魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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帰って、どうぞ

 時を同じくして、東京に本拠を構える十文字家の本屋敷。タンクトップ姿が実に似合ってしまう克人は、向こうから歩いてくるワンピース姿の少女―――長い紺碧の髪を後ろで結っていて、アメジストを思い起こさせるような紫電の瞳を持つ少女こと理璃が目に入り、声を掛けた。

 

「理璃、こんな時間に出歩くとは珍しいな」

「あ、克人兄さん。兄さんはその、訓練ですか?」

「ああ。理璃、そんなに余所余所しくしないでくれ。そうされてしまうと俺も流石に傷つくのでな」

「ご、ごめんなさい」

 

 家族になって数日であると共に、彼女は先日の南盾島での戦闘で両親を失っていた。自分も師族会議の代理人として南盾島に出向いていたが、自分が出る幕は無かった。細かい事情を知ったのは基地を襲った連中が早急に退避してしまった後だった。

 克人自身に責任が生じるわけではないが、それでも克人は理璃に対して謝罪した。だが、理璃は克人が謝る義理などない、とやんわりと返した。その謝罪の代わりとしてお互いに家族として受け入れることを交わしたのだ。

 理璃自身、両親を殺されたことに恨みがなかったとは言えない。だが、彼女の母親は日頃から「人を恨むのではなく、人を救える人間になりなさい。『ファランクス』はそのための魔法なのですから」と諭していた。その母親の遺志を継ぐために、理璃は和樹の提案を呑んで十文字家に養女として引き取られた。

 

 克人の弟や妹たちも姉となる人物の登場に困惑したが、そこは長男として克人がしっかりと言い聞かせたお陰で大きな混乱にはならなかった。ただ、和樹からは「父親の威厳が霞んでしまうな」と愚痴っぽいことを言われてしまったことには流石の克人自身も戸惑ったのは言うまでもない。

 ただ、今まで十師族と自覚せずに過ごしてきた理璃だからこそ、未だに慣れないという気持ちは流石の克人でも理解するのが難しかった。

 

「理璃も3日後は入学式だが、今年度は七草に加えて七宝も同学年となる。くれぐれも気を付けてほしい」

「入学してから七草さんをライバル視していた兄さんがそれを言いますか?」

「一体誰から……父上か」

 

 あの時は自分も短慮だった、と言う他なかった。十文字家の秘術である『ファランクス』を習得したことで、それを破る人間など出るはずがないと高をくくっていたのかもしれない。尤も、それを破ったのは同じ十師族である三矢の人間だった。

 その事情を知らない理璃が何故知っているのか、と問いかける前に克人は父親の存在が脳裏に浮かんだ。その答えが正しいと言わんばかりに理璃は笑みを零した。

 

「ご心配なく。兄さんのことは決して言いふらしたりしませんから。ただ、一つ聞かせてください」

「何だ?」

「七草家の双子と七宝家の長男ですが、どう向き合うべきなのでしょう?」

 

 理璃の言葉に克人は腕を組み、瞼を閉じて考え込んだ。

 それはつまり、同じ師族二十八家として同級生となる七草の双子や七宝の長男とどう付き合えばいいのか、という彼女なりの悩みであった。最初から師族としての教育を受けているならまだしも、彼女は十師族の直系として日が浅い。

 克人の中で色々思慮した結果、かつての自分がそうであったように同じ師族を頼ることとした。彼は既に十師族ではないが、その上に立つ立場からすれば強さの見せ方を教えてくれるだろう、という克人なりの考えがあった。

 腕組みを解いて瞼を開けると、克人は理璃と目線を合わせる様な格好で話し始めた。

 

「俺の場合になるが、入学した当初は七草や渡辺と力比べをしたりしたが、三矢には一度も勝てなかった」

「三矢……噂に聞いた卒業生の三姉妹のことですか?」

「それもあるが、彼女らの弟で今は神楽坂の姓を名乗っている彼―――神楽坂悠元がお前の一つ上の先輩にあたる。俺が昨年の春に挑んで負けた相手であり、九校戦では一条を完膚なきまでに圧倒した人物だ」

