魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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傍迷惑な歓迎

 剛毅との会談を終えた悠元は最寄りのコミューターに乗り、寄り道することなく目的地である白山(しらやま)水鏡(すいきょう)神社(じんじゃ)へ到着した。霊峰「白山」の麓に本殿を構えており、全国各地に鎮座する白山神社の総本山として名高い。

 

 かの源頼朝(みなもとのよりとも)が寄進し、源義経(みなもとのよしつね)が参拝したという事実だけでも格式の高さを窺わせるものだ。一時は加賀一向一揆によって勢力を落としたものの、前田利家(まえだとしいえ)によって復興した……というのが、自分の知る前世の知識である。何故知っているのかと言えば、長期休みを利用して一度足を運んだことがあるからだ。別に何かに縋るためではなく、どちらかと言えば身内の縁結びというか長き縁となるようお祈りした形というべきだろう。

 

 だが、この世界においてはその経緯が変わっていた。なんと長尾景虎(ながおかげとら)―――後の上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)が上洛の折に寄進したという記録が残っており、彼所縁の代物がいくつか収められているらしい。

 かの毘沙門天(びしゃもんてん)を信仰する人物にしては意外な行動と言うべきだが、毘沙門天は七福神にして仏教の守護神として知られる存在なので、その縁で寄進しても不思議ではない。景虎の行動で越中(えっちゅう)(旧富山県)や能登(のと)(旧石川県)を治めていた勢力が警戒して、結果的に東への侵攻を押し止めた。これによって、上杉家や長尾家は南の甲斐武田(かいたけだ)家や関東地方、それと東北地方に集中できる形となった。

 

 加えて、本来の歴史ならば一向門徒と戦って衆徒がほぼ全滅したが、こちらの歴史では白山の噴火で一向宗の門徒も含めた一向一揆勢がほぼ全滅するという形になっていた。元を辿れば同じ天台宗の末寺だというのに、対立する形となったのは悲しいことだが。

 なお、この後加賀国は越前朝倉(えちぜんあさくら)家によって瞬く間に制圧されたが、噴火による爪痕が想定よりも根深く、復興で多大な労力を費やしたところを織田(おだ)家が呑み込んでいった。

 

 閑話休題。

 

 本殿に至るまでの長い階段をゆっくりと上る悠元であったが、階段に足を踏み入れた時から何者かの視線を感じていた。それが敵意を含むものではなかったので無視するようにしつつ歩を進めていた。

 そして、階段を上り切ったところで物陰から飛び出してくる左右二つの影。気配の消し方は恐らく精霊魔法に基づくものなのは分かり切っており、悠元は両手を横にあげ……その気配が切迫した瞬間に手を素早く動かしてその影を掴むと、そのまま真上に放り投げた。

 男性二人の短い悲鳴が聞こえたが、それを介することもなく落ちてきた一人目に対して捻りを加えた左の掌打を腹部に撃ち込み、もう一人に対してはその場で素早く回転して右足による飛び蹴りを脇腹に撃ち込んだ。

 

「(力試し……いや、“悪戯”かな)……ふっ!!」

「きゃっ!?」

 

 その隙を見計らうように飛んでくる精霊魔法―――水の塊を飛ばして相手にぶつける水属性の『麗水砲(れいすいほう)』に対し、悠元は右手を翳して『麗水砲』を押し止めると、意識を集中させて魔法の支配権を奪取し、『麗水砲』を飛んできた方―――本殿の方向に勢いよく投げ返した。すると、その魔法が着弾したようで、女性の悲鳴が上がった。

 悠元は呆れた表情を見せつつ、先程の魔法が放たれた先にいる巫女服を纏った女性―――『麗水砲』で水浸しになったことにより、巫女服が体に張り付く形で女性のボディラインが確認でき、上半身に至っては透けて肌色が見えている部分もある―――に近寄って声を掛けた。

 

「さて、何でこんなことをしたのか説明してもらおうか、沓子?」

「う、うう……だからわしは反対したというのに……」

 

 悠元は魔法で手早く沓子の服を乾かして、彼女の手を取って立ち上がらせた。一方の沓子はというと、悠元の姿を見て恥ずかしそうな様子を見せていた。

 

「何故恥ずかしがる」

「婚約者の前でみっともないところを見せたんじゃから……って、言わせるでない!」

「いや、勝手に自爆しただけだろ」

「うぐぅ……」

 

 ともあれ、沓子の案内で悠元は神社の敷地内を歩いていく。普段ならば参拝客がいてもおかしくはないが、どうやら人払いの術式を用いていたようだ。でなければ、先程の襲撃ができなくなるので納得できる話だ。

 襲撃とはいったが、どちらかと言えば試しに近かった印象が強い。沓子が言うには、悠元の実力を見るために神社の修行者(天台宗の末寺だった名残で、九重寺のような僧兵にも近い)を宛がうべきという四十九院家の親族たちが目論んだことで、現当主である水奈子が沓子の同席というか監視付きで認めさせた。

 

