魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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大金という名の端金

 達也がセブンス・プレイグを無力化するために高高度まで上がっている頃、悠元は高度400キロ―――既に宇宙と呼ばれる領域に立っていた。宇宙服もなしに宇宙空間を漂えば死ぬのは分かっていたので、悠元の周囲を白銀のオーラのようなもので包み込まれている。

 ここまで上がってこなければいけない理由はただ一つ。悠元が「天神の眼(オシリス・サイト)」でかなり距離のある対象物―――USNA軍が開発した人類史上最悪の戦略軍事衛星「アルカトラズ」を捉えた。

 そして、悠元は一息吐くと……「ワルキューレ」と「オーディン」の両方を構えた。

 

「……起動式、ロード」

 

 セブンス・プレイグならまだしも、アルカトラズは事実上システムが生きている軍事衛星。単にアルカトラズを分解しただけでは、非常時のシステムが稼働して地球にある核ミサイルが発射されかねない。なので、核ミサイルの発射連動装置を無力化した上で即時にアルカトラズを無力化しなければならない。

 アルカトラズの暗号通信を無効化する第一段階、通信機能そのものを無力化する第二段階、各種兵装の無力化が第三段階、そこまでやって最終段階のアルカトラズを消滅させるプロセスに至る。

 

「情報強化分解式、量子遮断式、電子分解式、組成変換式……構築完了。『月読(ツクヨミ)』……発動準備完了」

 

 そして、悠元は「オシリス・サイト」で魔法をブーストさせ、発動準備が整う。後は……悠元が達也の魔法―――『ホーリー・トライデント』の発動を感じ取った瞬間、「ワルキューレ」と「オーディン」のトリガーを同時に引いた。

 

「『金剛斧槍(ダイアモンド・ハルバード)』、『月影観鸞(げつえいかんらん)』―――発動」

 

 前者の魔法『ダイアモンド・ハルバード』は、対象物の電子部品全てを疑似的に絶縁体とすることで電子回路そのものを巨大な絶縁体と変化させる収束系魔法。後者の魔法は『月読・五行相剋:月影観鸞』―――本来物理法則に伴う状態変化プロセスやエネルギー変化を無視して素粒子単位に分解・無害化する究極の魔法。

 その魔法を放たれたアルカトラズは瞬く間に大量の粒子となり、その一部が悠元に向かって降り注いだ。だが、周囲を纏うオーラのお陰で特に流されることもなく無事にやり過ごせた。

 

「さて……仕事も無事済んだことだし、帰るとしましょうかね」

 

 そう言って、悠元は『鏡の扉(ミラーゲート)』を発動してその場から消えるようにして去っていった……彼がいた場所には、光り輝く星と真っ暗な空間のみが只広がるばかりであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元は高度30キロあたりに転移し、そのまま南盾島に降りてきた。気配を見るに、達也は深雪のフォローで無事地上に帰還できたようだ。ただ、悠元は自分の落下スピードを考慮していなかった。

 というか、高高度から降りるということなど祖父の鍛錬からしたらまだ温いという変な価値観のせいもあったし、『相転移装甲(フェイズシフト)』を修得している以上、落下ダメージはゼロになってしまうという事実がある。

 複数の要因が積み重なった結果、超高速で南盾島に落下することになり、衝撃波が発生したのち土煙が周囲に舞う。

 

「!?」

「な、何かが落ちてきた!?」

 

 それは達也らにも驚愕を与え、思わず身構えてしまうのは決しておかしくはない。だが、達也はその落ちてきた物体の正体にいち早く気付き、声を上げた。

 

「いや、あれは大丈夫だろう」

「お兄様、それは一体―――」

「やれやれ、最後の最後で減速し忘れとか鍛錬が足りなかったな」

 

 土煙が晴れると、そこに立っていたのは悠元であった。先程の落下を何事もなかったかのように達也らのもとへと近づいていく。これには深雪が笑顔を浮かべて、悠元に駆け寄って抱き着いた。

 

