紅音の話題は雫とほのかの話題に移っていた。雫は無論だが、家族付き合いの関係でほのかに対しても娘のように思っているのは間違いない。そこには彼女自身の事情も含んでいるのは間違いないが。
「最初は悠元君にほのかちゃんが惹かれると思っていたけれど、貴方がどこか一線を引いていたのは気付いていたわ」
「彼女の事情というのもありますが、依存され過ぎるのは時として“枷”になりかねませんから。それに、自分自身のことは自ずと理解しているつもりです」
表向きは尤もらしい理由を述べたが、実際のところはほのかに惚れられると原作におけるいくつかの出来事に巻き込まれかねないと理解していたからこそだ。いくら自分でもピクシーに抱きつかれる未来は何としても避けたかったし、それと七宝家の長男のこともあって達也に押し付けられないかいろいろ工夫していた。
それと、ほのか曰く「流石に雫の初恋を邪魔したくないから」と少なからず好意があった事は聞き及んだが、今は達也に好意を持っていることも確認している。自分としては、「友人」としてほのかの恋路は応援したいと思っているし、雫はおろか深雪も友人の恋路を応援したいと思っている。
「成程ね。貴方の家柄なら引き込めそうなものなのに」
「強制しても意味はありませんよ。あくまでも友好的な間柄でなければ本当の協力は得られませんので。それは紅音さんが一番ご存じかと思います」
「そうね……こればかりは貴方の言う通りかもしれないわね」
こちらばかり手札を隠し続けるのは
「その彼女が惚れている彼……司波達也君のことだけれど、彼は何者なの?」
「何者、という聞き方だと要領を得ませんが……その言い方ですと、まるで正体不明の不審人物を尋ねるような言い方ですよ?」
恐らく、紅音は娘同然であるほのかが惚れている相手のことを雫からある程度は聞き及んでいるし、雫が九校戦に出場した絡みでその名を聞き及んでいるのは間違いない。
加えて、個人的にも彼の素性を調べようとしたのだろうが、司波達也のPD(パーソナルデータ)は本当に綺麗な情報しか掲載されていない。少なくとも、FLTの開発本部長こと司波龍郎の息子という情報は記載されている。
「北山の……『企業連合』の情報網を用いてもPDが出てこないなんて普通じゃないわ。あの子から聞いた話でも、普通の高校生の領域を超えてしまっている」
「それを言われてしまうと、自分にも該当しかねない話なのですが……紅音さんは達也の何を知りたいのですか?」
この世界に転生してからというものの、国防陸軍兵器開発部から第101旅団独立魔装大隊・特務参謀としての
こうやって列挙するだけでも、自分のしていることが達也以上という有様に溜息の一つでも吐きたくなった。言い訳がましいが、あくまでも元の言葉を聞いて好き勝手にやった結果なので今更否定などしない。
加えて、魔法使いの家柄は十師族から護人へと変化したことからすれば、達也の隠し事なんて可愛いレベルなのかもしれない。
「そうね……貴方はどこまで達也君のことを知っているの?」
「“ほぼ全部”ですよ。とはいえ、軽率にお話しできる領域を超えてしまっていますので、聞かれたとしてもお答えできる範疇にないものばかりです。ただ……」
「何かしら?」
「紅音さんのご実家である鳴瀬家も決して無関係ではない……とだけお答えしておきます」
紅音の母親が千姫の妹であり、千姫の叔父が四葉家現当主の祖父にあたる。その関係性を匂わせる答えぐらいが限界だろう。達也の魔法も素性も明るみに出せないのは、彼の出自が大きく影響してしまっているためだ。
悠元の言葉に紅音は食い下がりたかったが、相手は戸籍上の従姉弟の関係。加えて今日のパーティーには神楽坂家当主代理として出席している以上、
その心情を察したかのように、主催者である潮が近付いて紅音の肩に手を置いた。
「紅音、君の負けのようだね。悠元君もすまなかった」
