魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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相手を出し抜く同族嫌悪の一例

 夕食後のリビング。取り決めた役割分担の通りに洗い物を水波に任せ、深雪はコーヒーを達也と悠元の手元に置き、自分のカップをサイドテーブルに置いて悠元の隣に座った。話題は今日の放課後に出会った理璃も含めた新入生のことについてだ。

 

「十文字先輩からですか?」

「ああ。明確な強さを見せている以上、燈也よりも適任と考えたのだろう。ただ、正式に三矢を名乗ったのは高校入学から九校戦までの4ヶ月少々の俺に十師族の力の在り方を教えられるか微妙だがな」

 

 克人からのメールに関しては、今後達也と深雪にもそれとなく協力してもらう可能性があるので内容を開示することにした。このことは事前に克人本人からも了解を得ている。一応友人の力を借りることがある、とだけ書いておいたが、場合によっては燈也の力を借りることも想定しているので嘘はついていない。

 

「二人も昨年の九校戦に出ているからこそ理解できるだろうが、“最強”の名に恥じない働きが求められる。単純な力押し程度なら、それこそ千代田先輩のような戦法で十分だからな」

 

 だからこそ、昨年の新人戦男子ピラーズ・ブレイクでは決勝リーグ以外で硬化魔法による完全防御を見せた上で相手の防御を貫通させる攻撃魔法を披露した。それも、試合会場を一切傷つけることなく氷柱だけを破壊するという芸当を披露した形だ。新人戦モノリス・コードでも相手の目を欺いたり、相手の魔法を無力化しつつ持久戦に持ち込んだり、更には崩落した廃ビルから無傷で生還した。

 いかに相手のペースを速攻で崩して自分に流れを引き寄せることが出来るか。そして、自分側の被害を限りなく抑えつつ、必要な魔法を即座に選択して展開する。九校戦のようにルールが存在するならば、そのルールの範疇を超えない範囲で工夫する―――それが出来てこそ“最強”の証明となるだろう、というのが悠元なりの持論であった。

 

「悠元は七宝家の長男を警戒しているのか? 確かにお前と深雪に視線を向けていたようだが……確か、彼は俳優業もしている筈だな」

「魔法科高校への入学で一旦休業するようだけどな。師補十八家の次期当主であり、来年には師族会議が控えている。十師族選出への点数稼ぎを目論んでも何ら不思議じゃない……ん、今日は少し苦めだな」

「すみません、悠元さん。お砂糖が足りませんでしたか?」

「いや、偶にはこういうのも悪くないよ」

 

 少しばかり甘みが足りなかったミルク入りのコーヒーも悪くはないと思いつつ、悲しそうな表情を浮かべた深雪の頭を撫でて落ち着かせると、右手でカップを持って一口飲んだ上で話を続ける。

 

「七草家の双子のことは面識があるし、十文字家の理璃ちゃんも問題はないと思う。七宝家の現当主とは面識があるが……今朝登校しているときにも触れたが、七草先輩との関係から唆している奴がいるのは間違いない」

「他でもない悠元のことだ。凡その見当もついているのだろう?」

「……北山邸のパーティーで出会った小和村真紀。彼女こそ七宝琢磨を唆してる可能性が最も高い人物だ」

 

 真紀は昨年の九校戦に関係するメディア工作絡みで知り、彼女は芸能界デビューした琢磨に一早く目を付けていた。その段階で「新秩序(ニュー・オーダー)」の構築を目論んでいたと考えられる。

 彼女の父親はメディア関連企業グループのカルチャー・コミュニケーション・ネットワーク(通称:カル・ネット)の社長を務めているため、家の力を使って上手く取り入っていこうと考えての行動なのだろう。

 

「何せ、雫も彼女の従兄が“利用”されていると呟いたほどだ」

「そうだったのですか……では、ほのかに忠告なされたのは七宝君絡みということでしょうか?」

「聡いな深雪。七宝琢磨は魔法科高校内で自らの同志を集めて『新秩序(ニュー・オーダー)』なるものを作ろうとしている……七草家に敵愾心を抱いておきながら、やってることは七草家と変わりない内ゲバというのは何とも滑稽なことだと思うわ」

 

