入学式は特に問題なく進んだ。
新入生総代の代理として壇上に立った深雪はしっかりとその役目を果たしていた。その答辞は一科生と二科生の違いなく協力して……とかなりギリギリの言葉を選び取っており、深雪でなかったらその大役は務まらなかっただろうと達也は冷静に分析した。
(しかし、深雪も内心ではそう思っているのかもしれないが……その人物には、少し興味が出てきたな)
達也の中では、新入生総代である人間が最強を自負する十師族でありながらも、その人物からすれば一科生や二科生の括りなど関係なしに切磋琢磨することを望むような文面を建前だけで片付けるとは到底思えなかった。警戒をする必要はあるかもしれないが、その人物と会話してみたいという興味も少なからず湧いていた。
◇ ◇ ◇
深雪からすれば、壇上でスピーチすることは何度か経験があったため、そこまで苦ではなかった。しかも、その内容自体も深雪にとっても共感できる内容が多かったため、寧ろ話してみたいと思ったほどだった。
ただ、深雪にとって疑問も生まれていた。本来新入生総代なる人物が読むはずだった手書きの答辞を一応読み込んでおこうと開いた瞬間、一種の既視感を覚えたのだ。
(……あの答辞の字の書き方はどこかで見たことがある様な……佑都さんの字に似ているのかしら?)
「司波さん、どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
似ているというか、実際には同一人物なので字の書き方や癖が似るのは当たり前なのだが、真由美からの問いかけでその思考を中断することとなった。真由美は深雪に対し、労うようにしつつも問いかけた。
「司波さんはどうだった? その答辞を読んで」
「私としても共感できる内容でした。際どい文面が多くて、正直緊張してしまいましたが」
「そうですか。私としては、『悠君』も含めて生徒会に入ってほしいと思っています」
真由美の発言の中に気になる単語―――恐らくは新入生総代である三矢家の人間であり、真由美の言い方からするに男子だろうと深雪は推察した。彼女が同じ十師族である以上は面識もあるのだろうが、深雪が気になって話しかけようとしたところで、その雰囲気を読まない輩が割り込んだ。それは主に深雪と同じ1年の一科生であった。
「会長、お話し中失礼します」
その男子こと
「司波さん、お兄さんと待ち合わせをしているのではなくて?」
「え? ……あ、はい。お気遣いいただきありがとうございます」
どうして自分に兄がいるのを知っているのか、とは思ったが、真由美が助け舟を出してくれたと察して礼をしつつ、真由美に続く形で体育館を後にした。そこから距離を取る形で先程深雪に話しかけていた一科生もいるが、そちらに対して気にすることなく真由美に問いかけた。
「七草会長。どうして兄のことをご存じだったのでしょうか?」
「実は校内の見回りでお会いしたのもあるけど、魔法理論のテストは『悠君』と同点の第一位ということで先生方の間でも噂になってたの」
「(お兄様と学力でほぼ互角だなんて……)今年の新入生総代の方は凄いのですね」
「うん、まあ、そうね……」
「?(何故でしょうか……会長の様子を見ていると、油断ならないと思えてしまうのは)」
真由美の説明を聞いて、深雪は達也と互角の学力を持ちうることに対して感心するように答えたが、それを聞いた真由美の如何し難いとも言える様な言葉に対して思わず首を傾げた。
何故かと言えば、真由美にとって色んな因縁があり過ぎて素直に評価できないということもそうだが、彼女自身が抱えている感情も含んでのもの。そして、その様子が何故か自分にとっても無関係ではない、と深雪の『乙女の勘』が警鐘を鳴らしているかのようだった。
