魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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人がいいのと人が悪いのと

 あずさ達が準備室に到着した時、あずさは自分の持っている端末の時計機能が狂ったのかと思ったが、そこは深雪のフォローもあって特に混乱が起きることはなかった。

 

「おはようございます、神楽坂先輩。今日は入学式のお手伝いでしょうか?」

「おはよう、理璃ちゃん。その認識で間違ってはないよ」

 

 いくら後輩とはいえ一応十師族の直系に対してちゃん付けはどうかとも思うが、理璃本人が「いい」と言っている以上は特に修正する必要もないな、と判断して心の片隅に追いやった。ただ、リハーサルや打ち合わせ中は水波が表面上冷静を装っているが、実際には部外者ということで内心ソワソワするような雰囲気が見られた。だが、これもガーディアンとしての訓練を含めて達也が連れてきたので、それに対して口を出す気はない。

 

「そしたら中条先輩、開会30分前までに所定の位置へ向かいますので」

「はい。宜しくお願いしますね、神楽坂君」

 

 あずさにそう一言告げて、悠元は準備室を出て講堂の外に出た。開会まであと1時間程度であり、周囲には新入生らしき姿もちらほら見かけている。ただ、制服の花弁のエンブレムによる有無―――つまるところ、一科生と二科生に分かれて各々の集団が自ずと出来ていることには内心で溜息を吐きたかった。

 そんなところに態々首を突っ込む義理はない、と判断して敷地を歩いていると、風紀委員の腕章を付けている雫と幹比古に遭遇した。

 

「あ、悠元。おはよう」

「雫、それと幹比古もおはよう。二人は巡回か」

「おはよう、悠元。それもあるけど、メインは新入生の誘導だね。悠元は……何の役割でいるんだい? 確か、部活連は特に役割がなかったはずだけど」

「来賓の誘導役を深雪とやることになっている。その顔触れも色々面倒だが」

 

 事前に入学式の来賓についての情報を貰っているが、国策機関ということで国会議員が参加するのは予測の範囲内。ローゼン・マギクラフト日本支社・支社長に就任したエルンスト・ローゼンも既定路線。

 現職の内閣総理大臣も参加するのは一応予測していたし、その他の政財界の著名人もまだ理解できなくはない訳だが……問題は魔法界と国防軍からの参加者一覧にあった。

 周りの目もあるので、悠元は小声で話す。

 

「上泉家から当主代理で爺さんこと上泉剛三、七宝家からは現当主が出席……そして、国防陸軍総司令官こと蘇我大将も出席する」

「ええっ……!?」

「お父さんから少し聞いてたけど、改めて聞くと凄い顔ぶれだね。悠元のお母さんが出てこないのは意外だけれど」

「神楽坂は四葉と別のベクトルで畏怖の対象みたいなものだし、その詳細はこの国の一握りしか知りえないからな」

 

 十文字家は理由を知っているのでともかくとして、七草家は現当主が出席しないのは気に掛かったが……いや、その原因を悠元は把握していた。

 正確に言えば、来賓のリストを貰った際に七草弘一の名がなかったので何か事情を知らないか、とチャットアプリでそれとなく香澄に尋ねたのだ(泉美に尋ねても良かったのだが、冷静に聞ける相手となれば香澄のほうがまだいいと判断した)。

 すると、香澄から返ってきた返答はある意味納得がいくものであった。

 

『あー……実はね、お父様が入学式に出席する予定だと言ったら泉美が癇癪を起しちゃって、「お父様は絶対に入学式に来ないでください。来たら二度と口を利きません」と夕食の時に強い口調で言い放っちゃったもんだから』

 

 とはいえ、新入生総代の関係で十文字家の代表が来る以上は七草家の関係者を出さないと恥をかくことになりかねない。なので、夕食に同席していた真由美が弘一の代理として出席することで何とか決着した形だ。

 十師族においてトップクラスの発言力を持つ七草家の当主でも実の娘から「口を利かない」だなんて宣告されることには耐えられなかったのだろう。そうやって聞く分には彼も人の親なのだと思ってしまうのだった。

 

 閑話休題。

 

「ま、何にせよ直接会うことはないと思うが、頭の片隅にでも入れておくといい」

「うん。それじゃ、またね」

「悠元も無理はしないでくれよ」

 

