魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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一番優先されるは感情論

 時間は達也が真由美と再会する前に遡る。

 悠元は七草家当主代理である真由美の代わりとして出席した克人を来賓の控室に案内した後、控室の外にいた。開場までまだ時間はあるが、来賓の誘導を考えるとこのまま控室の外で待機するのがいいと判断して壁に凭れ掛かっていた。

 すると気配を感じたので視線を向けると、同じく来賓の誘導を担当する深雪が近寄ってきた。

 

「深雪、早かったな。リハーサルはもう終わったのか?」

「はい。特に問題はありませんでしたから」

「そっか。しかし、分かっちゃいたとはいえあの方が出席するとはね」

 

 悠元がそう述べた対象は新入生総代である理璃の親族―――蘇我大将のことだ。最近、メディアは魔法科高校と軍の癒着についての記事をこぞって掲載している。その裏にいるスポンサーのことも把握してはいるが……今回の入学式に関して魔法科高校に問い合わせが殺到していたことも無論把握している。

 深雪も悠元を補佐する立場として魔法に関わる記事はなるべく目を通しているが、憤りを隠せずに魔法が漏れ出てしまったことは結構多かった。

 

「それはひとまず置いておくが、深雪は良かったのか?」

 

 この問いかけは深雪に対してのものであり、政治家や軍人と面識を持つのは大丈夫なのかという心配からくるものだった。現状聞き及んでいる四葉家の事情からしても、深雪が態々誼を結ぶ必要はない。最悪こちらからのツテを使うことも問題はないと思っていたほどだ。

 悠元の問いかけを聞き終えた上で深雪が静かな口調で答えた。

 

「ご心配なく。私もいつまで逃げてはならない……そう思いましたから」

「別に逃げではないと思うのだが……ん?」

「悠元さん、どうかされたの―――」

 

 十師族は各々が政治家や国防軍をはじめとした治安維持組織、民間企業などとの伝手を持っている。とりわけ四葉家の人間である深雪が無理をする必要は全くない訳だが……と思っていたところで好意の視線を感じ取った悠元が目線をその方向へ向ける。

 深雪も悠元の動きに反応して同じ方向に視線を向けると、そこにはストレートの黒髪を眉の高さと肩の高さで切り揃えていて、キラキラとした視線を二人―――というか、主に悠元へと向けている女子生徒の姿があった。

 悠元が声を発しようとしたところで、その生徒こと七草(さえぐさ)泉美(いずみ)は悠元に抱き着いたのだった。

 

「悠元お兄様! お久しぶりです!!」

「うわっと……って、泉美ちゃん!?」

「あー、お兄様の匂い……」

 

 悠元の言葉がまるで聞こえていないかのように、泉美は抱き着いている感触を懐かしむように力を込めている。悠元の隣にいる深雪にはまるで目もくれていない様な状態に、深雪は満面の笑顔を浮かべていた。

 

「おモテになりますね、悠元さん」

「深雪さんや、笑顔が怖いです。仕方ない……」

 

 克人から真由美がいることは聞いているので、最初は真由美に連絡を取ろうかと考えた。だが、前生徒会長ということもあって立て込んでいると思い、まずは新入生の誘導をしている達也に連絡を取ることとした。何かしらを引き寄せる達也ならば何か知っている……という憶測は見事に的中した。

 近くに真由美と香澄がいるようで、生徒会役員の経験がある真由美が控室の場所を知っている関係から香澄と一緒に来るらしい。

 

「今のはお兄様に連絡を入れたのですか?」

「正解。新入生の誘導をやってるから、泉美ちゃんともう一人―――七草香澄を見かけていないかと尋ねたんだが、どうやら七草先輩絡みで遭遇していたらしい」

 

 さて、深雪に事情を説明したはいいが、抱き着いたまま少女趣味(ロマン)を暴走させている泉美を説得することにした。最悪廊下だけでなく学校全体が氷漬けになりかねないためだ。悠元は一息吐いた上で泉美の頭に手を置いた。

 

「えっ……」

「いい加減落ち着いてくれ。再会の喜びは理解するが、淑女として先輩後輩の区別は付けてほしいからな」

「あ、も、申し訳ありませんお兄様。ところで、そちらの綺麗な方は……」

 

 泉美も自分の振る舞いは七草の人間としてらしからぬことだと自覚してくれたようで、悠元から離れて両手を前方で重ねるようにしつつ深くお辞儀をして謝罪した。泉美はここで深雪の存在に気付いたが、悠元が紹介する前に深雪が自ら紹介した。

 

