魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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論外がいると霞んでしまう天才

 悠元らを乗せたVTOL機が聟島に到着すると、ヘリポートの端に人がいた。それが達也だとすぐに分かり、どうやら国防陸軍の要件は無事済んだとみていいだろう。

 深雪が降りると、達也のもとに駆け寄っていった。

 

「お兄様!」

「おかえり、深雪。帰ってくるのが予定より早かったみたいだが……あの子は?」

 

 その達也の視線の先には、ほのかの助けを借りる形でゆっくり降りた九亜の姿があった。ともあれ、リビングに集まった一同と九亜。彼女は出されたジュースを飲み干し、クッキーを手に取ると匂いを嗅いでいた。その様子からするに、人間らしい生活を送っていないことがわかる。

 達也は彼女の様子を注意深く見ているのだが、彼の人となりを知らぬ人からすれば“睨んでいる”ようにも見えてしまう。事実、九亜もそう受け取ってしまったようで、怯えるように隣のエリカに抱き着いていた。

 

「達也。九亜ちゃんを怯えさせてどうするの……」

「いや、そんなつもりはないんだが……深雪も笑わないでくれ」

「ふふっ……まあ、お兄様ですから」

 

 その魔法の言葉で片付けつつ、悠元たちは九亜にいくつかの質問を投げかけた。

 まず、彼女の年齢は14歳とのことだが、五輪(いつわ)(みお)のような成長障害を来たしている。この現象は肉体が不十分な調律を取れていない状態で大規模な魔法演算を行い続けるとみられる現象に近いだろう。

 大きな機械―――大型のCADに九亜自身を含めて九人が入っていた。つまり、彼女らの魔法演算領域を依り代として戦略級魔法の魔法実験をしていたと推測される。

 彼女は盛永(もりなが)という研究員に「逃げなさい」と諭され、その言葉を鵜呑みに研究所を抜け出した。その理由として「貴女が貴女のままでいられなくなる前に―――」という文言を聞いて、エリカが悠元に問いかけた。

 

「自我が消える……悠元、そんなことってあるの?」

「……その現象に至る方法はある。だが、それは上泉家と神楽坂家で封印したはずだ……昔、複数人の強制精神リンクによる大規模魔法演算の実験があったことは爺さんから少しだけ聞いた覚えがある」

 

 過去を学ぶという意味で剛三との旅をしているときに暇つぶし代わりとして聞いた話や、彼絡みで出会ったVIPクラスの方々からの世界群発戦争の話の中で出てきた話。その中には数々の人知れぬ魔法実験があり、卓越した実力を有する剛三もその実験に参加したことがある。

 なお、当人が直接関わった実験は文字通り“灰塵と帰す”ことになったようだ。

 

「それじゃあ、魔法師は単なる道具(パーツ)扱いじゃないか」

 

 悠元の推測と幹比古の言葉を聞いて、達也が険しい表情を見せた。

 魔法師の自我消失現象―――魔法演算にいくら波長が似ている人間を使ったとしても、演算した結果を合わせる際にすり合わせをしなければならない。CADの精神リンクで演算結果を“一つ”にする方法自体は確かにあるが、それを人間同士でやれば確実に誰かの自我が犠牲となる。

 魔法師を単なる“道具”とするだけの非人道的な実験のため、厳重に封印された……その研究を復活させたこと自体、当に見過ごせるレベルを超えてしまっている。

 

「機内で診断してみたが、九亜ちゃんの状態は完全自我消失の一歩手前だった。あと一回でも演算してたら“人形”になっていただろうな」

「……冗談、なんて言えないよね」

「当たり前だ」

 

 すると、九亜は悲しげな表情をしつつ、エリカの服を掴みつつ視線を向けた。その表情が助けを求めるものなのは違いなかった。

 

「お願い。助けて……」

「大丈夫。ここで放り出す真似はしないから」

「ううん……わたし“たち”を、助けて、ください」

 

 それは、九亜以外の「わたつみシリーズ」を研究所から脱走させ、然るべきところに保護してほしいというもの。すると、今まで大人しくしていたセリアが九亜に柔らかな表情をしつつ九亜に問いかけた。

 

「九亜ちゃんの願いを叶えてあげるのは吝かじゃないけど……九亜ちゃんは、私たちの前に誰かを頼るように盛永さんから言われてなかった?」

「……七草真由美さんに、助けてもらいなさいって、言ってました」

 

 何故ここで、とは思うが……確か、小笠原諸島方面へ卒業旅行に来ている筈だ。燈也からも「もしかしたら、ばったり会うかもしれませんね」とは言われていたが、九亜のお陰で会うことになりそうだ。

 

「そういや、空港に帰ってきたとき、同型のティルトローター機が停まっていたな」

「へー、意外と覚えてたじゃない」

「意外は余計だっつーの」

 