 この場合、最もふさわしい言葉を挙げるとするなら『同じ穴の(むじな)』なのかもしれない。

 昨年の大亜連合との戦闘や新ソ連からの佐渡侵攻未遂、そして今年に入ってからのUSNA軍絡みの事件が3つ(戦略級魔法無力化未遂、パラサイト事件、セブンス・プレイグ落下事件)。

 それらを経験しておいて師族会議で今後の統一方針を出すのかと思えば、またもや七草家の四葉下ろし。流石にお笑いネタでも天丼の範疇を超えてるような状況に対して、弘一に意見できる立場の烈は動こうともしていない。

 これでは、横浜事変後に態々釘差しをしに行った意味がないに等しい。どうせ手が出せないと高を括られている可能性もある。

 

(もはや四葉家(アンタッチャブル)という名の中毒症状でも抱えてるんじゃないか、これは……とはいえ、長男も長男だからな……)

 

 原作を覚えている限りだと、確か若手会議の際に深雪を矢面に立たせようとしたのが七草家現当主の長男だった。仮にもしそんなことをするつもりなら、本気で一発ぶん殴った上で「誰かに頼むぐらいなら自分でやれ」と言い放つだろう……惚れた弱みなのは否定できないが。

 弘一の長男がこの分だと、同じ母親から生まれた次男もあまり期待できない可能性が高い。そうなると、最悪七草家の中で秀でた能力を有する真由美が次期当主に担ぎ上げられる可能性が一気に浮上するだろう。二木(ふたつぎ)家、四葉家、そして六塚(むつづか)家現当主は女性なので、それらに倣う形での当主就任は十分可能性がある。

  

「悠元さん?」

「ん? ああ、ちょっとした考え事だよ。七草先輩に近しいと思われている達也と深雪が生徒会にいる以上、七宝が生徒会に入ることはないだろうが、一応警戒はしてほしい」

「分かった。そうなると、悠元がいる部活連も対象外になると思うが」

「どうだろうな。その辺りをどう唆しているかにもよるが」

 

 こうなると、七草家に対して今までのレベルすら生温いと言わせるような“脅し”も選択肢に入れた上で行動した方がいいだろう。そのためには自分の持つ人脈を活用し、七草家に決して「ノー」とは言わせない状況を構築する必要がある。場合によっては、破棄された泉美との婚約を条件付きで復活させる選択肢も入れる必要がある。

 尤も、その条件を設定するために元々の条件を確認する必要も出てくるため、数日は司波家に帰れないことも想定した上で行動しなければならない。深雪をはじめとした面々には迷惑を掛けてしまうが、その穴埋めはしっかりするつもりだ。

 

「散々言ってきたが、俺自身七宝琢磨の為人(ひととなり)を詳しくは知らない。ただ、七宝家は七草家への対抗心からか十師族への執着が強い師補十八家のひとつとして知られている」

 

 この辺は各々の数字(ナンバー)―――魔法の研究テーマによるものが大きいだろう。三矢家と同じ“三”の数字を冠する三日月(みかづき)家は三矢家との協力・連携によって師補十八家のひとつとしての責務を果たしており、十師族への執着は極めて薄い。

 悠元の存在でそれが一層加速しており、七宝家のように同じ数字を持つ家同士で諍いを起こすよりも、協力して魔法技術を研鑽することに方向性を固めた形だ。三矢家で確立した「ラウンド・オーダー」や「ライトニング・オーダー」は三日月家の協力があってこそ完成したと言っても過言ではない。

 

「俺らの年頃というのは向上心というか野心が強いからな。達也にもそれぐらいはあるんじゃないか?」

「俺の場合は人並程度のものでしかないがな。悠元は縁がなさそうに見えるが」

「野心とまではいかないが、人並に負けず嫌いな部分があるのは否定できん。って、何で笑うかな、深雪さんや」

「ふふっ、すみません。悠元さんはどこか達観した部分がありますので、そういった部分があるとは意外でしたから」

 

 酷い言い草だな、と心の中で吐き捨てつつ悠元は一息吐いた上で会話を続ける。

 大抵の人間ならば、誰かに認めてもらいたくなるという自己顕示欲がある。とりわけ子どもに至ってはその欲求が人一倍強くなる。七宝家現当主はかなり理知的で七草家に対してもまともな評価をしており、その上で着実に点数を重ねていくタイプなのは間違いない。来年には十師族選出会議があるが、急いて七宝の足場を揺らがせる様子は見られない。

