魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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人間を辞める覚悟とは

 四十九院家の「水鏡の儀式」は、神器「霊水鏡」の霊力を満たすために龍脈の力が集う結節点―――特異点(とくいてん)に儀式のための祭壇がある。その場所はというと、霊峰「白山」の最高峰である御前峰(ごぜんがみね)の山頂にある奥宮。神器「霊水鏡」は安全上の理由で本宮の倉庫に保管されているが、儀式のときにだけ奥宮に持ち出される。

 普通なら儀式ということで全員神事用の服装なのだが、今回は荒事も想定しているために沓子以外は私服姿で立ち会う形となっている。

 

「正直言って、悠元に掛かれば何でもありね……」

「この時期に山登りは酷すぎるだろう」

「あはは、何でもありじゃの」

 

 移動自体は秘匿を条件として悠元が『鏡の扉(ミラーゲート)』で移動時間を短縮した。これには思わずエリカが言葉を漏らしたが、悠元の返した言葉に納得していた。その一方、沓子は苦笑を滲ませていた。

 

「さて、時間が惜しいからとっとと準備するか」

「ふと思ったけど、どうしてそこまで急くの?」

「そうだな……簡単に言えば、沓子が無事でいられる保証がないからだ」

 

 今が実質無害であっても、今後沓子の夢以外に「声」が聞こえないという保証などない。なので「霊水鏡」を起動させて、沓子に呼び掛けた相手を呼び出してみる他ない。今後害を為す可能性がある場合、あらゆる手段を用いてでも排除する必要がある。

 

「それと、俺らを付け回している連中―――大方七草家が雇っている魔法師なんだろうが、彼らに余計な情報を掴ませたくない」

「確かに、東京駅から妙な視線は感じていた。だが、本当に何もしなくていいのか?」

「余計な諍いは御免だろう? あと、彼らを通して九島烈に余計な情報は渡したくない」

 

 悠元が烈を敬称も付けずに呼んだことは驚く人もいたが、今はそのことを一々問いかける暇などないことは誰であっても理解できる話だ。悠元は奥宮の四方に以前使用した結界術式の札を張って中央に立った。

 そして、「ワルキューレ」を手に取ると天井に向けて構えた。

 

「沓子、準備はいいか?」

「いつでも構わぬぞ」

 

 沓子の言葉を聞き終えた瞬間に『天照絢爛』を発動させ、祭壇の間に水の精霊が充満する。これには「水晶眼」を持つ美月や姫梨、そして精霊魔法を使う幹比古が異常なほどの霊気の高まりを真っ先に感じていた。そして、精霊の力により「霊水鏡」の鏡面が青く光り輝いていた。沓子が「霊水鏡」に対して祈りを捧げる様に瞼を閉じると、鏡が異常なほどに光り輝いて祭壇の間に光が満ちた。

 

 流石に某大佐のように目潰しを食らうことはなかったが、光が収まると祭壇とは異なる武家屋敷のような佇まいの部屋に飛ばされた。そして、悠元の傍には沓子しかいなかった。

 

「沓子、目を覚ませ」

「う、うーむ……って、ここはどこじゃ?」

「魔法の力が使えるから、どこかの次元だとは思うんだが……」

 

 縁側に出ると、外は夜だが月が紅く光っている。それは月食のように淡く光っているのではなく、満月の時のような強い光が照らしている。この時点で通常の物理次元でないのは確かだが、「天神の眼」を発動させると通常の情報次元を視る以上に負荷が掛かる。物理次元と接続した影響かと考えたが、以前「水鏡の儀式」でこっそり発動させた時よりもその負荷が明らかに違っていた。

 念のために情報端末を取り出してみるが、強力な通信阻害が掛かっているために連絡が取れない。多少無理をすればいけなくもないが、この先に何があるか分からない以上は下手に力を消耗しない方がいいと判断して端末をポケットに仕舞い込んだ。

 

「もしかしたらだが、沓子を呼んでいた声の主の仕業かもしれん……どうだ、声は聞こえるか?」

「今のところは……」

 

 悠元の問いかけに沓子が何かを答えようとしたところで「声」が聞こえてきた。それは沓子のみならず、悠元にも聞こえてきた。

 

 ―――我が主の資格を得し者、これより試しを始めるものとする。

 

 その言葉と共に、周囲の空間が歪み―――気が付けば広大な草原が広がっていた。そして、目の前に巻き上がる土煙。その正体を見ようと目を凝らすと、多数の人影がこちらに迫っていた。その中には馬に乗った武士やら仏僧の姿も確認できる。それを見た悠元は溜息を一つ吐いて呟いた。

 

