魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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文章を切るタイミングが難しかったため、今回は長め


朱に交われば赤くなる

 自らを「騎士王」と名乗った少女。そしてCADはおろか現在の物理法則を完全に無視した武装を手にしたレオとエリカ。その光景を緊張した面持ちで見つめる幹比古やセリア、そして美月。ここで美月が眼鏡を外して少女を見た瞬間、膨大な量の精霊が彼女を纏っていることに気付く。

 

「吉田君。あの子の周囲に膨大な量の精霊が」

「うん、どうやらそうみたいだね(セリアが口にしていた武器の名前を疑ったわけじゃないけど、あれだけの精霊を制御しきるなんて芸当は最早人間業じゃない)」

 

 幹比古がセリアのことを呼び捨てにしているのは交換条件を提示されたからで、それが受け入れられない場合はエリカと同じように「ミキ」と呼ぶと宣言されたからだ。

 “竜神”による膨大な量の演算情報や、達也のCADによってほぼフル稼働状態での魔法演算を経験し、更には悠元の想子制御訓練を積んできた幹比古からしても、視線の先に映る少女は「エクスカリバー」を介する形で精霊を御しきっている。

 美月と幹比古のやりとりをセリアは微笑ましく見ていたところで、剣を構えている三人の姿が消えて戦闘が開始された。

 

「ほう、やりますね」

「……アンタのその物言い、なーんかうちのバカ兄貴みたいで癪に障るわね!!」

 

 今まで太刀を中心に握ってきたエリカからすれば、両刃の騎士剣を振るうなど未知の領域のはず。だが、「クラレント」は今まで使ってきたデバイスと同等……いや、それ以上なのかもしれないとエリカは感じていた。何せ、エリカが積み上げてきた千刃流の技をほぼ十全に生かすことが出来ると感覚で理解していた。

 尤も、いくら身内に警察官がいるとはいえ銃器を扱ったことのないエリカからすれば、「クラレント」に搭載された銃形態―――刃が縦に分割することで中央に内蔵されたショットガンタイプの銃口が展開される仕組みで、柄に相当する部分の持ち手にあるトリガーを用いて攻撃する―――をまともに使えるかは内心怪しかったが、それですらも知識としてインプットされたことには苦笑を禁じえなかった。

 

 最も得意とする自己加速術式―――悠元の想子制御技術によって昇華した「アクセル・ブースト」と呼ばれる身体能力強化術式を用いて切迫するが、騎士王はまるで剣の軌道が分かっているかのようにエリカの「クラレント」と切り結ぶ。

 ここに、レオが「バルムンク」を「エクスカリバー」めがけて振り下ろす。騎士王は2つの剣によって足が接地している地面に亀裂が走るが、2つの天刃霊装を受け止めつつもパワー負けしていない。これには幹比古が驚いていた。

 

「二人の攻撃を受け止めただって……セリア、君が言っていた『エクスカリバー』ってどういうものなんだい?」

「あれは神造兵器。簡単に言えば神が造ったとされる神剣の中の神剣だよ。あんなのが現実の世界にあったら、世界中の連中がこぞって奪いに来るだろうね」

 

 尤も、「エクスカリバー」自体持ち主を選んでしまう代物のために大半の人間が選ばれることなどないだろう。もしその剣が達也を選んだとなったら、魔王に神剣という珍妙な光景が出来てしまうわけだが。

 レオとエリカ、騎士王が一度距離を取るとレオとエリカは身体強化術式で騎士王に切迫する。だが、騎士王は必要最低限の動きで二人の猛攻を凌いでいた。まるで、何かを待っているかのような雰囲気を感じ取ったセリアが、騎士王の動きが変わったことに真っ先に気付いて幹比古に声を掛けた。

 

「ミキちゃん、攻撃が来るよ!」

「分かってる! それと、僕の名前は幹比古だ!」

 

 騎士王が「エクスカリバー」を構えると、周囲の精霊がそれに呼応して黄金のオーラを発する。それはまるで、黄金色に実った麦畑を思い起こさせるかのような情景を連想させるが、彼女の握る「エクスカリバー」の異常な霊力の高まりにセリアはわざと幹比古をあだ名で読んで警戒を強めさせた。

