魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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七聖抜刀編
切っ掛けは夢の声


 春休み。魔法科高校の生徒からすれば、新年度に向けて気持ちを新たに切り替える時期。そんな時期の最中、ちょっとした出来事がとある少女をきっかけに起ころうとしていた。

 金沢にある魔法科大学附属第三高等学校―――通称は三高と呼ばれる高校に通う一人の女子生徒こと四十九院(つくしいん)沓子(とうこ)は悩みを抱えていた。それは最近「クリムゾン・プリンス」が抱えているような“恋煩い”というものではなく、どちらかと言えば家庭の事情に関わる問題とも言える。

 

「はぁ……厄介じゃのう」

 

 それは魔法に関すること……といえば、確かに間違ってはいない。先日執り行われた『水鏡(みかがみ)の儀式』―――四十九院家に伝わる魔法技能の力試し。当代でも四十九院の中でも随一の実力を沓子は発揮した。

 その日以降、何かを呼ぶ声が沓子の脳裏に響いてきた。

 とはいえ、それが日常生活の中で聞こえることはなく、沓子の夢の中でしか聞こえない。

 

『―――聞こえ、ますか? 私は、貴女を―――』

 

 世迷言と切り捨てるのは簡単だが、魔法という力を行使している以上、他人事と切って捨てるのは間違っている気がした。なので、沓子が最初に相談した相手は自分の母親であり、四十九院家当主である四十九院(つくしいん)水奈子(みなこ)だった。

 

「夢にしか出てこない、人ならざるものの“声”……少なくとも、悪霊の類とは思えないでしょう」

「わしもそう思うのじゃが、母上には心当たりがないかのう?」

 

 沓子の聞こえた声が日常生活に支障を来たさない範囲内である以上、少なくとも相手は沓子を害する目的で呼びかけているとは思えない。その声が聞こえた時期が『水鏡の儀式』からという事実に水奈子は少し考え込んだ。

 

「(儀式で沓子が呼び出した“水龍”はそこまでの演算規模を有するものではない……でも、もしそれ以上の存在が沓子を見定めたとするならば……)沓子。少し、時間を貰えますか?」

「それは構わぬが、母上にはどうにも出来ぬのか?」

「……これは私の勘ですが、これは白川の流れを汲む四十九院でも手に余る問題なのかもしれません」

 

 水奈子は才覚を発揮し、当時22歳という若さで四十九院家の当主となった。何かを見通すかのような彼女の勘の鋭さは、娘である沓子に受け継がれている。その彼女ですら手に余ると断言したのは、この問題の本質を指し示しているようなもの……というのは、沓子が一番よく理解していたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 神楽坂家の本屋敷にて、千姫は自室でなく大広間に一人正座していた。目を瞑り、まるで何かを感じ取るかのように意識を沈み込ませていたが、一息吐いてから瞼を開けてその場から立ち上がろうとしたが、足の痺れからかその場に倒れ込んでしまった。

 

「あ、足が……やはり歳は取りたくないものです」

「何をしていらっしゃるのですか、奥様。半日も正座していればそうなりますよ」

 

 千姫の言葉に忠教が溜息を吐きつつ窘めた。千姫は別に断食をしているわけではなく、忠教が静かに食事を置くと目を瞑ったまま正座を崩さずに手と口だけを動かして食事を摂っていた。

 そこまでして千姫が意識を集中させていた理由を忠教が問いかける前に自ら口にし始めた。

 

「近頃、精霊たちの動きが活発になってきていてね。少なくとも、悠君の『鳳凰』はその切っ掛けの一つなのでしょう。それと……彼の使役している人ならざるもの」

「確か守護霊(サーヴァント)でしたか。あの事件の後、若様が『アリス』の力をお見せになりましたが……」

 

 パラサイト事件が一段落した後、悠元は千姫と忠教、そして神楽坂の直系分家である伊勢・宮本・高槻家現当主の前で『アリス』の力を行使した。『アリス』は空想上の能力を現代に具現化する常識外れの力を発揮し、当主たちの度肝を抜いた。

 

