翌朝の三矢家。悠元は地下訓練場にていつも通り魔法力制御の訓練に勤しんでいると、耳に付けていた通信機に連絡が入る。その連絡の主は元であった。
『悠元。訓練の途中で済まないが、一度書斎に来てくれるか?』
「……分かった。流石に数分ぐらいは欲しいけど」
『それぐらいは分かっているさ』
普段なら訓練を切り上げさせるようなことなどしない元が態々連絡を寄越した理由―――少なくとも考えられる可能性は三つあるが、まずは話を聞くべきだと考えて魔法で身なりを綺麗にした上で書斎に向かった。
ノックをした上で書斎に入ると、部屋の中には元のみであった。普段なら使用人である仕郎も傍に控えているのだが、どうやらこれから話す内容は矢車家にも聞かせたくないことだと判断しつつ、部屋の中へと進む。
「すまないな、大事な時だというのは分かっているのだが、こればかりは悠元に伝えるべきだと思ったからな」
「通信でも万全とは言えませんから妥当な判断かと。して、何があったのですか?」
「それなのだがな……聞いた自分ですらも理解の範疇を超えてしまった」
「?」
魔法という見えない力を使役する立場。そのトップクラスかつ異質な経験をしている元ですらも理解出来ていないという言葉に悠元は首を傾げた。その反応は尤もだ、と思いつつ元はお互い落ち着いて話すためにソファーへ腰かけることとなった。
「第一高校から連絡があった。本来のメンテナンス時間よりも早く3H・タイプP94がサスペンド状態から復帰したらしい。それが午前5時のことだ」
最初は外部から何らかの干渉を受けてのものだと考え、外部プログラムからのシャットダウンを試みたらしいが、P94はその間もプログラムの干渉を受け付けなかった。P94―――「ピクシー」は魔法科高校の生徒のデータベースにアクセスしていたため、データベースとの無線通信を切ることでようやくサスペンド状態へと戻った。
ここまでのことならば原作の範疇で済むわけなのだが、問題は元が放った言葉であった。
「第一高校の廿楽先生が調べてくれた範囲での話になるが、どうやら本来P94にはない機構が追加されていたらしい。具体的には、ピクシーのフレームそのものが変化したとのことだ」
「……え?」
現状で判明している部分の話になるが、ピクシーの基礎フレーム自体が大幅に作り替えられており、その部分に関して同型のマニュアルで対処不可能とのことらしい。不幸中の幸いなのはフレーム自体が複雑化していても稼働に必要なプログラム自体は変わっておらず、ピクシーに元々備わっている機構も機能しているという点だ。
「パラサイト」が有機物に干渉して大脳の脳細胞を組み替えてしまう現象は確認済みだが、無機物に関しての能力は一切備わっていないし、そもそもピクシーに関しては自分の手など一切入っていない代物。原作対策としてピクシーなどの3H関連の知識も学んでいるが、これには首を傾げるばかりだった。
「流石に話だけだと対処できなさそうだよ……とりあえず、実際に見てみないと判断は下せなさそうだ」
「その点に関しては任せようと思う。少なくとも、ハードウェア関連でお前の右に出るのは世界でも数えるぐらいだろうからな」
可能性があるとするならば、セリアがリーナに何らかの干渉を及ぼして、その自覚がないリーナによって変質化した……これが現状における最有力の可能性である。自分が張った結界魔法がピクシーの変質化を促した可能性もあるだろうが、現状は机上の空論を出ない推測でしかない。
「悠元に聞きたいが……もしかして、高校で出た先日のパラサイト絡みか?」
「『アリス』のこともあってね……幸い、
ピクシーの中に眠るパラサイトが自我に目覚めるというのは既定路線として残したが、本来ほのかの想子が二度影響する形だったところにリーナという存在が介入した。それに加えてセリア対策ということで張った結界魔法。二つのイレギュラーの結果、普通では起こりえない無機物の物理的構造変化まで起きていることに頭を抱えたくなった。
