魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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千尋の谷に突き落として隕石を降らせる

 ―――3月27日。

 

 集合場所となった東京駅にはちょっとした団体旅行とも言えるレベルの人数が集まってしまった。依頼人もとい発起人みたいな形の悠元と達也、深雪と水波に加えて悠元が声を掛けた面子が集まってしまったからだ。

 

「別に強制はしなかったんだがな」

「何言ってるのよ。あたしと悠元の仲じゃない」

「ま、そういうこった」

 

 レオとエリカ―――エリカに引っ張られる形でレオが付いてきた形だが、エリカは「疾風丸」に「ミズチ丸」―――「オロチ丸」のダウンサイジングバージョンを持ち込み、レオは「ジークフリート」だけでなく悠元が遊び程度に組んでいた単一魔法思考操作型のナックルダスターを持参していた。

 ナックルダスターは『相転移装甲(フェイズシフト)』を即興で展開するための護身用を目的とした代物だが、悠元の場合は記憶領域から魔法式を引っ張った方が早いために無用の長物となったものをレオにあげた形だ。

 二人とも悠元が関わる時点で戦闘になると見込んでいるようで、人を疫病神扱いするなと言ってやりたくなったが口を噤んだ。

 

「美月に佐那もそうだが、幹比古もついて来るとは思わなかった」

「そうだね。でも、将来吉田の家を離れることになるし、もう一つの神祇魔法に触れる機会なんてそうそうあるものじゃないから」

 

 幹比古としては、将来東道家に入ることとなる以上は強くなって損はないと思っているし、それに今まで自分が学んできたものとは似て異なる精霊魔法を目にする機会はそうそうないと思っている。

 いざとなれば悠元から学ぶことは可能だが、親友である彼に頼り切りも良くないと思っているようだ。

 

「しかし、パラサイトの一件が落ち着いて、妖の気配ではないと……セリアはどう思う?」

「うーん……お兄ちゃんが使ってる力に関係ありそうな気もするけれど、四十九院家へ最後に行ったのはいつ?」

「3年前が一応最後だな。その後は十師族関連やら海外渡航やらで忙しくなったし」

 

 雫とセリアの問いかけに悠元はそう答えた。その時点で天刃霊装はおろか天神魔法の習得も完全ではなかったし、パラサイトのような人に害を為す霊の存在は少なくとも確認できなかったのは確かだ。

 しかし、司波家の三人プラス悠元、二科生メンバーの四人、一科生メンバーの五人―――合計12人となったのは想定外だった。

 

「十師族関連って……何かあったんですか?」

「そうだな……トラブルのあったところを列挙すると、五輪家では国家公認の戦略級魔法師と婚約させようとしたり、七草家が十山家による俺の誘拐未遂を黙認したり、九島家では現当主が俺の婚約者に藤林家の女性を宛がおうとしたりかな」

 

 十山家関連で十文字家が含まれていないのは、七草家からの要請で已む無く従っていた側面があるためだ。九島家の一件は剛三が現当主の胸ぐらを掴んで恫喝したため、完全に立ち消えとなったことを知るのは当事者とそれに近い関係者ぐらいだろう……藤林家の女性こと響子がその事実を全く知ることなく立ち消えた話なので無理もないが。

 

「ああ、あと一条の妹に告白されてやんわりと断った際、『ロリコン呼ばわりしたヘタレ野郎(クリムゾン・プリンス)』と『それに追随してきた命知らず(カーディナル・ジョージ)』の件もあったか」

「あの、今凄い当て字をしたような雰囲気を感じたのですが……」

 

 時期的には真紅郎が基本(カーディナル)コードを発見したことでその存在を認められたことによる祝賀会と、当時は復興作業で時間の取れなかった将輝を表彰する目的で開かれたパーティーでのこと。同時期に七草家のパーティーにもお誘いを受けていたのだが、剛三は代役を立てた上で一条家側のパーティーに参加し、悠元も付き添いということで同席することとなった。