「悠元さん、おかえりなさいませ」

「……ただいま、深雪。リーナも世話になったな……気絶してるけど」

「あ、おかえりお兄ちゃん」

「僕は止めたんだけどね……」

 

 簡単に何があったのかというと、セリアがリーナに対して肉体言語(おはなし)したというだけだ。彼女のヘッドロックによってリーナは完全に気絶していた。心なしか白い靄のようなものが見える様な気がしたので、霊子の性質を付与した想子の塊をぶつけて強制的に肉体へと戻した。

 

「ま、何にせよこれで一件落着(ミッション・コンプリート)かな……やるべき後片付けは大人たちに放り投げる気満々だが」

「身も蓋もないが、そうだな。後のことは俺らが出るべきことではないな」

 

 なお、深雪が凍結させて拘束した潜水艦と上陸艇については、そのまま本国に返すこととした。セリアは残念がっていたが、その引き換えというか人質という形でリーナが一時的に神楽坂家の管理下に置かれることとなった。

 数日ほど東京の神楽坂家別邸で過ごした後、民間機で一路アルバカーキへと帰ることとなった。その間に達也とデートをすることになったわけだが、彼のお願いもあって悠元と深雪も付き合わされる形となった。俗に言うダブルデートの恰好だ。

 リーナに引っ張られる達也も満更ではなさそうな様子を浮かべていた辺り、人間としての幸せを僅かずつではあるが理解し始めたのだろう。それを見た深雪が「ほのかが嫉妬しそうですね」と零したことには苦笑を禁じえなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 四亜たちはクルーザーだと限界があるために神楽坂家所有の飛行艇で東京湾上国際空港を経由して横浜の日本魔法協会に送られ、先に到着していた九亜と対面を果たした。

 彼女たちの身柄をどうするかで師族会議―――厳密には七草家が口を出してきたが、今回の救出作戦の音頭を取った神楽坂家で引き取ることが決まり、受け入れ準備が整うまでは北山家で面倒を見ることが決まった。

 

「ほい、達也。受け取ってくれ」

「……何だ、この額の報酬は。シルバー絡みでも見たことがないぞ」

 

 海軍がセブンス・プレイグを対象に選んで行った実験で国防海軍への責任追及も考慮されたが、南方諸島工廠が消滅して南盾島基地が機能不全となり、加えて勝手に魔法実験の封印を解いたことで護人の面子を潰したため、南盾島は神楽坂家が接収することで事態の解決を図った。将来的には自分が管理することになる、と聞いたときは深い溜息を吐いた。

 盛永などまだ善良な部類の研究員は再就職が決まり、兼丸などについては……面倒なので聞くのを止めた。どうせロクな未来になっていないのは確実なので、気に病むことを聞くぐらいなら、聞かない方がマシだ。

 

 そもそも、セブンス・プレイグが安定軌道から離脱して地球に落下したのが“半年早まった”という軌道計算結果からの事実が判明。しかも、USNA側はそれを知りながら全世界に対して警告義務を怠ったのだ。

 この事実を悠元がUSNA大統領に直接問いただすと、政府高官と国防総省(ペンタゴン)、USNA軍参謀本部、航空宇宙局の上層部がそのことを知りえていて隠蔽したことが判明。

 この事実を公表すればUSNAの信用は間違いなく地面に減り込むレベルになるため、大統領はリーナのUSNAへの帰還も含めて穏便に解決するための賠償を支払うと明言したのだ。USNA政府との交渉事に関しては、自分自身の後片付けもあったので千姫に報告した上で全て委任する形としたわけだが。

 

「交渉の結果、長年放置していたセブンス・プレイグも含めた核兵器搭載戦略軍事衛星の“解体費用”でかなりふんだくったからな。事情を聞いた母上も相当お怒りだったし」

「成程……だからと言って、俺個人宛に1兆円はないと思うのだが」

 

 トーラス・シルバーでかなりの収入を得ている達也ですら、1兆円という金額には驚きを禁じ得なかった。だが、全体を通してUSNA政府が神楽坂家に支払った金額は―――総額にして30兆円。悠元にも事件解決の報酬として一割の3兆円が支払われている。