「3年前に爺さん抜きでボコった記憶が抜けたのか、あいつらは」

「確か、『裏蓮華(うられんげ)』と言うたかの……手足複雑骨折は正直やりすぎだと思ったんじゃが」

 

 沓子と仲良くしていることを気に入らなかった沓子の従兄弟筋から勝負を挑まれ、精霊魔法を無力化した(その時点で天神魔法をある程度習得していたので、強力な事象改変による技巧を用いた)上で、事象改変力を完全に制限なしで相手を打ち上げて、直上から超高速移動による打撃と蹴撃で相手を粉砕する『裏蓮華』で相手を戦闘不能にした。

 対戦相手の手足に限定して技を放ったので、致命的なダメージは与えていないし魔法治療で治せる範疇のレベルに止めている。

 

「這い蹲って勝負続行を望んだときはゾンビの類かと思ったほどだよ。軽い脳震盪を起こして気絶させたが。そういえば、正月に神楽坂家を訪れた後、愛梨や栞に何か聞かれなかったのか?」

「その辺は適当に誤魔化したからの。とりわけ深雪嬢や達也殿のことなど誰にも言えぬからの」

 

 あくまでも婚約者としての挨拶は済ませたが、物理的な距離があるためにお互い連絡を取る程度でそれ以上のことはしていないのが現状だ。それでも愛梨からは「何かいいことでもあったの?」と問い詰められたが、いつもの飄々とした表情で誤魔化したらしい。

 沓子としては、自身の婚約から深雪の出自がバレるのは拙いと考えて隠すことにしたわけだが、それでも栞からは「何か隠してるよね」と言われてしまった。ただ、栞自身もこれ以上触れるのは危険だと判断して追及はしなかったことも付け加えられた。

 

「達也殿や深雪嬢、友人たちは客間に通して居る。ただ、悠元には申し訳ないのじゃが……」

「まあ、想像はつくから別にいいよ。案内してくれ」

 

 四十九院家(かれら)の都合とはいえ、元十師族・現護人の人間―――それも『九頭龍』の一角が神楽坂家次期当主を襲撃したのだ。現当主からその辺の事情を聞かなければ到底納得できる話ではない。正月のことといい、自分の置かれている立場の変化は七草家にも通ずるものがあるな、と内心で思った悠元だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 神社の本殿の奥―――その大広間にて、悠元は正座で四十九院家現当主こと四十九院水奈子と相対していた。水奈子は上座でなく悠元と同じ座にて相対した上で、神妙な面持ちを浮かべつつ深々と頭を下げていた。

 

「神楽坂殿。此度の戯れ、真にお許しください」

「……頭をお上げください、水奈子殿。私は血筋の縁で神楽坂に名を連ねた者故、周囲の多少の反発は覚悟しておりました。このことで水奈子殿の愛娘との婚約を解消することは致しませんので、ご安心ください」

 

 こうして相対する度に大の大人らが平身低頭するのを見せられると、つくづく神楽坂の名の重さを実感する羽目になる。婚約のことは一応口に出したが、その取り決めをしている千姫からしてもこれぐらいのことは想定した上で決めているだろう。

 なお、現状で六人という人数は千姫曰く「まだ少ない」らしい。正直なところ、あの夜のことは軽くしか見ていない上、千姫が録画した映像については怖くて見ていない。それを見て正気を保てるかどうかというより、まるで別人の何かを見ていると現実逃避するのが目に見えていたからだ。

 水奈子が頭を上げた上で、悠元は一つ咳払いをした上で尋ねた。

 

「それで、一体何があったのかをお教え願えませんか? 母上からは四十九院家が神楽坂家に助けを求めたということしか聞いていませんので」

「分かりました。事の次第をお話いたします」

 

 水奈子の話では、先月―――2月19日の夜にまで遡る。

 四十九院家に伝わる儀式「水鏡(みかがみ)の儀式」は、水の属性に秀でた精霊魔法使いである四十九院家が白川氏の頃より伝わる神器「霊水鏡(れいすいきょう)」を用いて大規模情報独立体と“対話”する儀式。

 召喚や喚起などといった精霊を従わせるためのものではなく、あくまでも精霊と“言葉”―――言語というよりは精霊との共鳴で彼らの情報を引き出す―――を交わすことを目的としたもの。古くから朝廷の神事を担っていた彼らが求めたのは“将来の危機の予知”であり、前以て危険を察することで皇族への危機を回避することに傾倒した結果、四十九院家には一種の予知能力のようなものが備わった。

 とはいえ、その主たる役目は神楽坂家の天文占術に譲る形となり、儀式自体も一族の力を衰えさせないための試しの要素が少なからず加わった。結果として、「水鏡の儀式」は四十九院家にとって次世代を担う人間を選ぶための儀式となった。

 

「沓子は当代において申し分ない結果を挙げました。ですが、その日以降……彼女の夢に『声』が聞こえるようになったらしいのです」

「……声、ですか……」

 