「……傍迷惑な」

「いやいやいや、どうして落ち着いておるんじゃ!? このままじゃと、わしらが蹂躙されるだけじゃぞ!?」

 

 慌てている沓子に対し、悠元は冷静だった。この辺は剛三のスパルタ教育の賜物なのかもしれない……悠元は「叢雲」を展開して構え、霊子の性質を付与した想子を刃に圧縮した。

 

「有象無象を吹き飛ばせ―――天牙一閃(てんがいっせん)

 

 高密度に圧縮した想子を一気に開放した刃で相手を薙ぎ払う技―――前世で読んでいた漫画の技を基に編み出した天牙一閃を謎の軍勢に向けて放つ。軍勢は光の奔流に巻き込まれ……光が通り過ぎた後には軍勢の姿が一つも確認できなかったので悠元は「叢雲」を解除した。これには沓子が苦笑を浮かべていた。

 

「あはは……もしかして、それが天刃霊装というものかの?」

「正解……っと、どうやら一つ目はクリアできたようだな」

 

 再び空間が歪むと、今度は城の前に立っていた。大抵の人ならば大阪城(おおさかじょう)姫路城(ひめじじょう)のような城を想起するだろう。だが、その城は天守の部分が普通の城とは異なり、七重の塔となっている。この時点でその城の正体が焼失したかつての織田信長(おだのぶなが)の居城―――安土城(あづちじょう)なのは見るに明らかであった。

 

「……悠元。すごく嫌な予感がするのじゃが」

「それは誰しもが思っていることだから……って、一角が吹き飛んだな」

 

 すると、何もしていないのに本丸の壁の一部が吹き飛んだ。この世界は通常の物理法則が働いていないのか、吹き飛んだ箇所は瞬く間に修復されて傷一つない状態に戻っていた。少なくとも、この世界に迷い込んだ誰かが本丸の中で戦っている可能性が高いだろう。

 いくら試しとはいえ、この状況に巻き込まれた側としては正攻法で突破するつもりなど更々ない。なので、悠元が取った方法はというと……沓子を右肩に担いだ。

 

「ごめん、沓子。この埋め合わせはするから」

「え、な、何をする気じゃ」

 

 悠元は「叢雲」を左手に持ち、『疑似瞬間移動』を発動。沓子が言い切る前に本丸の壁へと突撃する。そして激突する瞬間に己の持ちうる最高速の斬撃で壁を破壊し、一気に城内へと踏み込んだ。城内へ入った悠元と沓子が目にしたものは、まるで操り人形のような武士と戦っている知り合い―――率先して戦っているレオとエリカ、美月を守るように戦う幹比古の姿があった。

 

「悠元! それに、沓子ちゃんじゃない」

「とりあえず助太刀する。沓子も行けるな?」

「まったく……デート一回じゃぞ」

 

 不満げながらも頬を赤く染めている沓子は精霊魔法を発動し、水の縄で相手を押さえつける『水飯綱(みないづな)』で武士らの動きを封じる。それを好機と見たのか、エリカは千刃流の裏の秘剣『切陰』で斬り伏せ、レオは『ドラグーン・ブレス』で相手を打ち倒した。幹比古が残りの連中を『雷獅子』で吹き飛ばして脅威が去ったところで、お互いにここまでの事情を説明した。

 レオやエリカ達は草原に飛ばされ、いきなり襲い掛かってきた謎の軍勢を追い払ったらいきなり城内へ飛ばされたらしい。

 

「目が覚めたら、あたしらは四人しかいなかったの。そっちは二人だけだったみたいだけど……悠元がいるなら問題ないわね」

「となると、残る半分はどこかにいるようだが、この世界だと現実の物理法則自体通用しないからな。見当もつかん」

「そうだね。僕たちの魔法が使えるのは幸いだけど……柴田さんの眼で見たところ、向こうに次の階層へ続く階段があるみたいなんだ」

 

 ここの広さを考えると、城の外見から推測される広さの3倍以上はある。達也らの行方も気がかりだが、手掛かりがない以上は先に進む他ない。しかし、現代世界でファンタジー要素満載の経験など、よくよく考えてみればオカルトにも近い。階段を上った六人が目の当たりにしたものは……見渡す限りの森林であった。

 

「え、えっと……」

「何と言うか、最早何でもアリだなこりゃ」

「あたしやミキは悠元の存在で慣れてるけどね」

「僕の名前は幹比古だ」

「……人を超常現象扱いするな」

 