 騎士王が「エクスカリバー」に込められた霊力を解放した刹那、光の斬撃が部屋全体を襲う。天刃霊装を持つレオとエリカは何とか身体強化で躱し切れている。騎士王にも矜持のようなものがあるのか、距離を取っている幹比古や美月、セリアには一切攻撃しなかった。

 だが、騎士王の激しい攻撃は天井にも及び、とうとう「エクスカリバー」の攻撃に耐えきれずに天井が崩壊してしまう。瓦礫を吹き飛ばす最も早い方法は移動魔法を使うことだが、それではレオとエリカにダメージが及ぶ可能性がある。

 

(どうすればいい……僕の実力だと柴田さんとセリアを守るので精一杯……いや、そもそも凌ぎ切れるかどうかも)

 

 すると、その時幹比古の手首に付けていたもの―――悠元から貰ったリストバンド型のCADから光が発せられた。それと同時に、幹比古の脳裏に声が響く。

 

『―――問おう。お前は力が欲しいか?』

『……もしかして、レオやエリカの力と同じようなものかい?』

『概ね間違いはない。だが、今はそんな問答などしている場合ではないだろう? 改めて問う。お前は、力を望むか?』

 

 その声に驚きはしたが、幹比古も悠元という論外の存在の影響を受け続けてきたためか、そこまで動揺はしていなかった。それを確認したかのように、若い男性の声は言葉を続けた。

 かつての自分なら、間違いなく嬉々として力を欲した。だが、その驕りが自らを苦しめたことは幹比古自身が一番よく理解している。悠元との再会もそうだが、達也との出会いによって力を研鑽するようになったことは、幹比古にとって一番のプラスとなったことは確かだ。

 過ぎた力は己を滅ぼしてしまう。だが、力を振るうのに最も必要なのは己の意志に他ならない。「エクスカリバー」の剣を持つ騎士王によって仲間が危機的状況にある今、幹比古の選び道は一つであった。

 

『―――僕が望むのは、僕の大切なものを守り切る力だ。その過程で相手を傷つけることがあるかもしれない。けど、何かしたいときに何も出来ずに後悔なんて絶対にしたくない』

『……聞き遂げた。我が名は諸葛孔明(しょかつこうめい)、これより汝の力となろう。叫べ、我が魂の剣を』

 

 三国志において名の知られた天才軍師の一角。それに驚きはするものの、幹比古は表情を引き締めた上でリストバントCADを身に着けた左手を前方に翳した。

 

「―――来い、『天鳳扇(てんほうせん)』!」

 

 次の瞬間、幹比古の手には自身が所持している古式魔法用の鉄扇より一回り大きい代物が握られていた。扇面には古式魔法のものより複雑な術式の魔法陣が刻まれており、通常のものより厚い扇面の間には機械的な機構が備わっている。

 幹比古はこの状況で最も適した魔法を「天鳳扇」に込めると、緑に輝く光が「天鳳扇」の扇面に刻まれた魔法陣に流れ込んでいく。

 

「みんなを守れ―――『天嵐(あまあらし)』!」

 

 吉田家に伝わる精霊魔法―――本来は龍脈の把握や時間を掛ける形でないと発動できない風属性の『天嵐』を発動。幹比古だけでなく、美月やセリア、そしてレオとエリカの周囲に球状の風の障壁を展開して瓦礫を弾き飛ばしていく。

 天井の崩落が収まったところで『天嵐』を解除した幹比古は「天鳳扇」を思わず見つめていた。

 

「……常識を破壊されるのは悠元で慣れっこのつもりだったけど、僕もまだまだだな」

『……あまり毒されるのもどうかと思うぞ』

 

 幹比古の口から零れ出るように呟かれた言葉に対し、諸葛孔明はまるで溜息でも出てきそうな口調で幹比古を窘めたのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 時を同じくして、達也と深雪、雫と姫梨は城の城下町らしき場所を歩いていた。ほのかもそうだが、悠元らの手掛かりが掴めないのは想定外だった。そもそも、達也が「精霊の眼(エレメンタル・サイト)」で見ようとしたとき、本来情報次元を視る時よりも明らかに膨大な負荷がかかってしまうのをすぐに理解して発動をキャンセルした。