「少なくとも、サーヴァントを使ってあんな芸当が出来るのは悠君だからでしょうけれど……このところ、北のほうで何かが活性化しているのは視えたの。ただ、距離が遠いから掴むには至らなかったけど」

「奥様ですら掴めないとは……」

 

 千姫はこう見えて神楽坂でも屈指の実力者。実年齢を半世紀以上も無視した肉体年齢を維持していることからして、それだけでも魔法を極めている実力者という証左とも言える。その彼女ですら理解できないとなれば、この問題は只事で済む問題でなくなりつつある。

 

「ところで、忠教さんは何か要件でもあったの?」

「はい。四十九院家の御当主が奥様にご相談したい事があると……いかがいたしましょう?」

 

 先月のパラサイト事件後、妖が出る様な気配は『星見』の天文占術でも認められない以上、悪しきものの仕業とは思えない。百家でありながら白川氏の流れを汲む精霊魔法の使い手の一族から助けを求められた以上、古式魔法の頂点に立つ人間として看過は出来ない。

 それに、千姫は自分が探ろうとした何かが四十九院家に何らかの影響を及ぼしているのでは……そう推測した。その上で、千姫はこの事態を解決できるであろう人間の名を忠教に告げた。

 

「忠教さん、悠君に連絡を。彼なら友人兼婚約者の困りごとに手を貸さない理由なんてないでしょうから」

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ―――3月26日。

 

 深雪の誕生日の翌日。いつものように早起きしたわけだが、今日は司波家の地下室ではなく九重寺(きゅうちょうじ)に出向いていた。その目的は本人の体術の訓練も兼ねた寺の門下生の“武術指導”であった。無論、八雲による挨拶も兼ねた飛び道具による歓迎を受けたのには納得がいかなかったが。

 

「脇が甘い。力が入り過ぎてぎこちなくなってるぞ! 次、来い!」

 

 相手の武器の有無に関係なく、一瞬の隙を見逃さずに門下生を次々と投げ飛ばしていく。無論、石畳には気を付けつつ土の上に放り投げている。ここの住職からは「遠慮なく投げ飛ばしていいよ。石畳程度で怪我する柔な肉体は持っていないから」とのことだが、向こう側で八雲と戦っている達也と同列に語ったら彼らが可哀想だと思う。

 

「相手を掴むなら、気配をしっかりと消す! 殺気が見え見えだぞ!!」

 

 そもそもの話、無意識的に気配を消す上に八雲並の気配を誤魔化す術を獲得している悠元からすれば、ほんの少しの気配でも“ある”ことに変わりがないレベルと化している。そうなった理由は気配察知に関してのスペシャリスト―――悠元にとって師である剛三の影響が最も強い。

 そうして悠元が約30人ほどの門下生を地に伏せたところで、にこやかに歩み寄ってくる八雲の姿があった。

 

「やあ、悠元君。門下生の出来はどうかな?」

「そこそこに出来るとは思いますよ……まあ、貴方ほどじゃあないです、がっ!!」

 

 悠元は一息吐いてから右の裏拳で自身の背後に向けて撃ち込んだ。だが、それは空中に浮かぶ防御術式によって阻まれ、何もない空間が歪んで八雲が姿を見せた。

 

「ほう、僕の『纏衣(まとい)』を見破っていたとはねえ。って、おおっと!!」

 

 続けて放たれた悠元の左の正拳。この距離なら八雲は普通に躱せるだろうが、彼の“技”に気付いた八雲は慌てて自己加速術式で距離を取った。躱された側の悠元はと言えば、至って冷静であった。この程度の駆け引きなら八雲ぐらいの実力者だと躱されるのは分かり切っていたからだ。

 どの時点で八雲が『纏衣の逃げ水』と呼ばれる認識阻害の術式を使ったかは遡れば分かる話だが、少なくとも八雲が悠元に話しかけてきた時点で発動させていたのは分かる。だが、元々聴覚に関して過敏とも言える知覚力を有する悠元は魔法訓練によって音波を知覚する術を手にしている。その音波の“線”を辿れば、本人がどこにいるのか手に取るようにわかる。いくら情報次元(エイドス)存在(イデア)を偽ろうが、本人が発した音を偽るのは高等技術の類に入る。