「それなら九校戦の中継で見ていました。あの『クリムゾン・プリンス』が倒せなかった相手だけあって、夏休み明けは友達との会話でも持ちきりでしたから」

 

 九校戦の中継で彼を見たことがある、と理璃は当時の様子を思い返していた。昨年の九校戦―――新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクにおいて、三高の「クリムゾン・プリンス」こと一条将輝の『爆裂』による瞬殺は非常にインパクトがあった。だが、同じ十師族でも一高の三矢悠元が使った魔法技術の高さは、理璃ですら度肝を抜かれてしまった。

 対戦相手の攻撃を受けても全く微動だにしない綺麗な氷柱を保つ防御技術だけでも世界屈指なのに、相手の防御を易々と破っていく攻撃魔法は十師族の求める“最強”に恥じないものと言えた。新人戦モノリス・コードでは、将輝の魔法を無力化するだけでなく明らかにオーバーアタックと思しき空気弾から味方を守り切った。

 理璃が通っていた中学校でも、夏休み明けは九校戦の話題で持ちきりだった。色んな選手の活躍で見応えがあったが、特に三矢悠元の活躍はその中で頭一つ以上抜けていた。

 

「十師族としての心構えは彼から聞くといいだろう。彼は既に十師族ではないが、俺の知る限りにおいて当代最強の名を冠しても不思議ではない人物だ」

「兄さんがそこまで……分かりました。七草家の二人や七宝家の長男とはまず顔を合わせてから身の振り方を考えてみます」

「それでいい。いくら十師族とはいえ、俺と七草や渡辺のようになる必要などないからな」

 

 最強を自負する十師族だが、克人には克人なりのやり方があり、理璃には理璃なりのやり方がある。人前で十師族の力を誇示する……最強を目指すための証明方法は何も魔法で相手を倒すだけではない、と克人は優しく諭した。以前の代表代行をしていた時の自分なら、間違いなく厳しい言葉を投げかけていただろう……そう思ったことに内心で苦笑を滲ませた克人であった。

 

「あと、アドバイスを貰ってこんなことを言うのは失礼かもしれませんが……克人兄さん、もう少し目力を緩めないと相手から睨まれていると思われてしまいますよ」

「む、すまん……」

 

 弟や妹からは今まで強く言われることはなかったが、新たな妹である理璃の忠告に克人は謝罪の言葉を口にした。以前、真由美からも「十文字君、真剣な時にそんな顔をされると女の子が怖がっちゃうわよ」と言われたことがあり、父親の代わりに十文字家代表代行という重責を背負っていた影響で“怖い”と思われたことに少しショックを受けていた克人であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 北山家のパーティーから戻ってきた悠元は、シャワーを浴びて寝間着に着替えるとデスクに座って端末を起動した。情報収集は日課のようなものであり、魔法関連のみならず、経済や政治などの非魔法師的な分野にも及ぶ。

 その気になれば成層圏プラットホームの魔法監視システムもハッキングできるが、あくまでも情報を写し取るだけで主導権を奪う気などない。その関連の情報で七宝琢磨が小和村真紀の自宅を訪れた、という情報履歴を見つけた。

 

(……こちらから入れ知恵をして銀幕デビューさせたというのに、むしろ悪化してるっぽいな。分かってるのか、こいつらは……)

 

 琢磨は男性俳優としての地位を固めており、そこから能力が足りず魔法師になれない人間を引き込んでいるようだ。真紀も自分のお眼鏡に適った魔法師になれない人間を引き込んでいるのも確認している。

 ただ、琢磨の七草嫌いはより加速しているようで、琢磨自身が人の縁という力を持ったことによって天狗となっている可能性が高い。十師族自体数字の枠など存在しないのに、七草家ばかりしか見えていないのは流石に狭量すぎるだろう。

 