 USNA政府がそれだけ支払った理由は単純明快で、特にアルカトラズの存在を明るみに出されたら世界から非難轟々となるだけでなく、旧EUが息を吹き返したり、新ソ連や大亜連合が勢いづく可能性が極めて高いからだ。

 

「万が一の場合、最悪核戦争が起きていた。それに達也の功績をちゃんと鑑みた上での報酬だ。申し訳ないが、素直に受け取ってもらえるとありがたい」

「そうか……こういうことにはあまり慣れていなくて済まない」

 

 そして、これは政府内部にいる反魔法主義の連中にとっても死活問題であり、核兵器の防衛手段として魔法の有用性がさらに強調されれば、反魔法主義に対する風当たりは一気に向かい風となって襲い来る。なので、金銭的な解決が可能ならば早急に動くべきだ……と政府に働きかけたことも大きく影響している。

 セブンス・プレイグが落下して第四次大戦に発展すれば、支払った30兆円ですらその一部になりかねない。世界群発戦争で負った傷はUSNAでも小さくなく、その損失額と今回の賠償額を比較した場合、どちらが安く済むかなど自明の理。

 ただ、反魔法主義の連中は気付いていないのだろうが、今回の動きも巧妙な罠の一つ。突発的な動きに冷静な対応ができるのはごく一部の聡明な頭脳の持ち主ぐらいだろう。

 

「それはそれとして、リーナのことはよかったのか?」

「そうだな……好意を向けてくれることは分かっているつもりだが、急ぐ必要はないと思ってる」

 

 達也が婚約者募集を始めれば、USNA側が食いついてリーナを送り込むことは容易に想像がつく。悠元の場合は既にセリアがいる以上、彼女らに上手く繋ぎを取って情報を引き出そうと躍起になるかもしれない……それを九島健が許すかどうかだろうが。

 なお、作戦が終わった夜に雫の寝室へ連れ込まれ、深雪と雫、そしてセリアに抱き着かれて眠る羽目となってしまった。何事もなかったと言えば嘘になるが、強いて言うなら「夜間戦闘」が繰り広げられていた。

 魅力ある女性に迫られて、しかも主導権を渡された以上何もしない選択肢があろうか。いや、ない。念のためにと防音の結界を張っていたのは、せめて周囲に迷惑を掛けない様にと限りある理性が働いた結果かもしれない。

 

「悠元を見ていると、いろいろ学ぶところは多いと実感するな」

「いや、それでいいのか? 無論、深雪のことも含めて」

「身内にしっかりとした恋愛を語れる人がいないからな……」

 

 そのあたりは四葉家故の根深い問題にもなってしまうため、達也が恋愛に対して耐性がなくても致し方がないと思う。特定のこと以外に激しい情動が持てないとは言っても、全く反応しないという訳ではないのだから。

 だからと言って、自分自身がとても参考になるとはとても思えない。自分とて恋愛事に手慣れている訳ではない。少なくとも、魔法師としての能力を見るのはそれに相応しい場であることを前提としている。剛三の付き添いの時もその人となりを見るように心掛けている。

 それが却って好意を持たれている要因なのかもしれない、と思うと溜息が思わず漏れた。

 

「何にせよ、それは達也の正当な報酬だ。俺も3兆円という訳の分からない大金を受け取る羽目になったから、そこは諦めてくれ。深雪の誕生日プレゼント代にはなるだろう」

「……限度というものはあると思うがな」

 

 悠元の言葉がお茶目も含んだものというのは達也も察しており、そこまで強くは返さなかった。元々九亜のお願いを聞いて、調整体と戦略級魔法『ミーティアライト・フォール』の存在を無視できなかった。色々思うところはあるが、降って湧いたような報酬を渋々受け取ることになった達也であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ―――3月24日。

 

