魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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再びの邂逅(※)

 ほのかの周りではどの授業を見に行こうか相談している生徒も見られた。中には二科生を中傷するようなものも見受けられたが、とにかく約束があるのでほのかが立ち上がって移動しようとしたところで、人とぶつかってしまった。ほのかが振り向くと、背丈が平均よりも小さめ―――見た感じ、雫と同じぐらいの背丈の男子生徒が床に倒れていた。

 

「わっ!?」

「えっ……あ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「あ、う、うん。僕のほうこそちゃんと見てなかったから……えっと、さっき盛大に転んでた子だよね?」

 

 やっぱりそういう覚え方をされてる、とほのかは若干涙ぐんだが、これには男子生徒も悪かったと思って立ち上がりながら制服の汚れを軽く払いつつほのかに視線を向けた。

 

「あ、ごめん。えっと、僕は六塚(むつづか)燈也(とうや)というんだ。よろしく」

「えっと、光井ほのかです。えっと、六塚君でいいのかな?」

「燈也でいいよ。名字呼びは慣れてないし……光井さんは、見学はどうするの?」

 

 男性生徒もとい燈也の名字に周囲はざわついているが、そんなのは分かり切っていると言わんばかりに燈也はほのかへ尋ねた。

 

「実は、親友と回る予定でして。もしよかったら、一緒に回りませんか?」

「本当に? 助かるよ。こっちだと知り合いが殆どいないから」

 

 ほのかは燈也の申し出をそのまま受諾した。この時のほのかは彼の名字に対して深く考えておらず、先程の醜態を覚えられていたことに思考のリソースが割かれてしまっていた。ほのかは雫と深雪を誘おうとしたところ、雫はともかく深雪の周りには既に男子生徒が数人取り囲む形で話しかけていた。

 

「ちょっといいですか、司波さん」

「なんでしょう?」

 

 相手の男子生徒の素性なんて知らない(そもそも、深雪は四葉家の特性上、社交界に顔を出す機会が極端に少ない)ため、深雪は話しかけた相手が同じクラスメイトの男子生徒という認識で問い返した。

 

「司波さんはどちらを回る予定ですか?」

「私は先生について……」

「奇遇ですね! 僕もです! やっぱり一科生なら引率して貰う方ですね! 補欠と一緒の工作なんて行ってられませんよね」

(……彼は、生粋の阿呆ですか?)

 

 燈也はその男子生徒に対して呆れ返っていた。彼は深雪の言葉を途中で遮ったばかりか、二科生を“補欠”と言い放ったのだ。

 昨日の入学式の様子を遠巻きに見ており、深雪が他の一科生に取り囲まれる様子を目撃はしていたものの、近くに生徒会長がいる以上はおかしなことにならないだろうと判断して関与しなかった。その時に割り込んだ男子生徒―――森崎ということも燈也は知り得ていた。

 そして、彼も含めて一科生の何人かが深雪とその兄を比較していたが、そこに何の価値があるのか……と、燈也はそう感じた。彼の言ったことは遠回しに彼女の兄を侮辱している行為でもあることを認識できれば少しは違うのだが、生憎と百家の人間である彼にはエリート志向が強いのかもしれない。

 とはいえ、このままでは深雪が可哀想だと思い、ほのかに声を掛けた。

 

「光井さん、司波さんを助けてあげて。僕は教室の外で待ってるから」

「あ、はい! 深雪さん、一緒に集合場所に行きましょう!」

 

 こういう時は同性同士なら上手く行く―――燈也の判断によって深雪を彼らから引き離すことに成功し、ほのかは雫と深雪の二人と合流して教室を出たところで燈也と合流した。すると、雫がほのかと燈也のやりとりを見ていたのか、燈也に話しかけた。

 

「あ、さっきほのかにぶつかった人だ」

「お恥ずかしながら……六塚燈也です。よろしくお願いします」

「北山雫です」

「司波深雪といいます。ところで、六塚君って()()?」

「ええ、まあ。十師族・六塚家当主の弟になります。名字で呼ばれるのは好きじゃないので、燈也でいいですよ」

 

