魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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わたつみ救出作戦決行

 海軍の部隊による襲撃は直ぐに千姫と元継に伝えた。すると、元継の後ろのほうから『孫を殺そうとしたとは……お仕置きじゃのうっ!?』という剛三の怒りの後に悲鳴のような呻きが聞こえた。

 元継が言うには、暴走しようとした剛三を千里が木刀で鎮圧したらしい。最悪海軍基地のいくつかが地図上から消えていたかもしれない……いくら頑丈とはいえ、良い子は決して真似してほしくないことだ。絶対に。

 

 部隊の連中は揃って霞ヶ浦基地に飛ばしてやった。今頃は独立魔装大隊による手厚い歓迎を受けている頃だろう。連中を拘束した手柄は風間に負わせる形とした……当の本人は深い溜息を吐いていたが。

 海軍の兵士を陸軍が拘束したとなれば問題が起きそうだが、「陸軍の基地に不法侵入した輩が実は国防海軍だったとは知らなかった」と陸と海の仲の悪さを突けばいくらでも誤魔化し様はある。

 なお、認識コードを弄った海軍の飛行艇については「神楽坂家所有になるなら問題はない」と判断してそれ以上の追及は飛んでこなかった。後日、詫びも兼ねて手土産ぐらいは持っていこうと思う。

 

 達也が別荘に戻ってくる少し前、真由美と摩利、そして燈也と亜実がやってきた。痕跡は綺麗に消していたが、何かしらあったというのは雰囲気で感じ取っていた。

 

「久しぶりですね、七草先輩。そちらも巻き込まれたようで」

「ええ。あのタヌキオヤジは嬉々として動きそうだけれど……はじめまして、九亜ちゃん。七草真由美といいます」

 

 真由美は自己紹介しつつ、先日助けに行けなかったことを詫びた。だが、九亜は首を横に振って彼女が気に病む必要はない、という意思を示した。少し話したところで達也が姿を見せ、真由美たちに軽くお辞儀をして会話を途切れさせない様に務めた。

 

「兄の恩師の盛永先生が海軍の魔法実験に参加されていてね。九亜ちゃん達の扱いの酷さに助けを求めてきたの……悠君、光井さんと柴田さんを同乗させればいいのね?」

「ええ、お願いします。もし変な連中が絡んできたら遠慮なく“上泉家の依頼で秘密裏に要人を羽田まで送り届けている”と説明してください。それ以上は……先輩に任せます」

 

 荒事に対応できるかつ事後処理が比較的簡単に済むとなれば、九亜を乗せた飛行機への妨害は真由美が対処すべき問題となるであろう。摩利と燈也、亜実もその意図を理解したようで、特に尋ねることはしなかった。

 最悪軍人を殺すことにもなるかもしれないが、その責任問題については上泉家で負うことも既に決着しているため、七草家にとっては“借り”になるかもしれないだろう。真由美自身、昨年のこともあって悠元のお願いには断る勇気もなかった。

 

「そんなことをするってことは……まあ、わかったわ。でも、あまり無茶はしないで頂戴ね」

「それは向こうの出方次第です」

 

 真由美らとほのかや美月を乗せた飛行機が飛び立ったのを確認すると、桟橋にはクルーザーが準備されていた。流石に飛行艇や上陸艇を使うというのは拙いと思ったからだ。

 

「しっかし、とんだ春休みになっちまったな」

「全くよね」

「頼むから、暴走はしないでくれよ」

 

 クルーザーについては操縦経験のある悠元(沖縄での出来事を達也が少し話したため、なし崩し的に決まった)が操縦桿を握ることになり、予め神将会で使っている戦闘服に着替えた上で操縦席に座っていた。

 

「済まないな、悠元」

「別に構わないさ。とりあえず―――端末を出してくれ」

 

 悠元の持つ端末から達也の端末に南方諸島工廠のデータが表示された。そこには盛永がいると思しきデータと大型CADの置かれた実験室へ至るまでの詳細なデータが表示されている。これだけのことを朝飯前にやってのける彼を敵に回した側は「愚か」なのだろう、と達也は内心で呟いた。

 

「あと、レオとエリカ用にちょっと改造した憲兵の制服を積み込んでおいた。想子を流せば本人たちの認識を逸らしてしまう単純なものだが」

「あっさりとやってのけるのはどうかと思うが……予定通り、俺は九亜の言っていた盛永さんを救出する」

「俺のほうは監視カメラを予め無力化してから合流する。ま、その辺のことは葉山さんから聞いているんだろう?」

 

 どうせ研究施設を消滅させる以上は“一時凌ぎ”のようなものだが、相手から侵入者の情報を奪ってしまえばどうということはない。ここでふと、達也は操縦席に置かれた悠元の私物であろう折りたたみ型端末に視線が向いた。

 そこには国防軍はおろか世界各地の軍艦や潜水艦の現在位置などが表示されていた。

 

