魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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結局こうなるバレンタイン

 あたしはずっと、認められることなどなかった。親父のことはさておいても、母のことは信頼している。何故かと言われると、ここまであたしが腐らずにいられたのは母のおかげもあるだろう。

 そして、二人の幼馴染というか腐れ縁がいたことも大きい。幹比古―――ミキは何かと弄りがいがあるのでついついからかってしまうことがある。一方、悠元の場合はというと……出会ったときに直感で悟っていた。彼と関わることはあっても、深入りすると自分の大切な何かを失ってしまいそうな気がした。

 尤も、そんな直感は現代魔法の常識の否定という形で味わってしまうことになるわけだけれど。

 

 出会ったときは上泉殿の親族の子として紹介されたわけだが、その時点で彼は新陰流剣武術の奧伝にまで踏み込んでいた。聞けば武術を習い始めてたった2年、しかもあたしより年下の子がだ。

 その時点で只者ではないと認識していたわけだが、あたしの家である千葉家に武術指導という形で招かれた上泉殿の付き人として同行していて、その際上泉殿から「潜在能力はわしよりも遥かに上ぞ。今ならお主の子らも倒せるじゃろうて」と鼻高々に言っていたのとは裏腹に、元継さんと悠元はそろって盛大な溜息を吐いた。

 それを見ていたあたしは、思わず笑みが漏れてしまったほどだった。

 

 上泉殿の発言がきっかけで対決することとなった悠元と(つぐ)兄様の対決。ここで次兄様は本来なら手合わせで使うことのない『(へし)斬り』を発動させ、悠元に肉薄する。だが、その展開は予想済みと言わんばかりに悠元はそれをなんと白刃取りの要領で抑え込み、両手に収束させた想子で『圧斬り』を破壊した。

 対人戦闘用の魔法に対して直接破壊する芸当に周囲が驚く暇もなく、悠元は一気に距離を詰めて兄様に肉薄する。すると、兄様は本来(かず)兄が得意とする『疾風迅雷』の応用で身体を強制的に動かし、悠元の死角に回り込んだ。

 本来なら知覚できない死角からの攻撃。だが、それに対して悠元はほぼ反射的に身体を前のめりに倒し、床に身体が付くギリギリで両手を床に置くと、ハンドスプリングの要領で後ろに飛ぶように両腕を動かす。そして、彼は足に干渉装甲のようなものを発動させ、次兄様に繰り出した。

 その結果、何が起きたのかというと……次兄様は吹き飛ばされ、道場の壁がきれいに吹き飛んだのだ。更には家の塀まで貫通したところで次兄様は気絶してしまった。次兄様は悠元が診てくれたおかげで大事には至らなかったが、数日の休養を要する結果となった。

 

 そのときのあたしは、次兄様を吹き飛ばした悠元に対して怒りの感情を向けるよりも先に武術家としての実力に目を奪われていた。魔法の通りに動かざるをえない千刃流とは異なり、彼の使う新陰流剣武術は魔法を自らの手足として自在に使いこなしていた。

 それに、免許皆伝の目録を持っている次兄様が敗れる相手となれば、あたしが到底敵う相手ではない。まあ、そのことが渡辺(あのひと)に対して強く出てしまう一因になっているのは否定しないけど。

 

 千刃流での道場の一件後、うちの親父は悠元に目をつけてあたしを婚約者にしようと模索しているようだが、ただでさえ十師族クラスの実力者を千葉家(うち)が掻っ攫うような真似をすれば、変なところから要らぬやっかみを受けかねない。

 それに、悠元はあたしの母を救ってくれた恩人であるだけに、余計な真似は出来ない。ただ、あたしの母―――アンナ=ローゼン=鹿取が悠元に対して恋愛感情を見え隠れさせていることには思わず「歳を考えてよ……」と呟いたところでこめかみグリグリをされたことは今でも覚えている……見た目だけで比べるとあたしの姉と言われても違和感はないが。

 母は愛人故に千葉の姓を名乗っていない(親父はさせたがっていたが、母が固辞した)が、あたしの場合は悠元との婚約も見越して千葉の姓を名乗ることになってしまった。ただ、千葉家のコネは最大限活用させてもらおうと思う。

 

 高校では達也君や美月、深雪やほのかに雫といった友達にも恵まれた一方、悠元が十師族直系という事実も知る羽目になった。悠元のことに関しては入学前に三矢家から届けられた手紙の事実が自分にも知らされたので、トラブルの時に悠元が介入した際は特段驚くこともなかった。

