魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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物騒な茶番

 その頃、達也と深雪は自家用の自動運転車(名義上は達也の父親だが、購入資金はトーラス・シルバーの報酬から購入している)に乗っていた。コミューターがあるにもかかわらず、と思うかもしれないが、その理由は深雪の保安対策と箔付けに重きが置かれている。

 

「しかし、悠元さんがパラサイトをただ排除する方向にもっていかなかったことには驚きです」

「一度目の当たりにした力を欲する輩は多いから、恐らくその対策だろう。少なくとも、悠元がパラサイトの力を欲した上での行動とは思えないが」

 

 達也は、悠元が自身の戦略級魔法である『質量爆散(マテリアル・バースト)』を使用できることは知っているが、彼自身の口から「俺はあくまでも参考程度に学んだだけだし、下手に乱発して達也の身動きを狭くしたくないからな……というか、実戦で使う気にもならん」と聞き及んでいる。それが嘘とは思えないし、彼が使える『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』は発動速度だけで言えば『マテリアル・バースト』と同レベルだろうと推察している。

 世界屈指の戦略級魔法師が態々パラサイトの持つ超能力(サイキック)に興味を持った可能性は否定できないが、寧ろ彼がパラサイトを支配していても不思議ではない……そう思ってしまったことに達也は苦笑のような表情を滲ませた。

 

「……どうかしたか、深雪?」

「いえ、その、お兄様が苦笑されていましたので」

「何、悠元ならパラサイトに支配されるどころか逆に使役しそうな気がするからな」

 

 実際のところ、悠元は既にチャールズ・サリバン軍曹から分離したパラサイト―――「アリス」を使役している形になっている。現状ではそのことを知らないため、達也の冗談めいた推察に深雪も笑みを漏らした。

 

「ふふっ、悠元さんならやってのけてしまうかもしれませんね。ところでお兄様、ピクシーはどうなさるおつもりですか?」

 

 そこで深雪が否定しないということは彼女も大分“染まってきた”のかもしれない。その変化が本人たちにとって良かったかどうかまでは結論付けることなど出来ないが。

 そのことはおいておき、深雪は一番気になっている事象を達也に尋ねた。

 

「そのことは悠元とも話したが、俺が卒業するまで学校に置いておくのが一番だと判断した。美月や姫梨、佐那に加えて悠元のお墨付きは得られているが……この騒ぎでピクシーを学校から引き離して、七草家や九島家が動くのは拙い」

「それは、悠元さんが一番懸念されていたことですね?」

 

 七草家だけならまだしも、九島家―――先代当主である烈が都心にいる以上、下手にピクシーを学校から動かすのは彼の目に留まりかねない。烈が孫娘にあたる響子の力を当てにすることも含まれており、独立魔装大隊の力を当てにしなかったのはその部分が大きく関係している。

 加えて、響子が三矢家を訪れたことも烈の耳に入っている前提で、悠元はピクシーを学校の敷地内に留め置くことを推奨した。

 

「ピクシーの仲間が奪われた仲間を取り戻そうと動く可能性もある以上、目の届く範囲に置いておくのが最良の判断だと結論付けた。パラサイト関連については門外漢の部分も多いから、全面的に悠元の判断を仰ぐことになるな」

 

 達也自身のパラサイト対策が完成していない以上、その対策が可能な面々―――特に悠元が請け負う形となる。

 そんな話をしつつ、二人を乗せた自動運転車は目的地へと進んでいくのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 達也と深雪が自動運転車で目的地に到着したのとほぼ同時刻、悠元は『鏡の扉(ミラーゲート)』で直接上泉家所有の大規模訓練場―――表向きは奥多摩にある国防軍の魔法訓練場───に移動した。

 この場所なら万が一の言い訳も楽にできるということで予め剛三の許可も得ていて、セリアにもこの場所での戦闘を伝えている。尤も、セリアはまだ到着しておらず、その代わりに見知らぬ気配を周辺の森から複数感じ取っている。

 

(3日前に伝えておいたはいいが……いくら同盟国とはいえ、他国の軍人を勝手に入れるんじゃねえよ)

 

 その台詞は自分にも言えるため、内心で留め置く形とした。

 スターダストの動きだが、どうやら悠元が無意識的に気配を偽っているために認識できてない節が見られた。自身の隠形をセリアがあっさり見破ったのは彼女特有の能力によるものが大きいようで、どこかしら安心できたのは事実であった。

 

「ただ、隠密をするんなら自身の気配位偽れるようになるんだな」

 

 悠元が左手を挙げ、そして振り下ろすと―――複数個所で何かを押しつぶしたかのような音が響き、地面の振動が悠元の足元にまで伝わってくる。そして、悠元が左手を握って開くような動作をすると、悠元からみて森林の境界線にあたる木に複数の人物が気絶した状態で頑丈なロープで拘束されていた。