 雫と幹比古が離れていくのを確認してから悠元は歩き出した。前庭にも新入生らしき人物が数名ほどいるのは確認したが、見知った顔はいないようだ。

 すると、悠元から見て前方からピシッとスーツを着こなしている人物―――昨年度の卒業生であり、前部活連会頭を務めていた十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)が歩いてきた。向こうも割と早い段階で悠元の存在を視認していたようで、それを察しつつ悠元も克人に向けて歩みを進めた。

 お互いの距離が約1メートルとなったあたりでお互いに足を止め、悠元が先んじてお辞儀をしつつ挨拶をした。触れてはいなかったが、春休みに臨時師族会議(内容は九亜たちの保護に関しての事情説明)で顔を合わせた時以来となる。

 

「お久しぶりです、十文字先輩。春休みにお会いして以来ですね」

「久しぶりだな、神楽坂。部活連への移籍もそうだが、理璃のことに関してお前に放り投げる形となってしまったことは本当に済まない」

「その思惑も自ずと理解しておりましたし、先輩として後輩の面倒を見るぐらいならそこまでのことではないです。なので先輩が気に病む必要は一切ありません」

「そうか……ただ、直接会って自分の口でお前に伝えるべきだと思った。それは理解してほしい」

 

 話を聞くに、十文字家当主は忙しいために出ることが出来ず、克人が代理として出席することになったと説明した。この辺りの律儀さは克人らしいと思いつつ、その謝罪の言葉を甘んじて受け取ることにした。その上で悠元は克人に問いかけた。

 

「それにしても、十文字先輩は何故こちらにいらっしゃるのですか?」

「お前への謝罪も理由の一つだが、七草に頼まれての付き添いもあってな」

 

 真由美に頼まれての付き添い、という言葉に悠元は首を傾げた。真由美が七草家当主代理で出席するのは知っているが、その付き添いとして十文字家当主代理の克人が出張ってくる理由が見当たらない。

 もしかしたら婚約の関係かとも思ったが、現状において真由美の婚約者候補である五輪家長男との正式な婚約解消はまだ起きていない。

 訳が分からないという表情を浮かべている悠元に対し、克人が説明を入れた。

 

「七草は妹たちの手綱をコントロールするので精一杯らしくてな。なので、万が一の時は七草の来賓としての代理を兼任するよう頼まれてしまったという訳だ」

「なんてちぐはぐな……それだったら、当主夫人か先輩の上の兄でも出てくれば……いえ、察しがついたのでそれ以上は何も聞きません」

 

 普通、七草家の代理をするならば七草家の人間か現当主と所縁のある人間を代理にすべきであり、その意味で真由美が抜擢された。

 だが、真由美は香澄と泉美が好奇心から暴走して迷惑を掛けないか不安な部分があり、誰かに来賓の代理を頼もうとしたところで身内があてにならないと判断して、七草家と関係があって来賓にいても違和感がない人物として克人に頼み込んだのだろう。

 

 現当主の秘書(ボディーガード)は論外だし、弘一の後妻である現当主夫人は多忙で家におらず、前妻の子である兄たちが出るには七草としての実績と威厳が足りない……七草家の将来がほんの少し心配に思えてならなかった。

 真由美が心配するのは、妹たちがやってきたことに対するものなのは言うまでもないし、その原因の一端に自分がいることも事実で、悩みの種は尽きないようだ。

 

「十文字先輩は一時期代表代行をやっていましたから、その経験を買われての代理出席ということですか……納得はしました」

「そういえば、神楽坂は部活連副会頭と服部から聞いたが、今日は有志としての手伝いか?」

「ええ、自分の役割は来賓の誘導と彼らの話し相手です。そろそろ開場まで時間も迫っていますし、控室までご案内いたします」

「ああ、宜しく頼む」

 

 妙なところで原作から変化した流れが出来ていることに複雑な気持ちを抱きつつ、今日の仕事である来賓の誘導という形で克人を控室に案内するのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 妙な変化、という部分ではこちらにも当てはまるといえた。尤も、原作主人公の達也からすればその変化を感じることなど出来ないので、どこがどう変化したなどと聞かれても答えようがない質問である。

 達也はまだ講堂に入っていない新入生の誘導ということで敷地内を巡回していた。昨年の入学式では真由美がその役割を担っていたと聞き、どことなく親近感を覚えていたからなのか……レディスーツ姿の真由美と遭遇した。

 

「久しぶりね達也君。とは言っても、約3週間ぐらいだけれど」

「いえ、おはようございます七草先輩」

 