 十師族の当主と話をすることがあっても、その直系となる子や孫とは面識を持たないことが多く、燈也の存在を知らなかったのはこのあたりが影響している。

 話の続きは長距離移動用のリニア列車ですることになり、悠元は達也と深雪、水波と同席する形となった。

 

「それで悠元、今回の一件に関してレオやエリカ達の助力を仰いだ理由を聞かせてもらえるか?」

「まず、百家でもそれなりに実力のある四十九院家のことはいくらか承知している。無論、霊的な存在に対してもある程度の対抗策や備えをしているのは間違いないが、その四十九院家が神楽坂家に助けを求めたとなると……間違いなく、小火(ぼや)程度のトラブルとは思えなかった」

 

 四十九院家現当主とは何度かあった事があるし、その実力も剛三から聞き及んでいる。若くして当主になったことからすれば、古式魔法の使い手として一線級の実力者なのは間違いないだろう。

 その彼女が助けを借りたいとするならば、先日のパラサイト事件で霊的な対処を成し遂げた人間の力を借りたいと思うのは自然な流れとも言える。

 

「詳しい話は四十九院家に出向いて聞かなければならないが、対象の規模も実力も不明な以上は何が起きるか分からない。今度の相手はパラサイトのような妖ではない……ということを安心材料と取るべきかは悩むが」

「現段階では、その対象が中立なのか友好的なのかも不明ということか……」

「そう。だから対パラサイトとの戦闘経験を持つ面子を中心とした場合、彼らの力はあるに越したことはないと踏んだ」

 

 千姫ですら距離が遠すぎて掴みきれなかった相手。彼女からの情報では、北陸方面からその力を感じたが、少なくとも悪意のような負の感情を持つものではないと感じたらしい。

 四十九院家側は細かい事情を話そうとしたが、それは神楽坂家側で止めたらしい。それはつまるところ、霊的な存在であるとともに師族会議―――特に九島家には知られたくない内容も含んでいると千姫が察した上で止めたようだ。

 

「それと、今回の一件はあくまでも古式魔法絡みでの依頼になるので、師族会議には一切話を通さないことになっているのだが……少なくとも一条家には事情を説明しないといけない」

「それは、何故なのですか?」

「簡単な話をすれば、魔法監視システムによる不当な拘束を避けるための“申請”だ。今回は『神将会』を動かさない以上、正当な手続きをしなきゃいけない」

 

 この世界における魔法師は、非常時を除いて魔法の使用に関する法的拘束力が極めて高い。悠元の場合は神楽坂家当主代行という権力を有しているが、それ以外の面々はあくまでも魔法科高校の生徒という身分で生活している形だ。

 それにも抜け穴が存在しており、今回は神楽坂家の依頼に基づく魔法使用許可を一条家に申請しなければならない。なので、四十九院へ出向く前に一条の屋敷を訪ねる必要があるという訳だ。

 

「一条家の現当主には予め申請についての申し送りをしている。屋敷を訪ねるのは俺一人で行くつもりだ……深雪、達也たちと一緒に四十九院家へ先に向かってほしい」

「……分かりました」

 

 単独で出向くと言い放った悠元が念頭に置いたのは将輝の存在だ。彼が深雪に恋愛感情を抱いているのは知っているからこそ、好き好んで深雪を会わせる気になどならなかった。特に春休みという季節のため、本屋敷か三高にいるのは間違いないだろう。

 自分自身の我儘とはいえ、将輝の為に深雪を引き合わせる気などない。独占欲と言われてしまっては否定できないことだが。

 

「それは構わないが、四十九院家には誰が説明するんだ?」

「そこは姫梨に任せる。彼女の家―――伊勢家が四十九院家と繋がりを持っているから、問題はないだろう」

 

 悠元が姫梨の同行を最初に決めたのは、神将会のみならず四十九院との関わりで道案内が出来る、という点にあった。雫の場合はほのかが同行した時のフォローを考慮してのものだが。

 

「それはともかく……水波は大丈夫か?」

「え、は、はひっ! その、お話は色々伺っていたのですが……」

「無理もないだろうな。流石の俺でも現実味がないと思ったほどだ」

「俺を見ながらそれを言うか」

 

