魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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ダブルセブン編
女性との難は続くようです


 西暦2096年4月5日、木曜日。国立魔法大学付属第一高校の始業式前日、入学式の3日前。

 悠元は司波家でなく、四葉本家の屋敷―――それも、一族の人間でも出入りが厳しく制限されている当主の私室に通されていた。今頃達也は深雪に魔工科の制服を着てほしいとせがまれているのだろう、と思いながら視線の先にいるこの部屋の主こと真夜の言葉を待った。

 

「いきなりで大変だったでしょう、悠元君。水波さんたら、悠元君の名前を出しただけで頬を赤く染めていたのですから」

「自分はそこまで大変じゃなかったですよ。寧ろ、家事分担で深雪と揉め掛けましたが、自分が折衝案を出して落ち着きました」

 

 掃除や洗濯、食事などの後片付けは水波が引き継いだのだが、食事やお茶の支度、更には身支度の部分となると深雪も頑なに譲れない部分があった。水波としても家政婦としての側面がある以上譲れないところがあった。

 尤も、図らずして原因の一端を担っている側の人間としては、穏便に済ませてくれと妥協案を出して納得させることに成功した。

 

「にしても、今年は七宝家のご子息に七草家の双子……そして、()()()()の秘蔵っ子とは、中々に面白いことですね」

 

 最初、千姫から入試の情報を貰った時は本当に驚きしかなかった(個人情報云々に関わることは目を瞑っているが)。首都防衛を担う十文字家の家風からして隠し子という雰囲気は見られなかったからだ。悠元自身十文字家の人間と面識を持っているが、克人の弟や妹はそこそこ歳が離れているため、自分が卒業した後に入学となるのは間違いなかった。

 今回、悠元が連絡ではなく四葉家を直接訪れているのは、今後のことも含めた打ち合わせもあるのだが……真夜の発言に悠元は頷きつつ自身の言葉を述べた。

 

「こちらでも“彼女”の身元を調べてみましたが、遺伝的に十文字の人間だということは間違いないです。どうやら、うちの爺さんが関与したようで」

「あら、剛三さんがですか?」

 

 色々調べた結果、十文字家の現当主である十文字和樹には妹がおり、その人物も『ファランクス』の扱いにはかなり長けていたが、魔法力の低下(恐らくは魔法演算領域のオーバーヒートによる魔法技能の喪失)で使用できなくなったらしい。そして、和樹の妹の娘も『ファランクス』を使えるという事実が判明した形だ。

 これが何故最近になって判明したのかというと、彼女の両親の職業が大きく影響している。何と、彼女の両親は海軍の軍人であり、先日の南盾島での戦闘で殺された……スターズによるものなのは間違いない。

 和樹はその一報を克人経由で聞いて慌てて調べた。そして、自分の身内の娘をそのまま十文字家の養女として引き取ることになり、彼女に十文字の名を与えた。精神的なショックから立ち直らせるため、そのフォローを上泉家が担った形だ。

 自分の危機に迫る範疇なら調べるが、それ以外の情報収集を怠った結果なのかもしれない。そのことはともかく、結果的に克人と真由美が抜けた穴を埋める形となった。一高に通うことになる師族は三矢(悠元)、四葉(達也、深雪)、六塚(燈也)、七草(香澄、泉美)、七宝(琢磨)、九島(セリア)、そして十文字……幸いにして、十文字の女子は克人のように物静かだと聞いている。

 

十文字(じゅうもんじ)理璃(りり)、旧姓蘇我(そが)……今年度の新入生総代にして、蘇我大将閣下の親族とのことです。爺さんが取り成したのは戦友としての誼もあるのでしょう」

 

 悠元自身も国防陸軍上の階級では特務少将の地位にあるため、内密に行われた昇進の辞令交付で蘇我と会話する機会があった。蘇我は国防陸軍における総司令官だが、制服組でありながらも新陰流剣武術の門を叩いたことのある人物であり、悠元の素性を知る数少ない人物の一人。

 その折、「できることなら彼女と誼を持たせたいが、間違いなく剛三殿に叱られるな」と呟いていたのを覚えている。約半年でその言葉が現実となることには苦笑を禁じえなかった。