 それは深雪に対する監視のリソースにも影響を与えているのが深雪にも感じ取れたたため、負荷軽減のために『誓約(オース)』の解除をしている。

 

「お兄様、どうして魔法の使用を限定されているのですか?」

「どうやらこの世界は、物理次元でも情報次元でもない摂理が働いているみたいだ。先程の戦闘でも『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』を使用したが、建物などの構造物が照準を外されてしまっていた」

 

 この現象は達也がリーナと対決した時に『仮装行列(パレード)』による魔法照準を外された経験や、体術の鍛錬で八雲の幻術を見ていた時に酷似している。あれらはあくまでも一個人という限られた範囲でしかなかったが、この世界では構造物全体にその性質が適応されている。そのため、壁を乗り越えていくことは出来ても壁を『分解』するという手法が取れない。

 

「手掛かりがあるとすれば、あの城のようだが……あれは、安土城(あづちじょう)か?」

「現実世界にはない城があるとするなら、今回の一件は悠元の言う通り、小火程度ではありませんね」

「まあ、今の状況からして普通じゃないわけだし」

「そうね、雫……っ! 来ます!」

 

 達也らの眼前―――地面に展開する真紅の魔法陣。そこから生えてくるように出現する漆黒の甲冑を纏った武士。彼らの手に持っている刀や槍は見るからに真剣そのものという他なく、彼らの表情は仮面のようなもので覆われていて表情は伺えないが、目が不気味に赤く輝いている。

 

「この状況だと、躊躇っていられないね。来て、『グラーフアイゼン』」

「そうですね……唸れ、『クラールヴィント』」

「凍てつきなさい、『宵時雨(よいしぐれ)』」

 

 雫の天刃霊装―――機械仕掛けの鎚である「グラーフアイゼン」、姫梨の天刃霊装―――十字槍の基本形状を持つ「クラールヴィント」、そして深雪の天刃霊装―――マグナムタイプの二連装の銃口を備えた二刀流の小太刀型武装「宵時雨」。

 

 雫が念じると、目の前にいくつもの鉄球が実像化し、その鉄球を雫は「グラーフアイゼン」の打撃面で打ち飛ばしていく。その鉄球には「グラーフアイゼン」を通して雫の『共振破壊』が付与されており、武士の甲冑をまるで紙屑が如く砕いていく。

 それでも食らいついてこようとする武士に対し、姫梨は「クラールヴィント」に風を纏わせ、刃先が分割することで内蔵されている銃口が展開。風の天神魔法を纏った超高速の砲弾が武士を貫く。

 そして、深雪は自己加速術式と飛行術式を用いて宙高く舞い上がると、「宵時雨」から自らが得意とする水属性―――氷結魔法の魔法弾で武士を急速冷凍し、懐に飛び込み小太刀の刃で武士の甲冑を斬り裂いていく。

 これでは守られている側だな、と達也は内心で呟きつつ「トライデント」を構えて『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』で動けなくなっている武士たちを分解していく。武士の存在が確認できなくなったところで三人が天刃霊装を解除すると、深雪は達也の元に駆け寄った。

 

「お兄様、お怪我はありませんか?」

「ああ、深雪たちのお陰で無傷だよ。正直に言えば、女性に守られているというのは男としてどうかとは思うが」

「言いたいことは分かりますけど……ひとまず、城の中に向かいましょう」

「だね」

 

 四人が城の本殿の入り口に踏み込むと、何かの波長を感じとった。明らかに想子によるものではなく、どちらかといえば霊子に近い波長なのは直ぐに理解できた。すると、深雪が達也の手首に付けているCADが淡く輝いていることに気付いて声を上げた。

 

「お兄様、身に着けていらっしゃるCADが……」

「これは……(何かと“共鳴”しているのか?……この映像は、レオとエリカか?)」

 

 CADに組み込まれたものが元々パラサイトだった存在なので、何かしらの共鳴現象を引き起こしているのだろう……と、達也は結論付けた。すると、達也の脳裏にレオとエリカがCADと異なる武装―――深雪らの天刃霊装のような武器を持って女性と相対している映像が流れてきた。