 現代魔法中心である十師族からすれば、古式魔法の部類はある意味未知の世界になってしまうのだろう。なので、水波の狼狽え様も理解できなくはない。

 リニア列車は遅れもなく(寧ろ新幹線よりも速く、そのために余裕を持った時刻設定がなされている)定刻通りに金沢へと到着。達也らはコミューターで一路四十九院家の実家がある白山(しらやま)本宮(ほんぐう)加賀(かが)一之宮(いちのみや)―――白山(しらやま)水鏡(すいきょう)神社(じんじゃ)へと向かう。そして彼らと別れた悠元が向かう先は、十師族の一角にして東北・北陸・山陰地方の日本海側防衛を担う一条家。その本屋敷を訪れるのは長野佑都として参加したパーティー以来だが、あまりいい思い出があったとは言えない。

 

 一条家の大きな正門―――その一角に備え付けられた来客用のインターホンを押すと、応対に出たのは使用人ではなく将輝本人であった。その彼はというと、悠元の姿を見て驚く素振りを見せていた。

 

 

『どちらさまでしょう……なっ!? 三矢じゃなかった、神楽坂がどうしてここに?』

「今回は一条家の御当主に会う約束を取り付けていたんだが……聞いていないのか?」

『いや、来客があるから、礼を失することがないようにとは聞いていたが……少し待ってくれるか?』

 

 恐らくだが、現当主である剛毅は将輝に必要最低限の情報だけを与えて、そこから先は自分で考えるように仕向けているのだろう。とはいえ、来客者の名前ぐらいは言ってもいいのではないかと思うが、剛毅なりのスパルタ教育なのかもしれない。

 考えてみれば、確かに将輝の実力が一級品というのは間違っていない。それと比較すると……自分の場合は剛三があちこちに連れ出して社交性を強引にでも磨かされたことからして、やり方はともかく社交界での振る舞いを学んだことは大きいのだろう。それに伴って好意を持たれている人間の数が増えたのは癪だが。

 将輝が確認すると言ってモニターが切れてから数分後、正門が開いて敷地に入る悠元を出迎えたのは将輝ではなく剛毅であった。

 

「これは一条殿。直接お会いするのは九校戦以来となりますね……将輝はどうしました?」

「あ奴は部屋に居るよう言い含めた。神楽坂殿が来訪した程度で狼狽える様子は直に見ていたのでな。ともあれ、中へ案内しよう」

「それでは、失礼いたします」

 

 どうやら剛毅は将輝を一条家の次期当主として鍛えているようで、先程の来客対応もその一環だという言葉に苦笑を禁じえなかった。あくまでも一条の問題なので首を突っ込む気など更々ないが。

 普通ならば書斎なのだが、剛毅は悠元を座敷に招いた。少しすると、剛毅の妻である美登里が茶菓子を置いて、にこやかな表情をしたまま退室した。剛毅に勧められるがまま茶菓子に一口手を付けたところを見計らって剛毅が口を開いた。

 

「神楽坂殿から当監視地域における魔法使用許可申請の話が来たことだが、正直に驚いている。もしや、新ソ連の?」

「それでしたら、『違う』とだけお答えしておきます。『ハロウィン』の一件以降、向こうの国家公認戦略級魔法師であるベゾブラゾフが極東地域に出張るのは難しくなりましたから」

 

 ウラジオストクにあるベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』の補助を担うスーパーコンピューターが“溶解”しただけでなく、ウラジオストク軍港そのものが破壊されたために軍事行動と連動した戦略級魔法の使用が難しくなったためだ。不凍港であるウラジオストクが軍事行動に使えないとなれば、極東地域における冬季の軍事行動は著しく制限される形となる。移動式CADを使う可能性もあるが、ベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』の発動兆候データは日本とUSNAが既に把握しており、二国内で万が一使用すればすぐに判明してしまう。場合によっては新ソ連を『敵対国』とみなして非難することも可能となった。

