魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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耐性は別物なりけり

 パラサイトとの戦いは悠元の魔法によって決着を見た。

 

 無論、予め演習場に結界が張ってあることも最後の締めは悠元が負うことも……達也は既に知らされていた。最悪の場合は深雪の『コキュートス』を使わねばならないことも覚悟していたが、あの場にはリーナもいたので余計な勘繰りを持たれずに済んだと内心で安堵していた。

 

 物事に確実性などないということは達也とて承知している。だが、一瞬の瞬きの後にパラサイトの融合体が綺麗に消え去った。自身ですら対処が極めて難しい相手を難なく倒せるだけでも世界屈指の魔法師という肩書に過分などないだろう。

 

(……流石、とは本人の前で言わない方がいいだろうな)

「お兄様、いかがしましたか?」

「いや、何でもない」

 

 悠元は演習場の痕跡を消す作業があると言ってあの場に残っており、達也らはピクシーをガレージに戻した後、帰路に就いていた。達也は横浜ベイヒルズタワーでの顛末も聞き及んでいるため、事後処理を任せることについては異存などなかった。

 深雪から何かを尋ねられるほどにそこまで深刻そうな表情を浮かべていたことに内心で苦笑し、安堵したような表情を作って妹に向けていた。深雪としても、兄が大したことでもないと言った以上は深く追及するつもりもなく、別の話題を持ち上げた。

 

「にしても、お兄様がリーナにあのようなことを自発的に言うとは思いもしませんでした」

 

 パラサイトの融合体が消えた後、達也はリーナに対してリーナの正体が“アンジー・シリウス”であることを隠すことに加え、もしリーナが自発的に軍を辞めたいと思った時は力になる、と言い放った。

 余程のことがなければ他人にはあまり関心を寄せることのない達也の自発的な勧誘にも近い言葉。しかも、真剣な口調ではなく柔らかな口調を用いての説得だったのが深雪にとって新鮮に映ったようだ。

 

「一種の憐み、なのかもしれないな。こんな感情を持つのは変かな、深雪」

「いいえ、それもお兄様らしいと思います」

 

 どこからそんな結論が出るのか、と聞きたくはあったが達也は言葉を飲み込むように黙った。確かにガーディアンらしからぬ言動や感情が芽生えつつあるが、特にほのかやリーナと関わり始めてからは異性に対する感情もそれとなく読み取るように心がけている。

 それでも目の前にいる妹からすれば「足りません」と断言されてしまったが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、悠元は第一演習場内に足を踏み入れていた。周囲に気配も存在もないことは探知済みで、悠元以外に誰もいない。神楽坂家当主代行である以上は本来の筋なら姫梨か佐那、もしくは深雪がいるべきなのだが……こればかりは下手に明るみに出せない事情がある。その理由はパラサイトの融合体がいたと思しき場所の真下にある。

 

 悠元が張った結界術式は無意識的にパラサイトの行動を定義付けるよう組まれており、パラサイトの融合体が出現した場所も意図的に引き寄せた結果である。そこまでした理由は悠元が魔法でその場所の土を2メートルほど掘り起こして出てきたもの―――小型のジュラルミン製アタッシュケースの中身に大きく関係している。

 ケースを開けると、そこに収められていたのは四方1センチ程度のサイコロ状の結晶。それが8つ―――これらは全て悠元が創り出した魔法結晶で、これらには全てパラサイトが封印されている。

 悠元がアリスを生み出した過程で発生した契約術式と封印術式が予め組み込まれており、これに封印された時点でパラサイトとしての性質が大幅に変化する形となっている。

 

『…マスターは優しいのですね』

「どうだかな。結局は利用するようなものだし」

 

 今後はアリスも含めた彼らの存在を守護霊(サーヴァント)と呼称することになるが、悠元自身としては複数運用するつもりなどなかった。結晶の契約術式自体かなりの厳重なセキュリティを持っているが、結晶をそのまま使うよりもCADに搭載して隠れ蓑にしてしまった方がいいと考えている。

 アリスの言葉にそう返しつつ、悠元はケースの蓋を閉じて掘り起こした土に『再成』を用いて痕跡を消した。

 