 

「……どうやら、レオとエリカたちも城の中にいるようだ。俺たちも―――」

 

 達也がレオ達と合流しようと提案しかけた瞬間、周囲の空間から“色”が消えて……まるで「エレメンタル・サイト」で情報次元を視ている時のような光景が広がっていた。その光景に驚きを見せている達也の目の前に光の球のような存在が姿を見せた。

 

「何者だ。これだけのことが出来る以上、只者ではないのだろう?」

『―――そうですね。私は言うなれば、10年前に貴方が喪ったもの……それを受け継いだと言うべき存在でしょう』

 

 まるであやふやな言い方をしている女性のような声。だが、達也以外の時間を止めることからして超常的な力の持ち主なのは理解できていた。どことなく“聖女”のような印象が感じられる……憶測でしかない以上、その詮索を差し控えた上で達也は問いかけた。

 

「それで、何故俺以外の時間を止めた」

『貴方と話したかった、というのもありますが……貴方は「力」を欲した。その想いに私が目覚めただけの事です。心当たりがおありなのでしょう?』

「……そうだな。それは否定できない事実だ」

 

 生まれつき魔法演算領域を『分解』と『再成』に占拠されているがために普通の魔法が使えず、仮想魔法演算領域を植え付ける際に殆どの激しい情動を司る部分が奪われた。深雪に対する激しい情動だけが残され、深雪を守るための存在でもあり、深雪が俺の枷となってしまった。

 このままガーディアンとしての人生を送ることも仕方がないと思っていた俺は、悠元と出会ったことでその価値観に疑問を投げかけた。本人は「そんなことなどしていない」と言うだろうが、深雪から「友人になりたい」と聞いたときはその提案を受け入れてもいいような気がした。

 魔法師としては、間違いなく世界最強の名に恥じない実力を持つ悠元。その悠元と手合わせや鍛錬をしていくうちに、同じ男として負けたくない感情が芽生えていた。心の大半を書き換えられた俺に感情が芽生えるなど……とは思ったが、そんな非常識なことをやってのけるのが俺の親友でもあった。

 

「俺は、ガーディアンとして深雪を守る役目を背負った。叔母上が何を考えているのか大体察しはつくが……それはこの際置いておく。自分の役目を全うするためではなく、俺は悠元に並びたい。彼が俺を親友と認めてくれたからこそ、それに恥じない人間となりたい」

 

 だから、力が欲しい。妹だけではなく、自分にとっての親友やクラスメイトも含め……そして、こんな自分を心から好いてくれている人たちの為に。この世界から脱するための力を。

 達也の言葉を聞き、光の球は姿を変え―――煌びやかな金色の髪を靡かせる武装した女性は、達也の前に立って両手を達也の頬に添えると、自らの額を達也の額に当てた。

 

 ―――その願いを聞き届けましょう。我が超常なる力―――『交差する機械仕掛けの運命(クロス・エクセリオン)

 

 眩い光が収まると、達也は“色”の戻った空間に戻ってきていた。先程CADから放っていた光も収まっていたが、達也は自身の中に力が芽生えたことをハッキリと感じ取っていた。達也が意識を集中させると、彼の両手に「トライデント」とは異なる重厚なオートマチックタイプの銃が握られていた。

 これには周囲の人間が驚きを見せているが、深雪は笑みを見せていた。

 

「流石お兄様。とうとう天刃霊装を会得されたのですね」

「悠元や深雪のように自分の努力で至ったものではないがな。だが、悪い気はしない」

 

 達也は手に握った武装―――右手の「クロス・エクセリオン」を構えて引き金を引くと、奥から迫ってきた武士が瞬く間に分解された。達也は武士に対して『ミスト・ディスパージョン』を使ったが、「トライデント」を介した時よりも霊的な存在を捉えやすくなっていることに内心驚いていた。続けて引き金を引いていくが、武士は何の抵抗も出来ずに消え去っていく。

 

(どうやら、俺が徹甲想子弾でやっている処理を自動的にしてくれているようだが……怠けない様に気を引き締めないとな)

 