「いえ、ほのかのことを案じる気持ちは理解しておりますから。先程の質問ですが、そう遠くない未来にお答えできるように致します。私は一旦御前を失礼させていただきます」
深々と頭を下げる潮に対し、悠元も深く頭を下げた上で達也らがいる場所へと去っていく。しかし、達也であれほどの反応が出るというのに、自分の場合はそれ以上の得体が知れない存在ということは向こうだって理解している筈だ。ただ、何かしら信頼されていなければ九校戦前の上泉家の合宿を許可するということにはならないだろう。それとなく尋ねたところ、こう返ってきた。
「悠元さんの場合は幸せを根こそぎ持っていきますから」
「深雪さんや、俺は人の幸せを奪うほど強欲じゃねえよ」
「寧ろアレだね。一昔前の時代劇で悪人を懲らしめるお侍さんみたいな」
どっかのご隠居や白い馬に乗って容赦なく懲らしめる暴れん坊みたいな言い方をされたのが何となく癪に障る。別に怒りはしないが、もう少し言い方というものを考えてほしいと思う。すると、達也たちの中に混じって雫の弟である
「お久しぶりです、悠元さん」
「久しぶりだね、航君。さっき達也に何か聞いていたようだが、魔工技師に関することかな?」
「えと、はい。お恥ずかしながら……」
雫と知り合った関係で航とも知り合っており、その際に魔工技師への道について尋ねられたことがある。魔工技師自体は魔法技能が使える技術者であり、魔法工学技術者という括りに広げれば非魔法師であっても魔法技術に関わる形となる。そもそも現代魔法自体科学的なアプローチも含んでいて、その最たるデバイスであるCADは工業的な要素が含まれる。その辺のことをどうやら達也に聞いたようだが、恐らく人が悪い言い方をしたのだろうと思われる。
「航君は今年で小学6年生だったか」
「あ、はい。って、よく覚えているんですね」
「ま、将来の身内みたいなものだからね……(よく視たら、魔法演算領域にロックが掛かっている? 恐らく鳴瀬家の……母上も一枚噛んでいそうだな)」
あまり意識していなかったが、「
なぜなら、航を構成している想子体の状態が何故か九島光宣のものとほぼ一致したからだ。考え込んでいる悠元を見て雫が小声で話しかけた。
「悠元、航に何かあるの?」
「雫……どうやらある意味雫と“同じ”らしい。しかも、下手に触れられない分性質が悪い」
「つまり、航も魔法が使えるってこと?」
概ね間違ってはいないが、魔法を使えば必要以上に想子が暴走して想子体を傷つけ、本人の体調が崩れてしまう。下手に解除すれば、それこそ光宣の二の舞になってしまうだろう。
だが、これは逆に言えば不幸中の幸いとも言えた。実は、魔法が使えない状態でも想子の制御は出来る。魔法演算領域を使うのはあくまでも魔法を展開するときに使うもので、体内の想子自体を制御するのに必要なのは想子の流れのイメージを自身の概念として固定化させること。それがしっかりできていないと必要以上の想子を魔法演算領域に流し込むこととなり、下手すれば演算領域のオーバーヒートを起こして魔法技能が二度と使用できなくなる。
ぶっちゃけて言うと、想子を塊として飛ばす―――『
悠元と雫が話し込んでいるのを見て、航は首を傾げつつも笑みを零していた。どうやら二人の仲の良さを見て安心しているようだった。なお、深雪はパーティーなので表向きは微笑んでいるが、内面は雫に嫉妬していた。その内面が達也にも伝わってきており、溜息が出そうではあったが鋼のメンタルで堪えることに成功しつつ、悠元と雫に話しかけた。
「悠元に雫。深刻な相談事か?」
「現状は深刻というほどじゃないけど……航君。新陰流剣武術に興味はないか?」
「その武術は確か、以前お会いした剛三さんの武術でしたか」
「大体あってる。本来は推薦状が必要なんだが、俺が書くよ。これでも新陰流の師範だからね」