 レオとエリカのやりとりを聞き、悠元は端末を取り出して真由美にメールを送った。一応暗号化はしたので、国防海軍に傍受される可能性は低いだろう。原作なら達也たちだけで行っていたが、相手は国防海軍に加えて“スターズ”も出てくることは想像に難くない。問題は今までにあったような『プラスワン』の要素が介在するかどうかだ。

 

「研究所から調整体を脱走させるとなると、海軍と事を構えることになる……」

「いや、この場合は“人道的観点からの保護”だよ、達也。ようは、海軍と事を構えてもいい大義名分があればいい」

「理には適ってるけど……『神将会』を動かすの?」

「四人の招集は出来るだろうが、海軍に動きを悟られたくない。それに、こうなれば躊躇ってなどいられない」

 

 折りたたみ型端末を操作し、別荘の大型モニターと接続する。そして、モニターに表示されたのは神楽坂家―――千姫と、上泉家―――剛三と元継であった。悠元は九亜を偶然保護したことに加え、以前剛三が話していた魔法実験が行われていることを報告。剛三は既に上泉家の家督を元継に譲っているが、今回の話は第三次大戦に大きくかかわる話のために元継経由で参加するように要請した。

 

「―――以上が今回の経緯と推察です」

『……兼丸(かねまる)の小僧め。戦略級魔法の本質を理解しておらぬどころか、そのために魔法師を平気で使い潰す真似をするとは』

「剛三殿、その方は一体?」

『南方諸島工廠の所長だ。かつて儂も研究所に出入りしていたことがあってな。今も魔法実験の指揮を続けているとは門下生から聞いていたが……』

 

 確か彼は老齢なのだろうが、剛三からすれば小僧扱いしたとしても何ら問題はないということなのだろう。剛三の言葉を聞き、元継は一息吐いた上で悠元に問いかけた。

 

『悠元。今回は神将会を動かさないのか?』

「パラサイトの時とは訳が違いますし、それに……幸い、予定の協力者も並の軍人相手なら平気でぶっ飛ばしますから」

『そうだな。へまを打つようなら総本山で“刃渡り”でもさせるが』

「……兄さんも大分爺さんよりの考え方になってきたね」

 

 元継が言った単語―――“刃渡り”だが、これは素足の状態で魔法を駆使して本物の日本刀の刃の上を歩くという鍛錬。体のバランス感覚だけでなく片時も魔法制御を手放せない。少しでも気を抜けば入念に研がれた刃で足がザックリ行く。

 流石に日本刀でのそれは総本山でも上級者にしかやらせない。それ以下だと無駄に研がれた木刀を用いることになる。木刀でも切れるときは切れるのでヤバい。

 

『分かりました。神楽坂家当主として悠君にお願いします。「わたつみシリーズ」八人および盛永明子の人道的保護、それが済み次第南方諸島工廠を“解体”してください。彼女以外の研究員や憲兵、それと国防海軍兵士の生死につきましては……お任せします』

「了解です。ちなみに、万が一第三勢力なる存在が確認された場合は?」

『そちらも悠君の判断に任せます。セリアちゃん、今回は悠君のサポートをお願いしますね』

「はい。サポートは私の領分ですので、しっかり努めます」

 

 この場に戦略級魔法師が三人いるという有様(リーナに魔法で勝った形の深雪も含めれば四人)だが、セリアは基本的にバックアップを担うことになる。悠元と達也が先発隊で、レオとエリカ、そしてセリアが救助した少女の護衛、バックアップに雫と幹比古、佐那と深雪……という形での行動を想定している。

 相手が相手なだけに、戦力的なアドバンテージを持っているセリアを控えさせる理由はない。ほのかと美月は流石に前線向きの魔法師ではないので、今回は作戦から外した形だ。

 

『魔法協会にはこちらから話を付けておく。達也君、俺の元実家経由で真田大尉に話は付けている。装備提供に関しては彼を頼るといいだろう』

「助かります」

 

 通信を終えた後、悠元はエリカとレオに話しかけた。今回のこともそうだが、今後も見据えた大事なことなだけに万全を期すつもりだ。

 

「レオとエリカ、お前らに渡してるCADを少し預からせてほしい。1時間も掛からないことは約束する」

「そりゃ構わんが……何かするのか?」

「細かい調整に加えて、知り合いに頼まれてロック状態の機能を解禁するから」

「完全思考操作型ってだけで十分世界クラスなのに、まだ内蔵されてるって……」

 

 エリカの言いたいことも尤もだろう。だが、出来ることなら早い方がいい。悠元がこれからやろうとしていることは、レオに渡したリストバンド型CAD「ジークフリート」とエリカの「疾風丸(ハヤテマル)」に先日手に入れた魔法結晶を組み込むための作業だ。

 例の結晶だが、こちらで指定するのではなく守護霊(サーヴァント)の波長が適合した人間でなければならないという代物で、現状ではレオとエリカに先行する形だが、達也と深雪、それと雫や幹比古も対象に含まれている。