 

「成程。試しに殺気なしで『白虎雷神掌(びゃっこらいじんしょう)』を試したのですが、それを察知して躱すあたりは流石達也の師匠ですね」

「僕を殴るために新陰流の奥義まで持ち出されるとは……殺気も出さない()()()()()()()とは、高く評価してくれていると思っていいのかな」

「勿論ですよ。ただまあ……達也からしたら不服でしょうが」

 

 その達也だが、八雲に気付かれない様に背後に近付き、手刀を繰り出した。ただ、彼の経験上殺気をコートのように纏ってしまっているため、八雲からすれば分かり切っている話。彼は達也の腕を掴むとそのまま投げようと試みるが、達也とて黙って投げられるわけでもなく、体を捻ることで八雲に蹴りを浴びせようとする……が、八雲は防御術式で攻撃を受け流した。

 そのまま第2ラウンドに入ってしまった彼らの戦いを見ようと、先程まで悠元と立ち会っていた門下生も彼らの戦いを見つめていた。

 

「……おう、達也が宙高く舞ってる」

 

 尤も、この戦い自体彼らの糧となるかどうかは全くの不明だが、それも含めての八雲なりの課題の出し方なのだろう。二人の戦いというか、八雲の可愛がりは達也をボコボコにして終わるのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 司波家に水波が来てから、家事当番については深雪と水波の分担で何とか決着させた。その裏で悠元が作ったケーキの被害を双方受けることになったのは言うまでもないが……朝食を終えた後、深雪と水波が洗い物などでリビングを離れたところで司波家の電話が鳴った。その連絡先は普通なら珍しい相手―――神楽坂家の本家から掛かってくるという事実に、悠元は単なる世間話で終わるとは到底思えない予感を覚えつつ、通話のボタンを押した。

 

『悠君おはよう。達也君もおはよう』

「おはようございます、千姫さん」

「おはようございます、母上。それで、どのような用件でしょうか?」

 

 普段なら悠元の持つ通信端末に直接連絡を取ってくる千姫が態々司波家の電話に掛けてきた……この時点で、悠元のみならず達也にも用件があると思われる。それを察したことに気付いたのか、千姫は閉じた扇子を右手でクルクルさせながら話し始めた。

 

『実は、先般より北のほうで妙な気配を感じていまして。そうしたら、ちょうどよく四十九院家から妙な出来事が起きていると連絡を受けたのです』

「北……新ソ連とかが絡んでいるわけではないんですよね?」

『ええ。「星見」でもそれは認められませんでした。今回、悠君だけでなく達也君にもその手伝いをお願いしたいのです』

 

 神楽坂と四葉の関係を知る以上、達也としては断る理由がない。恐らくは「パラサイト」との戦いの経験からの抜擢、と考えるのが妥当だろうと達也は推察した。だが、四十九院家絡みとなると古式魔法の性質が強い。どちらかと言えば現代魔法に強い達也が悠元の助けになるかどうかは不透明という他なかった。

 

「それは構いませんが、俺は悠元と違って、古式魔法にそこまで得手があるわけではありません」

『それは分かっています。ですが、貴方が行くことで何かが得られるのは間違いない……私の魔法師としての勘が、そう言っています。真夜ちゃんと深夜ちゃんには昨晩の時点で話を付けていますし、深雪さんの護衛が必要ならば人手を出しますので』

「分かりました……微力を尽くします」

 

 詳しい事情は四十九院家で直接聞け、ということなのだろう。確かに「フリズスキャルヴ」のことを考えれば妥当な判断とも言える。千姫との通話を終えた後、リビングの外から様子を窺っていた深雪と水波が事情を尋ねてきたので、悠元と達也は事情を説明した。

 

「そうですか……私も行きます」

「深雪、しかし……」

「これでも古式魔法の腕前はお兄様以上ですよ? それに、私は悠元さんの婚約者ですから」

 

 案の定と言うべきか、深雪の言葉に達也は断れないと判断してしまったようだ。そうなると、深雪のガーディアン見習いである水波も同行しない理由がない。そうすると、水波のことを彼のクラスメイトたちにどう説明したものか悩ましい。