悠元が航に新陰流剣武術を勧めたのは簡単で、彼自身想子体の制御が出来れば魔法演算領域の封印を解いても問題ないと判断したからだ。
新陰流剣武術は体内の気を循環させる技術―――正確には、想子体そのものに負荷を掛けずして想子の流れを高速化させるという技術が存在し、その技術の極致が『
具体的にどうしているのかというと、精神体を想子体と接続して精神力(古式魔法では霊力とも言われたりする)の大本となる
これを繰り返し実施することで精神体と想子体そのものの強化が出来ていくという仕組みで、バランスを崩さないために肉体そのものの強化も並行して行うのが新陰流剣武術における鍛錬法だ。
なお、この仕組みを理解した上で行使しているのは悠元に加え、彼の教えを受けた元継だけである。その仕組みを起動式に変換して試作したナックルダスター型CADをレオが使っているのは、レオが硬化魔法を得意とすることに加えて精神力に対する感覚を掴んでもらうという目論みがあるためだ。
ちなみにだが、剛三はそれを己の感覚だけで掴み切って行使している。天才肌が故にその感覚を他人に教えるとなれば“実力行使”という手段となっていることは言うまでもない。
悠元の新陰流剣武術の目録は、進級を理由に師範代から師範に格上げされた。総師範にしたがっていた剛三を抑えるため、元継が妥協案として高校在学中の悠元に師範の位を与えることで納得させた形だ。十代で師範というのは常軌を逸しているだろうが、少なくとも剛三が武術の絡みで手抜きをすることなど一切ないのは悠元のみならず雫も知っている。ちなみにだが、悠元の実力を聞いて目を輝かせている深雪を達也が落ち着かせているのは言うまでもない。
新陰流剣武術は軍関係者か警察・消防などの治安組織関係者かつ中段以上の目録を与えられている者の推薦状がないと入門を許されない。悠元の場合は元の推薦状で入門を許されたが、その際に剛三の襲撃を受けたことで彼に気に入られて5年にも及ぶスパルタ訓練が行われた。
そのせいで前世の平和主義思想はミキサーにぶち込んだ挙句念入りに磨り潰されて、原形など見る影もなくなってしまったが。
「ただ、ちゃんと両親を説得すること。生半可な気持ちだと何も身につかない……覚悟はあるか?」
「はい。悠元さんみたいな立派な男になりたいですから」
立派ねえ……人が悪く、女性に対して礼を以て応待したらジゴロしてると言われる自分が? これが立派だというなら、一番礼節が足りている克人は一種の聖人君子になってしまう。寧ろあれは守護神的な存在になっても違和感はないだろう……本人に言ったら間違いなく動揺するのが目に見えているので言うつもりはないが。航は両親に話があると言ってその場を離れた。行動力に関して言えば雫に負けず劣らずかもしれない。
それと入れ替わるようにやってきた一組の男女―――つくづく達也のトラブルを引き込む体質は最早“
「久しぶりだね、悠元君」
「ええ、お久しぶりです。ところで、お隣にいる方は何方でしょうか? 以前はお見掛けしなかったものですから」
「実は年内に結婚するんだよ、彼女と」
それはおめでとうございます、と返しておいた。雫も社交辞令的な口調で返す。すると、青年のほうはバツが悪そうにしつつも
余談だが、千姫から婚約のことを聞いた後で深雪、雫、姫梨の三人にはこっそり渡した。指輪だけで数百万円という金の掛け方はどうかと思うが、トーラス・シルバーの報酬に加えて先日の莫大な大金のことを考えると小銭程度の出費のレベルなのは言うまでもない。夕歌と沓子、セリアにも渡しているのは察してほしいが敢えて言っておくこととする。
それは置いといて、雫の従兄が紹介するのかと思えば婚約者と紹介された彼女の側から自己紹介をしてきた。
「はじめまして、雫さんに悠元さん。