 ただ、森林と言っても石畳の道案内があるあたりは親切なのだろう……と悠元が一歩を踏み出そうとしたとき、森の奥から飛んでくる飛翔物に気付いて「叢雲」で打ち払うと、地面に落ちたのは苦無と言うより現代風の投擲用ナイフだった。しかも、それはスターズで採用されているタイプの武装一体型CAD。ここは日本のはずなのに、何でこんなものが飛んでくるのか……と悠元が視線を向けると、土下座している一人の少女の姿があった。

 

「何やってるんだ、セリア」

「許してお兄ちゃん」

 

 彼女から事情を聞くと、単独で飛ばされたセリアは軍勢を「アルテミス」で吹き飛ばしたら空間が歪んでここにいたようで、先程まで忍者のような存在と戦っていて、悠元らの存在もそれだと勘違いして投げたものの、すぐにそれが間違いだと気付いて土下座に至ったということらしい。

 彼女の想子パターンからして偽物ではないと判断し、そのまま合流することにした。森林の中を警戒しつつ歩いているのだが、殺気はおろか人の気配すら感じられない。

 

「おかしい……私なんて結構な数の忍者と遭遇したのに……」

「(セリアよりも強い何かに引き寄せられた、と考えるのが妥当だが……)あっという間に次の階段か」

 

 この先が地獄の門とか言われても何ら驚く要素がないと思いながら次の階段を上った先はというと……今度は西洋風の城の内部。広さと装飾、そして眼前にある煌びやかな玉座からするに王の謁見の間なのだろう。その奥には上に続く階段が確認できた。

 戦国風の城の中に西洋の城の内装と言うのは異質そのものだが……そして、気が付くとその王座の前には一人の女性が立っていた。煌びやかな金髪を纏め、彼女の手には騎士剣が握られている。その剣から発せられる神々しい力は正しく人ならざる力そのもの。そして、その少女はゆっくりと口を開いた。

 

「―――成程。『王殺し』に『龍殺し』……それと『神格に至りし剣』の持ち主とは。私も存外恵まれたものですね」

「気を付けてください! あの人の持つ剣は、常軌を逸しています!」

「あの女性の姿……まさか、彼女が持っている剣は約束された勝利の剣(エクスカリバー)!?」

「知ってるの、セリア!?」

 

 この状況で神造兵器とか冗談で済む話ではない。セリアの言葉が正しければ、目の前にいる少女の名はアーサー王が女性化した姿なのだろう。そこまで詳しくないが、聖剣において最高峰の代物なのは間違いない。

 この世の理すら斬り伏せる理外の存在。通常兵器はおろか、恐らく武装一体型CADでも太刀打ちできるか正直分からない。だが……目の前の王を見てレオとエリカ、幹比古と美月、そしてセリアが目を見合わせて頷くと、二人の前に立った。

 

「悠元、先に行け!」

「ここはあたしらがきっちり片付ける! 悠元に沓子ちゃん、しっかりやんなさいよ!」

 

 何の勝算もなしに立ったとは思えない……レオとエリカの自信に満ちた言葉を聞いて、悠元は沓子を抱きかかえて自己加速術式で少女の横を一気に駆け抜けた。その光景を少女は目もくれることなく、視線をレオとエリカに向けていた。

 

(この状況だと、流石に「レーヴァテイン」があっても「エクスカリバー」には太刀打ちできない。せめて援護だけでも……これって、二人のCADに霊力が収束しているの?)

 

 幹比古は美月の守りに就き、セリアは二人の援護をしようとも考えたが……セリアは二人が持っているデバイスの異常な霊力の高まりに気付いた。それには少女も気付いたようで、笑みを見せていた。

 

「よろしいのですか? 貴方方がそれを抜けば、最悪人のままでいられなくなります。それでも―――」

 

 それは紛れもない少女の忠告。人であった彼女なりの親切。この期に及んでなのは虫のいい話だろう。だが、それをレオとエリカは一蹴した。

 

「んなこと、百も承知だ。元々人間のままでいられるかどうかも分かんねえ……けど、ダチと約束した以上は守るって決めたんだ! 誰にも文句は言わせねえ!」

 

 祖父から聞いた話。そして、その血を受け継ぐ俺の遺伝子が理性に対して牙をむくかもしれない。だが、今は送り出した友との約束を果たすため……そして、こんな自分と向き合ってくれている大切な人を悲しませないために。

 そして、パラサイト事件での戦闘経験が自分自身に強さへの渇望を与えた。

 極めつけに、全貌も見えないこの世界へ飛ばされるという経験で、俺は明確に「力」を欲した。せめて目の前の誰かを傷つけずに守り切れる力を。

 

「あたしはね、こう言っちゃなんだけど、悠元に勝ちたいってずっと思ってた……でも、今は違う。勝てないのならば、せめて幼馴染の背中を守ってやれる剣士になってやるって決めたのよ!」