 直接顔を合わせるのは九亜の件以来だが、それほど長い時間話していたわけではない。そもそも、真由美自身の事情もあって長い会話となると昨年の九校戦で真由美のサブエンジニアを務めた時ぐらいかもしれない。真由美と仲が良い男子となると、達也の脳裏には一人の親友の姿が思い浮かんだ。無論服部ではないことなど誰にでもわかる話だが。

 

「あーちゃんから生徒会に入ったって聞いたわ。悠君が部活連副会頭なのは十文字君の差し金なんでしょうけど」

「概ね間違ってはいないと聞いています」

 

 それにしても、と達也は思う。既に大学生なのだから魔法科高校の制服でないことは当たり前の話だが、着こなしている衣服や装飾品、薄化粧が彼女に調和の取れた美しさを纏わせていた。ファッションやメイクは人を変身させる“魔法”という言葉があるが、身内である妹のファッションを目の当たりにしてきた達也でも、真由美が大人びたような変化には驚きのような感情を覚えた。きっと、それ以上に真由美自身が一階梯大人になったことが大きいのかもしれない。

 そんな風に考えていた達也に対し、真由美が言葉を投げかけた。

 

「達也君、変わったわね」

「そうでしょうか。ああ、制服は確かに変わりましたが……」

 

 虚を突かれた形の達也は、真由美の「変わった」という言葉が二科生の制服から魔法工学科の制服に変わったということなのかと思った。だが、真由美はクスッと笑みを零した。

 

「それもあるでしょうけれど、昨年の入学式で初めて出会った達也君と今の達也君は全然違う顔をしてるもの。ハッキリ言うと、去年よりずっと自由な顔をしてる。きっと、悠君がいい刺激になったんじゃない?」

 

 真由美の指摘に対し、達也は反論しなかったのではなく()()()()()()

 それは彼が自分では気付いていなかった事実。自覚していなかった真実。

 九校戦の新人戦モノリス・コード代理出場の折、克人に「二科生の立場に甘えるな」と言い放たれたこともそうだが、自身の中で割り切っていたつもりでも、実際のところは人並に劣等感に縛られていた自分がいたこと。

 その壁を乗り越えるどころか『分解』してしまったのは、自分を親友と呼んでくれた埒外の天才という事実。せめて彼には負けたくないと改めて思うようになってから、劣等感の事など頭の中からすっかり消え去っていた。

 

「降参です。自分のことは良く分からないものですね」

 

 達也は潔く白旗を揚げた。それは口先だけでなく先人の教えも含んだ上での敗北宣言だった。それを聞いて得意げに胸を反らしている真由美の姿が目に入った途端、達也の人が悪い性格からか反攻の意思が芽生えた。

 

「見違えたといえば、先輩も大分変わりましたね」

「えっ、そうかしら?」

「ええ。すっかり大学生としての風格が備わっていて、とても驚きました」

「そ、そうかな? まだ入学式 (国立魔法大学の入学式は4月6日)を済ませたばかりなんだけれど」

 

 達也の性格を詳しく知っている人間からすれば、真由美に対して手玉に取るような言い方をしていることに気付くだろう。だが、それを知っている側なのに褒められていることで気分が舞い上がっている今の真由美には、そこまでの注意を向けるだけのリソースは残っていなかった。そして、人が悪い達也の“口撃(こうげき)”は続く。

 

「まるで別人のように大人びていて、思わずかける言葉が浮かばなかったほどです」

「そっかそっか……って、ん? ……達也君、それってどういう意味?」

 

 とはいえ、あまり引き延ばして要らぬやっかみを買いたくないと達也は判断し、わざとらしく発言したところで真由美は気付いてしまった。

 

「それ、と仰いますと?」

「別人のように大人びたって……それって、私が子どもっぽいってこと?」

「気のせいです」

 

 もしここに悠元がいたら、真由美を褒めるだけ褒めまくって、彼が作った菓子類でいつぞやの時に見せた『表蓮華』のように急転直下のレベルで落とすのが目に見えるようだった。

 尤も、自分の妹からジゴロと言われてしまう彼だけの芸当なので到底真似など出来ないだろう。

 

「俺は先輩のことを童顔だとか幼児体型などと思ったことは一度もありませんので」

「童顔……幼児体型……」

 

 達也の言葉を聞いて、勝手にショックを受ける形となった真由美は落ち込んだ。すると、その場面に居合わせる形で達也からすれば見慣れない顔―――いや、新入生のデータベースで見たことのあるショートカットの小柄な少女が真由美の姿を見つけて近寄ってきた。

