魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

186 / 551
まるで人間砲弾がごとく

 おいしい夕食に舌鼓を打った悠元たち。黒沢女史は異国人であるセリアの口に合うか少し心配だったようだが、セリアの中身は日本人なので味覚は問題ないだろう。祖父である九島健の家に遊びに行っては和食をせがむあたり、ステイツの食生活は“濃い”のかもしれないが。

 夕食後、悠元は一人桟橋の端に座り、海の向こうを見るように座っていた。すると、桟橋の木が軋む音で来訪者の存在を感じて視線を向けると、そこにいたのはセリアだった。

 

「お兄ちゃん。まだ3月なんだし、あまり長居してると風邪ひいちゃうよ?」

「ちょっと風に当たりたくなっただけだ」

 

 セリアは悠元の隣に座り、のんびり夜空を見ていた。こうやって二人で夜を過ごすだなんて、少なくとも前世では考えられなかったことだ。そこでふと悠元はセリアに尋ねた。

 

「そういえば、セリアが転生してから聞いてみたくはあったが……他にそういう存在を見たことはあるか?」

「ううん、今のところは。これで原作の登場人物に転生していたら分からないけど」

 

 セリアが自我を意識したのは物心ついた頃(4歳頃らしい)で、隣に幼いリーナの存在がいたことで自分の運命を悟ってしまった。

 それもそうだ。リーナがこのままいけばUSNA軍にスカウトされてスターズ―――“シリウス”の名を継ぐのは間違いなく、あの“お兄様”と戦うことになる。原作通りなら殺されはしないだろうが、下手な真似をして消されるのは何としても回避したい思いでいっぱいだったらしい。

 

「母方の祖父が九島将軍、父方の祖父が大統領、父親が政府高官ね……リーナの正義感が形成された要因がよくわかるな」

「あはは……そういえば、お兄ちゃんの父方のお祖父ちゃんってどんな人なの?」

「俺もよく知らないんだよな。今は沖縄で余生を送ってるらしいが」

 

 姿を見たことがないのでてっきり亡くなっているのかと思ったのだが、沖縄侵攻の後で三矢家に送られた手紙でその生存を知ることとなった。彼の名前は三矢(みつや)舞元(まいと)といい、第三研における()()の魔法師―――三矢家初代当主である。

 

「沖縄にはどこかのタイミングで訪れることになるから、その時にでも会ってみるつもりだ」

「……うちらもそうだけれど、普通の身内っていないね」

「魔法師の家系にそれを求めるのは酷だろう」

 

 初代当主である舞元は世界群発戦争によって最愛の妻を亡くした。だからこそ、元と詩歩の結婚には大いに喜びつつも、戦による被害を少なくするための方策として兵器ブローカーの道へと進むことで世界の軍事関連の情報をいち早くキャッチし、ひいては三矢の家を守るための力としていった。それが十山家によって要らぬ圧力を生んだことは彼にとって後悔の念を生んでいたが、そのお詫びを兼ねる意味で元に家督と己が築いた兵器ブローカーの情報網を全て渡すと、妻の生まれ故郷である沖縄にこじんまりとした一軒家を建ててのんびり余生を過ごしている。

 ただ、連絡をした元曰く「画面に映っていた姿もそうだが、雰囲気が引退した時よりも若返っている気がする」とのこと。年齢は90歳と高齢のようだが、見た感じ剛三よりも若く見えた……嘘を言っているとは到底思えないだろう。

 

「どっかの人斬り主人公の師匠みたいなノリは九重先生と爺さんで散々学んだからな。今更増えたところで驚きもしないが……セリア。USNAの連中の潜水艦は最悪航行不能に止めてくれ」

「……USNAにいくら吹っ掛けるの?」

「人質はあくまでもついでだ。一番吹っ掛ける対象がデカい代物は“空の上”にあるからな」

 

 いくら安定軌道にあったとしても、時が経てば地球に落ちてくることは避けられない。大抵の人工衛星ならば放置しても問題ないようになっているが、それにも例外というのが存在する。その問題を放置した相手にどうこう言われる筋合いはない。スターズの介入に関しては、先のパラサイトや戦略級魔法の一件を手打ちにしといての有様に溜息しか出てこない。

 

