危うく“茶番”が大規模災害レベルになる寸前で止めることに成功した。こうなった責任は自分にもあるため、一息吐いた上で「ワルキューレ」を取り出すと、セリアの持っている柄だけとなった「レーヴァテイン」に向かって『再成』を発動させる。
瞬時に元通りとなった「レーヴァテイン」で何をしたのかを察したセリアが次にとった行動は……綺麗な土下座であった。
「ごめんなしゃい、お兄ちゃん……だから殺さないで」
「……とりあえず、頭を上げろ。面と向かって話が出来ないだろうに」
世界最強の魔法師と自称する“アンジー・シリウス”すら超える魔法師の綺麗な土下座。自分だってそうするように強要したわけではないし、謝罪も頼んだ覚えなどない。だが、セリアがそうした理由はと考えると……恐らく先程の『再成』を見て『分解』も使えると推察したのだろう。
その予測は間違っていないが、いくらなんでも無秩序に邪魔者を消し飛ばすつもりなんてない。なので、とっとと頭を上げるように述べた。
「ほ、ホントに殺さないよね?」
「当り前だ。リーナが怒って……というか、九島健が怒りのあまり日本に乗り込んできかねない」
「あー……お祖父ちゃんならやりかねないかも」
向こうの被害妄想で面倒事にするのは納得いかないが、セリアに危害を加えて状況が混沌となる方がもっと困る。それで一番得するのは顧傑や周公瑾といったこの国の力が下がることを望む連中だ。
ひとまずスターダストの連中を適当に“飛ばした”上で訓練場の近くにある休憩所で一休みしつつ話し合うことにした。無論、遮音の結界魔法は展開した上で。
「お前に悪口を言って『レーヴァテイン』を崩壊寸前にしたのは俺にも責任の一端がある。それで俺や達也への圧力を掛けるのはお門違いだが」
「それなんだけれど、私は調査を止めて日本にFAE理論の共同研究再開を持ち掛けるべきって大統領に具申したんだよね」
セリアが言うには、マイクロブラックホール実験の最終許可前に大統領と面談する機会があり、大統領自身からもそのことを相談された際にセリアはその提案を持ち掛けたという。それと引き換えにして二つの戦略級魔法がUSNAに向けられないよう外交努力すべきと主張したのだが、議会や軍上層部は日本が力を付けることに危機感が向き過ぎていた。
「ハロウィンの一件は調べていたけど、津波の二次被害が無くなった『マテリアル・バースト』なんて完全に味方の安全を保障できたと同義だもの……達也のCAD―――『サード・アイ』を手掛けたのってお兄ちゃん?」
「まあな。厳密にはそれを更にバージョンアップさせた代物で、物理改変による衝撃波の指向性を逃がして津波をゼロに抑えてる」
すると、悠元の持っている通信用端末に連絡が入る。その連絡先はというと……達也であった。時間からするに深雪の稽古事から1時間程度経ったぐらいで、夕食は司波家で済ませているので時間つぶしをしている頃合いのはずだ。
「どうした達也。アクション映画みたく店にお前を狙う連中でも乱入して銃撃戦にでもなったのか?」
『いや、そこまでの物騒なことになってないが……少し厄介事になってな。ともかく来てくれるか?』
「分かった。出来るだけ急ぐわ」
『頼む』
あの達也が“厄介”と零す事案というのには少し引っ掛かるが、面倒事の事後処理をするのならば自分が適任と考えて通話を切った。すると、こちらの様子を窺うようにしているセリアがいた。仮面も付けており、『
明らかに付いて来る気満々の様子に、悠元は呆れたような表情を見せた。
「……楽しそうだな、セリア。お前の身内も関係しているというのに」
「いやー、お兄ちゃんが魔改造したお兄様が何をしでかしたのかあびゅっ!?」
「何が魔改造だ、何が」
セリアにツッコミを入れつつ外に出た悠元は続いて出てきたセリアを肩に担いだ。「えっ!?」という言葉と共に彼女は驚きを隠せないが、その言葉の続きを言う前に悠元がそのまま駆け出した。
「いくぞ、セリア。鞄を手放すなよ!!」
「ふ、ふにゃああああ!?」
悠元は身体強化を掛けた状態で本来使うことのない速さの自己加速術式を発動。その速度は時速1000キロ―――旅客機と同等レベルの速さへ急加速する。それと同時に衝撃波などの副次効果を打ち消すエネルギー移動の術式を用いる。
結論として達也がいるであろう場所への急行は楽に済むし、『
