防衛大学校の入学式―――現役の候補生によるデモンストレーション戦闘は悠元が魔法科高校の入学式に出れなかったフラストレーションによって大惨事となっていた。
元々防衛大の学長から「弛んでるので絞ってやってほしい」と独立魔装大隊に頼んでいたのだが、それをたった一人の標的役が制圧しきったことに流石の学長も泡を吹いて倒れた。
そんなことは露知らず、悠元は真田や柳と組手を終えて休憩していた。
「やれやれ、流石は『
「まさか、[
「組手で使えても実戦では使えませんよ。下手すれば怪我しますので」
「確かに加減はしたが、怪我を覚悟すれば使える時点で末恐ろしいと思うぞ」
―――『殲滅の奇術師』
沖縄侵攻の際、艦隊をまるで存在しなかったように消し去ったことから付いた『二人目の戦略級魔法師』。あの光景をしっかり見ていた風間と真田、それと柳もそれが悠元であると知っている数少ない人間だ。仰向けになっていた悠元は起き上がって二人を見やった。
「とりあえず、木彫り熊は魔法の実験がてら富士の演習場まで“飛ばしました”」
「あれだけの魔法を使えて、組手の前にやったのは質量物を飛ばす超長距離射撃魔法の実験かな?」
「最終的な目標は『対大気圏外小惑星破壊用収束魔法』ですけれど」
「……悠元君なら平気で出来そうなところが怖いわね」
悠元の言葉に、いつの間にか来ていた響子が溜息を吐きつつ彼に視線を向けた。さっきまで演習で倒れてしまった木から魔法で木彫り熊を作り、それを魔法で飛ばした。一応これは響子に「富士の演習場まで飛ばしますから」と一言述べた上で行っている。そもそも、悠元の事情を無視したのは上司の側なので流石にフォローできないと響子は感じていた。
「悠元君もごめんなさいね。本当なら入学式に出たかったでしょうに」
「気にしないで下さい、響子さん。っと、メールだ」
「組み手のときも持ってたのか……」
響子の詫びに答えたところでメールの着信に気付いて悠元が端末を弄る。それを見た柳が組手の最中でも持っていたことと壊れなかったことに驚いていた。
「新陰流は硬化魔法を重点的に鍛えますから。組手をしながら通信端末の強度上昇および自身と端末の相対位置固定ぐらいできないと、爺さんから音速相当の木刀が飛んできますよ」
「僕らも剛三殿の高速で飛んでくる木刀を経験したけど、よく生きてるね……で、相手は?」
「達也からです。本来なら直接渡したかったんですが、別の連絡経由で渡しました」
真田の言葉も尤もだと思いつつ、達也からのメールに目を通す。
内容としては入学式に深雪が祝辞を述べたことや、クラスメイトのこと。その一人が剛三のことを知っていた……多分エリカだろうと推測した。そして生徒会長の七草真由美に何故かよく覚えられていたということ(プラス副会長の男子に睨まれたこと)。ここまでは良かったのだが、問題は次だった。
『入学祝いの関係であの人たち(深雪の血縁上の父親とその再婚相手)が深雪にばかり気を遣ったから深雪の機嫌が悪い。フォローはしたが、お前からも何か言ってやってほしい』
おい、
とはいえ、深雪のプライベートアドレスを知らないから達也に返信するしかないが。
『明日から一緒に暮らすことになるけど、深雪の作る料理を楽しみにしてるよ。追伸:達也、大切なことを思い出させてくれて感謝しとく。明日は色々驚くと思うけど、気を強く持ってくれ』
居候のことと自分の正体をそれとなく仄めかす様な内容を送信した。その結果は………こうなった。
『ミッション・コンプリート』
フォローになってるか微妙だったが、達也の返信からしてどうにかなったと解釈した。とりあえず司波家が冷凍室になって達也が冬眠するような事態は回避できたようで何よりだ。
「達也君も妹さんのご機嫌取りには苦心しているのね」
「……他人事と思えないことには同情したくなります」
というか、俺からの連絡をどうやって誤魔化しているのかと思ったが、恐らくは母親の深夜経由だと適当に誤魔化しているのだろう。
その少し前、富士演習場のほぼ中央に落下してきた物体に国防軍は騒然とした。その飛んできたものというのは……
「木彫りの……熊?」
敵の攻撃かと思った兵士は全員首を傾げた。そこに姿を見せた風間が敵の攻撃ではないと説明し、部下に命じて木彫りの熊を一度基地内に運び入れた。結局基地内に置いても仕方がないと判断し、演習場南東エリアにある軍関係者用ホテルのロビーに運び入れた。
その作業が終わった後、風間は響子に連絡を入れたのだが、有無を言わせない物言いに風間は黙ってしまうこととなった。