 だが、琢磨はその逆だ。唆されている自覚がないのも問題だが、七草の単語を聞いただけで視野が狭まるのは……ある意味四葉に拘っている弘一と同族に思えてしまうのは俺だけなのだろうか。

 

「七宝は自分が十師族に相応しい力を持っていると思っているようだが……何も分かっちゃいない奴に十師族なんて務まらない」

 

 しがらみの多い“最強”の名を持つ十の師族……元々の実家のことを言うようでいい気はしないが、元十師族の悠元からすれば()()()()()にどれだけの魅力的な価値があるのか、と冷ややかな評価を下していた。

 強さを見せろと言う義務と、強くなり過ぎれば足を引っ張られる有様。表向きの権力を持たないが、政財界や国防軍、各治安維持組織との繋がりにおいて多大な影響力を有する組織……本当に矛盾だらけのシステムという他ない。

 

 悠元が神楽坂家次期当主に選ばれた際、臨時師族会議が開かれて自分の処遇についての議論となった。会議の発起人は九島烈……この時点で、いくら剛三の戦友とはいえ彼に対して友好的に接する気は失せてしまった。

 とはいえ、彼の孫からお詫びのメールが届けられたため、九島家への対応は是々非々の中立の立場を取ると自分の中で決着させた。

 

「いつになく辛辣な評価だな、悠元。だが、お前は叔母上すら認める最強格の魔法師……なればこそ言える台詞なのだろうな」

「達也……いくら四葉の関係者を名乗ってないからって、自分らのことを棚に上げるな」

「そうか? これでも真っ当に評価したつもりだがな」

「そうですね。私でも悠元さんに勝てませんから」

 

 一体どの部分での勝負となるのか……というのは、これ以上聞いたら辛うじて残っている人間らしさが消えそうなので押し黙ることにした悠元だった。

 それはともかくとして、琢磨からすればここにいる三人は学業的にも実績的にも申し分ない。七草家ほどの情報収集能力は持ち合わせていないだろうが、恐らく琢磨はそのことで敵愾心を抱いているのだろう。

 ただ、達也が得意とする魔法工学の分野は、七宝家が得意とするCADを用いない群体制御魔法『ミリオン・エッジ』からして軽視される方向にある。別にそのことに関して目くじらを立てるつもりはないが、変なところから横槍を入れられる可能性もある。もしくは達也を二科生(ウィード)として見下すかもしれない。

 なので雫には申し訳ないが、ほのかと出来るだけ一緒に行動してもらうようにお願いをする。元々小・中学校が同じ幼馴染なので、別に一緒に行動しても問題はない。達也はその気になれば単独で圧倒できるし、深雪に関しては……琢磨が下手なことを口走って次の日に琢磨の氷像が出来たとしても責任は持てない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 西暦2096年4月8日。国立魔法大学付属第一高校入学式当日の朝。

 不埒な視線(主に七宝)は無論のこと、流石に昨年のような待ち伏せ(三矢の本屋敷を出た途端に真田からスーパーソニックランチャーを突き付けられたときは生きた心地がしなかった)がないことに安堵していた。完全にやっていることが銃刀法違反なのは誰しもが思うことだろうが、朝早くに実家や近所に迷惑を掛けないために渋々同行せざるを得なかった。

 早起きして司波家の地下室で念入りに気配を探っていた際に、妙な気配を感じたと言って達也が飛び込んできた。そのことには謝罪しつつも、事情を説明すると達也も納得してくれた。ただ、事情を聞き終えた時の達也から「普通に迎えを寄越さない辺りは大尉らしい」と呟いていた。

 常識って一体何だろうと問わずにはいられなかった。

 

「しかし、水波ちゃんもいいのか?」

「構わない。寧ろ昨年は俺が時間を持て余したからな」

 

 第一高校に到着したのは入学式開会の2時間前。こんな時間に登校したのは、言うまでもなく入学式の準備の為だ。生徒会役員である達也と深雪は言うまでもないが、生徒会の手伝いとして有志も駆り出されることになる。悠元はその有志という形で参加しており、水波に関しては本来部外者だが、達也が昨年の経験から強引に連れてきた。