 

「それはともかく、本題に入りたいのですが……」

「そういたしましょうか。千姫さんには予め相談していますが、『悠君に判断を委ねる』と言われてしまいまして……来年の慶賀会にて、達也を四葉の次期当主候補として推挙しようと考えております。是非、神楽坂家当主として意見を聞きたいのです」

 

 現当主である千姫が判断を下さなかった……これほど重要な内容を放り投げられることに悠元は溜息を吐きたかった。だが、これも将来の予行練習と考えればいいと思いつつ、一息吐いた上で話し始めた。

 

「十師族としてのルールに則るならば、達也が次期当主候補になることは問題ないと考えます。深雪に加えて文弥や亜夜子ちゃんから話を聞きましたが、同世代の四葉家次期当主候補は達也が次期当主候補となることに異論はない様ですから」

 

 四葉の魔法師は普通の魔法師ではない、という意味合いを貫くならば達也が四葉の次期当主候補となるのも問題はない筈だ。とりわけ達也の持つ戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』の力は沖縄や横浜事変の時に立証済み。

 達也への継承に問題があるとするならば、分家の現当主らが達也を恐れたり隔離しようとしていることだろう。一時期は達也を殺そうとしたらしいが……今そんなことを画策すれば、間違いなく剛三や千姫が黙っていないし、深夜が表立って動くことになってしまう。

 

「結果的に四葉家が十師族で浮いた存在になりますが、その辺の対処は問題ないかと思います。それと、神楽坂家としての対応ですが……最終的に不利益が生じると判断した場合のみ対処します、としか今は言えませんね」

 

 達也が四葉家次期当主に指名され、その後押しを深雪を含めた次期当主候補たちがする以上、彼らの親でもある分家の当主達に無視という選択はできない。だが、何らかの妨害をすることは目に見えている……つまるところ、達也の後押しをしてほしいという目論みもあるのだろう。そこから考えれば、神楽坂家次期当主指名を早めた理由も自ずと理解できる話だ。

 仮に、四葉の分家当主からスポンサー命令として達也を次期当主候補から降ろせと言い放った場合、死んだ方がマシとも言えるお仕置きを課すつもりだ。四葉の分家の一つである黒羽家当主の貢とは面識を持つが、礼を以て接するかどうかは内容次第という他ないだろう。

 

「随分と前向きに捉えてくれているようですが、他のスポンサーの方々―――東道閣下もそのように?」

「ええ。達也の持つ戦略級魔法は扱い方を間違えると大惨事の領域を超えかねませんので……下手に俗世から隔離なんてしたら『私は危険な魔法を持っています』と自ら宣伝するようなものです」

 

 達也を排除しようとしたり隔離したりしては連中の思う壺になりかねない。大亜連合のみならず、USNAや新ソ連、イギリスに加えてドイツまで巻き込んでいる以上、ここで原作主人公を外すのは明らかに不利となる。それに加えて、自分自身が更に矢面へと引っ張り出される形となるだろう。

 そうなったら、企てた奴ら全員の“黒い部分”を漏れなく世界中に拡散させる腹積もりなのは言うまでもないが。この辺も含めた達也に関する対応は青波との会談(4月にはいってすぐに都内の料亭で行われ、青波から幹比古と佐那の後押しも頼まれている)で確定済みだ。

 

「それは確かに……あら、そろそろお時間のようですね」

「どうやらそうみたいですね。頻繁に来れる場所ではありませんが、時間があればまた来ます」

「ええ、いつでもお待ちしておりますわ」

 

 今日の夜に北山邸で雫の帰国祝いと進級祝いを兼ねたパーティーがあるため、悠元は当初『鏡の扉(ミラーゲート)』で帰るつもりだった。だが、真夜が四葉家で車を出すように手配したらしく、その提案を快く呑むことにした。

 時間は問題ないのかという疑問だが、悠元は前日に四葉本家の屋敷へ到着して一晩を過ごした。その際に真夜からせがまれて一緒に寝る羽目となった。ただ寝ただけでそれ以上のことはしていない。今回はハッキリと断言できる。四葉の当主である以前に未婚の女性と寝るというのは色々な問題を起こしそうだが、この辺は葉山が漏れなく処理してくれる手筈となっている。