「パラサイトとの戦いはこれで終わりと思えない。向こうの連中がこれを戒めと思ってくれれば幸いだが……」

 

 自分の知る原作では、パラサイトを呼び寄せたのは日本人のスパイということででっち上げられて、その上で二度目の実験を軍の独断で強行することとなる。そうならないように大統領宛の手紙でダラスの研究所を政府の直轄下に置くべきと進言しておいた。

 神楽坂家当主代行という立場に置かれても、政治関連の出来事はあらゆるバランスが求められるが故に手など出したくはない。そういうのは官僚や政治家の領分なので、彼らにはしっかり職務を全うしてほしいものだ。

 

『……何があろうと、私はマスターの忠実な僕。そしてマスターの剣となりましょう』

 

 そんな考えを読み取ったのか、アリスが投げかけた言葉に対して悠元は一息吐いたのち『鏡の扉(ミラーゲート)』で演習場を後にしたのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 風に乗って聞こえてくる楽しげなざわめき。第一高校は喜びの声で満たされていた。

 その中には泣き声も聞こえてくるが、それは決して不幸なことがあったわけではない。各々色んな思い出の大小こそあれど、慣れ親しんだ学び舎を離れる。

 

 そう、今日は第一高校の卒業式である。

 

 卒業式が終わった後、二つの小体育館を使ってのパーティーが開かれる(こんな時まで一科生と二科生を分けるのは嫌らしい気もするが、卒業生当人たちからすれば気が楽なのだろう)ため、生徒会役員は準備も含めてパーティーの運営に駆り出されている。流石に生徒会役員だけでは手に負えないということで部活連や風紀委員の有志も手伝いに駆り出されており、その中には達也も含まれていた(達也が手伝うか否かについては、深雪とリーナによる水面下の攻防があった事など知る由もないが)。

 流石に一科生と二科生を隔ててきた物差しに疑問を投げかける存在が出しゃばっても良くはないだろう、という達也の想いとは裏腹に、卒業生は達也に対して積極的に話しかけていた。この辺の事情には悠元の姉たちがしてきたことの影響も大きいのは言うまでもないが。

 そして、彼女―――平河(ひらかわ)小春(こはる)もその一人であった。

 

「あ、司波君。大変そうだね」

「平河先輩。ええ、まあ、そうですね」

 

 小春からすれば昨年の九校戦で同じエンジニアとして関わった程度で、その実力には小春ですら羨望や嫉妬やらが入り混じった複雑な心境を持った。

 その後、論文コンペで彼に代役をお願いしたこともそうだが、その絡みで妹の千秋(ちあき)が迷惑を掛けてしまったのは偽りのない事実。彼と妹の確執が無くなったとはいえ、原因の一端を作ってしまった自分が声を掛けていいのかと迷ったが、同じ卒業生で九校戦のペアだった小早川景子から背中を押され、達也に話しかけた。

 

「その、千秋のことは本当にごめんなさい。私が司波君を無理に代役として推薦しなければあんなことには……」

「自分は気にしていませんし、平河先輩の責任ではありませんよ。それに、自分にとってもいい経験になりましたから」

 

 過ぎてしまったことではあるし、一々掘り返す必要などないと達也は判断していた。それに、千秋から「司波君には負けないから、覚悟してよね」とライバル宣言のような言葉を言われたが、その時の表情が頬を赤く染めており、これは本当にライバル宣言なのかと疑わざるを得なかった。なお、それを目撃していたエリカに尋ねる形となり、彼女曰く「達也君は乙女心を勉強すべきね」と言われてしまったことには未だに疑問を呈していた。

 

「平河先輩、魔法大学への進学が決まったそうですね。おめでとうございます」

「あ、ありがとう……流石に司波君のレベルに追いつけるかは分からないけれど、景子や千秋の言葉を聞いて頑張ってみようって思ったから」

 

 その話を続けても折角の雰囲気を壊してしまうだけなので達也は、強引に話題を変えることにした。小春は論文コンペメンバーの辞退後、千秋のこともあって魔法大学への進学予定を止めるべきか悩んでいた。だが、そこに喝を入れたのは景子であり、更に千秋の懸命な説得に加えて彼女と仲の良い人物―――美嘉も説得した。