 というか、彼らの「新秩序(ニュー・オーダー)」は下手すれば現在の護人・導師・十師族による魔法界の統治システムを否定するものと見られる。最悪七宝家が師族二十八家から除名され、それなりの規模を持つ小和村家も財界から追放される可能性があるだけに、その危険性を認識しているのかと問いかけたくなる。

 

(で、名古屋では人間主義者がメディアと面会ね……該当者の通話記録では、大物の野党議員まで……って、この人は後々出てくるから後回しだな)

 

 USNAでの人間主義運動は下火となった。その大きな要因はセブンス・プレイグ落下阻止に伴う賠償金の支払いを巡って、彼らが積極的に動いたからだ。

 核兵器は放射能による汚染も含めて極めて危険な兵器―――この認識を再燃させないために彼らは慌てた。だが、その認識は何も間違ってはいないし、その抑止力として魔法がある。とりわけその先進国であるUSNA政府……現政権を担う与党からすれば、時代に逆行するような人間主義を放置など出来ない。

 スターズによって人間主義の組織は粗方潰された。加えてネット上で流出した人間主義の信者による非人道的な犯罪行為が衆目に晒され、彼らを見る目は「ブランシュ」の時のように一気に反転した……ネットに流出させたのは、他でもない悠元の仕業である。

 結局は身から出た錆なので「自業自得」と評することしかできないが、起死回生というか顧傑の指示でこの国のメディアに工作を仕掛けていることは既に掴んでいる。この時点で周公瑾の関与も全て証拠として出揃っているが、彼にはまだ退場してもらうつもりなどなかった。

 何せ、周公瑾は顧傑を釣りだすための“餌”になってもらう予定だからだ。

 

「……まったく、こいつらのせいで学生らしい生活が送れやしない」

 

 恨み辛みも大概にしろ、とぼやきたくなったのは言うまでもない。ともあれ、目下の問題であった新入生総代とのトラブルは避けられそうで一安心と思うことにした。だが、新3年生の間で話し合われた三組織の人員配置を真っ先に聞かされた時、溜息が出そうになって何とか堪えたのはここだけの話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 西暦2096年4月6日。新2・3年生からすれば新年度の初日となる。一科生の悠元と深雪、そして魔工科―――その制服は、一科生の制服を飾る八枚花弁と同じ大きさであり、八枚の歯車を図案化したエンブレムが左胸のポケットと両袖の付け根に刺繍されている―――の制服を着ている達也が三人で登校する。

 

「しかし、かれこれもう1年か……懐かしいな。昨年の今頃は防衛大で暴れたのが遠い昔のように思えるわ」

「そのデモンストレーションを真田大尉に見せてもらったが、俺でもあのような動きは無理だぞ」

「それは仕方ないだろう。俺とお前じゃ得意分野が違うんだから」

 

 人間は誰しも得手不得手がある。達也の場合、戦車の部品を『分解』したり兵士を『分解』で穿つでもしないと悠元が成した惨状と釣り合わなくなる。そもそも、未来ある若者にそこまでの現実を見せるのは逆に精神を折るのではないかという懸念もあるだろうが、その原因は悠元が学んできた鍛錬という名の地獄に由来していた。

 

「そもそも、入学式の時は念入りに3ヶ月先の依頼まで片付けたのに、上司は上司で実戦テストの監督とか嘘まで吐きやがったからな。それでキレてあのような惨状が生まれたという訳だ。ついでに数ヶ月間少佐とは連絡を取らなかったが」

「成程……お兄様、どう思われますか?」

「こればかりは自業自得だろうな……こんな往来で話すことでもないのだが」

 

 悠元は入学式の時期に緊急の要件が差し込まれるのを防ぐため、予め数ヶ月先の分まで国防陸軍の仕事を片付けていた。だが、それに水を差す形で防衛大学校のデモンストレーション戦闘へ参加させられた。