「セリア。ステイツの参謀本部は魔法先進国と世界最強のプライドがないと生きられない特殊な生き物しかいないのか?」

「それね……私の採用の時もそんなことを散々しつこく質問されたよ。『リーナに手を出したら数ヶ月病院送りになるようにする』って言ったら黙ったけど」

 

 軍事兵器の解体相場は不明だが、原子力発電所の解体費用が数千億円クラスにも及ぶので、60トンの劣化ウラン弾が搭載された30発の大規模対地ミサイル「ヘイル・オブ・ファイア」を抱えるセブンス・プレイグの解体費用は少なくとも数兆クラスになるだろう。

 

「セリアには言っておくが、連中の考え方ならセブンス・プレイグが敗れた時の対抗策を何も講じていないとは思えなかった。だから念入りに調べたんだが……セブンス・プレイグが万が一機能しなかったときのバックアップシステムとして戦略軍事衛星が存在する。その名前は『アルカトラズ』」

「判明した時に分解しなかったの?」

「その衛星がある場所が問題なんだ。何せ、月の衛星軌道上にあるだけでなく、何かあれば120トンにも及ぶ戦略級核ミサイルを発射するようプログラムされている……それもUSNA以外の世界主要都市に」

 

 しかも、アルカトラズを先に分解しようとすればセブンス・プレイグの「ヘイル・オブ・ファイア」のみならず、地上にある核ミサイルが起動して勝手に発射される。逆もまた然り。このような物騒なシステムが平気で認められて搭載されたのか……世界群発戦争で世界の覇権を確実にしたいという思惑がこのような悪魔のシステムを生み出したのだろう。USNAがセブンス・プレイグを解体せずに廃棄した理由は恐らくアルカトラズが大きく影響していると思われる。

 

「セブンス・プレイグが何らかの要因で衛星軌道から外れた場合、セブンス・プレイグのシステムが強制的に核ミサイルとのリンクを外す。セブンス・プレイグの代わりを担う形でアルカトラズが月から離れ、衛星軌道に到達するまで核ミサイルとの連動装置が一時的に解除される。狙うとしたらそこしかない」

「あのさ……これ、数十兆円規模で要求しても罰は当たらないと思うよ?」

「ま、その辺は母上にお任せするよ」

 

 連動システムが外れるのは、セブンス・プレイグやアルカトラズが落下の際に誤作動を起こして核ミサイルが勝手に発射されるようなことになれば、間違いなく国際魔法協会の“懲罰”を免れない……そのための保険である。

 USNAが放置した問題を片付ける……一生贅沢して遊んで暮らせるだけの金額を要求しても罰は当たらない、というセリアの言葉に対して悠元は苦笑を禁じえなかったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ―――西暦2096年3月20日。

 

 国防陸軍・霞ヶ浦基地。第101(イチマルイチ)旅団・独立魔装大隊の駐屯地であり、達也がここを訪れたのは九亜の仲間を救うための装備を真田から受領するためだった。

 

「コバート・ムーバル・スーツの準備、感謝しています真田大尉」

「いえいえ……事情は少し聞いています。実戦データを取る意味でもこの程度は痛手になりませんから」

 

 コバート・ムーバル・スーツは新型ムーバル・スーツの試作として造られたタイプの一つで、最大の特徴はスーツを覆うフード付きのマントで、魔法で使用者を包み込んで流線形の形状へと変化する。高高度からの高速落下による作戦領域への電撃戦を想定したものだが、その反面通常視界の領域が狭まるために達也のような視覚領域を見られる人間でないとまともに扱えない代物だ。

 そのために一時開発が凍結されたのだが、悠元がどうせならと達也専用の戦闘用スーツとしてかなりのチューンを施した。横浜事変での達也の戦闘データも加わって、達也以外にはまともに扱えない代物となった。

 

「そのスーツは上条特尉が念入りにチューンしていましたので、大黒特尉なら問題なく扱えるでしょう。魔法協会への連絡は既に?」

「そちらは上泉家と神楽坂家から連絡がいっているでしょう。どう行動するかは……彼ら次第と言ったところですが」

 

 悠元経由で上泉家と神楽坂家が動いている以上、師族会議が動かないという選択肢はない。“規則を無視した魔法師の人道的保護”を謳っている以上、何らかの関与をしてくることは間違いないが……いや、自分が動いている以上は間接的に四葉家が動いていることになるし、悠元の存在は三矢家も動いているという形になる。九亜が真由美を頼るよう言われたことからして七草家も遅れまいとして動くことだろう。