 そもそも、悠元の戦略級魔法のセーフティーロックを担っているのは剛三と千姫のため、その使用の如何は護人である二家に委ねられている。非常事態時における超法規的措置の最たるものが戦略級魔法であるため、そこに一条家の使用許可など取る必要もないし、悠元は一条家の人間ではないので慮る必要はない。

 

「今回の一件は神楽坂家当主からのご依頼ですが、あくまでも内密なものです。今回の申請は要らぬ誤解を避けるためのものとお考え下さい」

「……その内容に関してだが、我が一条の助けは必要ない、と?」

「寧ろ足枷にしかなりえません。現当主から自分に話が来た時点で、現代魔法(じゅっしぞく)の範疇で対応できる範囲をとうに超えている……ということです」

 

 一条家の援軍は不要、と悠元はしっかりとした口調でそう述べた。

 何せ、将輝が横浜事変で大陸の魔法師と戦って優勢に持ち込んだことは聞き及んでいるが、古式魔法の魔法使い相手と人ならざるもの相手では“次元”が違う話になってしまう。パラサイト事件でも世界最強を謳っているスターズですらパラサイトの根本的な対処が出来なかった以上、現代魔法ならばともかく古式魔法の知識が足りない一条の人間が出てきても“足手纏い”になるのが目に見えている。

 剛毅からすれば、悠元が九校戦で現代魔法と古式魔法の複合術式という世界でも類稀なる才覚を発揮した以上、彼の発言には説得力があると感じていた。なので、彼に対して食い下がろうという気など最初からなかった。悠元は残っていた茶菓子を綺麗に食べ終えると、静かに立ち上がった。

 

「茶菓子、とても美味しかったですとお伝えください」

「ああ……神楽坂殿にこういうのは失礼だろうが、武運を祈る」

 

 送り迎えは不要、とでも言いたげな雰囲気を纏いつつ、出してくれた茶菓子に対して率直な感想を述べると、そのまま座敷を後にした。剛毅は悠元に対して一言掛けるだけになってしまい、悠元の姿が見えなくなったところで一息吐いた。

 

「あれが……将輝と同年代の少年、とでも言うのか?」

 

 先日の臨時師族会議では、南盾島の一件もそうだが東京都心を中心に起きたパラサイト事件やスターズの介入についての報告を聞く機会があった。その事件には悠元が多大な功績を上げた、と十文字家や七草家、三矢家から報告が上がった。それだけのことをすれば当然烈の耳にも入る形となり、九島家や七草家は危機感を募らせるようになった。

 だが、一条家からすれば一種の期待感を持つようになった。『灼熱と極光のハロウィン』において侵攻しようとした新ソ連の艦隊を消滅させた新型の戦略級魔法によって、結果的に3年前の佐渡侵攻の再来を阻止することが出来た。大亜連合に撃ち込まれた戦略級魔法も含めて詳しい情報は十師族にすら開示されていないが、その片方が悠元によって引き起こされたものではないか……と剛毅は推測した。

 

 三矢家に聞いたところで悠元の情報が開示されるとは到底思えないが、彼は一条家の秘術である『爆裂』を完全に封じ込めた実績がある。

 以前、剛毅の娘である茜が悠元に求婚した際、それを見ていた息子が失言を零して彼に関節技で気絶させられたことと直接的な関係はないが……昨年の新人戦モノリス・コードにて将輝が感情的にやってしまったオーバーアタックに対して、悠元は慌てることなく理知的に魔法を制御していた。それだけに、彼を本気にさせた代償は計り知れなくなると剛毅は内心で結論付けたのだった。

 




 リニア列車の描写に関してですが、東京-大阪間以外は現行の新幹線ルートにある程度準えるイメージで考えています。
 将輝は魔法技術に関して間違いなく強いのですが、家族との関わり合いでポンコツな部分があるような気が……ある意味リーナと同類のように思えてしまうのは……私だけだと思います。

 今回のタイトルは、悠元が剛毅に対して抱いた将輝の教育方針に関する率直な感想みたいなもの。

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