なお、真由美の後ろには副会長の男子がいるのだが、深雪は今年の新入生総代の代理として答辞を読んだことを理解しているため、この高校の不文律である『新入生総代の生徒会勧誘』は先送りになると分かっていても、可能ならば声を掛けるべきだと真由美に視線で訴えているが……当の真由美本人は無視を決め込んでいる模様だった。
◇ ◇ ◇
入学式も滞りなく終わり、学生証も兼ねているIDカードを受け取り終えると、同じくカードを受け取ったエリカと美月に話しかけられた。
「達也君、ホームルーム見に行かない?」
「誘ってくれたのはありがたいけどすまない。この後、妹と待ち合わせしてるんだ」
達也からすれば、ホームルームを見るのは明日でも問題はないだろうと思っていたので、エリカの申し出を少し丁寧気味に断った。すると、美月が思い出したように尋ねた。
「もしかして、新入生答辞を読んでいた人ですか? 司波深雪さんと言っていましたし」
「え、ひょっとして双子?」
「よく言われるけど違うよ。それにしても、よく解ったね?」
「何というか、お二人の凛としたオーラが似通っていた、と言いますか……どうしました?」
「(霊子放射光過敏症か…)いや、御見それした。君は特段眼がいいんだと思ってな」
変に刺激して疑いを掛けられるよりはそれとなく躱す位でいい。威圧的だと逆にこちらが疑われるだろうと思いつつ言い放ったところで達也に聞き覚えのある声がして、視線を向けると深雪がいた。
厳密には、その後ろに真由美と恐らく生徒会のメンバーだろうと思しき男子生徒が立っていた。ただ、男子生徒の視線が達也に対して敵視するような印象が含まれていることにやや眉を顰めた。
「お兄様。早速デートのお誘いですか?」
「深雪……その言い方は俺だけでなく、彼女たちに対しても失礼だよ。この二人はクラスメイトだ」
最近耳年増のごとく恋愛ごとに敏感な妹からそんな言葉が出たことに対して、自分がそこまで至れないということを理解しているのに、悪戯めいたことを述べた妹に対して窘めるように言い返した。
これには深雪もバツが悪そうな表情を見せつつ、エリカと美月に対して頭を下げつつ自己紹介をした。
「あ、申し訳ありません。司波深雪といいます」
「私は柴田美月です。美月で構いませんよ」
「千葉エリカよ。ねーねー、深雪って呼んでもいい? あたしのことはエリカでいいから」
「はい。よろしくお願いしますね、美月にエリカ」
気さくに話しかけてくれるエリカに対して、深雪も彼女の名字を理解しつつ打ち解けていた。とはいえ、深雪だけでなく後ろにいる生徒会役員(主に真由美)のせいで周りの注目を集めてしまっている。
深雪が達也のもとに来たことで二人の関係性をそれとなく察したようだが、やはり達也が二科生であることが深雪との対比として認識され、野次馬のような同級生(主に一科生)から誹謗中傷同然の会話が聞こえる。
「次席の妹に劣等生の兄か…」
「同じ高校に入学して恥ずかしくないのかな」
幸い、深雪は達也に恥をかかせない様に堪えているが、このままでは深雪が魔法を暴走させて氷漬けの校舎に成りかねない。なので、この状況を収めるために達也が自ら切り出す形で深雪に問いかけた。だが、深雪からの回答を待つ暇もなく真由美がその答えを発した。
「深雪。生徒会の方々が後ろにいるようだが、いいのか?」
「構いませんよ。今日はご挨拶だけだと決めていましたから」
「会長!?」
「別に急いで決める、というものでもないでしょう? 深雪さん、詳しいお話はまた今度ということで。司波君も」
真由美はそう言ってその場を後にする。男子生徒は達也を睨んだ後で真由美の後を追うように駆け足で去っていった。達也はその男子生徒に睨まれる覚えなどないし、今回が初対面の相手だ。すると、その様子を見たエリカがボソッと呟いた。
「あの人は確か副会長だったはずだけど……きっとアレね。会長さんに恋してるけど、そのライバルだと思って達也君を睨んでたんじゃないかな」
「甚だ迷惑な話だな。大体、どちらも今日が初対面の相手だぞ?」