 そうなると、師族会議の代表として誰かが小笠原諸島に派遣されるだろうが……それなりに実績があるのは克人になるだろう。

 

「国防軍の規則では、非常時を除き18歳未満の軍役を禁じている……その規則を海軍が堂々と破っているわけですから」

「自分は16歳なのですが」

「それはそれ、これはこれということです。そうだ、特尉。これを持っていきなさい」

 

 真田が差し出したのは2つのカートリッジ型ストレージ。それらに入っている魔法は達也が組み立てた魔法である『大深度雲散霧消(ディープ・ミスト・ディスパージョン)』と『ベータ・トライデント』の起動式が入ったストレージであった。

 

「これは……『ディープ』と『ベータ』のストレージですか。しかし、『ディープ』はともかく『ベータ』は戦闘に耐えられるようなものではありませんが……」

 

 そう達也が呟いた理由は単純で、『ベータ・トライデント』は起動式読込から演算・展開にまで当初は10秒、悠元との訓練を通して5秒にまで短縮したが、魔法演算領域にかなりの負荷が掛かるため、使用後は10秒ほどのクールタイムを置かねばならず、とても実戦向きの魔法とは言える代物ではなかった。

 だが、その解決はしたとでも言わんばかりに真田は笑みを零した。

 

「実は、こちらのストレージは同一のものですが『ベータ・トライデント』ではありません。上条特尉が独自に組み立てていた『ホーリー・トライデント』という魔法が入っているのですが……原理を聞いても自分にはサッパリでした」

 

 『ベータ・トライデント』は原子分解式(物質を原子に分解)・ハドロン分解式(原子核を陽子と中性子に分解)・ベータ崩壊式(中性子から電子と反電子ニュートリノを分離)の三段階分解によって大部分がプラズマ分解され、放射性同位体は安定的な元素に組み変わって毒性が除去される。だが、段階が独立した構築式のために特化型ストレージを丸ごと占有するレベルになってしまい、読込と構築に時間がかかる。

 悠元は3つの起動式に対して“4つ目の起動式”―――3つの起動式に共通している分解の起動式自体を統一化して基礎分解式を構築し、3つの分解式をスリム化することで読込のタイムラグを大幅削減することに成功。以前魔法幾何学で独自に研究していた系統の異なる魔法連結システムを応用して、3つの段階的分解を連動させることで本来使用者がやらなければならない魔法式への演算処理を自動化することに成功した。名称は『ホーリー・トライデント』……その魔法の副次効果として、上空に大規模なオーロラが発生することからその名を付けた、と真田が述べた。

 

「こちらのデータも取っていただければ。コバートの“貸出料”とでも思ってください」

「彼には頭が上がらなくなりそうですが……分かりました」

「では、特尉。ご武運を祈ります」

 

 敬礼を交わす真田と達也。ご武運という言葉を使ったが、真田の目の前にいる達也(かれ)は道理すらも平気で蹴り飛ばす実力の持ち主。その彼ですら「頭が上がらなくなる」と言わしめた悠元という存在は……世界において“敵に回してはいけない”のだろう、と達也と真田は同じ考えに至り、お互いに笑みを零してしまったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その噂された側の悠元だが、非常に苛立っていた。

 変な噂を流されても最終的に自分への害がなければ怒ることのない彼がだ。セリアは前世での彼の“怒り”を思い出し、目の前に映る拘束された国防海軍の兵士を哀れむような目で見ていた。しかも、悠元の後ろでは深雪が冷ややかな目で彼らを見ていた。彼女が一息吐いただけで周囲を凍り付かせそうな雰囲気に、戦闘に参加したレオやエリカ、それと幹比古は苦笑を滲ませていた。

 

「貴様ら、このような真似をしてタダで済むと―――」

「それはこっちの台詞ですよ、飯田(いいだ)中尉。身に覚えのない容疑で私有地に侵入しようなどと……海軍の規律は相当腐っているようだ」

 

 達也が国防陸軍の飛行艇で霞ヶ浦基地へ向かった約30分後―――到着予定のない飛行艇と上陸艇が桟橋に到着し、数人の兵士が銃を向けていた。彼らは“海軍の病院から脱走した患者の引き渡し”を求めたが、九亜は研究所から脱走した身であり、彼らの求めている人間ではない。なのでそのような人物などいないと言い切ったところで戦闘に突入した。