 話が若干脱線したが、会談をしているのが朝食を終えた後。ここから車での移動なら遅くとも夕方までに司波家へ一旦戻れる形となる。悠元は真夜に対して会釈をした後、葉山の案内で真夜の私室を後にしたのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 春休みに起きた2つのトラブルを乗り越え、無事に進級を果たした。原作関連のトラブルはまだしも、先日のような心象次元での戦闘は金輪際勘弁願いたい。まだ自分で対処できる範疇ならばまだしも、あれが実像化した神造武器だった場合、いくらチートじみた能力を持つ自分でも打ち破れるか疑わしい部分があったからだ。

 沓子が聞こえていた声は完全に消えたことが確認され、2つの魔法結晶は暫くお蔵入りとなるのが確定した。そもそも、天刃霊装自体表立って使えない代物なのは間違いなく、表立って使う為の理由付けは千姫や剛三に投げる形とした。

 

 水波に関しては、達也と深雪への呼び方は「達也兄さま」「深雪姉さま」という原作通りの呼び方で決着を見た。表向きは神楽坂家から派遣された家事手伝いで、実情は深雪のガーディアン。

 穂波を渡辺家の養女とする際、達也や深雪と親交があった縁で水波を知っているという体になった。穂波を助けたことで水波の経歴まで偽装できる一石二鳥の儲けものになってしまった形だ。とはいえ、暫くは達也からガーディアンとしての仕事や心構えをみっちり叩き込まれるのは既定路線である。

 

 悠元の血縁上の兄である元治と結婚している穂波が水波の叔母(厳密に言うと姉のようなものだが)にあたるため、その繋がりから経歴情報(カバーストーリー)が描かれている。なので、水波の悠元に対する呼び方が「悠元兄様」となってしまうことは妥協した。

 最初聞いたときは耳を疑ったが、水波が自分に好意を持っているという事実に直面することで頭を悩ます事態になったのは間違いない。深雪のことを考えれば引き込むほうがいいのだろうが、この先のことを考えると2桁になりそうな婚約者を全てフォローするとか正気の沙汰ではない。

 幸いにして、非公式だが現婚約者となっている面々がお互いに気を使ってくれることで上手く取り持っているのが実情だ。その反動で婚約者の面々に甘えられることが結構多くなった。深雪がその最たる例だと思う……彼女の場合は実の母親のこともあるので尚更だろう。

 

 夕方よりも早い時間に戻った悠元は、深雪ではなく支度を終えた達也と鉢合わせした後、しっかりとしたスーツ姿に身なりを整えた。ドレス姿に着替えた深雪は女性としての色気だけでなく、母親譲りの妖艶さも垣間見えつつあり、内心でドキッとしたのは言うまでもない。その深雪から色々聞かれてしまい、それを見た達也が溜息を吐いたのがお決まりのパターンとなりつつあった。その光景を見た水波はというと、思わず苦笑を見せていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 雫のUSNA(アメリカ)からの帰国祝いと進級祝いが始業式前日となったのは、彼女の家柄が大きく影響している。国立魔法大学附属第一高校の優等生にして将来有望な魔法師という肩書の前に、大実業家の社長令嬢という顔を持っている。魔法師としての責任は個人に付随するが、社長令嬢としての責任は、家族はおろか従業員と株主と取引先にまで及ぶ。

 以前……雫と上泉家で出会った直後位の余談だが、ホクサングループの保有している株式を興味本位で調べたことはある。その際、神坂(かみさか)グループ―――実態は神楽坂家系列の財閥で、取り扱っている分野は多岐に上る―――がかなりの割合の株式を取得している事実に気付いた。

 この時に神楽坂家の存在を知ったが、東道家のようなスポンサー的存在だと推測してそれ以上の調査を止めたことがあった。よもや神楽坂家が上泉家と同格の陰陽道系古式魔法の大家ということもそうだが、その次期当主に選ばれるとはその時の自分でも微塵に思ってさえいなかった。