 元々図に乗るような性格ではないが、この力に溺れない様に自らをより律する必要がある……達也は武士の気配が消えたのを確認して「クロス・エクセリオン」を解除すると、「トライデント」を再び手に取った。一行はそのまま最奥の階段を駆け上がり、上層へと急いだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悪戯心と言うか、常軌を逸しているような出来事ばかり起きている。“試し”と口にしていたが、一体誰の試しなのかも分からない。資格と言ってもさっぱりだし、そもそも沓子がその対象ならば今までの「水鏡の儀式」で引っ掛からなかったのが気に掛かる。

 

「悠元、一体どこまで続くのじゃ?」

「さてね。それはこの次元を構築した奴の気分次第だ」

 

 階段を上がった先に広がるのは長い木板の床。自然の常識から逸脱した木の板に目をくれている暇もなく、罠を警戒しつつ感覚で大体500メートルぐらい進んだ二人の前には障子の襖が一つ。特に鍵が掛かっているわけでもないが、悠元は「叢雲」を展開して襖をまるでバターでも切るかの如くバラバラにした。入っていきなり罠でした、なんて意地の悪い仕掛けも想定したからこその行動だが、その先に広がる光景に悠元と沓子は目を疑った。

 

「……どうなってるんだ?」

「わしが聞きたいぐらいじゃ」

 

 悠元と沓子の目の前では、燃え盛る寺の前で刃を交わす二人の人物の存在があった。一人は黒を基調とした軍服とマントを纏った少女で、刀を振り回しつつ宙に火縄銃を実像化させて相対する相手に向けて銃弾の雨を浴びせている。もう一人の人物はフードで頭部が隠れているが、手に持った槍で少女を貫こうと狙っている。しかも、少女の放った銃弾を躱していないのに弾そのものが“避けている”という有様。ここで悠元は少女のほうの家紋を見て心当たりがあった。

 

(あれは織田家の家紋? となると、本能寺? いや……光秀があんな恰好をするとは思えんが……)

 

 ここで、悠元と沓子は何かが振動していることに気付く。最初は目の前の戦闘による衝撃波かと思ったが、それにしては明らかに威力とかけ離れた振動。それが更に増して大地震のような様相となり、戦闘をしていた二人も手を止めて振動に慌てていた。すると、少女が悠元らに気付いて声を上げた。

 

「お、お主等! これが何なのか知らぬか!?」

「知るわけないでしょう。俺らだって今しがた来たばかりですし……沓子、悪いが捕まってろ」

「ふえっ!?」

 

 沓子が悠元に抱きかかえられた直後、床に巨大な亀裂が入って崩れていく。本来助ける義理はないのだが、目覚めが悪いと感じて「ワルキューレ」で『ファランクス』を発動させて自分を含めた四人を崩落による影響から防いだ。床のみならず、燃えていた寺から飛んでくる火がその直下にも燃え広がる。その直下―――悠元が通り過ぎた王の間なのは間違いなく、まるで崩壊寸前の王国の様相を呈していた。『ファランクス』を解除したところで悠元は沓子を下ろすと、「叢雲」を素早く展開して近寄ってくる敵意―――「エクスカリバー」を振り回す少女の剣を受け止めていた。

 

「いきなりなご挨拶だな」

「流石ですね。ですが―――」

「悠元、そこを退いて!」

 

 悠元が近くにいた沓子を担いで素早く飛び退くと、「クラレント」で切迫するエリカ。その後方からレオが「バルムンク」を銃撃モードに切り替えて砲弾を放つ。エリカはレオの射線へ誘導するように弾き飛ばすが、少女は「エクスカリバー」で砲弾を斬り裂いた。状況からするに、上層の床(この空間の天井ともいえるが)を破壊したのは少女の「エクスカリバー」なのは間違いない。よく落ちてくる瓦礫から生き残れたと思ったが、その理由は幹比古にあった。

 

 天井が崩落するその瞬間、幹比古が天刃霊装「天鳳扇(てんほうせん)」を発現して風属性の精霊魔法『天嵐(あまあらし)』で自身を含む五人を守り切った。これには幹比古自身も驚きを隠しきれなかった。そもそも、天刃霊装自体最後に発現したのが900年以上前なので仕方のないことだが。

