魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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星を呼ぶ少女編
少し早い春休み


 ―――西暦2096年3月17日。

 

 通常のカリキュラムであれば、卒業生である3年はともかく1・2年の生徒は本来授業があるのだが、本来の予定を繰り上げて春休みに突入していた(その反動で過密とも思える授業スケジュールを食らったことは言うまでもないが)。

 その理由は、来年度から新設されることになる魔法工学科(通称:魔工科)が最大の理由だ。多かれ少なかれ達也という存在によって生み出された数々の功績は教職員でも無視できるものではなくなっていた。だが、かといって一科生と二科生の評価基準そのものを捻じ曲げてしまっては今までの教育方針に対する誇りが許さなかったのだろう。

 悩んだ末の苦肉の策として魔法工学科を新設することで、魔法実技よりも魔法技術に長けた魔法師を育成する方針を並行して行う形に決着させたようだ。

 

「……悠元、それって来年度からのカリキュラム?」

「おはよう、雫。まだ寝ていてもいいんだぞ?」

「流石に二度寝もできないかな」

 

 留学中は『鏡の扉(ミラーゲート)』があるとはいえ、一応軍事機密の魔法に属する以上おいそれと使えない制約があるため、連絡位に止めていた。雫が帰ってきて最初にお願いしたことは、北山邸に悠元を招くことだった(この辺は他の婚約者である深雪や姫梨も察した上で納得していた)。

 使用人たちからすると悠元のことは“雫の夫”扱いであり、その辺りのことは雫の父親である潮から聞き及んでいるのだろう。少し話を聞いてはみたが、潮だけでなく紅音も関わっていると聞いたときに雫の顔が赤くなっていたのは言うまでもない。

 

「私が留学中は深雪や姫梨、それに夕歌さんもだっけ」

「電話中の雫の格好もかなり際どかった印象しかないんだが……当たってるぞ」

「当ててるから。こんなに成長したのは悠元のせいだし」

 

 流石に見境ない行動は彼女たちの体調を考えて慎んでいる。だが、それを消極的な行動と思っているのかは知らないが、積極的なスキンシップが目立つようになってきた。それでも公の場ではまだ良心的な範疇に収まっているのが本当にありがたいと思う。

 魔法師としての成長もそうだが、女性としての成長が本当に著しい。特に雫はその傾向が顕著に出ている。魔法演算領域の封印を解いた反動なのかもしれない……ただ、身長があまり伸びていないことはやや不満げだったが。

 

 正月以降、沓子とは連絡を取る程度だったが、夕歌の場合は司波家や三矢家に顔を出すことが多くあった。高校時代に詩鶴と親友関係にあった事は周知の事実なので、それに託けた形で訪問することが多かった。

 婚約関係になって手を出す様に誘惑してきたこともそうだが、やきもちを焼きそうな深雪を上手く説得した手腕は褒められるべきなのかもしれない。一つだけ言わせてもらうとするなら、上手く丸め込まれてることには遺憾の意を述べたくなってしまうが。

 

「ま、雫の場合は留学で約3ヶ月近くだからな。気持ちは理解できなくもないが……また体を痛めるぞ?」

「……そうだね。悠元は無尽蔵の狼だし」

「真っ先に誘ってきたのは雫だろうに……」

 

 少なくとも誰かを狂わすレベルにまで至らせていないはずなのだが、それでも少し気を抜くと大惨事レベルになりそうな気がするので常に力加減はしている。男子にとって女子の魅力的なお誘いを無碍にできない気持ちはあるが、それを堪えた上で端末の画面に視線を落とす。

 魔法工学科は現行のE組―――2年E組の1クラスが割り当てられる。それに伴って生徒の希望で二科生のみならず一科生からも希望が募られた。その結果、身内の友人関連からは達也と美月、燈也と佐那が魔工科に転科することになる。そして、一科生の抜けた穴に幹比古、レオ、そしてエリカも一科生入りを果たす。

 

「節操なしにアプローチを掛けてるつもりなんてないんだがな」

「悠元の場合は無意識的に引き寄せてるけど」

「俺はブラックホールの類か?」

 

 魔法科高校では下手なことにならないよう努めているし、一線を引いた上で接していることが多い。婚約者の件だって確かに自分の責任もあるのだろうが、社交辞令の範疇を超えないようにしてきたことは事実だ。無論、雫も悠元の気苦労は一応理解しつつも辛辣な言葉を言い放った。

 

「それよりも性質が悪いかな。ホントジゴロなんだから」

「……」

 