 話を戻すが、原作だけでも雫の肩書は十二分に凄い訳だが、そこに加えて神楽坂家現当主の妹の孫娘―――鳴瀬家の血を引き、『神将会』第七席だけでなく神楽坂家次期当主の婚約序列に名を連ねている。

 婚約となっているが、既成事実を持ってしまった以上は実質的に婚姻のための正式な理由付けにしかなっていない……と思うのは自分だけなのだろうか。

 

 いくら名目が「ホームパーティー」とはいえ、経済界の大立て者・北方(きたかた)(うしお)―――「北方潮」は雫の父親である北山潮が使うビジネスネーム―――が催すパーティーだ。雫の家族(父方の祖母、父母、弟)に加えて父親の弟や姉妹が五人いて、雫からすれば従兄弟にあたる面々が家族を連れていたり、未婚者もフィアンセや近日婚約予定のお相手を連れてきていたりしている。雫の従兄弟の殆どが年上なのは雫の父親が晩婚だった影響が大きい。

 結果として、内輪のパーティーでありながらも大人数となってしまっている。この辺は悠元も以前長野佑都として参加していたことがある縁でよく知っている事情だ。

 

(うしお)くんのお家は前世紀から続く実業家の家柄だから。蔑ろにできないしがらみも大きいのよ」

 

 そう話すのは雫の母親である北山夫人、かつて振動系魔法で名を馳せたA級魔法師北山紅音(べにお)、旧姓鳴瀬紅音―――神楽坂千姫の姪にあたる人物。原作だと達也が捕まっていたが、雫との縁で何かと顔を覚えられたためか、悠元が捕まる形となった。

 初対面の時や北山家でのパーティーに参加した時は、何かと警戒されて原作の達也のように追及されたこともあった。そのお詫びの気持ちを込めてお手製の菓子を添えた礼状を北山家に贈ったのだが、返信代わりとして掛かってきた雫からの連絡では「両親がいちゃつき過ぎて、弟か妹が増えそうな感じになってる」という言葉と共に、それ以降の紅音の態度も大分柔らかくなったらしい。

 言っておくが、一般家庭で買えるごく普通の材料でごく普通の作り方をしたクッキーに毒となりそうなものは当然として隠し味なんてものは一切入れていない。味見をしてもらった詩奈も喜んでいたので問題はないと判断した代物なのにだ。

 

「そもそも、今日のパーティーが内輪向けなのに、関係ない人まで呼び込むのは……そこが潮さんの人の好さからくるものなのでしょうが、と仰りたいのですか?」

「流石、雫を女にしただけのことはあるわね。にしても、あの時の冗談が本当になってしまったのには驚いたわ」

 

 あの時は冗談めいていた紅音の言葉には、流石にそこまでのことはないだろうと思いつつも雫の視線が熱っぽいようなものを帯びていたのは間違いなかった。ただ、雫自身もその当時は明確な恋愛感情を持っていたわけではなく、どちらかといえば漠然としたものだったのは間違いないだろう。

 これでもし魔法科高校の入学以前に明確な恋愛感情を持っていた場合、春から深雪に襲われていた可能性もあっただろう。自分の婚約者を悪く言うつもりはないが、節度と一線だけは弁えてほしいと思う。

 その深雪はというと、水波や達也も含めてほのかの許に行かせた。なお、時折鋭い視線を感じるわけだが、いくらなんでも既婚者に手を出す様な鬼畜の所業をするつもりなど微塵もない。

 




 前半は今後の展開の前触れ的なもので、後半はダブルセブン本編となります。そして唐突な新キャラ一人追加。これには理由がありまして、

・横浜事変編において、達也が国防陸軍の特務士官だと真由美に知られていないこと。(深雪が『神将会』として動いたことで上手く隠れ蓑になった形)
・来訪者編で独立魔装大隊の助力を仰いでいないこと(情報自体は全て主人公が提供したため)

 以上の二点の理由からくるものです。星を呼ぶ少女編でも主人公が主体となって動いているため、真由美は達也と国防軍の繋がりに気付いていない形です。
 それでも七草家なら四葉と国防軍の繋がりを念入りに調べていてもおかしくはないですが。

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