 悠元はFLTの開発第三課の魔法実験室に出向いていた。

 「トーラス・シルバー」が打ち立てた功績に加えて株主(主に深夜)の意向が加わった結果、第三課専用の魔法実験棟を持つに至った。達也や深雪にとっての一応義母となる小百合は面白くなさそうな表情を浮かべていたが、彼らの本当の母親である深夜の意向に逆らえる人間はいないに等しい。

 シルバー・ブロッサムシリーズの第2世代型も発売まで秒読みとなったこの時期に悠元が態々出向いた……いや、この場合は呼び出された形だが、その理由を牛山が説明した。

 

「実は、御曹司からデバイス設計を頼まれまして。こればかりは若大将の力を借りたくないと言っていたのですが、自分でも難しい部分がありましてね。お恥ずかしながら、相談したいと思いまして」

 

 牛山に見せてもらった設計図には、銃剣というよりは打撃板のようなアタッチメントと言うべきだろう。達也はこれを「トライデント」の先端に取り付けることで魔法の補助具として用いるようだが、現状はまだ煮詰め切れていないと牛山の補足説明を聞きつつ、悠元は一つの結論に至った。

 

(……達也の魔法の性質上、これは『バリオン・ランス』の試作品といったところか)

 

 FAE理論を用いた達也の新たな対人戦闘用魔法。原子核を分解し、中性子のみを取り出して射出する中性子砲。そしてFAE理論に基づいて『再成』で使用した原子核を戻す。これで攻撃した事実しか残らないという完全犯罪級の魔法と化す。

 

「この設計図ですと、アタッチメントに組み込んだ起動式を読み込んだ際のフィードバックが凄まじいことになりますね……(いくら無茶が利くとは言え、もう少し自分を労われよ)」

 

 複数の起動式を一編に読み込んで処理・展開する技術は『円卓の剣(ラウンド・ブレード)』を使っている自分が良く分かっていることだが、別に最大8種類の並列読込程度なら教えるのに問題はないと判断している。

 達也の持つ『フラッシュ・キャスト』の技術でも『バリオン・ランス』を即時展開・発動するのは完全に力技の領域になる。この魔法を作る目的は……恐らく『ファランクス』を破るための達也なりの負けず嫌いなのかもしれない。

 

 自分の場合ならどうするかというと、「ライトニング・オーダー」と別系統連結魔法陣―――「コネクトサークル・キャスト」と自分は名付けているが、この二つの技術と『ミラーゲート』における同一座標固定、『スターライトブレイカー』のFAE理論を用いて相手の座標に直接中性子の塊を炸裂させ、瞬時に無害化する。相手が『ファランクス』を用いたとしても、その内側にまで多重干渉を掛ければ使用者自身に多大な負担が掛かりかねないので、基本的には無防備状態となる。

 これも自分以外の人間がやれるレベルでないことは十分承知の上だ。それに、中性子砲を使うぐらいなら『天界爆裂(アカシック・ノヴァ)』で吹き飛ばした方が一番手っ取り早い。

 

「わかりました。達也の『トライデント』に適合するようなアタッチメントをこちらでも見繕っておきますが、くれぐれも内密にお願いします」

「分かってますぜ、主任」

「だから、主任は貴方でしょうに」

 

 いつものようなやり取りを交わしてから悠元は帰宅の途に就いた。帰りのコミューターで達也からのメールを確認すると、何やら司波家が慌ただしいことになっているとのことで、やむなく寄り道をすることにしたのだった。

 何があったのか、というのは恐らく“彼女”なのだろうと思いながら。

 




 非常識を経験すると、自分のやっていることも非常識になってしまうの巻。『バリオン・ランス』のデバイス設計が早まっているのは間接的に主人公の影響が強いです。

 USNAの賠償金の支払先が神楽坂家となったのは、仮に日本政府へ支払った場合、色々なごたごたが生じるためです。またの名を足の引っ張り合い。
 セブンス・プレイグ絡みの設定はオリジナル設定ですが、あれだけ大規模の質量体を長年放置していたら、何かの拍子で他の質量体と接触し、何かの拍子でミサイル誤射となっていたら……その辺も含めての設定です。
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