 

「なっ!? 何だあのシールドは!?」

「バカな!? あのような防御魔法など……『ファランクス』に匹敵するぞ!?」

(ねえ、レオ……あいつらバカよね)

(そう言ってやるな……ま、この状況なら悠元に感謝しかねえけどよ)

 

 流石に十文字家の固有魔法である『ファランクス』ほどではない……エリカは小声でレオに呟きつつ、彼の言葉を聞き終えたところで懐から「疾風丸」を抜き出し、想子を流し込んで刀身部分を展開する。レオもリストバンドに想子を流し込むと、「ジークフリート」が展開して彼の左手に籠手型―――外見は彼の祖父から譲り受けたCADだが、中身は全くの別物―――の形状へと変化した。

 エリカがシールドを解いて一歩を踏み込むと、瞬時に兵士への眼前へ到達して「疾風丸」を横薙ぎに振るって兵士を一人海に叩き落とす。それを見た他の兵士がエリカに視線を向けるその隙をレオは逃さなかった。

 

「余所見していいのかよ! 『ドラグーン・ブレス』!!」

 

 レオが放ったのは、特定領域下の空気を収束・固定化することで空気そのものを打撃として使う魔法『ドラグーン・ブレス』。一科生になることが決まっている彼の演算能力は特に自身が得意とする収束系の硬化魔法において顕著で、下手すれば200msすら切ることも可能になった。加えて、悠元の提供した完全思考操作型CADによって広範囲の空気を固定化することが出来るようになったため、下手に剣を振るえない状況下でも使える“必殺技”へとなった。予め最大範囲を設定しておけば、後はレオの得意とする収束系の魔法制御が生きるし、基本的にレオの身体の動きを介する形で発動するため、遠隔操作も必要ない。

 そのレオの攻撃で次々と吹き飛んでいく兵士を見れば、エリカもますます張り切る形となり……その二人を後方支援するつもりだった幹比古曰く「あの二人が楽しそうだったから、万が一の時の保険は掛けてたけど……」とか言いつつ『竜神』の喚起準備をしていた辺りは彼も容赦なくなってきている証拠だ。

 

 桟橋に上陸したのとは別方向にも兵士が降り立ったが、彼らは銃を向けるまでもなく意識を瞬時に手放した。

 その倒れた彼らの先にいたのは、一対の鉄扇を持つ佐那であった。

 

「この程度ですか。幹比古なら、私の術ぐらい簡単に看破いたしますのに……とても、悲しいことです」

 

 彼女の持つ鉄扇には東道家に伝わる古来の術式が刻まれており、そこに想子を流し込むことで魔法を発動させる。だが、その鉄扇は魔法制御自体を考慮しておらず、使用者がその辺りを完全に補わなければならないピーキーな仕様なのだが……佐那の資質は東道家において極まっていた。そうなった要因は紛れもなく悠元の存在だろう。

 

「佐那、大丈夫ですか?」

「深雪。ええ、問題ないです……全く、旦那様のお手を煩わせるなどとは不快です」

「……佐那は大変そうね」

「それを深雪が言いますか……」

 

 本来ならば、東道家と四葉家―――スポンサーと十師族の関係だが、深雪が神楽坂家の当主夫人になることで同等の立場に置かれる。政略結婚かと思えば、その実は恋愛結婚になりつつあるが。実を言うと、佐那も幹比古に“捧げた”形―――別荘で美月を焚き付け、二人掛かりで幹比古を襲った形ではあるが―――なので、深雪の気持ちはよく理解している。

 

「そういえば、深雪は悠元のことを“さん”付けしてるみたいだけれど……別に呼び捨てにしても怒らないとは思いますよ」

「呼び方を変えると、今まで以上に悠元さんへの依存が高まりそうで……」

(一緒に寝たり、それ以上もしている関係の上って……ダメね、想像できない)

 

 悠元と深雪の間に何があったのかは知っているし、佐那が転校する前のことは青波から聞き及んでいる。

 その青波曰く「彼に一人の妻と言うのは妻を壊しかねない。まるで“龍”でも内に飼い込んでいるような気がしてな……千姫はよく英断したものだ」と褒めるように言い放っていた。あの父親が褒めるということ自体天変地異の前触れではないか、と思っていたが……悠元に直接出会った際、父親の言い分は正しかったと納得した。