「藤林少尉。先程演習場に木彫りの熊が飛来したのだが、何か心当たりはあるか?」
『少佐、彼を強制的に連れだしたことに関して、きちんと反省してください』
「……」
なお、富士演習場に飛来した木彫りの熊は『ハルノブ』という愛称が付けられて、これに触れたものは幸運になれるという噂が流れるようになったのは別のお話。
◇ ◇ ◇
入学式の日の夜、第一高校一科生1年の
この世界では音声のみと映像込みでのリアルタイム通話の両方があり、基本的に掛かる料金はあまり変わらない感じだが、後者はリモートやオンラインでの会議などに使われることが多い。
「その、今日はごめんね。いきなり取り乱す様な事をしちゃって」
ほのかがそう言ったのは、入試で見た達也の魔法行使が“綺麗”―――大抵の人が魔法式の無駄で生じる光波ノイズを全く発しなかった―――であり、てっきり達也を一科生だと思い込んでいたのだ。だが、実際の達也は二科生であったことに、思わず叫びそうになったところを雫が咄嗟にほのかの口を手で覆ったのだ。
『ま、ほのかが叫びそうになったタイミングだと思ったから。でも、ほのかがそう言っちゃうほど凄かったんだね』
入試の時は、ほのかと雫は受験番号の関係で別々の受験部屋に割り当てられたため、雫は深雪や達也の様子を見ることはなかった。なので、その二人のことはほのかから聞いた程度でしかなかったが、ほのかの受験部屋の周りが何だか騒がしかったことは覚えていた。
ただ、自分の将来が掛かっている大事な試験で余計なことは考えたくない、と雫は自分の試験に集中していた。
ほのかは普通の魔法師とは一線を画した存在の一人であり、
ただ、それと引き換えに強い依存癖を持っているため、彼女を守るという意味も含めて雫は彼女と親友の関係を築いている。
「うん。司波さんは圧倒的な魔法力って感じだったけど、そのお兄さんは最小の魔法力で行使していたって感じかな……そういえば、雫も誰か探してなかった?」
『……気付いてたんだ』
「伊達に親友はやってないよ。多分だけど、佑都さんのこと?」
ほのかが出した名前に雫は小さな声で「うん」とだけ答えていた。
彼女が佑都と最初に出会ったのは北山家のホームパーティーでのこと。第一印象はやけに大人びた男の子という感じだったが、雫も交えての会話で年相応の男子という印象に変わった。
ほのかも彼に対しては好印象であったが、その時に雫がどこか彼に対して恋愛感情を滲ませるような仕草を見せているのに気付き、親友の初恋を成就させてあげようと思った。それ以降、佑都とは仲の良い異性の友達という関係に収まった。
その後、雫やほのかが中学2年の時、佑都が同じ中学校に転校してきた。
二人の通っていた中学校の剣道部は、関東地方でも指折りの実績を持つ強豪だが、文芸部に入った佑都が何故か剣道部の臨時部員という形で大会に出場し、全国中等部剣道大会の男子部個人戦で優勝という実績を挙げた。
ただ、本人曰く「爺さんの有名税に引っ張られてのものだし、俺の剣は必要とあらば人を殺めるものだ。だから、剣道大会に出るのは一回きりだ」と言い、それ以降は文芸部でのんびり本を読み耽っている様子が印象的だった。
『てっきり、ほのかは佑都に惚れると思ってた』
「思わなくはなかったけど……私は、雫に幸せになってほしいって思ったし、佑都さんからもその気はないって言われちゃったから」
『それで、今の恋愛対象はそのお兄さんってわけだね』
「雫!! ……もう、今はそのことじゃないよ」
会話ではかなりストレートな表現になっているが、ほのかは一度佑都に尋ねたことがある。その時の答えは「これ以上依存される相手を抱えるのは辛いんで、友人関係で頼む」という、まるで実体験を交えたかのような言葉を聞いて、お互いに友人関係であろうという形で決着した。
少し話が脱線したことに気付き、ほのかが強引に話を戻しつつ雫に問いかけた。
「私は佑都さんの魔法を見たことはなかったけど、雫は知ってるの?」
『佑都の通っていた道場―――新陰流剣武術という流派なんだけど、そこで彼が魔法の練習をしていたのを見たことがある』
衝撃的な剛三との初対面―――そのことは追々語るが、雫はその後も佑都へ会いに何度か新陰流剣武術の道場を訪れたことがある。その時に彼の魔法も目撃したのだが、中規模エリア用振動系魔法『
しかも、その『インフェルノ』を何と1メートル四方で区切って64面の高温域と低温域のマスを形作っていたのだ。それを見た雫は、その魔法の織り成す綺麗さに目を奪われていた。
『お母さんにも佑都の使ってた魔法を聞いたんだけど……それが本当なら世界でも指折りね、って言っちゃうほどだった』