 深雪に改めて尋ねられ、燈也は「自分なんかが名乗っていい名字じゃないんですけど」とまでは言わなかったが、そんな雰囲気を感じてなのか……三人は燈也の提案に頷いた。すると、ほのかはことの重大さに今更気付いて表情が青褪めていた。

 何せ、十師族・六塚家の関係者に迷惑を掛けたという事実はクラスメイトに知れ渡る様な形となってしまったからだ。

 

「あの、光井さん。元々僕の不注意なので気にしないでください」

「え、えと……じゃあ、私のことはほのかと呼んでください!」

 

 元を糺せば燈也自身の不注意もあるため、燈也はそこまで大事にする気などなかった。だが、ほのかの有無を言わさぬお願いを聞き、若干呆然となる燈也に雫が諭すような形で言い放った。

 

「……諦めて。あと、私のことも雫でいい」

「私は同学年の兄がいますので、深雪でいいですよ」

「えっと……じゃあ、ほのかに雫、深雪もよろしくお願いします」

 

 燈也に深雪、雫にほのかの四人は揃って授業見学の集合場所へと向かった。その後ろをついて来るように歩いている男子生徒らの姿に燈也は溜息を吐いた。授業見学の為にルートが被るのは仕方ないが、目線が明らかに深雪へ向けている時点で半分ストーカー染みていると吐き捨てたくなった。

 ここで、ほのかのブレザーが汚れていたことに気付いたが、深雪がCADなしでほのかの汚れを落としていた。それには感心しつつも、話題を逸らす様に声を発した。

 

「燈也さん、どうしたんですか?」

「ああ、大したことじゃないんですが。先程深雪に絡んでいた彼―――百家の一つである森崎家の人間ですよ」

「知り合い?」

「知り合いという訳じゃないですよ。ただ、森崎家の[クイックドロウ]は魔法師社会だとそれなりに有名ですから。どうやら、深雪に気があるみたいですね」

 

 ただ、深雪からすれば他のクラスメイトと何ら変わりないような受け取り方をしていたようで、燈也の説明には『勉強になる』と言わんばかりに頷いた程度であった。これでは森崎が深雪を振り向かせられる確率は皆無に等しい、と燈也は何となく感じていた。

 

「……もしかしてですけど、深雪さんは長野佑都って人を知ってますか?」

「……その聞き方ですと、北山さんは御存知なのですか?」

「雫でいいし、話し方も丁寧にしなくていい。佑都は中学2年に転校してきて、私やほのかと2年間同級生だったから」

「そうだったの……私は家族旅行中に出会ったんだけど、彼は命の恩人なの。勿論、文字通りの意味よ」

 

 深雪と雫がどんどん親密となっていくことに、ほのかは少し悔しげだったが……ここで燈也が助け舟を出す形で会話に割って入ることにした。

 

「割って入るのは申し訳ないですが、その彼って魔法師なんですか?」

「間違いないし、かなり強い。確か、A級魔法師ライセンスの試験問題にも出てくる[氷炎地獄(インフェルノ)]だったかな。それを綺麗に64面も展開してたのは見たことがある」

「ろ、64面!? 同一の魔法とはいえ、32個の領域魔法展開はかなり高難度の技術ですね」

 

 雫から言い放たれた事実には、燈也のみならず深雪も驚いていた。深雪は佑都が沖縄で達也と共闘していた事実を知っているからこそ、その実力を理解していた。達也が自身の魔法をフルに使えば、間違いなく互角に渡り合える……と、深雪はそう評価していた。

 それから約2年半少々という時間が経過しているが、雫とほのかは深雪の知らない部分の佑都を知っている。その彼女が言うことには間違いなく嘘や誇張は含まれていないと推察した。

 

「佑都から色んな人と出会ったとは聞いてたけど、まさか深雪もその一人だったのは驚いた」

「それは私もよ、雫」

(な、なんだろう……仲良く話してるはずなのに、二人の背後に龍虎の姿が見える様な気が……気のせい、かなあ?)