「悠元……それは」

「ああ―――俺の固有魔法『万華鏡(カレイドスコープ)』の一端である知覚魔法『八咫鏡(ヤタノカガミ)』を内蔵した個人端末だ。これで世界各地にある軍の動きを観察している。このシステムを知っているのは俺とお前だけだよ……流石に風間少佐にも言えないことだが」

 

 普通なら掴むことのできない世界中の軍事的な行動を完全に掌握する魔法―――その存在が世界に出るだけでも、この魔法を巡って争いになりかねないことは達也も瞬時に理解した。

 

「黙っておくことにするさ。お前の非凡さは今に始まった事ではないが」

「それを達也(おまえ)が言うか? まあ、いいけど」

 

 そんな話題を出した後、本題―――スターズが南盾島の南方諸島工廠を襲撃するのは間違いなく、昨日の夕方に潜水艦「ニューメキシコ」へ戦闘機が着陸した事実を達也に明かした。その戦闘機の継続飛行距離を鑑みるに、一番近いのはグアムからだろう。

 

「グアムからか……だが、オーストラリア方面から追加戦力を派遣したとは思えないな」

「連中が研究所の魔法が戦略級魔法だということは間違いなくキャッチしているだろう。だが、アメリカにおいて表向きに動かせる戦略級魔法師は一人しかいない」

「リーナか」

 

 南盾島の民間人は深夜遅くにならないと退去しない。だが、スターズの連中の形振り構わぬやり方は先日の事件で経験済みだ。

 すると、二人の元にレオとエリカがやってきた。

 

「どうした、二人とも?」

「ねえ、悠元……あたしらのデバイスに一体何を組み込んだの?」

「成程、無事に契約は結べたみたいだな」

「まあな。正直、困惑しちまってる部分は多いが」

 

 何のことかと首を傾げる達也であったが、悠元の言葉を聞いたレオが苦笑交じりに呟いた。

 レオが契約を結んだ相手はCADと同じ名を持つ男性で『ジークフリート』、エリカの場合は『モードレット』という名の女性と契約を結んだとのこと。

 

「達也に分かるように説明すると、ひょんなことで変質化したパラサイトを従属させることになってな。それと同じ原理が出来ないか試したら成功した代物を組み込んだ。本質そのものはパラサイトと呼べなくなってしまったから、定義的に守護霊(サーヴァント)と呼んでいる。俺の場合は『アリス』と呼称しているが」

「成程、害が無くなった上に戦力として組み込むことにしたわけか」

「あまり表には出せないけどな。ま、達也もその対象に含まれているから……今回の一件が無事終わったらになるが」

 

 サーヴァントとの同調(シンクロ)はまだ試していないが、それだけでも膨大な恩恵を受けることは想像に難くない。とはいえ、緻密な想子制御が求められてしまうので、相応の実力がなければ単なる足かせにしかならないが。先日敵対した存在を使役するという感覚は流石に現代魔法では考えにくい代物なので、達也の溜息を吐きたそうな表情には苦笑を禁じえなかった。

 

 無事に南盾島へ到着し、エリカとレオに憲兵の制服に仕込んだ魔法についての説明をしていると、コバート・ムーバル・スーツに着替えた達也の姿にレオとエリカは目を見開く。正直何で悪役のような仮面なのかと思うが、諸外国からは「デーモン・ライト」などと呼ばれて恐れられるだけに、それをうまく取り込もうという思惑なのだろう。

 

「達也君、それは何?」

「ちょっとした秘密兵器だ」

 

 レオとエリカの端末に南方諸島工廠の場所を送信し、最終確認を終えて達也が飛行デバイスで先に飛び立つ。そして、悠元は二人の肩を掴んだ。

 

「じゃあ、二人とも―――心を強く持ってくれ」

「え、一体」

 

 エリカが言い終える前に悠元は『疑似瞬間移動』で二人を研究所の敷地内に飛ばし、悠元は魔法の到着地点へ『鏡の扉(ミラーゲート)』で転移した。二人を先行して飛ばしたのは目晦ましという思惑もあったが、実験中なのか敷地の外には人影が確認できなかった。

 

「ちょっと、悠元! こうするなら初めから言ってよね!」

「相手が軍である以上、正攻法なんて無理な話だ。エリカから分かってるだろう?」

「う……まあいいわ」

 

 納得がいかなそうな表情だが、今は九亜の仲間を助けるのが先決。達也は建物の屋上を飛んでいくように盛永のいる場所へと向かった。悠元は魔法を唱えると、展開した魔法式が地面に吸い込まれて消えていったように見えた。

 

「これでしばらくは時間が稼げる……この膨大な想子は……」

 

 明らかに尋常ではない想子の流れを南東方向から感じ取った。そして次の瞬間、青白いプラズマと水蒸気による雲が島の南東側―――海軍基地の防衛陣地から発せられたものだとすぐに気付いた。この規模だと間違いなく戦略級魔法クラス……その魔法を放てる人間となれば、すぐに心当たりが浮かぶ。

 

