方だが、分かる人には分かると思うぞ。まあ、今日は達也の場合だと風紀委員の巡回当番になるだろうから、その後に渡す方向でいいんじゃないのか?」
散々朴念仁と言われてきた自分だが、これでも他人の恋愛事情には鋭い方だ。その辺は人付き合いに加えて兄二人(元治と元継)の恋愛事情を目の当たりにしてきた影響が強いのだが。そんな自分からしたら最近のリーナの様子は分かりやすい方だろう。ただ、他のクラスメイトは空気を読んでなのか無理に聞こうとはしなかったようだ。
風紀委員の先輩方は用事(大体バレンタイン絡みでチョコを受け取ることになる)があるため、今日の当番は1年の風紀委員である達也と森崎に白羽の矢が立つことになるだろう。
「そうね、それがいいわよね……何も期待しないの?」
「見返りをリーナに求めたら、余計なところに首を突っ込みかねないからな。どうせリーナのことだから、本命を作るのに夢中で義理の分を考えてなかったのだろうが」
「うぐぅ……勘の鋭さはセリアと似ているわね、ユート」
元々セリアから貰ってしまったことに加えて、ただでさえ沢山のチョコを既に受け取っている身としては、一個でも少なくなればいいと思っている。その目標を達成するためには、リーナにチョコを見返りとして要求することなど論外だ。
「ただでさえ、男子連中の嫉妬に加えて深雪からもやきもちを焼かれてるからな。そのフォローを考えるので一杯のところにダイナマイト投下なんて御免被るわ」
それに、この後で深雪のフォローという大仕事が待っているだけに、余計な火種を持ち込まれるのは正直避けたいという本音がある。その代償で一体何を支払わされるのかは分からないが。
◇ ◇ ◇
バレンタインの浮ついた雰囲気は放課後になると一層加速していた。学校のあちこちでそういった風景が見られる中、悠元は先に校舎を出ていた。今日は生徒会の仕事もないため、悠元の両隣には深雪と姫梨がいる。普段ならここに達也とリーナも一緒にいるわけなのだが、その当事者らはここにいない。
「あの二人は上手くいってるのかな。ほのかのフォローに関しては上手くいってたようだけれど」
「そこはお兄様ですから。ですが、リーナは……悠元さん、お昼に何か話していたのですか?」
「脇腹を抓らないでくれ。リーナから先日の件も含めて達也と話す機会が欲しいとお願いされただけだよ」
そのことに間違いは決してない。ただ、現在の達也は深雪以外に激しい情動を持てない……自分と関わったことでその対象も次第に緩んできている兆しはあるようだが。満面の笑顔を浮かべる深雪に対して、悠元は指摘しつつも窘め、姫梨に至っては苦笑を滲ませていた。
「それにしても、どうして今日はこのような形にしたのですか?」
「浮ついてる奴らに仕事しろと言っても無理だろう? 俺の場合は逆にいてもいなくても問題はないが……二人に声を掛けたのはある意味被害を減らすためだ」
「被害、ですか?」
悠元が使った言葉に深雪が首を傾げる。バレンタインで悠元が他の男子から嫉妬の視線を向けられること自体被害と言えなくもないが、悠元が遠い目をしながら言い放ったことからして、それは違うような気がしたからだ。
「七草先輩だよ。昨年あんなチョコを贈られた身としては、今年の分は受け取り拒否したい気分だ」
別に苦いチョコが食べられないわけではない。だが、まるで日頃の恨みを形にしたかのような苦さのチョコなんて受け取りたくない。彼女のファンならば喜び勇んで食べるのかもしれないが、その後どうなるかの保証は一切できない。
「悠元さんが言っていたアレの事ですか……」
「え? クリーチャーでも贈られたんです?」
「それはもはや錬成や錬金術の類になるから。外見はしっかりしているわけだが、味は苦みしかないチョコだった」
この世界なら料理をしていたはずが錬金術をしていた……というのは流石にないと信じたいが、自分が追及すると現実になりそうで怖いため、決して声に出すことはしない。それはともかく、普通に作ればまともな味になる腕前のはずなのに、そうしようとしないのは彼女なりのストレス解消法なのか、それとも親への細やかな反抗なのか……両方の線もあるだけに断言はできないが。
「服部先輩には申し訳ないが、俺だって命は惜しいからな」
「…七草先輩なら『マルチスコープ』で見つけて追いかけてきそうなものですが」
「そこは上手く誤魔化すつもりだよ」
たかがチョコ、されどチョコなのだろうが、自分の誕生日に苦い思い出を残されるのは御免被りたいのである。
◇ ◇ ◇
本来なら服部のほかに達也も真由美のチョコの犠牲に遭うところだったが、本来達也が担当するルートを森崎が巡回することになったため、運よく回避することに成功していた。放課後の巡回も終えて達也が風紀委員会室を出たところでリーナが待っていた。これには達也も少し意外そうな表情をリーナに向けていた。
「あ……お疲れ様、タツヤ」
「リーナか。生徒会の仕事は休みと深雪から聞いていたんだが、誰かに用事でもあるのか?」
「え、ええ……タツヤ、少し付き合ってくれないかしら?」
まさかのお誘いに達也も少し考え込むが、流石に力比べは二度もやっている上、魔法科高校の敷地内で戦おうという意図はないと判断し、達也はその提案を呑んだ。
リーナが先導する形で付いて行った先は、今朝方ほのかからチョコを渡された場所―――ロボ研のガレージ横であった。リーナは懐から包みを取り出すと、達也に差し出した。
「その、味はちゃんと保証するから、ありがたくもらっておきなさい」
「……見るからに手作りだが、先日の詫びか? それなら俺が謝るべきなのだが」
達也としては少々……いや、かなり意外と言うべきだった。
何せ、リーナとは風紀委員としての仕事で校内を案内した時の力比べもあるし、「パラサイト」絡みの件で対峙したこともあり、加えてマーシャル・マジック・アーツ部でのハプニングもある。
正直なところ、悪い方の印象はあってもいい印象の方はないだけに、達也の言い分は至極真っ当なものだった。
「いずれにしても、元々はワタシが吹っ掛けたことじゃない。だから、その……あー、もう、何だっていいでしょ! ちゃんと食べなかったら承知しないんだからね!」
そう言い残して足早に去っていくリーナ。達也の手にはしっかりとリーナのチョコが握られているが、彼の中には疑問ばかりが積み重なっていくのであった。
「……深雪の事といい、難しいものだな」
その時はリーナに意識が向いていたため、達也は気付いていなかった。その直ぐ傍―――とはいってもロボ研のガレージの壁を挟む形ではあるが、ほのかの波長を受けて変質化しつつあったピクシーの中のパラサイトに対してリーナの感情が込められた強い想子の波動が流れ込んでいた。
―――本来起こりえないはずの変化が、その機械人形に起こった。
アソビ大全にハマってたら投稿が遅れました。
本来ならほのかによる変化が二度発生するのですが、リーナという存在がどのような変化を及ぼすのかは……お楽しみということで。