◇ ◇ ◇
案の定というべきなのか、その噂は第一高校の中でも瞬く間に広がった。何かと話題好きな魔法科高校の生徒の好奇心によるものといえば、ある意味仕方のないことだが。そして、悠元も引っ張り出される羽目となった。達也に関しては別の同級生に引っ張り出される形となったらしい。
「五十里先輩、状況はどんな感じです?」
「悠元君。そうだね……僕らも廿楽先生から話を聞いたけど、ハッキリとした結論は出せないって言ってたね」
3H(Humanoid Home Helper:人型お手伝いロボット)が魔法の力を行使した。傍から見れば、魔法科高校の生徒でなくとも恐怖に感じることだろう。
単にヒューマノイド型のロボットが笑ったとなればそこまでおかしくはない……というか、魔法関連の技術者は非魔法系技術である純粋機械技術に疎い傾向がある。CADという技術を使っているのにもかかわらず、というツッコミは野暮かもしれないが。
「P94のボディ―――電子頭脳から想子の放出が観測されたそうだ。その直後に骨格フレームのエラー音が発生したけど、それも一瞬だったと先生は述べていた」
そのエラー音は元の言っていた基礎フレームの変化なのだろう。正直なところ、一体何がどうしてこうなったのかを解析する必要はある。もし転生者という要素がパラサイトに対して変化を及ぼすというのなら、『アリス』も含めた未知数の産物にも説明がつくかもしれない。
現在、ピクシーはコマンドに従ってサスペンド状態を維持しているのは間違いないと五十里が述べると、ここにいるメンバーの中で詳しいレベルに入る達也がピクシーの電子頭脳を調べることになったわけだが、その達也は悠元に視線を向けた。
「悠元、手伝ってくれるか? ここにいる中だと古式魔法に最も精通しているのはお前だからな」
「まあ、吝かじゃないけど……他にも何人か呼んでおいた方がいいな」
その間にあずさがメンテナンスルームの使用許可を取ってくれたようで、自ずと授業をサボる形となってしまうことには……正直なところ、ラッキーと思うべきか悩んでしまったのだった。
通常のCAD調整を行う部屋(フィッティングルームと呼ばれている)とは対照的に、CADの詳細な調整や簡易改造を行うのが主目的であるメンテナンスルームはあまり人の出入りがない。
その部屋には達也ら二科生メンバーと悠元と燈也、佐那と姫梨に加えてあずさと啓がおり、花音は深雪らにならう形で購買に走っており、余計なギャラリーは服部が締め出している。昼休みに引っ張り出された達也と悠元はホットサンドを齧りつつ五十里の説明を聞いていた。
―――2月15日、午前5時。
本来、午前7時に起動するはずの自己診断プログラムが2時間早く起動したのは、重要プログラムの更新作業が入っていたためにオペレーター側が予め設定していた。その更新作業自体は何の問題もなく終了したわけなのだが、ピクシーは校内のデータベースと交信を始めた。
これをサーバー側はマルウェアの感染を疑い、全システムの強制停止コマンドを送ったのだが、ピクシー側はこれらのコマンドを受け付けなかった。最終的には校内データベースへのアクセスを遮断することでピクシーはサスペンド状態に戻った。
異常稼働の間、ずっとピクシーが笑みを浮かべていたことと、異常稼働の直後にごく短時間ではあるが淡い光を纏ったことを監視カメラが記録していた―――
「何かを待っている……待ち遠しそうな表情だったよ」
五十里の説明を聞きつつ、悠元はプライベートでしか使わない折りたたみ型端末を叩いてピクシーの全プログラムを虱潰しに見ていく。
傍から見れば文字の羅列ばかりで何をしているのか分からないが、この端末には魔法技術が使われていて『
達也は悠元の作業が一段落したところで声を掛けた。
「悠元、どうだ?」
「……これから言うことは冗談に聞こえるかもしれないが、本当のことだと認識してほしい」