 達也から感謝の言葉を貰った小春は手をもじもじさせつつも嬉しさを滲ませていた。傍から見れば気になる異性に対して照れくさそうな様子なのだが、達也にしてみると「なぜ恥ずかしそうな様子なんだ?」という受け取り方になってしまう。それを見て何故だかイライラしているような仕草を見せている金髪の美少女―――リーナの姿に悠元は溜息を吐いた。

 

「リーナ、やきもちはみっともないと思うんだが?」

「にゃ、にゃににょ!?……」

「自爆したね、お姉ちゃん」

 

 リーナがそうなってもおかしくないほどに今の達也の様子を見れば「人たらし」という言葉しか出てこないであろう。尚、本人にその自覚など皆無なのだが。悠元の言葉を聞いて噛んでしまったリーナを見て、辛辣な言葉を投げかけるのはご機嫌なセリアであった。

 

 パラサイト討伐後、USNA大統領と九島健の連名で神楽坂家に一通の手紙が届けられた。

 内容はセリアをUSNA軍から除隊させ、更にはUSNA国籍から日本国籍に移す旨が記されていた。問題はこれだけだと九島家の係累になる可能性もあったわけだが、手紙を読んだ千姫は一計を案じた。それは彼女の預かり先を『九頭龍』の一角を担う九重家―――つまりは八雲の養子に迎えるというもの。九重寺自体世襲制ではないが、忍術使いとしての九重家を確立するという意味でも必要だと判断し、八雲も千姫の提案には異論を唱えなかった。

 そして、千姫から悠元にセリアを“6人目”として迎えるという言葉を聞いた際、悠元からは盛大な溜息が出た。これ以降、セリアは前世での口調を学校内でも出すようになったが、特に混乱などは起きなかった。せいぜい非公式のファンクラブができたことぐらいだが。更に、来年度からは正式に第一高校の生徒として通うことになるのは決定事項だ。

 

「ステージライブのこともあるし、あまり突っ込む気はしないが……溜め込んでもロクなことはないぞ?」

「それもそうね……ユート、この暴走機関車の妹を宜しくしてやって頂戴」

「お姉ちゃん? それは人のことを言えないんじゃないかな?」

 

 リーナにはセリアとの婚約に際して悠元が戦略級魔法師である秘密を共有させている。リーナからすれば、幼い頃からやること成すこと全てが末恐ろしいという双子の妹を抑えてくれる存在が出ただけでも感激物で、悠元が戦略級魔法師だという事実はすんなり受け入れられた。尤も、セリアからすればリーナも同じ穴の狢だという事実はかなり棚上げされる形となってしまったが。

 ステージライブについては、リーナが臨時の生徒会役員ということで当日の余興を担当させることになったのだが、本来卒業生や在校生から希望を募る当初の予測をリーナが盛大に勘違いし、自らバンドメンバーを集めた挙句にリーナがボーカルとして立つことになった。そこまでやってしまった以上は後にも引くことが出来ない、と判断してそのまま決行させることにした。

 そのライブでは、セリアに対する鬱憤を晴らすがごとくプロ顔負けの歌声と演奏を披露し、会場を沸かせた。それに負けじとセリアが飛び入りで入ってリーナとのデュエットまで披露した。

 

「……楽しいことに首を突っ込むのは変わらずか」

 

 それを見た悠元の呟きは、誰にも聞かれることなく小体育館の歓声に掻き消されるがごとく溶けていったのであった。なお、そのあたりのくだりを深雪が達也に暴露してリーナが顔を真っ赤にしたのはここだけの話である。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 リーナの姿を見たのは卒業式が最後であった。セリア曰く「今は帰国準備で忙しいのだけれど、正直あんな量のお土産をどうするのよ……」と疲れたような表情で述べていたことには同情を禁じえなかった。

 卒業生の進路先はというと、真由美と克人、鈴音と亜実が魔法大学に進学。摩利は防衛大学校への進学と原作と殆ど変わらぬ形となった。後者に関しては言うまでもないことなので言及はしない。

 三学期も終わり、この一年は何かしらと騒がしい一年だった。厳密に言ってしまえば、昨年の正月から喧騒の連続だったと言っても過言ではない。

 