 

「あ、お姉ちゃん! こんなところに……って、どういう状況?」

香澄(かすみ)ちゃん、聞いて! 達也君たら、私のことを童顔だとか幼児体型とか……」

「え、ええっ……って、司波達也先輩ですか?」

「ああ、自分はそうだが……君が先輩の妹の」

「はい、七草香澄と言います。宜しくお願いします、司波先輩」

 

 活発そうな容姿に対して、最低限の礼儀が出来ているのは達也の中で評価が高かった。ただ、真由美が泣きつくような感じで香澄にしがみついているのを何とかする方が先と考えて助け舟を出すことにした。

 

「名字呼びだと先輩や君の妹と混同するから、名前で呼ばせてもらっていいか? 香澄、実は―――」

 

 達也はこうなった事情を簡潔に香澄(とぐずっている真由美)へ説明した。すると、香澄は呆れたような表情を真由美に向けていた。達也からすれば、その表情がどことなく悠元を思い起こさせるような雰囲気を感じたのだった。

 この状況だとどちらが姉なのかと聞かれても不思議ではない……と思ってしまったことに苦笑のような感情を滲ませたのだった。

 

「お姉ちゃんさあ、勝手に罪を捏造するのは良くないと思うよ。司波先輩、うちの姉がご迷惑をお掛けいたしました」

「いや、こちらも気にしていない。先輩のこういった言動や行動は目の当たりにしていたからな」

「やっぱり……悠元(にい)の言う通りだったよ」

 

 この様子だと、真由美の暴走に対して反面教師という形で香澄の性格が形成された可能性が一番高いと思わざるを得ないだろう。香澄が小声で述べた後半の言葉は誰にも聞こえることはなかった。すると、香澄は本来の用件を思い出したように真由美へ尋ねた。

 

「って、そうだ。お姉ちゃん、泉美(いずみ)の姿を見かけなかった?」

「え? 一緒に学内を回ってくるって別れたはずじゃなかった?」

「それがね、半分ぐらい回ったあたりで『これは、お兄様の気配がします!』とか言って目にも止まらぬ速度でどっか行っちゃって……少なくとも学校の敷地内にいるとは思うんだけれど」

「……」

 

 香澄と真由美のやり取りを聞いて、達也は自身の妹(みゆき)がブラコンを必要以上に拗らせたらそうなっていたのでは……と何故か思ってしまったが、今はその必要などないと判断して頭の中からその思考を振り払って真由美に問いかけた。

 

「先輩、その彼女は連絡用の端末を持っていないのですか?」

「あ、そのことを忘れてた」

「え、あ、そうね。待ってて、今連絡を―――」

 

 達也の問いかけを聞いてその発想に至らなかったことを香澄は恥ずかしがり、真由美は懐から通信端末を取り出して泉美と呼んだ少女に掛けようとしたところ、ここで達也の通信端末の着信音が鳴る。その設定で誰からの連絡なのかを察した達也が通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは自分の親友の声であった。

 

『達也、取込み中だったか?』

「悠元か。実は七草家の新入生が一人敷地内のどこかに迷い込んだらしいのだが」

『あー、なら話が早いわ。泉美ちゃんなら……俺に抱き着いて離れないんだ。香澄ちゃんが近くにいたら来賓の控室がある校舎に連れてきてほしい』

「……分かった」

 

 親友こと悠元との通話を終えた達也は真由美と香澄からの視線に気付いた。

 達也と悠元の会話は真由美と香澄の耳にも入っていたようで、香澄に至っては疲れたような表情をしていた。ともあれ、真由美は来賓の控室を知っているので、達也に「香澄ちゃんは私が案内するから」とお辞儀をしてから香澄を引き連れる形でその場を後にした。

 

 香澄もそうだが、泉美のことも生徒データベースの閲覧で顔を覚えており、七草家の人間は見た目が御淑やかな容姿ほど苛烈な性格になるのか―――と達也がそう思ってしまうのも無理からぬことであった。

 




 原作なら達也に飛び膝蹴りもどきをかます香澄ですが、モノリス・コードで達也のことを見ているのと主人公絡みで達也のことを知っているため、悪い人ではないと判断しています(それ以外の真由美に近付く人間のことも調査済み)。
 主人公限定で騒ぎを起こす立場と苦労する立場が逆転してしまうの図。
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