 何をしたのかと言えば、『ファランクス』でスターダストの連中を全員叩き潰して意識をブラックアウトさせ、天神魔法の金属性魔法で彼らの装備から金属製のロープを創り出して木に括り付けた。移動自体は『ミラーゲート』で行っており、この時に備えて色々訓練してきた。

 

 最初の『ミラーゲート』はバレていないのかという疑問はあるだろうが、この魔法の大本である『万華鏡(カレイドスコープ)』は“使用者当人以外認識できない”という特性を備えている。

 2年前に使った戦略級魔法『天鏡霧消(ミラー・ディスパージョン)』は想子に光の属性を付与・収束しているため、基地の司令室からその光を実際に見ることは出来たが、展開したプリズム部分は『カレイドスコープ』の性質に依存しているため、軌道上からの魔法監視システムでは認識されなかった。

 “不可視の戦略級魔法”―――その魔法を放った存在が“奇術師(イリュージョニスト)”の名を冠しているのは当然の流れである。

 

 そして、悠元がスターダストの連中に憐みにも近い表情をしたところで空中に気配を感じ取ったので視線を向けると、右手に大きな鞄を持ったセリア―――“ポラリス”の格好で姿を見せていた。

 

「あっけないものだな……来たか」

「はあ、やっと着いた。って、もうスターダストの連中が片付いてるし……本当にやるの?」

「先に述べたが、何も消耗してなかったらバランス大佐に疑われかねないだろうが。言っておくが……いくら前世の誼があるとはいえ、今回ばかりは本気だからな」

 

 前世の妹に対して恨みなどない。だが、今の自分はこの国を護る「護人」の次代を担う者。加えて、先日のチャールズ・サリバンの一件もある。その件のお返しも含めて、セリアには「レーヴァテイン」で戦ってもらわねば話にならない。

 悠元は手を合わせると、彼を中心に発生する蒼白の雷。その雷は一本の太刀を形作り、悠元は徐にそれを手に取ると雷が晴れ、その衝撃波が周囲に吹き荒れる。

 

「……なにそれ。お兄ちゃん、死神にでもなったの?」

「言っとくが、これ以上の進化は現状できないからな。お前の『レーヴァテイン』を相手にするとなったら、従来の武装一体型CADだと出力が足りないんだよ」

「さっすが、お兄ちゃんは分かってるね」

 

 セリアが鞄から取り出したのは一本の大剣。CADのような機械的なフォルムではなく、ファンタジー小説で出てきそうな真剣にほど近い。唯一特徴的な点としては、本来刃先となっている部分がわざと潰されているような形になっていた。

 彼女が想子を込めると、刃先の部分が展開して炎の属性が込められた高密度の想子の刃が姿を見せる。

 

「私がこの世界に来るときに貰った特典―――『全ての事象を認識する』力。これはFAE理論に基づいて私自身で手掛けた魔法兵器『レーヴァテイン』。お兄ちゃんは、これを超えられるかな?」

「……“全て”ねえ。なら、俺の全てを認識して見せろ、セリア・ポラリス」

 

 悠元は自身の握った太刀―――「叢雲」に四霊の一つである『鳳凰』を纏わせた。

 

 ―――もう一度言っておくが、別に恨みなどない。あの時は家族への情があって超えることを諦めた“壁”。この世界で生き抜くために、今こそ超えさせてもらう。

 

 決意と共に、悠元は「叢雲」を強く握りしめて一歩を踏み出す。

 その次の瞬間、二人の持つ武器が激しくぶつかり合い、凄まじい衝撃波が周囲にも波及する。本来、この世界において突出した力……二人の戦略級魔法師が剣を交える。

 神楽坂悠元とエクセリア=クドウ=シールズ―――前世でもすることのなかった“兄妹喧嘩”が幕を開けた。

 

「ホント、デタラメだな!」

「それを、お兄ちゃんが言えたことかなっ!」

 

 本来、大剣という部類は小回りの部分で太刀に劣ってしまう。だが、この『レーヴァテイン』は想子を流す機構を除いて限りなく軽量化されており、加えて想子の刃は使用者のセリアの意思に従って伸縮自在となっている。

 それなら騎士剣サイズが理に適っているのだが、それではセリアの持つ想子の圧力に耐えられなかったのだ。こればかりはこの世界の技術力に依存してしまうために致し方のないことだった。

 加えて、セリアの振るう「レーヴァテイン」には炎の属性が付与されている。この部分は恐らく古式魔法―――彼女の祖父が大きく関係しているのは間違いないだろう。

 その炎の温度は概算で摂氏6500度。太陽の表面レベルの温度に達しており、従来の概念から考えれば、その熱波で周囲の森林は瞬く間に炭化するであろう。だが、そうならないようになっているのはFAE理論に基づく物理改変能力の限定化だ。

 

「人工太陽になりかねないような兵器を振り回しているお前に言われたくないわ!」

「既に人間の限界を超えているお兄ちゃんが、それ言う!?」

「そのままそっくり返すわ!」

 