 講堂の準備室には既に五十里とほのかがいて、お互いに挨拶を交わす。

 

「おはようございます、達也さん。悠元さんに深雪もおはようっ」

「おはよう、司波君に悠元君。時間通りだね」

 

 深雪とほのかが挨拶を交わしている横で、達也と悠元も五十里に挨拶をする。

 

「おはようございます。早いですね、五十里先輩」

「僕の性分でね。早めに出ないと落ち着かないんだよ」

「おはようございます。まあ、早く来るに越したことはありませんからね」

 

 この辺は婚約者である花音の絡みも含めた発言なのだろう。その彼女がここにいないということは、今頃講堂で座席のチェックをしていると思われる。軽く会話を交わしたところで、五十里が深雪の後ろにいる水波へ目を向けた。

 

「ところであの子は? 新入生だよね?」

「ええ。水波」

「はい、悠元兄様」

 

 原作だと達也の役目なのだが、その役目を自身が担うことに内心で苦笑しつつも水波を呼ぶと、水波は少し嬉しそうな表情を垣間見せつつ三人のもとに寄った。すると、五十里が自身の記憶を思い起こす様にしながら悠元に尋ねた。

 

「もしかして、以前言っていた妹さんかい?」

「いえ、彼女は元治兄さんの奥さんの親族でして、簡潔に述べるなら義理の従妹です。水波、彼が五十里先輩だ」

「はじめまして、五十里先輩。桜井水波と言います。悠元兄様や達也兄さま、深雪姉さまがいつもお世話になっております」

 

 悠元、達也と深雪の敬称の呼び方が若干異なっていることをしっかり伝える様な口調で、五十里も三矢家絡みの関係者という認識を抱いたようだ。

 

「よろしく、桜井さん。それにしても、彼女は司波君たちとも知り合いなのかい?」

「水波の叔母にあたる方が二人と家族同然のご近所付き合いをしていて、その縁で水波とも知り合っていたらしいです。自分もそのことを知ったのは最近の事ですが」

 

 ガーディアンを“家族同然の近所付き合い”と表現するのは如何な事と思うが、司波家の家事や身支度などをフォローしていたことは事実であり、親密な関係を持っていたことは間違いない。その意味で家族同然という言葉に嘘は含まれていない。物は言いよう、とはよく言ったものだと思う。

 五十里も悠元の言葉に納得したようで、それ以上の追及が来ることはなかった。

 

 ただ、達也から「お前の頭脳は一体何で出来ているんだ」とでも言いたげな視線が飛んできたが、瞬間記憶能力を持つお前が言うな、と返したくなったところであずさ、花音、セリア、そして新入生総代の理璃が入ってきた。その中でもセリアは水波に興味津々の表情をしつつ、彼女に対して積極的に話しかけていた。

 




 琢磨の秩序を勝ち取るのと、弘一の四葉下ろし(相対的な七草家の評価上げ)が原作小説(プラス漫画)を読み込んでいけばいくほど同じに見えてしまいました。というか、師族会議の秩序の主導権って実質的な権力とも言える様な……

 主人公も十師族であるメリットは理解していますが、それに付随するデメリットが無視できないという側面からくる発言です。
 下手に力を削いだら周囲の大国に飲み込まれるというのは九島烈も分かっている筈です(だからこそ原作では「ボディーガードのままにしておくのは惜しい」と発言したわけですし)。一時期真夜と深夜の教師を務めていた人間だからこそ、その危険性は身内以外で一番よく理解している筈だと思います。いや、思いたい。
 その結果として選んだのは四葉の弱体化……一体何のための“最強”だと思わざるを得ないです。この世界だと三矢も含まれますが、元継と主人公が家を出たためにそこまで強く言われていません。

 後半部分で主人公に銃器を突き付けるのは法を破るような行為ですが、下手に逃げたところで家族に迷惑を掛けてしまうのは拙いと判断して大人しく同行したということです。
 曲がり角で人にぶつかるからまだしも、出会い頭に銃器は誰だってビビる。私だってビビる。

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