 仲の良いクラスメイトたちは達也と深雪の“本当の家名”を知っている。だからこそ、水波の存在を彼らの親戚として扱った場合、変なところでボロが出ないか危惧される。

 

「悠元、水波はどうしたらいいと思う?」

「うーん……二人の親戚とするより、俺の義理の姪として話を通そう。迂闊に『四葉の関係者』と話されても大変だし」

「成程。穂波さんのことを鑑みれば都合がいいだろう……水波もそれで構わないか?」

「は、はい! その、悠元兄様がよければ、ですが……」

 

 元治と穂波が婚約する際、穂波に関する情報は上泉家によって巧妙な経歴情報(カバーストーリー)が構築されている。元々上泉の分家に桜井家がかつて存在し、その傍系の末裔ということで穂波が名を連ねた形だ。その彼女を渡辺家に養女として迎えさせ、元治と婚約した。その穂波に実は姪っ子がおり、それが水波という形にもっていくことは上泉家も承知済みだろう。でなければ司波家での居候を認めなかったはずだ。

 

「最悪は母上の都合で深雪に護衛を探していたら二人と仲良くしていた水波を見つけた、とでも言えばいいだろう。水波の件は母上も承知していることだからな」

「嘘は言っていないから臆する必要もない、というわけですか。悪知恵にも近いですが」

「そうでなければ魔法使いなんて出来ないと思うよ。とりわけ、上の世界なんて魑魅魍魎が可愛いレベルだからな」

 

 悠元の述べた言葉は剛三と国内外を巡ったからこそ言える事実であり、魔法という力は軍事や政治、経済と絡み合って一種の利権を生み出す。十師族だって権力こそ表向きに放棄しているが、魔法師としての権威と国防軍や治安維持組織との繋がりを有している。剛三という英雄の力は、戦後30年経った今でも健在のようだ……という事実をまざまざとみる羽目となったが。

 

「そんな魔法界の現実はともかく、何人か協力者はいたほうがいいな……姫梨と雫は確定として、あの五人は邪魔したくないし……一応打診だけしてみるか」

 

 雫を連れて行くとすれば、ほのかは留守にするより達也の傍にいた方がいいと判断。セリアに関しては付いていくと言いそうだし、リーナよりも古式魔法の得手があると分かったので許可。

 そして、悠元が述べた五人というのはレオとエリカ、幹比古と美月と佐那のことだ。この春休みで距離が縮まったため、デートでもしたい連中の邪魔をして地獄に落ちるのは流石に勘弁だからだ。とはいえ、幹比古はともかくとしてエリカあたりは「なんで誘わなかったのよ」と言いそうな気がしたので、強制はしないが同行するかどうかのメールを送ることにした。

 そして燈也に関してだが、春から別々の学校に通うこととなる彼女との幸せな時間を邪魔してはいけないと思って声は掛けない方針とした。

 

「って、エリカからのメールが返ってきた……レオも無理矢理引っ張っていくってさ」

「レオ君はエリカの尻に敷かれてますね」

「さて、どうだろうな……連携の相性は最高値なんだろうが」

 

 事あるごとに痴話喧嘩というか最近は「夫婦喧嘩」と呼ばれるようになった風物詩からして、エリカとしてはレオにリードしてほしいという気が見え隠れしているような気もする。本人に尋ねたら絶対に否定すること請け合いなのは間違いなく、それを想像した深雪から笑みが零れたのだった。

 




 というわけで、思いついてしまったオリジナルストーリー編です。沓子絡みのエピソードは折角だから何か書きたいと思ったのですが、原作で幹比古の“竜神”のことに触れていたので、それに近い何かを書こうと考えた結果……閑話で片が付くレベルを超えてしまったので、こうなりました。
 主人公が長野佑都と名乗っていた時のエピソードにも触れるので、一体何話で終わるのか……私にも分かりません(見切り発車と言われても否定できません)
 最近戦闘がなかった面子にも戦ってもらう予定なので、原作よりも成長した姿を多分お見せできると思います。多分。
 今のところの予定だと、ある意味呂布とか本多忠勝が可愛く見えるかもしれませんが(何

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