 その日は奇しくも第一高校の第一演習場でパラサイトをおびき寄せ、融合したパラサイトを“封印”した日。どちらも人ならざるものの存在を介した出来事なのは間違いなく、パラサイトに関わる何かがトリガーとなって、沓子の夢に「声」が聞こえてくるようになった可能性がある。

 「声」による影響が日常生活に及ぼすレベルではないとすれば、その何者かは沓子に対して害を為す意思はない可能性が割と高い。

 

「ちなみにですが、沓子は何と対話したのでしょうか?」

「“水龍”―――四十九院家において、極めて高位の存在と位置付けられている精霊です。神楽坂殿が九校戦で喚起された光の龍や“竜神”には劣ってしまいますが」

 

 少なくとも“水龍”がその声の存在ではない……悠元は己の直感でそう考えた。だが、千姫曰くパラサイトのような悪意や妖の類ではないとするなら……現時点での情報だけでは手詰まりに近い。

 正直危険が伴う博打になるだろうが、時間も有限である以上は躊躇っていられない。悠元は一息吐いた上で水奈子に真剣な表情を向けた。

 

「水奈子殿、お願いがあります。『霊水鏡』を使わせてください」

「それは構いませんが……鏡を起動させるための霊力は本来、一年を掛けなければなりません」

「それでしたら、手はありますのでご安心を」

 

 「霊水鏡」の起動には本来複数の霊力に長けた術者が必要とされており、更には鏡の場を水の精霊で満たさなければならない。なので、雪による積雪で十分なほどの水の霊気が蓄積している2月に儀式を行うのが通例だ。

 だが、悠元は以前四十九院家を訪問した際に「水鏡の儀式」を見たことがあり(本来は部外者が見ることなど許されないが、剛三の口利きで実現した)、「霊水鏡」の起動に必要な霊力供給の算段はつけている。

 

「それで、沓子を救えるのでしょうか?」

「現状は何とも……ですが、切っ掛けが『水鏡の儀式』となれば、そこに活路を見出す他ないと考えたまでです」

「そうですか……神楽坂殿。娘をどうか宜しくお願いいたします」

 

 水奈子の言葉は、まるで沓子のことを“末永く”宜しくお願いするという意味合いも含んでいるような気がしてならなかった。とはいえ、返答しないわけにもいかないので、悠元は静かに頭を下げる形となった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 水奈子との会談を終えて客間に通された悠元は、達也らに今回の事態を説明すると共に、解決の鍵となる神器「霊水鏡」を起動させる旨を伝えた。これに対して真っ先に反応したのは古式魔法をよく知る面々であった。

 

「神器を起動させるって……そんなことができるのかい?」

「必要なのは霊気―――水の精霊もとい霊子(プシオン)によって場を活性化させる必要がある。その為の手段は問題ない」

 

 龍脈を通して霊子を一気に活性化させ、「霊水鏡」によって情報次元を物理次元と“接続”する。そのための結界術式は以前に教室で使ったものを流用することで解決できると見込んでいる。霊子を活性化させるトリガーは『天照絢爛(てんしょうけんらん)』を使うことで起動のための要件を満たすだろう。

 

「俺は以前に『水鏡の儀式』を見たことがあるから言えることだが、一時的に物理次元と情報次元を接続する以上、物理的な攻撃はほぼ無効化されると思ってくれていい」

「悠元、現代魔法は通用するのか?」

「ああ、それは問題ない。だが、沓子の声が聞こえた時期がパラサイトを退治した日と近しい以上、霊的な存在が干渉してくる可能性も考慮しないといけない」

 

 妖が出てこないという話はあくまでも次元の壁を越えて出現しないという可能性。表裏の次元を同じ平面上に繋げる以上、鬼や悪魔が出てきても不思議ではないと考えている。場合によっては「アリス」を人前で使うことも躊躇うつもりはない。

 悠元は立ち上がって自前のスーツケースの奥底から二つのデバイスを手に取ると、達也と幹比古に声を掛けつつ放り投げた。

 

「達也に幹比古、受け取ってくれ」

「これは……」

「おっと……悠元、これはCADかい?」

「まあ、そんなところかな」

 

 悠元が二人に手渡したのは、例の魔法結晶を組み込んだリストバンドタイプのCAD。この状況を予測していなかったわけではないが、一応パラサイト絡みも想定して持ってきたのが功を奏したようだ。とはいえ、起動自体ぶっつけ本番となるのは否定できないが。

 

 霊的な存在に有効な攻撃手段―――天刃霊装を持っている雫と姫梨にはほのかのフォローをして貰い、幹比古と佐那が美月やレオ、エリカのフォローを担ってもらう。「遠当て」もとい徹甲(てっこう)想子(サイオン)弾を修得した達也と水波のフォローは深雪が担当し、悠元は沓子の護衛に就く。

 

 出てくるのは果たして何者か……パラサイトという存在と遭遇したとはいえ、現代の世界であのようなことを経験するとは、この時の彼らからすれば予想など出来るはずもなかったのであった。

 


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