達也から見れば男子生徒もそうだが、真由美と明らかに面識を持ったのは今日が初めてだ。生徒会長としての彼女なりの気遣いなのかもしれないが、いきなり親しげに話しかけられるのは流石の達也でも警戒してしまう。なにせ、彼女は十師族・七草家の人間なのだから。
すると、深雪が兄の言葉に対して辛辣とも言えるような言葉を吐き、美月は苦笑いを浮かべていた。
「お兄様は自分の容姿に鈍感ですから」
「あ、あははは……」
◇ ◇ ◇
その後、深雪のIDカード受け取りを済ませた後、お互いに自己紹介して達也と深雪、エリカと美月は途中でカフェテリアに寄ることとなり、少し寛いでからエリカが深雪に視線を向けていた。
「それにしても、深雪は周りの連中の視線を独り占めしてたけど、昔からああなの?」
「そうね。最近は余計拍車が掛かってきてる気がするわ」
「まあ、深雪の場合は想い人の存在もあるからな」
「お兄様、そんな想い人だなんて……佑都さんは……」
深雪が女性として磨きをかけるようになったのは3年前の夏からであった。加えて、沖縄から帰ってきた母親が何故か若返っていたことも相まって、彼女が女性としての魅力を磨いた結果……10人いたら30人の視線を奪う様な有様になっていた。
すると、エリカは深雪の出した名前が気になって尋ねた。
「ん? 深雪、今佑都って言わなかった? もしかして、長野佑都って言わない?」
「え? エリカは佑都さんをご存じなんですか?」
「佑都とはもう一人の『ミキ』って奴も含めて幼馴染って奴よ。ま、佑都が新陰流剣武術を習ってて、千葉家の道場に来たのが切っ掛けってとこ」
尤も幼馴染に恋愛感情なんてないけどね、と付け加えた上でエリカが説明すると、深雪はどことなく安堵したような雰囲気を纏っていることに達也が気付いた。敢えて指摘するようなことでもないため、そのまま話を続けることとなった。とはいっても、専ら佑都のことに偏ってしまうのは無理からぬことだが。
「エリカちゃん、長野さんってそんなに凄いんですか?」
「ありゃ、凄いという言葉で片付けられるなら誰も苦労しないわよ。剣術だけじゃなく、魔法も一級品よ……でも、変ね」
「変、ですか?」
エリカは正直、『ミキ』はともかくとして佑都が魔法科高校に入学していないのが不思議でならなかった。確かに彼の近くには上泉剛三の姿が良く見られたため、彼が古式魔法の使い手で現代魔法が中心の魔法科高校への選択をしなかったのかもしれなかった。
だが、エリカは事前に佑都から進学先を聞いており、その際に「魔法科高校に合格した。春から第一高校に通うけど、クラスは別になりそうだな」という発言まで聞いていたのだ。
「あたしね、先月に佑都から進学先を聞いたのよ。そしたら、第一高校に通うって言ってたんだけれど……あたしの勘からすれば、佑都は間違いなく一科生クラスだと思うのよ」
「壇上から見た限りでは、それらしい姿は見えませんでしたが……エリカ、それが嘘の可能性は?」
「ないわね。だって、多少は加工してたけど合格証明の画像まで丁寧に送ってきたし」
エリカは端末を操作して、その画像を三人に見せた。確かにプライベートに関わる部分は隠されているが、間違いなく今年度の新入生の合格証書なのは達也でも疑いようがなかった。深雪としても終始他の一科生に囲まれる形となったため、佑都を探す余裕がなかったのだろうと判断した。
なお、その後もエリカから佑都に関する情報が出され、気が付けば深雪がエリカに迫る一幕もあったのだった。
◇ ◇ ◇
エリカは達也たちと別れて、千葉家の離れに戻ってきた。一先ず制服から動きやすい恰好に変えたところで、ふと机の上に置いた端末が気になった。
「……やっぱ、気になっちゃうわよね」
メールなら誤魔化される確率が高いと思い、思い切って電話をしたところ、ワンコールもしない内に通話が繋がった。そして、エリカの耳に聞こえてきたのは良く知る幼馴染の声であった。