 人生で一度きりの入学式をふいにされた以上、悠元の癇癪の煽りを受けた風間に同情など出来ないな、と達也は思ってしまった。登校中に話す話題ではないが、悠元のことだからその対策も片手間にしているのだろう……と推察した。

 

「そういえば、昨年は答辞の代わりを深雪が務めたんだっけか……割とギリギリな内容だったが、大丈夫だったか?」

「はい。寧ろ、悠元さんが私と同じことを考えていることにとても親近感が湧きました」

 

 過ぎてしまったことなので今更だが、もし答辞を読むことになった際は一科生の優越感と二科生の劣等感に疑問を投げかけるつもりだった。魔法科高校の高等教育システムに疑問を投げかける様な暴挙だが、過去に美嘉を退学させようとした輩に掛けてやる情けなど持ち合わせてなどいない。

 なお、その辺の鬱憤は生徒会長選挙で吐き出せたので良しとした。

 

「そっか。ちなみにだが、達也が答辞を読むように責めたりは?」

「されたな。そこは何とか抑えてもらったが」

「もう、お兄様!」

 

 正直なところ、この世界に転生して司波兄妹とこのように話すことなど最初は考えもしなかった。せめて達也や深雪の機嫌を損ねない様に立ち回ろうと思ったぐらいだ。そこから達也と深雪の友人になろうと立ち回った結果……気が付いたら、世界最強を名乗っても過分ではない評価に行き着いていた。

 言っておくが、絶対に世界最強を名乗る気などない。戦いなんて避けるに限るが、降り掛かる火の粉を払うために力は必要となる。その為の魔法であり、その為の技巧でもある。

 

 すると、どこからか視線を感じるので目線は合わせずに気配のみを探る。剛三との鍛錬で人を纏う気配(オーラ)から人間を識別するという無茶苦茶な内容だったが、それによって「天神の眼(オシリス・サイト)」を経由せずとも大体の人間の存在は把握できるようになった。加えて、悠元が一度見たことのある人物なら識別も可能となった。

 そんなことはともかく、その気配を感じた時に悠元は眉を僅かに顰めた。何故ならば、恐らく魔法科高校の制服を着ているのだろうが、間違いなく七宝家の長男―――七宝琢磨だろう。『万華鏡(カレイドスコープ)』で一応確認すると、紛れもなく制服を着ている琢磨が物陰から悠元らを見ていた。

 先程の会話は悠元の『聴覚強化』を応用した遮音フィールドで聞こえていないだろうが、何故新入生総代でもない彼がこんな場所にいるのか……ほんの一瞬だけ殺気を琢磨に向けて飛ばすと、どこからか飛んできた殺気に琢磨は周囲を見回した後、慌てるような素振りでその場から離れていった。

 

「悠元さん、どうかされましたか?」

「いやなに、季節外れの蚊がいたようでな。思わず鋭い殺気を飛ばしてしまったわ」

「悠元なら殺気だけで猛獣相手でも殺せるだろうな」

「達也。それはもう超能力の範疇だから」

 

 勘が鋭い深雪は悠元が殺気を飛ばしたことに気付きはしたが、悠元の言葉を聞いてそれ以上の追及を止めた。その代わりに放たれた達也の悪い冗談に対して、悠元は疲れたような表情を見せつつため息混じりに呟いたのだった。

 そして、「オハヨー」と背後から聞こえてくる挨拶を皮切りに、見知ったメンバーが次々と合流するのであった。

 




 克人は和樹が当主に復帰した影響で年齢相応の考え方もできるようになっています。ただ、当主代行の癖が抜けきらないためか顔に出てしまう形です。弟や妹たちは兄を気遣って厳しく言わなかったのかもしれないです。
 単純に相手を倒すやり方だけが十師族の強さを証明するものではない、というのは身近にいた三矢家の影響です。より正確には主人公の影響の延長線上。
 新入生総代でもないのに琢磨がいた理由は真紀に吹き込まれた影響が根強いです。ただ、総代が理璃になったことで生徒会室が険悪なムードになるのを回避した形です。
 

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