 刃先が接触した瞬間にのみその温度改変が生じるようになっており、従来の兵器やCADではまるでバターを切るがごとく切断されるであろう。

 FAE理論に基づく結界容器の技術は「ブリオネイク」で完成したが、「レーヴァテイン」はその技術を搭載することが出来なかった。その証拠として、「ブリオネイク」の形状は原作のものから一片たりとも変化していなかったのだ。

 ならば「レーヴァテイン」の結界技術はどう搭載しているのか……答えはその技術の原理をセリアの力で実現可能としたのだ。転生特典という理外の力で実現させた云わば“力業”の所業。

 

「大体なあ、前世のお前はいっつも俺に構ってばかりで他の男に見向きもしなかった!」

「お兄ちゃんが大好きになっちゃったんだから仕方がないもん!」

「可愛く言っても許されんからな!?」

 

 自身の「叢雲」も下手すれば理外の部類に入るだろうが、一応天神魔法で実現していた“前例”がちゃんと存在する以上、セリアほどぶっ飛んでいるわけでもない……と思う。ただ、過去数百年から千年レベルで実現できていなかったことを考えると、魔法力そのものを鍛えるという発想がなかったのかと疑わざるを得ない。

 

 気が付けば、今世の自分らも忘れて前世の時の口調で口喧嘩しながら戦っていた。前世の妹に今まで言ったことのないような口調で叫ぶあたり、自分もストレスや文句はあったのだなと実感していた。

 そうして戦い始めてから十数分が経過した。

 

「もう、お兄ちゃんのバカァ!!」

 

 セリアの言葉と共に唐竹割りの要領で振り下ろされた「レーヴァテイン」。だが、その様子がおかしい。明らかに彼女の想子出力が桁外れに上がっており、結界が解けて周囲に太陽クラスの熱波が漏れつつある。しかも「レーヴァテイン」本体にヒビは見られないが、時折軋みのような音が聞こえていた。

 魔法兵器「レーヴァテイン」は長時間の戦闘を前提としていない。そもそもの話、悠元ですらCADが枷となるレベルなのだから、セリアも同様の現象が起きていても不思議ではない。戦略級魔法師が扱うCADは自ずと軍事機密レベルの代物になってしまうし、魔法の連続発動に耐えられるよう設計されていても、()()魔法発動という前提で設計されてはいない。

 

(って、あのバカ!! このままだと『レーヴァテイン』の結界部が(ほど)けて奥多摩が大規模の森林火災―――最悪メルトダウンになるだろうが!!)

 

 だが、いくら魔法兵器でもこの世界の理に縛られてしまう。その代物に理外の力を高出力かつ長時間注ぎこめばどうなるか……結論は言うまでもないだろう。そもそも、口喧嘩じみた言葉で彼女の集中力を削いだ責任がある以上、こればかりは自分で解決すべき事項である。

 悠元は一息吐き、「叢雲」を抜刀術でもするかのごとく構えた。

 

 新陰流剣武術における剣術の四大奥義―――その極みにある太刀の一つ。極限まで太刀に想子を収束させ、全てを斬り、跡形もなく断つ。“鳳凰”の名を冠する終の太刀。

 

 新陰流(しんえいりゅう)が剣聖四大奥義、北段(ほくだん)(つい)の太刀―――鳳凰烈破(ほうおうれっぱ)

 

 悠元の振るった「叢雲」は「レーヴァテイン」とぶつかり、一瞬激しい光を発した。その光が収まると、セリアの握っていた「レーヴァテイン」は込められていた想子と霧散するかの如く粉々になり、辛うじて柄の部分だけ残る形となった。

 悠元は一息吐いた後で「叢雲」を解除すると、セリアの脳天めがけて拳骨を落とした。その痛みのあまりセリアの『仮装行列(パレード)』は解除され、彼女が身に着けていた仮面も外れて地面に落ちた。

 彼女は涙目で両手で頭を抱えるように蹲っていた。

 

「ふゅみゅう!? にゃ、にゃにするのおにいひゃん……い、痛い……」

「この大馬鹿野郎! 『レーヴァテイン』のスペックをもう少し考えて魔法力を注ぎ込め! 危うく奥多摩がメルトダウンするところだったんだぞ!!」

 

 以前、達也が自分のことを“埒外の天才”などと評したことに度々不満を漏らしたが、セリアというスターズですら制御できないと判断された存在を止めたことによってそれが一番しっくりきてしまったことに……内心で盛大な溜息を吐きたくなった。

 というか、敵を欺くための茶番がこんな結末でよかったのだろうか、と誰かに話を投げたくなったのは言うまでもない。

 




祝、原作完結。ということで早めの投稿です。
まさか、あのような展開になるとは……(ネタバレ回避のため言及は避けます)

戦闘シーンをざっくりさせたのは、決して放映前に終わらせようとかソウイウワケジャナイヨ? ホントダヨ?
正直なところ、達人級レベルの戦いって一瞬で勝負がつきかねないので(漫画やアニメだと結構描写や回想が増えて長いように見えますが)

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