雫はその魔法を母親に尋ねたところ、A級魔法師ライセンスの試験問題にもなる高難度魔法を同時に32も制御できる魔法師は世界でも類を見ないものであり、それを寸分の狂いもなくエリアの威力制御まで行っているとなれば……この国の魔法師ライセンスでは間違いなく評価できない、と返された。
「確か、佑都さんも魔法科高校を受けるって言ってたよね?」
『うん。合格して第一高校に通うって聞いてた。でも、見た感じ佑都の姿はなかった』
「私もそれはちょっと気になったけど……雫?」
『すー……』
「寝ちゃった……まあ、またの機会でいっか」
進路も聞いていたはずなのに、その彼を見かけなかったのは何故なのか……それを聞こうと思ったほのかだったが、雫がそのまま寝てしまったことで、このことはまた別の機会でいいかと判断して通話を切ったのだった。
◇ ◇ ◇
入学式の翌日。コミューターに乗る達也と深雪であったが、昨晩のことはどうやら引き摺っていないと達也は判断した。そもそも、表向きの血縁関係である以上、達也も彼らに対して必要以上の役割など求める気にもならなかった。
ただ、深雪としては期待と不安が入り混じった表情を浮かべていたため、達也は目を通していた端末を仕舞ってから尋ねた。
「どうしたんだ、深雪。これからの学校生活が不安なのか?」
「あ、その……昨日のことを思うと、お兄様のことを快く思わない方々がいる中でやっていけるのかと思いまして」
「ふむ……」
深雪の念頭にあったのは、間違いなく昨日の入学式後の事だろうと達也は推察した。
達也としては、二科生であるということに不満や不平を漏らしたりするつもりはないし、妹である深雪と比較されることなど以前からあったことだ。ただ、魔法科高校では魔法技能という面でその比較がされやすくなってしまっているのは確かであった。
でも、感情面の大幅な制約を課されてしまった自分とは異なり、それなりの礼儀作法をしっかりと学んでいる深雪ならば問題はないだろうが、この学校の差別意識を鑑みれば、深雪に近付こうという不届き者はいてもおかしくはないだろう。
「深雪は俺よりもしっかりしているんだ。少なくとも次席入学という確たる実績がある以上、邪険に扱われることはないだろう」
「そうでしょうか?」
本来ならばガーディアンである自分が深雪を傍で守るべきなのだが、学校内でそれをやってしまうと確実に目立ってしまうし、この学校には十師族の人間も通っている。
それに、妹と約束した「人間」らしくある魔法師を目指すためには、せめて学内のことは可能な限り独力で乗り切ってもらわねばならない。あまり気にしないようにしてほしいという願いも込めて、達也は話題を変えることにした。
「それに、今日から佑都が
「疑問、ですか?」
「ああ。佑都が俺と共闘したことは深雪も知っているだろう?」
達也は佑都の一時的な指揮下に入るという便宜上の措置で大亜連合の沖縄侵攻を食い止めた。『分解』と『再成』以外の魔法をまともに使えない達也とは対照的に、現代魔法の加重系・放出系・光波振動系・収束系と多岐に渡る攻撃魔法だけでなく防御魔法まで使いこなしていた。
つまり、達也は何が言いたいのかというと、自分とは違って現代魔法を自在に使いこなしていた以上、佑都がもし魔法科高校に入っていたとするなら、一科生の可能性が極めて高い。それも、下手すれば深雪すら超えるであろう実力を兼ね備えた上で……と推察したのだ。
「実は、昨晩母上経由で佑都に聞いたというのは深雪にも話したが、どうやら高校の関係で居候するらしい」
「ひょっとしてですが、お兄様は佑都さんが魔法科高校―――第一高校に入学しているのでは、と思われたのですか?」
「ああ。だが、それらしい姿も見られなかった。エリカの説明を考慮するなら、昨日は欠席していた可能性もあるな」
幸いにして、お互い一科生と二科生で別れているし、今日と明日は授業のオリエンテーションしかない。もしかしたら、どこかしらで遭遇する可能性だってない訳ではないのだ。
達也の推察は正しく核心を突いていた。ただ、この時の達也は新入生総代が十師族であることから若干警戒していたため、その人物と佑都が結びつくとは思わず、考察の範囲外に追いやっていた。
そもそも、新入生の出欠を正確に把握できていたのは、せいぜい教職員と生徒会役員ぐらいなため、こればかりは致し方のない事であった。
◇ ◇ ◇
第一高校に着くと、達也と深雪はそれぞれの教室へ向かうために校舎内で別れた。一科生と二科生は教室もそうだが、そこへ向かうための階段も別となっている。