悠元がそう言うからには余程のことだろう。というか、神楽坂悠元という人物の特異性を知る者からすれば、その彼が言うことに嘘が混じっているなど考えづらい……代表する形で達也が続きを促したので、悠元が説明を始める。
「まずピクシーの基礎骨格フレームなんだが、プログラム自体は殆ど変わっていないのにもかかわらず、ピクシーが本来持っているフレームから大幅に変化している。これに最も近いレベルのフレームとなると……FLTで現在開発中の次世代型人工骨格フレームにあたるかもしれない」
「えっ……!?」
ピクシーの中にパラサイトがいることは『
なので骨格フレームの変化を調べたわけなのだが、その技術は悠元も基本設計に関わっているFLTで現在開発中の医療用人工骨格フレームに限りなく近い。こうなると、セリア対策で張った結界魔法経由で自分の情報を読み取った可能性が高い、と思いつつ話を進める。
「まあ、それはともかく……プログラム自体も特に噛み合わせのエラーが起こるような原因は見られなかった。あとは電子頭脳を起動させて“視て”みないことにはどうにも言えないだろう」
「分かった……悠元も大変だな」
それが深雪のことも含めてというのは、ここにいる悠元と達也にしか通じないことだと理解しつつ、達也は管理者権限を示すカードを胸ポケットのあたりに付けて、ピクシーの起動を進めた。論文コンペの時に何度も面識を持っているとはいえ、達也にピクシーの権限は持ち合わせていない。そうしてピクシーがアドミニストレーター権限を確認するといったあたりから、その挙動に齟齬が生じ始めた。
具体的には、達也の胸ポケットではなく達也の顔に視線が向けられていた。そして、小さな声がピクシーから聞こえてきた。
―――“ミツケタ”
腰かけていた台座から降り立つと、ピクシーは軽やかな挙動で達也に飛び付いた。そして丁度購買から帰ってきた花音たちもその光景を目の当たりにすることになった。
「達也……すまない、お前もストレスを抱えていたんだな。言ってくれたら配慮したのに……」
「お兄様、そのようなご趣味が……いえ、私は気にいたしませんから」
「悠元に深雪、二人ともやめてくれ……」
率先して言い放った悠元と深雪の連係プレイに、達也が溜息でも出そうな様子で二人を窘めた。この二人は特に言葉を交わさずとも息の合った行動を見せるし、深雪が新陰流剣武術の弟子となったことでその練度も大幅に向上している。
その騒ぎはあずさのとりなしで沈黙することになり、ピクシーは達也の指示で台座に座った。こればかりはアドミニストレーター権限によるものというより達也による影響が大きいわけだが。
ピクシーの内部を美月が視る形となったわけなのだが、本来ほのかの思念波を写し取るだけだったはずが……美月は首を傾げていた。
「これは……ほのかさんの思念を写し取ったのは分かりましたが、他にも写し取った人がいるみたいで……すみません、達也さん。これ以上は私にもわかりません」
「いや、現時点でそこまで分かっているのなら上出来だろう」
達也の台詞が的確だと思いつつ、悠元も改めて『オシリス・サイト』でピクシーに憑りついているパラサイトを読み取る。ほのかの思念波の他に写し取ったものは……どうやら、リーナの思念波まで写し取っているのが確認できた。
『―――その疑問もご尤も、かと思われます』
二人の思念波を写し取ったまでは説明可能だろうが、それならば人工骨格フレームの変化については現状で説明不能に近い。その心境を読み取ったかのように、ピクシーが“言葉”を発したのだった。
ただ、原作と異なる点があるとするならば、ピクシーに多少なりとも思慮深さが混じったかのような口調だったことには多少驚きを隠せなかったのだった。
言いっぱなしで終わりたくないので多少執筆スピードは上がります。
(理由:魔法科高校の来訪者編が10/3に放送スタートするため)