 

 魔法師としても剣士としても数段先を行く幼馴染。そんな彼に羨望を抱いたのは言うまでもない。だが、どうあっても届くことのない高い壁に一度は挫折しかけた。だが、彼はその高みへの道筋を見出してくれた。

 私は決めた。せめて幼馴染の足を引っ張らないぐらいの実力が欲しい、と。

 そして、自身よりも一歩先を行っている恋人に負けたくないという負けず嫌いの性格が、私に「力」を欲する結果となった。

 

 二人のその決意に呼応するかの如く、「ジークフリート」と「疾風丸」を起点として彼らの想子光と同色の光の嵐が巻き起こる。

 

 かの剣士はかつてこう言った。

 

 ―――剣と力は己が続きに在るもの。あくまでも剣士が振るうのは己の「魂」と「意志」。

 

 その魂と意志を刃の形としたのが新陰流剣武術の秘術である「心刃(このは)」であり、その極致にあるのが想子と霊子を実像化する護人の秘術「天刃霊装(てんじんれいそう)」。だが、その「天刃霊装」には更に段階があり、武装を実像化させる始解(しかい)……そして、その実像化した武装の心を承伏させることで発現する七聖抜刀(しちせいばっとう)

 本来ならば「心刃」を習得するだけでも最低20年、天刃霊装の始解を会得するならば更に20年を必要とする……と言われるほどに、その技術の難易度が極めて高いことが窺える。天刃霊装を編み出した神楽坂家(安倍家)三代目当主でも、修得した当時は50歳目前であったと手記に書かれていたほどだ。

 だが、悠元から教わった技術と貰い受けたCAD、濃密とも言える新陰流剣武術の鍛錬が二人に天刃霊装への道を指し示した。己の魂そのものを研鑽することなど、現代魔法を使うことの多い魔法師にとっては未知の経験なのだろう。魔法科高校に通うだけでは得られなかった力……それが各々の中へ確かに受け継がれた。

 

『レオンハルト、呼ぶがいい。我が剣の名を』

『叫びな、エリカ。オレの剣の名を!』

 

 魔法結晶の守護霊(サーヴァント)―――「ジークフリート」と「モードレット」の力を借りる形ではあるが、レオとエリカは己の脳裏に聞こえてきた天刃霊装の真名を叫ぶ。

 

「俺は強くなれる。いや、強くなってみせる……唸れ、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

「エクスカリバーだか何だか知らないけど、あたしらはアンタをぶっ飛ばして悠元たちに追いつく。来なさい、燦然と輝く王剣(クラレント)!!」

 

 その嵐が吹き飛ぶように収まると、レオの手には漆黒を基調とした大剣―――「バルムンク」が握られ、エリカの手には白銀の騎士剣の武装―――「クラレント」が握られている。だが、そのいずれもが女性の持つ「エクスカリバー」とは異なり、現代の銃器のような機構を備えていると思しき武装。その使い方は彼らの脳裏に刻み込まれ、まるで自らの手足のように馴染んでいる。そして、自らの魔法もその武装に使えることが理解できた。

 女性は微かに笑みを零しつつ、突き立てていた「エクスカリバー」を床から引き抜くと、その刃をレオらに向ける形で眼前に構えた。

 

「若いですね……ですが、覚悟もある。よろしい、我が騎士王の名に挑むその心意気に応じ、お相手をいたしましょう」

 

 エクスカリバーから発せられる力の波動はレオらにも伝ってくる。だが、レオとエリカは怯むことなどなく、寧ろ剣を握る手に力が入る。こんな経験など、恐らく一生掛かっても出来ないであろう。彼らの中には、約束を守るということに加えて剣士としての矜持が少なからずあったのかもしれない。

 

「後ろは任せたぜ、三人とも!」

「ミキ、後ろはしっかりね!」

「あ、う、うん……それと、僕の名前は幹比古だ」

 

 二人がCADとは異なる武装を手にしたことに驚きつつも、幹比古はいつもの口調と共に気を引き締めた。その時、幹比古は気付いていなかった……悠元に渡されたCADが微かな光を放ったことに。

 




 ちょっと展開が急すぎる気もしますが、主人公の存在を何とも思わない方が無理あると思うのです。そんな意図も含めての強化です……まあ、おいそれと使えない力なのはレオやエリカも理解しています。
 簡潔に言えば、「十代で天刃霊装を習得した主人公によって魔改造された」形です。レオとエリカがどういう変化を辿ったのかは先のネタ残しの為に詳しく書きませんでした。

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