 ただ、達也君の妹が悠元に対して満面の笑顔で抱き着いたときは、驚きと共に一種の安堵を覚えていた。下手に悠元に恋慕して取り合いになってしまう可能性を考えた場合、あたしじゃどう足掻いても深雪に勝ち目などない。昨年末に深雪をからかって氷のホテルになったときは流石の自分も落ち度であったと認めざるを得ないけど。

 

 そして、アイツ……初対面の時はあたしのことを「コイツ」呼ばわりしてきたのには腹が立ったけど、千葉の娘という色眼鏡無しに見てきた男子はレオが初めてかもしれない。

 千葉の姓を名乗る前から道場の男どもはあたしをどこか特別扱いするように見ていたし、こんな性格だから同級生の男子どもより女子からの人気が高かった。正直なところ、あの女みたいなことになっているのには納得しかねるけど。

 

 達也君らから千葉家のことについて聞いたようだが、それでもレオは接し方を変えようとはしなかった。あたしからすれば気兼ねなく口喧嘩できる相手……最初は本当にそれだけだったはずなのにね。

 切っ掛けは多分、深雪や雫に影響されたのかもしれない。レオと新陰流剣武術の道場で鍛錬するときにハプニングもあった訳なのだが、そこであたしが女性という認識を改めて持つに至った。悠元に色々悪口は言ったりするが、それを聞いて深雪や雫らが何も言わないのは理解しているということなのだろう。

 

 結局、バレンタインのチョコは強引に押し付けて「全部食べなきゃ許さないんだからね」と言った後で、一人恥ずかしさのあまりカフェテリアのテーブルで突っ伏した。道中で巻き込んださーやから「まあ、エリカにしたら頑張ったほうだと思うわよ」とフォローが入った訳なのだが、どこかしら余裕がありそうなその言葉にあたしは何も言い返せなかったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元らが三矢家に戻ると使用人が慌ただしく動いていたため、邪魔をする理由もないと判断して各々自室に戻った。私服に素早く着替えると、机の上に置かれた端末を立ち上げる。ウィンドウに表示されたのは英語だけでなくロシア語やドイツ語などの文章。『言語理解』のお陰で読めるのは非常にありがたいわけだが、その内容には溜息が思わず漏れた。

 

(ドイツはローゼン・マギクラフトの日本支部新社長がローゼンの関係者……エリカとレオの線もあるだろうが、最大の理由は『トーラス・シルバー』を探れ、だろうな)

 

 エリカの母親はローゼンの血筋を引いているため、自ずとエリカにもその影響が及ぶ。しかも、彼女からすれば祖父にあたる人物がなまじ優秀だったため、ローゼン家としての相続の権利も残ったままだということは調査済み。

 『癒しの風(フローラル・ウィンド)』の臨床実験も兼ねてエリカの母親を治療したわけなのだが、それ以降は会うごとに熱い眼差しを向けてくることが多かった。それを見たエリカが「歳を考えてよ…」と呟いてこめかみグリグリ(トールハンマー)を食らっていたわけだが。

 彼女のことを治療せずにスルーしてしまうことも考えたが、剛三に加えて穂波と深夜を既に治療している以上、無視というのは流石にできなかったし、エリカが腐らずにいてほしいという腐れ縁としての願いもあった。

 魔法の効果を見るだけという打算的なものでしかなかったはずなのに、それで異性を惚れさせるというのは副産物として大袈裟だと思う……多分。

 

 エリカの母親は千葉家の現当主と結婚せず、今は上泉家の本屋敷で先代当主こと剛三の世話係を任されている。なお、剛三曰く「当主を引退した以上、わしが女を抱くのは筋違いじゃろうて」と言い、現当主である元継には千里以外にも妻を持つよう言っているらしい……がんばれ、兄さん。

 ただ、エリカの母親が元継とくっつく可能性は低いと思う。戸籍などの法的問題もあるだろうが、最大の理由は元継の恋愛に対する感覚が鈍いのだ。なにせ、物理的な最終手段を用いることで千里と結ばれたことからして察してほしい。

 

(現状で完全思考操作型CADを持っているのは俺とレオ、それとエリカの三人だけ……達也にも与えるべきか悩むところだが)

 

 その辺を仄めかす様な事も含めて尋ねたが、達也はやんわりと固辞した。こちらで対応できない問題はないだろうが、まずは達也なりのアプローチを試みたいということだと悟り、必要以上に押し付けることはしなかった。

 