 しかも、実際にCADを通して“接続”することで結晶に内蔵された人格が表面化する仕組みらしい。サーヴァントとの会話は基本的に念話なので、本人以外認識できないというのも確認済みだ。

 

 それに合わせて、二機に搭載した「疑似魔法演算領域回路」を解禁する。本来魔法演算自体を使用者の演算領域で処理して魔法を放つことになるわけだが、その演算補助をCADで補おうというもの。セキュリティ上は使用者本人の想子を流し込まないと動かないようになっており、サーヴァントが勝手に使用することはない。

 作業自体は感応石と魔法結晶を入れ替え、演算回路のロックを外して仮起動状態でプログラムの挙動に問題ないか確認をするだけのもの。悠元が宣言した通り、1時間足らずで作業を終えたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 調整を終え、達也やレオ、幹比古と別荘の浴場で汗を流してから食堂に足を運ぶと、女性陣が協力して夕食の準備をしていた。これには幹比古が不思議そうな表情をしていた。

 

「あれ、早かったかな?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「黒沢さんが見当たらないが、九亜ちゃん絡みか?」

「流石、悠元だね」

 

 他愛のない会話をしていると、ちゃんとした衣服にそでを通し、身なりも綺麗に整えられた九亜が入ってきた。目を覆っていた前髪も綺麗に切り揃えられ、今まで感じたことのない視界のせいか少し恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

 身なりに手を加えるだけで綺麗に整えられるのはまるで魔法みたいなものだが。

 

「そういえば、さっき七草先輩からメールが届いた。明日の昼にこちらを訪れて、九亜ちゃんを東京に連れていくことになった」

「それはいいんだけれど、大丈夫?」

 

 セリアが懸念したのは、恐らく国防海軍の要請を受けた国防空軍が周辺空域に網を張る可能性だろう。だが、その辺りに関しても問題はないと悠元は述べる。

 

「あれでも七草先輩は世界屈指の精密射撃能力者だ。十師族の直系が二人も乗っている飛行機を撃墜なんかしたら、七草家の現当主は嬉々として国防軍への圧力を強めるだろう」

「その言い方だと、先輩の父親は先輩のことを冷たく見ているようにしか聞こえないけど」

「親としての情がない訳ではないと思うが、理があれば情を切り捨てることも躊躇わないと思う。まあ、俺はあの人の身内じゃないから全部推測になるが」

 

 それに、この辺の対策は既に元実家である三矢家と独立魔装大隊と相談している。風間は陸軍所属の軍人魔法師だが、沖縄の空挺魔法師部隊の教導を任されるほどに空軍との繋がりを持っている。最悪の場合は剛三が嬉々として「六爪」を振るうだろう……死屍累々となっても、それは自業自得だが。

 

「ほのかと美月は先輩たちと同席して先に帰った方がいい。まあ、他の面子は残ってくれると助かるが」

 

 達也と深雪、レオとエリカ、セリアは言わずもがな、雫は北山家所有のクルーザーやVTOL機を使うので、その監督責任者として。佐那については東道家のことも込みで残ってもらう。

 

「あたしが大人しく帰るタマだと思う?」

「思わんな……この場でしか言わないが、スターズの連中が南盾島の研究施設を襲撃する予定らしい。やっていいことと悪いことの区別位つけろと言ってやりたいわ」

 

 先日、南盾島の沖合で大亜連合所属の潜水艦が撃沈するという“トラブル”があった。その魔法発動痕跡を探ったところ、『分子ディバイダ―』による斬撃だと判明。間違いなくスターズの仕業である。

 世界の脅威となりかねない戦略級魔法を排除する姿勢だけは買ってやりたいが、国内ならばともかく国外の―――しかも同盟国の軍事拠点を襲撃することにUSNA軍の参謀本部は何の感傷も抱いていない。

 原作だとUSNA軍が廃棄した軍事衛星「セブンスプレイグ」が地球に落下する羽目となった。魔法実験の対象に選んだ側もそうだが、干渉しようとした側にも“痛み分け”の恰好となった形だ。

 

「悠元が言うと冗談で済む話じゃなさそうだな。そうなると……リーナも出てくるのか?」

「可能性は高いだろうな。その場合はセリアが対応するらしいが」

「心配しないで達也お兄ちゃん。いくら身内でも今の私はこの国の魔法師だから、躊躇ったりはしないよ」

「……信用はするが、お兄ちゃん呼びは止めてくれ」

 

 深雪が悠元と婚約関係にある以上、同じ立場となるセリアからすれば達也が義理の兄になる。それは理解するが、同い年の少女に兄呼ばわりは流石に止めてほしいと思いながら呟いた達也の言葉に、周囲からは苦笑も含んだような笑みが漏れたのだった。

 


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