「……いくら目的が目的とは言え、同盟国の基地に『ヘビィ・メタル・バースト』を使うとか、USNA(ステイツ)の軍人どもは馬鹿しかいないのか?」

「……今の想子の感じ、間違いなくリーナよね。スターズも来ているって……まさか、目的は九亜の仲間を?」

「だとしたら、ここで悠長に構えてられねえな。悠元、頼むぜ」

「ああ」

 

 悠元は持っていた仮面を身に着けると、二人を先導する形で敷地内を駆けていく。いくらかつて留学生としての誼があるとはいえ、今の立場は神将会の第一席にして護人の依頼を受けた身。九亜らの仲間がいると思われる場所の途中には兵士がいるが、悠元は『オゾンバレット』で兵士らを瞬く間に打ち倒していく。エリカは何か言いたげであったが、帰り道に襲われない保証などないことは彼女とて理解しているため、グッと逸る気持ちを抑えた。

 達也よりも先に実験棟へと侵入した悠元らが見た光景は、エラー音が鳴り響く司令室の光景であった。

 まるで責任の押し付け合いと化した連中を放っておき、空いていたコンソールを操作して現在の状況を確認していく。

 

(セブンス・プレイグが24時間以内に落下……落下予測地点は小笠原諸島……というか、この起動式自体“欠陥品”じゃないか! 単純にベクトル調整だけして軌道離脱なんて不可能だろうが!)

 

 この魔法―――『ミーティアライト・フォール』には致命的な問題が存在した。というか現代魔法そのものにも言えるのだが、現代魔法は魔法式を基準点とした物理法則改変を行うという根本的理論―――魔法式の発動基点と作用点が離れれば離れるほど、必要となる演算規模と想子量が跳ね上がる仕組み―――となっている。

 地球の衛星軌道で安定状態となるためには、地球への重力と引力のバランス、そして地球の自転スピードと同調しなければならないという最低でも3つの要素が関わっている。だが、『ミーティアライト・フォール』は軌道を変更するという作用しか持たず、しかも引力操作や対象物の速度変化という記述が一切含まれていない。

 

 ここにいる連中はその事実に加えて「わたつみシリーズ」の彼女らの想子回復を怠った。これでは『ミーティアライト・フォール』が失敗しても何ら不思議ではない、と断言できる。

 すると、少し遅れる形で達也が盛永を連れて司令室に入ってきた。盛永は中央のコンソールにいる男性―――兼丸に詰め寄るが、彼は「私は悪くない」と某親善大使のような言葉を吐いた。しまいにはリーナの『ヘビィ・メタル・バースト』に責任転嫁していたのだが、簡単に狂うようでは戦略級魔法として失敗作という他ない。

 

「何か得られたか?」

「セブンス・プレイグが24時間以内に落ちてくるという事実だけ。軌道予測は……電磁波障害が酷いこの状況だと当てに出来ん」

「……分かった」

 

 それを聞いた達也は司令室と実験室を隔てるガラスを『分解』して、そこから実験室に降り立った。レオとエリカ、そして悠元もそれに続いて飛び降りた。実験室に入ってきた兵士は達也お得意の『分解』で瞬く間に制圧。その間に悠元がコンソールでCADのハッチを開かせ、中に収容されていた九亜の仲間が出てくる。達也はその一人―――四亜(しあ)と呼ばれた少女に軽い想子を浴びせると、彼女は目を覚ました。普通なら怖がるだろうが、外の世界を知らない彼女にとっては悪魔であっても恐怖の対象とはならなかったようだ。

 

「あなたは……」

「九亜に頼まれた。君たちを救ってほしいと」

「……出来るの?」

「君らが、それを望むのならな」

 

 それを聞いた四亜は達也に抱き着き、助けてほしいと懇願した。そうやって平気で甘い言葉を吐く辺りは原作主人公(さすがおにいさま)と言うべきなのだろう。達也はその上で悠元やレオ、エリカに向き直った。

 

「三人とも、彼女たちを安全な場所に連れてやってくれ。俺はここの後片付けをしていく」

「分かった。無茶はするなよ」

 

 四亜たちも悠元らが達也の仲間であることを悟り、悠元が先頭を、殿をエリカとレオが務める形で四亜たちを連れだした。

 四亜は達也を残した理由が気になって悠元に尋ねた。

 

「お兄さん。あの人は何をする気なの?」

「簡単に言えば、今後君らのような存在を生まないために必要な“後片付け”だよ」

 

 リーナの『ヘビィ・メタル・バースト』でセブンス・プレイグの落下軌道情報が掴めなかったのは痛手だが、最悪彼女の助力を仰いででもセブンス・プレイグを無害化しなければならない。責任の所在を問われそうな気もするが、そもそもUSNAがきちんと処分していればこんな事態にならずに済んだ話だ。アルカトラズという史上最悪の核兵器システムを解体しなかった時点で彼らの罪は重いだろう。

 そんな扱いの困るものを放置するぐらいなら最初から作るな、と。

 


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