「はじめまして、泉美さん。生徒会副会長、司波深雪と言います」

「はじめまして、七草泉美と言います。その、深雪先輩と呼んでよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 原作だと深雪の魅力に絆される形で「お姉さま」騒動を引き起こすのだが、ここではそうならなかった。寧ろ、お互いに笑顔を浮かべて牽制し合っている……まるで、彼女らの背後に龍虎の姿が垣間見える様な状態と言っても過言ではない。

 深雪は泉美が悠元と婚約を結んでいたことを知っており、公表されていないが深雪自身は悠元の婚約者序列第一位にいる。泉美はその事情など無論知らないが、乙女の勘からか深雪を「好敵手(ライバル)」だとどこか認識しているような節が見られた。

 

「実は九校戦でお姉さまの応援もしていたのですが、ピラーズ・ブレイクとミラージ・バットの振る舞いはまるで絵画のような美しさでした」

「ありがとう、泉美さん」

 

 多少なりとも深雪の魅力には触れているようだが、髪飾りに施した魅力を抑える術式のお陰もあって、そこまでのことにはならずに済んだ。だが、悠元としては一つ確認せねばならないことがあった。

 

「二人で話してるところ悪いが……泉美ちゃん、ここにくるまでに自己加速術式使っただろ?」

「え……えと、その……」

 

 これでも気配の察知には自信がある。深雪と話していて注意力が広範囲に向いていなかったことも影響しているだろうが、それでも直前まで察知させなかったとなればかなり高速移動している筈だ。「天神の眼(オシリス・サイト)」で確認したところ、泉美の残留想子の跡が校舎外からここまで続いていることに気付いた。

 その上で尋ねたところ、泉美は自分のやったことに気付いて顔を俯かせていた。

 

「学内では非常事態を含めた緊急時以外の魔法使用を禁じている。今回は入学式の関係で誰もいなかったが、下手すれば誰かと衝突して怪我をさせかねなかった……それはきちんと認識すること。いいか?」

「はい。申し訳ありません、悠元お兄様」

 

 いくら十師族といえども……いや、十師族は上に立つ立場だからこそ、魔法師の模範とならねばならない。その人間が率先して法を破る行為など御法度でしかないのだ。後で達也にお願いしてピクシーのシステム権限で魔法使用履歴を消去して貰うことも考えていたところで、泉美が来た方向から香澄と真由美が歩いてきた。

 

「泉美、こんなところにいた!」

「香澄ちゃん!? それに、お姉さまも」

「大体予測はしていたけれど……悠君、それに深雪さんもお久しぶり。今回はごめんなさいね」

「いえ、お気遣いなく」

 

 色々話はしたいが、入学式の開場・開会が迫っているために真由美は悠元と深雪にお辞儀をした上で香澄と泉美を連れて行った。その姿が見えなくなったところで悠元は溜息を吐いた。

 

「はぁ……大丈夫かな、これからの学校生活」

「大丈夫ですよ、悠元さん」

 

 別に何かに縋りたいという気持ちは今のところないが、自分が築いてきた縁が変なところで大きな変化を起こしているということに心なしかため息が漏れたのだった。

 なお、その頃の達也は隅守(すみす)賢人(けんと)が迷っているところに遭遇して手助けをしていたようで、隅守もといケントから達也に向けて尊敬の眼差し(主に九校戦でのエンジニアとしての活躍からくるもの)が注がれ、達也は少し持て余す様な感じになったのは言うまでもない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 七草香澄は活発な性格―――というのは、自己評価というよりも他者からの評価に基づくものだが、少なくとも隣に座る泉美よりは積極的に動くことが多い。そのことで真由美から説教を受けることもあったりするわけだが、とある人物が絡んでしまうと立場がガラリと変わってしまう。

 

「まったく、心配かけさせないでよ。ボクだって好き好んでフォローしているわけじゃないんだよ?」

「それを香澄ちゃんが言いますか? といいますか、他人の前でその一人称は」

「はいはい、分かってるから」

 

 二人は講堂の入り口で真由美と別れ、最前列に近い席に座っている。入試の成績でも上位に食い込んでいる彼女らならば別段最前列に座っても咎める人間などいないのだが、講堂に入って暫く進んだところで香澄が自分らに向けられた視線に気付いた。

 ジロジロ見るのはマナーに反するため、その視線をそれとなく探った先にいたのは一人の男子。その人物は以前ゴシップ誌やファッション雑誌の写真で見たことのある人物―――七宝琢磨だとすぐに気付いた。