(おかしいですね……何かが点火すると修羅場になりそうな気が……)

 

 クラスメイトとして親睦を深めている筈なのに、ほのかの目には深雪と雫の背後に龍と虎の姿が垣間見えているような錯覚を感じていることに首を傾げたのだった。燈也も似たような感覚に囚われており、せめてもの救いはその当該人物―――長野佑都という人物がいないことが救いであった。

 この魔法科高校には「長野佑都」という人物は入学していない。その事実を知る者は……例え同じ中学校に通っていた雫やほのかであっても与り知らぬ事実であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 待ちに待った時が来たのだ。多くの犠牲(主に防衛大生や戦車などの兵器)が無駄死にでなかった(戦闘不能になっただけで、死んではいないが)ことの証の為に。

 俺自身の理想を掲げるために。平穏な学生生活の成就の為に(なお、叶えられるとは言っていない)……別に核バズーカをぶっ放して宇宙に閃光を齎すわけではないが。

 

ソロモン(わがや)よ、私は帰ってきた……長かった……」

 

 約一日ちょっとの拘束を経て、三矢家に帰ってきたのは正午前だった。昼食は帰りの飛行機の中で済ませてきている。このまま休みたい気持ちもあるが、この後の予定もあるので一高の制服に着替える。自室にあった荷物の大半は司波家に送ったので、誰かが入ってきても支障はないようにしてある。

 自室を出て玄関に向かうところで、三矢家の使用人である矢車(やぐるま)仕郎(しろう)と出会った。

 

「これは仕郎さん」

「悠元様、これから学校でございますか?」

「少し軍のほうで手伝いを押し付けられまして……侍郎はもっと強くなれます。それこそ、詩奈を守り切れるぐらいに。自分が保証しますよ」

「悠元様……お気を付けて」

「はい、行ってきます」

 

 他の一高生からすれば遅い時間での通学。流石にこの時間だと目立ってしまうため、意識を意図的に逸らす体術で周りの目を掻い潜り、コミューターに乗り込む。着いたのは正午過ぎで一高の事務室でCADを預けると、そのまま職員室に向かおうとしたところで呼び止められた。

 

「君、新入生かな?」

「はい。実は昨日、家の用事で入学式に出れなかったものですから……」

 

 その人物は教師に似つかわしくないドレスコードで、胸元が大きく開いている。

 誰の眼から見ても“特盛”とも言えるような胸の持ち主ことカウンセラーの小野(おの)(はるか)は悠元の姿を見て声をかけた。

 この人が公安の関係者だということは原作からも自分の『調査』からも認識している。事情を説明すると、遥は思い出したように声を上げた。

 

「ああ、君が新入生の三矢悠元君だね。私はカウンセラーの小野遥と言います。君のIDカード交付やオリエンテーションを行いたいんだけど、カウンセリング室に来てもらっても大丈夫?」

「はい。それぐらいでしたら構いません」

 

 遥に連れられる形でカウンセリング室に入る悠元。とは言っても遥がカウンセリング室で準備していた時に丁度悠元が来た形だったので、タイミングとしては悪くなかった。

 IDカードを受け取り、オリエンテーションを受ける。受講登録については明日の朝にしておけば大丈夫と言われた。そこまで話し終えた上で、遥は悠元に頼み事をする。

 

「それで、悠元君にお願いしたいことがあるんだけど……」

「それは、小野先生の本分であるカウンセリングに関することですか?」

「ええ。とはいっても、定期的に来て学校で困ったことがないかを聞くぐらいなんだけど」

 

 もしこの人が本気で素性を調べようとしたら、捕まえて引き渡す覚悟はある。でも、面倒なのは御免蒙りたい。幸い学校のことで線引きしてくれるなら、こちらも学校のことで線引きすればいい。一応ドレスコードとしては刺激的すぎると指摘すると、本人がそれを指摘されて恥ずかしがる時点で無理をしているのは言うまでもないが。