 宇宙で起こりうる未体験の現象よりも性質が悪い、というのはなんだか納得したくない心境にさせられてしまう感想しか出てこなかったのであった。正直、この一年で何回その言葉を言われたことか……と内心で深い溜息を吐いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 北山邸に来ていても基本的な生活サイクルは変わらない。雫との魔法訓練も二学期に入ってから軽運動部での武術訓練と並行して行ってきた。

 学術的な因果関係は認められていないものの、身体能力と魔法師としての実戦能力は密接にリンクしている。軍人魔法師ならば高い身体能力が求められているのは自明の理だが、魔法の基礎訓練に体を鍛える項目は、現代魔法の観点で言えばあまり整っていないのが現状である。

 

「よし、今日はここまでだな。お疲れさん」

「ありがと。ホント涼しい顔してるのが悔しい」

「これでも武術や魔法は雫の先輩だからな。みっともないところは見せられないさ」

 

 天神魔法の訓練は表沙汰に出来ないので神楽坂家の本家か別邸、時折九重寺でこなしている。最近知ったことだが、週末には燈也も八雲の武術指導を受けている。八雲曰く「あの体格で力の使いこなし方を分かり切っているのは非常に珍しくてね」とのことで、元々武術の才能があったのかもしれない。人は見かけによらないのだろう。

 話を戻すが、なので想子の制御訓練か基礎単一系による息継ぎの効率化訓練に止めている。この前、魔法を使ったエアホッケー(マレットには一切手を触れず、魔法のみでパックを打ち返すという遠隔操作訓練)では、熱中する面子が多かった。なお、勝ち抜いたのは自分と達也であり、加減していたとはいえ完全な千日手状態となって引き分けで手を打った。

 

 パラサイトの一件については、日本政府とUSNA政府で“手打ち”にすることが決まった。元々USNAが勝手に暴走した挙句の身内の恥なため、これ以上の失点はおろか借りを作りたくないとするUSNA側に対し、横浜事変も含めて外交上の失点を取り返したい官僚が多い日本側。双方の言葉による“殴り合い”はまだ穏便な方だった。

 だが、戦略級魔法に関してはかなり激しいやり取りがあった。何せ、本来官僚同士の話し合いの場に剛三と千姫が揃って出向くという異例の事態となったらしい。これにはUSNA側にいたバランス大佐も面食らったらしい、とセリアから聞き及んだ。

 

 これ以上の戦略級魔法の誕生はステイツとて看過できない思惑もあったのだろうが、この国自体軍の規模や国土から考えれば“小国”の類になる。加えて停戦状態となっている大亜連合もそうだが、佐渡侵攻や横浜事変では新ソ連も動いている。そこに付け加えられたのはオーストラリア―――その裏で糸を引いているイギリスの存在もある、と千姫は以前話していた。

 

 旧EUというか、欧州は人種・宗教・言葉などの要素が複雑怪奇すぎる上、過去に三度あった世界大戦のうち二度は確実にあの地域の軍事衝突が発端となっている。第二次大戦後に欧州連合という経済圏を確立して旧合衆国や旧ロシアをはじめとした大国に対抗しようとしたが……結局は東西に分裂してしまった。

 戦略級魔法という傘によってある意味難を逃れた形だが、それでも世界の覇権を握りたいという欲が消えた、というのは考えづらい。

 

「それにしたって、勉強もこなして運動も出来て……出来ないことってあるの?」

「興味のないことなんて殆どできないがな」

 

 話を戻すが、今の自分の立場はこれでも弁えているつもりだ。「賠償させる」とは言ったが、その具体的な話はまだ持ち出していない。流石に今後のことを考えると一々突っ込むべきではないのだろうが、何も提示されないことを“甘え”られても困る。

 こうやって思うと、最近は魔法の事よりも政治のことを考えている気がする。いや、魔法が軍事と結びついている以上は仕方がないことだろうし、神楽坂家は政財界に影響力を及ぼしている。

 現に、自分も『九頭龍』や『星見』を指揮するにあたって様々な情報に触れている。独自の情報網で顧傑と周公瑾のやり取りも手に入れてはいるが……こればかりは流石に剛三の耳に入れていない。聞けば最後、周公瑾が塵と化すことは既定路線だろう。

 

 魔法で身なりを綺麗に整え、雫と朝食を済ませた後は春休みの予定を確認していた。その中には夏休みに行った聟島の別荘に案内することも含まれていた。

 

「時期的に海水浴も出来なくはないか。ああ、だから熱心に水着のカタログを見ていたのか」

「うん、夏に着たのだとサイズが合わないから……悠元のえっち」

「いや、今は何もしてないんだが」

 