 同じ「七」の数字を冠する家であり、師族二十八家の人間。とはいえ、こんな場所で騒ぎを起こせば十師族の名折れと判断して、その視線を感じなかったことにしつつ最前列にほど近くて琢磨の視線を切れる席を選んだ。

 

「ところでさ、泉美。見られてたことに気付いた?」

「ええ。あれは確か、七宝家の長男でしたか……どこかしら敵愾心のようなものを感じましたが、何かあったのですか?」

「ううん、気付いてたんならいいよ」

 

 真由美とは違い、香澄と泉美は社交界にそこまで詳しくない。この辺は弘一の教育方針に基づくもので、高校に入学してから社交界との関わりを持つようにしていたため、七宝家の現当主とは面識がない。

 ただ、琢磨が俳優として銀幕デビューを果たしていたことから存在はきちんと認識していた。芸能人としても一定の成功を収めている人間が何故自分らに敵愾心を向けるのか……可能性があるとするならば、同じ「七」の数字を冠するが故のしがらみなのだろう、と推測した。

 

「そういえば、ボク……私は司波達也先輩と会ったんだけど……お姉ちゃんには苦労してそうな雰囲気だったね」

「一番苦労しているのは“お兄様”かと思いますけど……あの姉は……」

「はいはい、落ち着こうね」

 

 少なくとも香澄と泉美、真由美の仲は決して悪くない。真由美が五輪家の長男と婚約を結んではいるが、その進捗は思わしくないと知っている。その反動からか、真由美が悠元に対して積極的にスキンシップを取っているのも知っている(泉美が名倉に調べさせたらしい)。

 一番先に目を付けたのは自分なのに、とでも言いたげな泉美からすれば、真由美の行動は横槍を入れているようにも見えてしまう。周囲に大勢の人間がいる以上、ここは抑えるように窘めていることに内心で愚痴の一つでも零したくなった香澄であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 入学式は滞りなく予定通りに終了した。理璃の答辞も問題なく終わった。去年のように人を釘付けにすることはなく、一昨年のように在校生ばかりか新入生までハラハラするような事態にもならなかった。悠元は美嘉から一昨年の事情を聞いているため、あずさが花音の言葉を聞いて落ち込んだ時の理由をそれとなく察していた。

 その後は恒例の生徒会勧誘であった。昨年の場合は本来答辞を読むはずだった悠元が欠席することとなり、代理として読み上げた深雪を真由美が勧誘しようとした。すると、深雪から無意識的に放たれる魅力に負けてしまったのか、周囲の人間は空気を読まずに彼女に対して話しかけたのだ。その時は真由美の機転で事なきを得た……というのは雫とほのかから聞いた話だ。

 

 新入生総代=主席入学者に声を掛けるのは入学式が終わった後で行うことが不文律となっている。入学式が終わるまで魔法科高校の生徒ではない(式を以て入学を許可する)という形式主義的なものも混じっているが、今までそれで何かしらの不都合が出たということはない。

 ここ数年で言うと、生徒会勧誘を断ったのは美嘉ぐらいだ。その時の理由だが、「ただ生徒会に入っただけでは何も変えられないので」と述べていたらしいが、本当のところは当時の生徒会役員だった中に自身の姉が二人いたためだ。そこに加われば三矢が牛耳っているなどと宣う人間がいないとも限らなかったため、美嘉は一応丁重に断りを入れていた。

 

「私にどこまで務まるかは分かりませんが、宜しくお願いします」

「あ、ありがとう十文字さん。ふう、良かったぁ……」

 

 琢磨ならばいざ知らず、理璃としては断るような理由などなかった。理璃の言葉を聞いて思わず安堵したような表情と言葉が出たことに、これには五十里だけでなく理璃も苦笑いを浮かべていた。

 

「えっと……五十里先輩、兄が中条先輩に粗相でもやらかしたのでしょうか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、十文字先輩はあの身なりと顔つきだから……分かってくれるかな?」

 

 五十里の説明であずさが何故克人に怯えているのかというのは理解できた。ただ、その煽りを受ける側の理璃としてはたまったものではない。これから約半年は同じ生徒会役員として活動する以上、理璃としてはあずさとも友好的な関係を築きたいと思っていた。

 

「ええ。それと中条先輩、あまり兄を怖がらないでください。確かに身なりは高校生離れしていますが、内面はかなり繊細です。怯える態度を見るだけでも傷ついてしまいますから」

「あ、は、はい!!」

 

 尤も、今後仮に会うとしても克人が出向く時ぐらいになるだろうとは思いつつ、ペコペコしているあずさを理璃と五十里が宥める形になったのだった。

 


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