 

「一応これでも新入生総代ですよ? 特に困るようなことは起こりえないと思うんですが……」

「けど、あの『三矢家』の人なんでしょ? 先輩の先生たちは戦々恐々としてたし」

「……え?(何やったんだ、うちの姉達は!? 父さんと母さんからもそんな話なんて聞かなかったし!)」

 

 学校のことはたまに家族から聞いていたが、それでも割かし良いところしか聞いていない。元継と詩鶴はまだいいとしても、佳奈と美嘉が一体何をしでかしたなんて何も知らない。

 これも折角の機会なので、遥に聞いてみることとした。

 

「実を言いますと、先生がたを怯えさせるレベルの話は一切聞いたことがなかったんです。なので、小野先生の解る範囲で教えていただけると幸いなんですが……」

「私も先輩の先生方から聞いた話が多くなるけど、それでもいい?」

「お願いします」

 

 で、遥からその内容を聞いた悠元は正直絶句した。何がって……ほぼ全部に近い。それだけのことをしたら『触れ得ざる者(アンタッチャブル)』と名付けられても仕方ないと思った。ここで口に出すのもしたくないレベルだ。

 

「……すみません、入学早々にして挫けそうです」

「だ、大丈夫だから! 君なら何とかなると思うし!!」

「どうなんでしょうね。何せ、ここの先輩方は佳奈姉さんや美嘉姉さんを知ってる人が多いでしょうし……まあ、頑張ります」

 

 遥に頭を下げて悠元が外に出た頃には、外が夕焼けに染まっていた。気が付けばそんなに時間が経っていたのかと思いながら、悠元は下校するためにそのまま正面玄関へと向かった。

 

 正面玄関を出ると、正門のあたりで騒ぎになっている(正確には人だかりが出来ている)のが目に入った。[万華鏡(カレイドスコープ)]で確認すると、どうやら一科生と二科生が言い争っているようだ。その光景を見て原作のあるシーンだとすぐに理解できた。

 すると、一科生側の一人で想子の高まりを感知、二科生側の男子がそれを食い止めようと走り出した。そして、二科生側の女子一人も密かに想子を高めていて、それに釣られる形で一科生側の数人から想子の活性化―――魔法の発動兆候が見られた。

 見過ごすのも一つの方法だが、今日から司波家に居候する以上は自分のことも達也と深雪に明かさねば話にならない。その説明が早まると思えばいいと納得させた。

 

「……はぁ。ま、遅かれ早かれってやつかな」

 

 [万華鏡(カレイドスコープ)]を解除して悠元は息を吐くと、意識を集中させる。彼が一歩を踏み出した瞬間、その姿が“消えた”。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 達也は困っていた。それは彼の傍で心配そうにこの状況を見つめている深雪も同様だった。決して深雪が煽ってこの状況を招いたわけではないということは事実であり、達也は深雪を慰めるように告げた。

 

「深雪、決して謝るなよ。お前が悪いわけじゃない」

「はい……」

 

 彼らの視線の先には一科生の面々と二科生の面々が対峙していて、そこから少し離れたところに別の一科生の面々もいた。

 二科生の面々というのはレオ、エリカ、そして美月の三人。レオとエリカの性格は何となく理解できていたが、美月に関しては達也ですら予想外だった。怯えつつも言うときにはきちんと言える芯の強さを持っているのだと感じた。

 

「僕たちは深雪さんに相談することがあるんだ!」

「そうよ! 司波さんには悪いと思うけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

 そう主張する一科生の面々だが、それならば少なくとも二科生よりも一科生のほうが深雪との接点は自ずと多くなる。そのことを棚上げにして『時間を貸せ』というのは筋が通らないだろうとレオとエリカが反論する。

 

「ハンッ! そういうのは自活(自治活動)中にすればいいだけだろ。俺らと違って接点は多いんだし、ちゃんと時間は取ってあるんだろうに」

「同感ね。そもそも、相談というのなら予め深雪本人の同意を得てからするものでしょ。一方的な言いがかりで深雪の意思を無視してる時点でルール破りよ。高校生にもなってそんなことも理解できないのかしら?」