『お掛けになった電話番号は、現在本人の不機嫌により繋がりません。ピーッという発信音と共に、最近連絡すら寄越さない幹比古への恨みも込めながらメッセージをどうぞ』
「……ミキのことはともかく、少しは真面目に話しなさいよ」
『エリカが冗談に乗らないってことは、今日はいつになく真面目な話か』
いつもならば『ミキ』の名前を出しただけで軽く反応するエリカだが、その冗談すらスルーしたということは何かしらの疑問があるのだろう……と、電話の相手である悠元はエリカの問いかけを待った。
「今日、第一高校の入学式があったんだけど、折角だから待ち伏せしていたのに、あんたの姿がどこにもなかったのよ」
『あー、すまん。実は家の用事が入って今北海道なんだわ。もう一人の知り合いには連絡してたんだが……入学式に出れなかった不機嫌のあまり、忘れてた』
エリカは悠元自身が何かしら振り回されていることを知る数少ない当事者の一人の為、彼がいきなり北海道にいたとしても、別にそこまでおかしいとは思っていなかった。
「そ、それは大変ね……ま、正直なのは嫌いじゃないわ。今度新しくオープンするカフェのケーキセットで」
『あいよ』
お互いに軽いノリだが、二人は『友人』としての距離感を保っている。それはエリカと悠元の間でしか分からないことである。連絡忘れの罰を甘んじて受けることを聞き終えた上で、エリカは更に悠元へ問いかけた。
「それでね、あんたのことを達也君と深雪が知ってたのよ……って、分かる?」
『司波達也に司波深雪だろ? 爺さんの繋がりで面識を持ったからな。ちなみにだが、今年の新入生答辞は誰が読んだんだ?』
「その深雪が答辞を読んだのよ……って、どうしたのよ?」
ここで、悠元が問いかけたことにエリカは何の疑いもなくありのままに答えた。普通ならば新入生答辞を読んだ人物のことを聞くよりも、他に知り合いはいなかったのか、とか割とありきたりな内容にするはずだろう……とまでは咄嗟に考えが及ばなかった。だが、悠元の唸るようにも聞こえる声でエリカは疑問を覚えた。
『マジか……あの答辞は結構際どいワードが入ってたんだが』
「確かに『等しく』とか『魔法以外にも』とか入ってた……ねえ、佑都。それだとまるで答辞を書いたのが佑都であるかのような答え方じゃない」
『……その通りなんだよ。比喩でも嘘でも冗談でもなく、事実だ』
「はあっ!?」
悠元の言い放った事実にエリカは驚いた。本来あの答辞は新入生代表である三矢家の人間が読み上げることになっていて、その代役を深雪が担ったことまでは察することが出来た。だが、エリカと話している相手はそれが自分の書いた答辞であると認めたのだ。仮に彼の言っていることが事実とするならば、今自分と話している相手―――『長野佑都』は一体何者なのかと。
これもいい機会だと思い、悠元は一息吐いてエリカに告げた。
『達也と深雪には自分から明かすので今は秘密にしてほしいんだが……長野佑都という名前は家の都合と安全上の理由でそう名乗らざるを得なかったんだ。俺の本当の名前は
「……幼馴染が十師族って、あの女みたいなことになってて頭が痛くなりそうよ。ってことは、あのクソ親父は無論のこと、バカ兄貴も知ってそうね」
『多分な。まあ、明日の昼過ぎには第一高校に行けるから大丈夫だと思う』
「じゃ、ケーキセット2つ追加で。あと、友達の分も奢りなさいよね」
『へーい』
悠元との連絡を終えた後、エリカは道場に偶々いた寿和から悠元のことを聞き、彼の言ったことが裏付けられる形となったことに本気で頭を抱えたくなったのは言うまでもない。
優等生編のエピソードに加えて主人公とエリカの絡みを入れたら本文が11000字を超えたため、分割しました。書き始めた当初は漠然とした感じでしたが、悪口を言い合える悪友なら連絡先ぐらい知っているということで。
なお、文章中の主人公の名称は意図的に変えていますのでご了承ください。