 学期末考査の結果は魔法実技・魔法理論共に一位。

 文句の付けようもない結果なのだが、「悠元だから」と言われるのは納得がいかなかった。お前らは人のことを何だと思っているのかと問いたくなったが、余計に人外扱いされそうだったので追及を諦めた。

 何にせよ、マイナス面を考えても十分すぎる結果を得られたと思いつつ、友人(一部の人間にしてみれば表現が変わるが)の帰りを待つべく東京湾海上国際空港に来ていた。

 

 あと小1時間で雫らを乗せた飛行機が到着する予定となっている。

 すると、達也がロビーの人混みの中に見覚えのある金髪が目に入り、立ち上がると「知り合いを見かけたから、少し外す」と短く言って立ち去る。彼女とは切磋琢磨できるライバルである深雪も達也の後を追うように付いて行った。ほのかも付いていこうとしたが、こればかりは無粋だとエリカが止めたようだ。

 

「俺も少し挨拶してくるわ」

 

 同じA組で、同じ生徒会役員として関わり……将来的には義理の姉弟となることが確定している間柄。悠元が近付いている間にも会話は進んでおり、リーナも悠元の姿を見つけて声を掛けてきた。

 

「あら、ユート。まあ、アナタとは色々あったけれど……セリアのこと、お願いするわね」

「言われるまでもないが、分かったよ。まあ、また会えそうな気はするが」

「タツヤやミユキもそうだけれど、ユートに言われると一気に現実味が増すわ」

 

 リーナよ(ブルータス)、お前もか。

 そして、リーナはそのまま去ろうとしたのだが……何かを思い出したように達也の元へ近寄り、そして達也の頬に不意打ちの形でキスをした。

 

「これは再会できるようにのおまじない。タツヤ、それまで精々乙女心を理解できるように、ね」

 

 そう小声で告げていくと、リーナは走ってその場を後にした。

 原作にはなかった変化でリーナが達也に恋をした……達也としては叩きのめしただけのはずが、それが却ってリーナの乙女心に火を灯した形となったのかもしれない。不意打ちのキスを受けた達也の反応はというと……まるで石像の如く反応が皆無の状態であった。

 

「あの、悠元さん……呼びかけてもお兄様の反応がありませんが」

「(知識と耐性は別物かよ……)引っ張ってでもこの場を離れるぞ。見世物にされかねない」

 

 自ら動く分には躊躇いなどないのに、相手から積極的な行動を取られると対処できなくなるようだ。大分恋愛に対しての感情が芽生えてきたことは嬉しいことなのだろうが、もう少し耐性を持ってほしいと思うのは贅沢が過ぎるのだろうか。

 結局、達也の意識が再起動したのは雫が到着する10分前で、その顛末を聞いたほのかがやきもちを焼いていたのは言うまでもない展開であり、帰国した雫がほのかから捲し立てられる様にそのことを聞く羽目になってしまった。

 

「……ほのかもそうだけど、悠元も大変だったみたいだね」

「お疲れのところすまないな、雫」

「ううん、大丈夫。レイから色々伝言も預かってる」

「……やっぱ、海に沈めないとダメかな」

「それは止めた方がいいと思う」

 

 雫からすれば、悠元ならレイモンドどころかUSNAそのものを沈めかねないと思い、流石に窘めた。それは同じ便で帰国した修司や由夢も同意見であった。

 流石に雫らの話が全て明かされることはなかった。残りは「北方(きたかた)(うしお)」―――彼女の家で行われる帰国祝いを主としたパーティーで明かされることだろう。

 

 その前に、雫は夏休みと同様に別荘へ招待したいと提案してきた。特に断る理由もないので了承した。今回は夏休みの時のメンバーに加えて姫梨と修司に由夢、佐那にセリアも加わってかなりの大所帯となっている。これはこれで楽しいひと時になりそうだが、また何かありそうな予感を薄らと感じていた悠元であった。

 




急ぎ足ですが、来訪者編はこれにて終了です。
原作だとダブルセブン編に突入するのですが、その前に春休み編に突入します。そこまで長くはならない……はず(希望的観測)

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