「よう、達也。後処理の手伝いに来たぞ」
「ああ。それで、お前の肩に担いでいるのは……セリアか」
「お、おろしてぇ……」
視覚だけで見れば、まるで瞬間移動のレベルでやってきた悠元。その肩に担いでいるセリアの姿を見て「悠元に負けたんだな」と察してしまった達也と、先程の高速移動が若干トラウマになりつつあるセリアであった。ともかく、セリアをその場にゆっくり下ろした上で悠元は素早く結界術式を張り、状況を達也から聞くことにした。
「ワゴン車の近くにいるのはスターダストの連中か。まあ、それはいいんだが……他に襲撃者はいなかったのか?」
「いや、リーナに襲われた。あの武器―――『ブリオネイク』には流石の俺も肝を冷やしたが」
「それで平気なのはどうかと思うんですが……その、お姉ちゃんは?」
スターダストの連中がいることは確認できたが、肝心のリーナの姿はどこにもなかった。ただ、リーナと達也が戦った痕跡は各所に地面の焦げた跡があることからして間違いないし、「
では、リーナは一体どこに行ったというのか。達也の表情からするにリーナを『分解』してはいない様にも見えたので、別の可能性を考える前に達也が述べた。
「それなんだが……悠元、以前お前から渡された術式をリーナの『ヘビィ・メタル・バースト』に使った結果……『ブリオネイク』を推進力にする形でリーナが目にも止まらぬ速度で飛んで行った」
「……え?」
「……ええ?」
確か、原作では「ブリオネイク」の魔法発射口に「シルバー・ホーン」を突っ込んで、『
達也が言っていることをそのまま解釈した場合、達也に渡した『
『
魔法式は魔法式に作用できないが、魔法式によって改変された超高温のプラズマ状態の原子集合体を『分解』するとなれば話は別だ。少し前に核融合の緊急停止システムについての話を達也としていたので、恐らくそこからヒントを得たのかもしれない。
簡単に言えば、達也が円柱状の空気砲内部にある空気を爆発させた。結果としてその両端にその余波が及ぶわけなのだが、その端っこが「ブリオネイク」の発射口……しっかり握っていたリーナがプラズマ爆発の推進力で原作よりも吹き飛んだ形だ。
達也に対して被害がゼロだったのは、達也が『バスター・ミスト・ディスパージョン』を放った直後に
「達也ならそこまでせんでも事足りただろうに。何かあったのか?」
「……そうだな。リーナは明らかに軍人に向いていない。そのことを分からせたかったのかもしれない」
他人にはあまり関心を向けない達也がリーナに関心を持っている……もしかすると、という懸念はあるが、今はそのことを置いておくことにする。今一番やるべきことはリーナの捜索ただ一つ。
「セリア、リーナはGPSとかの発信端末を持っているよな?」
「あ、うん。それがないと作戦に支障が出るし……端末はまだ生きてるみたい。だけど、ここって……海?」
この状況というか、達也に正体がバレているのは既定路線と言わんばかりにセリアはそのことを無視して端末を操作する。セリアがその情報を二人に見せた。リーナが飛ばされた場所はここから南―――相模湾の沖合約3キロ地点。それを見た悠元の動きは速かった。
「―――これから起こることは何も見なかったことにしてくれ」
二人の頷きを見た後、悠元は『ミラーゲート』でリーナのいる座標を直結させ、リーナを無事引き上げることに成功。「ブリオネイク」についても無事に回収することができた。
リーナは少し水を飲んでしまっていたため、人工呼吸をすることになったのだが……ここで動いたのは達也だった。
曰く「こうなったのには俺の責任が大きいし、リーナを素早く回収できたのはお前らの功績だからな」とのことで、何もしないままなのは達也自身のプライドが許さなかったのだろう。その言葉を聞いて人命救助の対応は達也に投げることとした。
なお、セリアからは「これでお姉ちゃんをいじるネタが増えたよ」との呟きを聞いたが、それは聞かなかったことにした。
スターダストについてはそのままUSNA側に任せ、リーナはセリアに任せる……というのも力仕事になるため、悠元が同行することとなった。このままスターダストの連中を放置してたら七草家の連中が回収するかもしれないが、その時はその時だろう。なお、達也は元々深雪の稽古に同行しているため、そちらを優先するべきという悠元の言葉に納得せざるを得なかった。