「五月蝿い! 二科生(ウィード)一科生(ブルーム)に指図するな!」

 

 初対面ではいがみ合っていたレオとエリカが同じ意見を持っていることに少しは驚いたが……態々人間としての倫理や道徳を説いているのに、一科生側の主張は『自分たちが優れているのだから、実力が劣っている二科生は黙っていろ』というエリート意識―――悪く言えば“子供じみた主張”でしかなかった。それを聞いた美月が強い口調で言葉を発した。

 

「……同じ新入生じゃないですか。一科生(ブルーム)の貴方たちが、今の時点で一体どれだけ優れているっていうんですか!?」

 

 美月の言葉を聞いた達也は「拙いな……」と漏らしたが、周囲の状況にかき消される形となったため、独り言のような格好となった。

 彼女の言葉に反応したのは、口元に笑みを浮かべた一人の男子生徒―――森崎(もりさき)駿(しゅん)が得意げに声を上げた。

 

「どれだけ優れているかだって? だったら、今この場で教えてやる!」

 

 彼が銃型特化型CADをレオ達に向けると同時に、その言葉に続く形で他の一科生もCADを操作して魔法を発動させようとする。それを反射的に察したレオが森崎に向かって駆け出す。

 

「みんな、やめて!」

 

 更に、この状況を止めようと一科生の女子生徒もCADを操作して起動式を展開しようとしている。最早混戦状態の様相に深雪の視線が達也に向けられる。

 深雪の意図を察した達也は介入しようと考えたが、そこで何かに気付いて構えようとした手を下した。

 

「お兄様!?」

「……どうやら、俺が手を出すまでもないらしい」

「え?」

 

 達也の言葉を証明するかのように、生徒の展開していた起動式が次々と破壊されていく。達也は今起きている現象が高密度に圧縮した想子(サイオン)の塊で起動式のサイオン情報体を吹き飛ばす対抗魔法[術式解体(グラム・デモリッション)]によるものだとすぐに分かった。

 止めようとした一科生の女子生徒も[術式解体(グラム・デモリッション)]で起動式を破壊されたが、その反動を近くにいたもう一人の女子生徒が受け止めたおかげで大事には至らなかった。

 

「え……なっ!?」

「あ、あれっ……!?」

「な、何が起きたんだ……」

 

 そして森崎はというと、手に持っていたはずのCADが消えていた。森崎のデバイスを払い落とそうとしたエリカのCADもだ。これには森崎やエリカ、森崎に向かって行こうとしたレオも驚きを隠せずにいた。彼らの消えたCADを持っていたのは、達也から見て二人の更に奥側―――彼らの間に割って入ったと思しき一人の男子生徒だった。

 

「全く、何考えてんだか……こんな場所でCAD使って攻撃しようとするなんて、どうかしてるぞ」

(ん? この声はどこかで……)

 

 彼らに背中を向けて立っている一人の男子生徒。肩の紋章からして一科生であることは判断できた。彼の左手にはエリカのCAD、右手には森崎が握っていたはずのCADがあった。

 すると、達也は彼の声に聞き覚えがあることに気付いた。少なくとも自分の知り合いだというのは間違いないと判断したが、それ以上の判断材料はこの時点で出てこなかった。

 

「一科生と二科生の違いなんて、入試の成績と一部の待遇以外同等の条件だろうに……大体、こんな場所で躊躇いもなく[クイックドロウ]や攻撃魔法を放とうとするとか正気の沙汰じゃないな。二科生を“補欠”だと見下して、百家のエリート気取りがそんなに楽しいか? なあ、森崎(もりさき)?」

 

 この一瞬で何をしたのか理解できずにいる面々を睨むような形で男子生徒は振り向いた。その姿に達也、深雪、エリカ、この騒ぎを止めようとしたツインテールの女子にそれを受け止めたショートヘアの女子、そして森崎が驚愕していた。

 