一科生と二科生の諍いを起こさないためとか、非常時の避難を考えてのものだとか様々な安全上の理由は存在するが、深雪にとってはあまり快くないものであった。そんな憂いの表情すら絵になってしまうためか、目を奪われて階段を踏み外す男子生徒の姿もあった。
(お兄様のことは仕方ないとしても、せめて佑都さんと一緒に歩ければ……)
そんなことを考えつつ、気が付けば1年A組の教室の前にいた。深雪は一呼吸置いてから教室に入り、「おはようございます」と述べて自分の席に着く。周りの視線は深雪に向けられるが、別に悪意や敵意を向けられたわけではないため、笑みを見せつつ自分の席に座ると、ツインテールの女子が話しかけようとしてきた。
「あ、あの、司波さひゃわっ!?」
自分の足で躓いて顔面から床にぶつかった女子生徒に対し、「大丈夫かな」とか「あんなあほっぽい子がA組に」とか色々な感想を述べていた。
ほのかとしては「完全にやっちゃった」という思いが頭をグルグル回転するように過っていたが、そこへ手を差し伸べたのは話しかけようとしていた深雪であった。
深雪に支えられる形でほのかはゆっくりと起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう司波さん」
「どういたしまして。あの……」
深雪としては初対面の相手なので、ほのかの名前が分からずにどう尋ねようか考えようとしたところで、ほのかは迷わずに自分の名前を発した。
「光井です。光井ほのかです」
「司波深雪です。光井さん、よろしくお願いします」
「はい! こちらこそ!」
ほのかとしてはドジを踏んでしまったが、結果オーライとなったことに喜んでいた。その光景を深雪の前の席である雫が立ち上がってほのかの隣に立った。
「すみません、司波さん。ほのかはおっちょこちょいなもので」
「雫!? その言い方は酷くない!?」
「えっと、貴女は……」
「北山雫です。噂はかねがね」
ほのかを引き合いに出しつつも、雫は自己紹介をした。深雪も丁寧に返しつつ、雫の噂について尋ねてみた。同年代の噂となると、自分にとっても無視できる内容とは思えなかったからだ。
「こちらこそ。ところで北山さん、噂とは一体何のことでしょうか?」
「噂というよりもほのかが司波さんのファンみたいなもので。正確にはお兄さんのファンらしくて、入試の会場で一緒だったと聞いてます」
「ちょ、ちょっと待ってよ雫!」
「あら、そうだったのですか」
淡々と話している雫に対して恥ずかしがるほのか。自分のことを必要以上に色眼鏡で見ていないのはありがたいことであり、仲良く出来そうだと感じていた。それに、達也のファンというのは、深雪としても安心できる材料の一つなのは間違いない。
すると、ほのかの反撃のような言葉に対し、雫が言い返す前に深雪が反応するようなことになった。
「も、もう! 大体、雫だって佑都さんのことが気になってるんでしょ!?」
「それは今言うべきことじゃない……司波さん?」
「深雪で構いませんよ。今、私が知っている方の名前が出た気がするのですが……?」
笑みを浮かべて尋ねる深雪に、意外そうな表情を浮かべるほのか、そして……深雪を興味深そうに見つめる雫の三者。
だが、その続きの言葉が出る前にオリエンテーション開始を告げるアナウンスが聞こえたため、この話の続きはオリエンテーション後にしようと取り決めてから各々の席に着いた。
全員―――正確には、ほのかの隣の席が一つ空いた状態でそれ以外が埋まっている。これにはほのかも疑問に思ったが、指導教官の教員が来たため、そちらに視線を向けた。
「皆さん、入学おめでとう。1-A指導教官の
このクラスには入試成績の上位25人が集められている形だ。百舌谷は生徒の反応を待つことなく説明を続ける。
「本日も家の都合で欠席している総代の
魔法科高校では、図書館や情報端末で学外秘の情報にアクセスすることが出来るだけでなく、実際に魔法師として活躍している教官の貴重な授業を受けることが出来る。ただ、魔法師の絶対数が不足しているため、一科生だけが後者の恩恵を受けることが出来る、と百舌谷は説明した上で今日の授業見学についての説明をする。
「この後は専門授業の見学です。午前中は基礎魔法学と応用魔法学、午後は魔法実技演習の見学を予定していますので、希望者は10分後に実験棟1階ロビーに集合してください。他に見学したい授業があれば自主的に行動しても構いません」
そう言って、百舌谷は次の授業があると述べてから教室を後にしたのだった。