 ドイツ語はローゼン絡みだが、ロシア語はベゾブラゾフの動向、英語はイギリスとUSNAの動向を見るためのもの。当然、その中にはエドワード・クラークと顧傑の『フリズスキャルヴ』での動きも欠かさずに見ている。正直に言って『八咫鏡』自体オーバースペックの魔法であり、残すにしても細心の注意を払う必要があるのは間違いないだろう。

 すると、ノックの音がしたので端末を閉じると、扉が開いて詩奈が姿を見せた。

 

「お兄様、夕食の用意ができましたよ」

「そうか。じゃあ行こうか」

「はい!」

 

 食堂に移動すると、ある程度予測していたことだが誕生日の会場へと化していた。既に三矢家の人間でないとはいえ、盛大に祝ってくれたことには感謝を禁じえない。高校入学前は周囲への目もあるためにささやかなお祝いというかプレゼントだけで済ませることが多かった。流石に誕生日ケーキも恥ずかしかったりする(転生の影響で精神年齢だけ20年以上食ってしまっているため)が、そんなことを表立って言うわけにもいかなかった。

 今年は大部分の家族に加えて達也たちからもプレゼントを貰うことになった訳なのだが、その中で一番驚きだったのは達也からのプレゼントだった。

 

「……テーマパークのフリーパス?」

「知り合いから貰ったんだが、使い道がなくてな。お前なら有効に使ってくれると思ってな」

 

 目線で「察してくれ」と言わんばかりの目線を送られたので、恐らくは牛山主任だろう。しかもペアで使えるもののようで、深雪が期待の眼差しを向けていて、その光景を見た姫梨は苦笑を浮かべていた。他の面々は日常的に使えるものがメインだった。姉と妹から例年通りチョコを贈られたのは余談だが。

 

 誕生日パーティーも無事終わり、風呂でのハプニングもなく無事に今日という一日が終わる……そう思っていた時が俺にもあった。部屋に戻ってきた俺を待ち構えるように立っていたのは、両手を自らの腰あたりで組むようにしている深雪だった。

 

「……明日も普通に学校なんだが、何をしてるのですか深雪さん」

「悠元さんにバレンタインのプレゼントをと思いまして」

 

 深雪の文面だけ見ればサプライズにも聞こえるだろう。だが、その当事者の格好はスケスケのネグリジェという有様。辛うじて大事な部分は見えないが、激しく動くと見えてしまうのは言うに及ばず。

 ちなみにだが、姫梨からのバレンタインは前日に受け取っており、今日に関しては学校のこともあるので穏便に済んでいる。

 

「(達也を呼んでも意味はないか……)で、そのプレゼントは?」

「まずは、こちらです」

 

 深雪が差し出したのはラッピングされた箱。その中身を見ようかと思う前に深雪が抱き着いてきた。15歳とは思えぬ色気と柔らかさが伝わってきており、気を抜くと深雪をそのまま押し倒してしまいそうになっていた。

 いくらそういう関係を持ったとはいえ、学校生活に支障が出るようなことがないよう細心の注意は払っているわけだが、深雪のスキンシップが更に加速しているのは間違いないだろう。今の格好がその最たるものだと思う。

 

「悠元さん、誕生日プレゼントとして私を貰ってください」

「もう少し自分自身を大事にしような……けど、今更取り消しは無しだからな?」

「あっ……今日は余すところなく食べられちゃうんですね」

 

 魅力溢れる好きな女性が誘惑してきている以上、断れる勇気がある奴は本当の漢だと褒めたいと思う。それに、深雪と付き合い始めてからというもの、彼女がどんどん女性としての魅力を増しているのは間違いない。

 

 正直な話、深雪のお願いで下着のお店に行ったときは生きた心地がしなかった。深雪だけでなく雫や姫梨でも同様のことがあり、しばらく何もしたくないとごねたくなったこともあった。

 複数の女性と関係を持つ代償と言えばそうなのだが、周りの視線を受け流すのもそう楽なことではない。特に深雪は周囲の視線を集めてしまうほどの魅力を持っているだけにだ。

 

 それでも、最後の一線だけは必ず死守する―――そう決めた上で深雪を押し倒した。この後、何があったのかは……流石に口に出せないので勘弁してほしい。強いて言うならば、翌朝の深雪の機嫌がすこぶる良かった、と述べておく。

 




 エリカのあたりは原作改変要素が含まれます。母親生存の影響で千葉の姓を名乗る理由も変化しています。九校戦あたりの展開も大分変化することになります(吐血)
 後半の深雪の格好は原作における雫の格好をある意味リスペクト。しかも、主人公の影響で成長しています……何が成長したのかは察してください。

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