 レオとエリカが騎士王と戦闘している状況で呑気な事など言えないが、悠元は先程上層で戦っていた二人に向き直った。

 

「先に行ったのに、結局はとんぼ返りとなったわけだが……そこの二人に聞きたい。お前らが沓子を呼んだ声の正体か」

「うむ。ワシは第六天魔王、織田信長じゃ!」

「ご明察です。毘沙門天の加護を受けし者、長尾景虎といいます」

 

 上杉謙信の女性説がある以上は後者も何となく受け入れることが出来る。だが、目の前にいる前者が織田信長の名を名乗ったことに頭が痛くなりそうだった。

 事情を聞いたところ、最初は信長(と自称する少女)が沓子を呼び寄せようとしたのだが、そこに乱入した形となった景虎によって心象次元(しんしょうじげん)―――俗に言う“心象結界”自体が歪んだ結果、レオ達と戦っている「エクスカリバー」を持った少女ことアルトリア・ペンドラゴンが実像化してしまった。つまるところ、こいつらが今回の一件をややこしくした要因といっても過言ではない。

 

「アイツらも天刃霊装を会得して相当強いのに、それですら決めきれないとか……お前らを斬れば消えるか?」

「その、実は……」

「それはやめてくれ! ワシらを斬っても消える保証などないんじゃ!」

「は? どういうことだ?」

 

 信長が言うには、アルトリア自体想定外(イレギュラー)の存在の為に心象次元の制御から外れてしまっている。このまま心象次元を解除してもアルトリアと「エクスカリバー」が情報次元に残る形となり、最悪物理次元と物質次元を接続する「楔」になりかねない。つまり、ここで倒さなければパラサイトが現実世界に溢れ出るということになる。

 

「……貸し一つだ。利子は高くつくから覚悟しとけ」

 

 悠元は息を吐いて、その場から瞬時に消えたかと思うと「叢雲」で騎士王の「エクスカリバー」と切り結んでいた。一度距離を取ったところで騎士王はまるで楽しそうな表情を垣間見せていた。

 

「彼らも決して弱くはない……あそこまで鍛え上げたのは、貴方がいたからのようですね……赤髪の彼女が言っていた名は、悠元でしたか」

「……正直なところ、こんなにも早く使う羽目になろうとは思わなかった。だが、お前を倒さないと俺らの世界がヤバいことになると分かった以上、躊躇いも手加減もしない」

 

 悠元がそう口にした直後、悠元の周囲から膨大な量の霊気が巻き起こる。これにはレオとエリカも攻撃の手を止めるほどであった。白銀に光り輝く霊気が「叢雲」に注がれ、まるで光の太刀のような姿へと変化していく。そして、「叢雲」の霊気が満ちたことを感じた悠元は、静かにその名を呼ぶ。

 

「―――祝え。そして冥土の土産に持っていけ、騎士王アルトリア・ペンドラゴン。お前が此奴の初お披露目となることを。天元を抜き放て、『天叢雲(アメノムラクモ)』」

 

 一瞬にして部屋全体に満ちる光。まるでカメラのフラッシュのように一瞬の光が収まると、悠元の手に握られていたのは銃の機構の一部を取り入れたような機械仕掛けの太刀。白銀に煌めく刃はエクスカリバーと同じように神々しく光り輝いている。悠元の天刃霊装、その七聖抜刀形態である『天叢雲』。

 

「さあ、死合おうか騎士王……尤も、勝つのは俺だ」

「……その言葉、そっくり返して差し上げましょう!」

 

 悠元とアルトリアが力強く一歩を踏み出した瞬間、互いの刃がぶつかって激しい衝撃波が巻き起こる。今ここに、規格外(イレギュラー)同士の戦いが幕を開けた。

 




 幹比古に関しては、周公瑾がいるのだからアリといえばアリかと思った結果です。
 達也の天刃霊装は某悪魔ハンターの2丁銃みたいな感じでああなりました。剣を持つってイメージが浮かばなかったもので。最悪どっかの投影魔術を使う人にしようか迷いました。
 ネームを考える際に中二要素全開なのは本作の仕様です。

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