「……(成程、昨日のメールはそういう意味だったのか)」

「……佑都、さん?」

 

 その男子生徒―――悠元の姿に達也は昨日のメールの内容をここにきて理解し、深雪は制服を着ている悠元の姿に驚きを隠せなかった。暫し流れる静寂の中、それを破ったのは森崎だった。

 

「お、お前は長野!? 何でお前が一科生に……いや、そもそも百家ですらないお前に邪魔される筋合いなんてない! それを返せ―――」

「ほいっと」

「ぐあっ!?」

 

 森崎がCADを取り返そうと悠元に対して手を出そうとするが、明らかに動きが単純すぎるために悠元は自身の左足で森崎の足元を払った。森崎はその場で前方宙返りするような形となり、背中から地面に落ちる格好となった。

 護衛を家業としている森崎家の人間ならば、この程度の衝撃でも耐えられると踏んでの行動だが、怪我を負わない様に衝撃軽減の術式を瞬時に展開した。森崎には特に怪我はなかったが、上体を起こしつつ悠元を睨んでいた。

 

「同級生へ敵意を向けてる奴に返す義理なんてないわ。それはそれとして、『百家ですらない』ねえ……森崎、それは半分合ってて半分間違ってるな」

「な、何を言ってるんだ……!?」

 

 悠元は個人的に森崎と面識を有するが、彼の前で魔法技能を披露したことなどない。パーティーの要人護衛を森崎がしていた時にお互い面識を持った程度だ。なので、悠元が一科生であることに驚きはしたが、彼は『長野佑都』である認識で邪魔をするな、とでも言いたげに叫ぶような口調を使った。

 

「何を言ってるのかって? だって俺の名前は()()()()()()()()()()からだよ」

「なっ!?」

 

 確かに悠元の家は百家()()()()。だからこそ『半分は正解』だと言い放った。家の都合で中学卒業まで名乗っていた名は、高校入学を境として使うことが殆どなくなる。

 一方、森崎は目の前にいる人間が何を言っているのか理解できなかった。周囲の人間の大半も困惑している状況をよそに悠元は話し続ける。

 

「個人的な知り合いは何人かいるけど、大半は知らないか。そりゃあそうだ……だって、今さっきまで個別のオリエンテーションを受けてたから授業見学なんてしていないし、家の事情で入学式に出ていなかったから無理もないな。そもそもの話……“本当の名”を名乗れるのは高校生からという家の仕来りがあったし」

 

 悠元の言い放った言葉に殆どの人間が疑問を呈していた。『彼は一体何を言っているのか』と。授業見学はおろか入学式にすら出ていない―――それが何を意味するのかも含めて。

 

(……待て。佑都の言っていることが正しいのならば、深雪が代理で答辞を読んだことにも繋がる……まさか、佑都は―――)

 

 そこで達也が真っ先に気付いた。

 

 確かに自分の知る限りにおいて“一人”入学式に出ていない人間がいた。

 彼がいなかったから、深雪が代理で新入生答辞を読んでいた。

 その人物の名前は入学式の案内に載っていたため、ハッキリと覚えている。

 『三矢悠元』―――以前に深雪が発した呼び名でないとするならば、エリカから聞いた話も含めて、全ての点が繋がることになる。

 

 達也が一つの結論に至ったのを察した上で一息吐き、悠元は改めて自分の名前を名乗る。

 

「折角だから自己紹介しておこうか。十師族・三矢家三男にして今年度の第一高校新入生総代、1年A組三矢(みつや)悠元(ゆうと)―――それが俺の名前だ。別に覚えても覚えなくても好きにしろ」

 

 第一高校の『触れ得ざる者』と言われるようになった十師族・三矢家―――現当主の三男であり、その元凶となった人物は第一高校に入学を果たした。

 

「けど、これだけはハッキリと言っておく。自分が優秀だからと言って他人を見下すことしかできない奴は、俺の中で一番大嫌いだ」

 

 なお、その事実は本人曰く『絶対に認めたくない』と付け加えておく。

 

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