 雫の言葉はさておき、水着に関しては男性よりも女性が殊更敏感なのだろう。流石にブーメランパンツのような恰好はしないが。なお、水着の買い物自体は店先に行くこともあれば、オンライン(正確にはARディスプレイ)でサイズやデザインをリアルタイムで合わせつつやるタイプもあったりする。

 この前、深雪がARディスプレイを前にして水着を熱心に選んでいたが、その選択履歴を見た上で「人前に晒すものだから、もう少し控えめにしてくれ」と言っておいた。どういったものなのかは……想像するだけで色々と妄想しそうなので言わないでおくことにする。

 

「今回はセリアも一緒に来るんでしょ?」

「まあな。燈也は先輩の卒業旅行に引っ張られる形だが」

 

 燈也は亜実の誘いで卒業旅行についていくこととなった。元々は真由美と摩利のみだったらしいが、真由美が巻き込んだらしい。なお、克人については実家の手伝いもあって旅行には参加しなかったらしい。

 セリアに関してだが、任務のために借りていた家を引き払って神楽坂家の別邸に住むこととなった。戸籍も既に変わっていて九重家の人間となったが、表向きは“エクセリア・シールズ”で通すとのこと。この辺は将来的に籍がまた変わるためだと千姫が述べていた。

 

「どうしたの?」

「春休みぐらい穏便に過ごせたらいいな、と」

「……フラグ?」

 

 原作主人公の達也ならいざ知らず、俺にそんなフラグ建築能力なんてない。国内外にいる連中が俺を注視しているようだが、敵対さえしなければ関わる気なんて更々ないのだ。向こうが勝手に騒いだり怖がったりしてちょっかいを掛けるのは……理解はしてやるが、同情なんてする気などない。

 それを少しでも理解してくれる人が欲しい、と心なしか思ったのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんな悠元の細やかな願いをぶち壊す流れが……起きてしまっていた。その一端を食らって飛行機の座席の中で仏頂面を浮かべる金髪の少女―――“アンジー・シリウス”ことアンジェリーナ=クドウ=シールズは、飛行機に乗る前の出来事を思い返していた。

 事の発端はリーナが空港に到着すると、出迎えとして来ていた先に帰国していたシルヴィア・マーキュリー大尉(リーナの階級が少佐であることと、先日の任務による失態を隠すための昇進)から参謀本部よりホノルルに飛んで欲しいという少ない情報と荷物を渡され、そのまま軍としての任務に就けられたことだ。

 

「シルヴィのバカ……」

 

 日本での任務はリーナにとって色々な影響を与えた。

 今まで軍の命令に従うことに疑問など持ってはおらず、軍の命令系統から外れている双子の妹の存在を守るという意味でも必死に戦ってきた。それはパラサイト抹殺任務や戦略級魔法の無力化任務でも同様で、自分は一切の手抜きや手加減などしなかった。

 だが、それを軽々と上回った達也と深雪。そして、妹すら圧倒せしめた非公式の戦略級魔法師―――かつて自身を倒した神楽坂悠元の存在。達也はリーナが軍人に向いていないと言い、もし軍を抜けるならば手伝うとも言ってくれた。

 

 今までリーナを相手にそんなことを言う人間などいなかった。何故なのかと悠元に問いただした際、彼は「詳しいことは言えないが……ある意味『同類』だと思ったのだろうな。かくいう俺も似たようなものだが」と答えていた。

 聞けば、悠元も元々の実家である三矢家を救うため、国防軍の特務士官になったことをリーナに明かした。戦略級魔法師であることを認めた以上は一つや二つぐらい増えても大したことじゃない、と笑い飛ばしていたが……リーナからすれば、戦略級魔法師“アンジー・シリウス”を明るみに出される可能性があるだけに、悠元のことは余計に言えなくなってしまった。

 それに、軍でも浮いていた双子の妹を引き取ってくれた相手。将来はリーナにとって義弟(おとうと)になりうる存在……いや、彼女からすれば義兄(あに)に近いような存在かもしれない。

 その人物を売るような真似をしたら、確実に双子の妹(エクセリア)の怒りを買いかねない。

 

(ホノルルってことは極東方面か太平洋方面……せめて、新ソ連絡みであることを祈りたいものです)

 

 流石にパラサイトと戦略級魔法師の件が一定の決着を見た以上、その後片付けでとんぼ返りは止めてほしい……そんなことを思いながら、リーナの乗せた民間機は一路ホノルルへと飛翔するのであった。

 




てなわけで、オリジナル要素込みの劇場版です。
日付をかなり弄ったのは、原作と劇場版の時系列をそのまま融合させると水波が司波家に来た後で劇場版の出来事が起こったことになるためです。
ただ、達也側の戦力がかなり増えることになるため、バランス調整はするかもしれません。

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