当然というか、原作を知る側としては「やはり出てくるのか」という印象が強かった。雫の家の事情を考えるのならば、芸能関係者と繋がりがあっても何ら不思議ではない。七宝琢磨と共闘して「
「あの、もしかして『真夏の流氷』でパン・パシフィック・シネマ賞の主演女優部門にノミネートされたあの小和村真紀さんですか?」
「あら、あの映画を観てくださったの?」
ほのかの問いかけに対して、真紀は上品な笑みを浮かべたまま答えた。その表情には少し得意げな表情が混じっていたのを悠元は今までの経験から見逃さなかった。この食いつきを見て、真紀はほのかを“引き込める”と判断したのだろうが……当の本人は達也に惚れているというところまで掴み切れていない辺り、魔法科高校にそれほどの情報網はないのだろう。
「やっぱり! あの作品は映画館で拝見しました。とても素敵でした!」
「フフッ、ありがとうございます」
実を言うと、夏休みの時に雫から「ほのかから達也さんとデートに行きたいけれど、二人きりは緊張するから助けてくれって。私はちょっと忙しいから、深雪に頼みたい」と頼まれたことがあり、形式上のダブルデートと言うことになった。
その際、ほのかがお勧めする映画ということで「真夏の流氷」を鑑賞した。深雪からも「お兄様。ご自分から踏み出して知るということが大切だと仰ったのはお兄様ではありませんか?」と凄みのある笑顔で言われ、なし崩し的に決まった経緯がある。
達也としても、芸能関係の知識を知ることで対策を立てやすくなる……というガーディアン的な思考が働いていたのは言うまでもない。ガーディアンという
すると、真紀は達也と深雪に歩み寄って話し始めた。その会話の内容を『聴覚強化』で聞きつつ、雫の隣に立って彼女の従兄との会話をした。元々物静かな方の雫なので、従兄の会話―――ある意味惚気のような言葉に耳を傾けていたが、どこか良いように利用されている感が否めなかった。人の恋路をどうこうする気概はないので邪魔をする気などないが。
一方、達也と深雪のほうは真紀の女優としての演技を褒めつつも、彼女の誘いに対しては「お誘いは大変魅力的ですが、気持ちだけ受け取っておきます」と断って食べ物の置かれたテーブルに向かっていった。二人に続く形で水波やほのかもその場を離れた。雫の従兄もそれを見計らって真紀のもとに戻っていったが、雫は小声で呟いた。
「ねえ、悠元。あれって小和村さんのいいように“利用”されてるってことだよね?」
「……魔性の女だな、あれは。しかも、達也と深雪を狙って声を掛けたってことは……知らないことは確定だな」
「知ってたら逆に声を掛けないと思う。ほのかにも気を付けるように言っておく」
「そうしてくれ。俺は
お互いに社交の場を何度も経験しているからこそのやり取りだが、とても高校生がする会話ではないかもしれない。そんなことを思いつつ、悠元と雫は達也らのいるテーブルに歩みを進めたのだった。
航の「演算領域が封印されている」設定は原作になかったものです。ようはオリジナル設定。魔法を無理に発動させなければ想子体が異常に活性化することがほぼ抑えられるはずです(外部から強烈な想子を一気に浴びる様な経験でもしない限り、日常生活を送るには問題ない筈です)
『グラム・デモリッション』の改良も、起動式云々というより想子を収束させて塊を打ち出すだけなので、出力を規定すれば行けると踏んでのものです(この辺は来訪者編でリーナが達也に向かって撃ったサイオン粒子の塊からヒントを得た形です)
光宣の場合、本来存在する想子の制御を担う想子体側のリミッターがないために体の変調を来たし易くなっている、というふうに考えています。その辺の詳細は別の機会に語る予定です。
達也も芸能関係の知識があるため、上手く相手を褒めつつも持ち前の無表情で乗り切った形です。芸能人が未成年に声を掛けたらスキャンダルレベルなのは間違いないでしょう……常識的に考えて。