リーナを担ぐ役割は力仕事のために悠元が担うのだが、その際に達也から「余計なことはするなよ?」と釘を刺された。罷り間違ってもラッキースケベをごく自然と発動させる達也じゃないんだから、とは思ったが……その文言が深雪のためだけとは思えなかった。
セリアの案内で住居の中に案内された悠元はリーナをソファーに寝かせると、セリアに向き直った。
「セリア。今日は流石に日も遅いから諦めるが、後日バランス大佐と話し合いたい。お前の方からアポイントメントを頼めるか?」
「話し合いというか、今回も含めて
「俺だけじゃなく達也も気付いていると思うぞ」
人工衛星による監視については、気付いているレベルではなく裏付けとして録画データまで複製済みだ。仮に大本の録画データを消したとしても衛星の稼働データまで消さなければならないし、更には中継基地との通信データも含まれる。その3つを証拠として提示された場合、何もしていませんでしたと嘘を通すのは限りなく無理に近い。
これもパラサイトのせいにし始めたら、それこそUSNA自体が“蔓延”していると断じるレベルになってしまう。
「や、やっぱり……私はまだしも、リーナは“シリウス”の名がある以上動くのを止めないと思う」
「そんなことは百も承知だ。さて、ここいらでお暇するよ」
一応達也に「深雪にはピクシー絡みの件で外出していると言い含めてくれ」とは言っておいているので、多少遅くなってもいいようにはしている。いくらセリアの中身が前世の知り合いとはいえ、外面上は別の家の人間であり、別々の国の人間。おまけに軍人魔法師という肩書も加わる。
「えー、別にいてもいいのに」
「余計な説明で心労を重ねたくないからな」
それに、パラサイト関連がまだ一区切りしたとは言えない以上、油断はまだできない。その意味でセリアにもう一働きしてもらわねばならないのだから。
◇ ◇ ◇
悠元は一人で帰りつつ、懐に忍ばせているアリスに思念を通して問いかける。こういう時ほど周りに気を使わなくてもいいというのは非常にありがたいと思う。
『アリス。お前が覚えている範囲内で構わないが、パラサイトは自己保存と増殖を一番に考えて行動する―――その認識に違いはないか?』
『はい、その通りです。ただ、今の私はその欲求を一番下に置いておりますが』
パラサイトとしての機能は一部残っているが、それはあくまでも緊急時のバックアップ機能として改変されているようだ。そう意図したつもりなど皆無なのだが、こちらで最適化などの手間が省けるのは幸いという他ないだろう。
ただ、超能力関連は現代魔法の範疇を超えた領域の為に明かせない部分が多すぎるのも事実だし、使ったとしても裏の仕事にしか使えないだろう。
『“分離した”連中がそろそろ新たな宿主を得るのも時間の問題だからな』
『マスターは、ピクシーが他のパラサイトに狙われるとお考えなのですね?』
『アリスも含めての話になるがな。いくらお互いの繋がりが消えたとはいえ、元は同じ……ただな、俺が本気で気配を偽らないと逃げ出すんだよな』
普通に考えれば魔法の才能が高い魔法師を狙ってくるはずなのだが、パラサイトの追跡の際に気配をわざと外した状態で追跡したところ、パラサイトが憑りついた連中は逆に逃走していた。その時点ではチャールズ・サリバン軍曹のパラサイト(今のアリス)を殺していなかったが、その理由をアリスが記憶の範囲内で答えてくれた。
『我々―――かつての私にも危機管理という認識はありました。マスターを狙ったところで逆に取り込まれてしまう……その危惧があったようです』
『……つまりはアレか? 仮に俺がパラサイトを取り込んでも俺自身の単純なパワーアップにしかならないということか?』
『はい。今となって分かりますが、マスターの持つ固有魔法が強力すぎるが故に支配できないかと』
悠元の自己修復術式は固有魔法の一つである『
いくらパラサイトといえども、重力の壁を越えて向こう側の力を無尽蔵に引き出す能力がないため、圧倒的な自己修復能力を持つ悠元相手では分が悪いというアリスの分析を聞き、内心で盛大な溜息を吐いた悠元であった。
サブタイはただ一捻りしただけで特に意味はありません。
達也とリーナの戦闘シーンはネタに困ったときに使えるので、細かく描写していません。そもそも、防御面でも強化された達也に勝てる確率ってどれぐらいなんだろう(滝汗)