 彼は婚約者が六人となったことに溜息を吐いていたが、彼の婚約者となった女性は同性の目から見ても“綺麗”になっていた。見た目の変化自体は急激ではなかったが、数ヶ月後には雫の胸の大きさがエリカを超えたことに気付き、当のエリカ本人はひどく落ち込んでいた。その余波がレオに向いてしまったのは言うまでもないが。

 

「悠元。終わりましたか?」

「ああ……ともかく、縛り上げておいてくれ」

 

 そして、拘束された兵士は一か所に集められ、彼らの乗ってきた飛行艇と上陸艇は悠元の術式で完全にステルス化している。達也が帰ってきたときのことも考えて、それらは別荘の裏に繋いでおいた。

 

「お前らの行動は神楽坂家だけじゃなく、東道家や千葉家、ひいては三矢家と上泉家に喧嘩を売った形だ。国防海軍は魔法使いをどう言った目で見ているのか……よく分かったよ。噂で聞いた南盾島にいる魔法師の扱いも嘘ではなさそうだ」

 

 悠元は手に持った「オーディン」を部隊の最高責任者である飯田の額に向けた。

 その飯田の表情は悠元から発せられる殺意によって盛大な冷や汗が流れていた。少し脅せば目的の少女は簡単に手に入るだろう……そんな目論見など、この場にいる面子の情報を少しでも精査していれば止めるべきだと判断したのだろうが、もう過ぎてしまったことに関して「遅い」と酷評するほかないだろう。

 後半部分の言葉については九亜の状態を見た上での感想みたいなものだが、彼らに教えてやる義理などない。

 

「アンタらは眠っててもらう。なに、起きた頃には全て終わってるだろうから……な」

 

 悠元が「オーディン」の引き金を引いた瞬間、飯田の意識は遥か彼方に吹き飛ばされた。そこには完全に気絶した部隊の兵士がおり、悠元はもう一つの魔法を発動させると兵士から光が発せられ―――ほんの一瞬の(またた)きの後に消えたのだった。だが、それは達也のような『分解』ではないと深雪は察しつつ悠元に尋ねた。

 

「悠元さん、今のは……お兄様のようなことをしたのではないと思いますが」

「そうだな……簡単に言えば、彼らを飛ばしてやっただけだ」

 

 悠元が使ったのは亜夜子が得意とする『疑似瞬間移動』を応用し、かつて木彫り熊を富士演習場まで飛ばした質量体超長距離移動魔法『無敵砲弾(インビンシブル・カノン)』。これは対象物自体を一切傷つけることなく長距離移動を可能とした魔法だが、問題はこれが叩き出す速度にあった。なんと時速2500キロメートル―――マッハ2にまで加速してしまうのだ。対象物の周囲に魔力障壁の膜を張るので速度による空気抵抗の被害はゼロなのだが、これを起きている状態の人間にやったら少なくともトラウマレベルの恐怖を刻み付けることになる。

 『鏡の扉(ミラーゲート)』を使う方法もあったのだが、これを人前でやるわけにはいかないので今回は彼らへの罰も兼ねて使った。それと同時に別荘の裏にある上陸艇一隻は『ミラーゲート』で飛ばしたが、飛行艇ともう一隻の上陸艇はわざと残しておいた。ついでに飛行艇の認識コードも書き換えたため、外見は国防海軍の飛行艇でもデータ上は神楽坂家所有の国防軍カラーの飛行艇になってしまったというわけだ。

 

「空の足も手に入れたし、一石二鳥だな……何故黙る」

「やっぱ、アンタって世界の黒幕ね」

「よし分かった。春といえばあれだな、紅白饅頭」

 

 エリカの不用意な一言で、女性陣が悲しみに暮れることになる悪夢が展開されるのは……そう遠くない未来になった瞬間である。

 




悠元の祖父はオリジナル設定です。彼の本格的な出番はあります。まあ、彼のいる場所からして察することが出来るかもしれませんが。
セブンス・プレイグ絡みも設定追加しています。大概の場合、切り札に保険を掛けるのがお約束みたいなものですしおすし。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。