魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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未熟な人間としての勘

 あずさと五十里の3年生コンビが理璃の勧誘にあっさりと成功したころ、残りの生徒会役員である達也、深雪、ほのか、セリアの2年生カルテットに加えて悠元も各々の仕事に当たっていた。

 ほのかとセリアは入学式の片付けで、来賓の出欠チェックや祝辞の整理、業者との写真データの受け渡しと多岐に渡るため、ほのか一人でカバーしきれていない部分をセリアが上手くフォローしている。

 達也は式の手伝いに駆り出された2年生の指揮監督。二科生だった昨年度とは異なり、魔工科生となった達也に対して文句を言う生徒は誰一人として存在しなかった。今は同級生から腕章やヘッドセットなどを受け取っている。

 そして、深雪と悠元の場合はというと。

 

「しかし、神楽坂君のスピーチはぜひ聞いてみたかったものだよ」

「総理、それは好意的に解釈してもよろしいのでしょうか?」

 

 こんな大人たちに囲まれて愛想笑いを浮かべていた。悠元と言葉を交わしているのは現職の国家元首こと内閣総理大臣であり、傍には秘書とSPも控えている。彼らも“神楽坂”の名を理解している側であり、神楽坂の名を名乗っている悠元はその次期当主。なので、総理だけでなく悠元にも遠慮しているような状況であった。

 

「それは勿論だよ。このようなご時世でなければ、ゆっくりと茶を飲みつつ会話を楽しみたいものだが」

「そうですね。このご時世というのは私も納得がいかないことばかりですが」

 

 明言こそ避けたが、総理の発言の真意は人間主義者に対するものであった。とはいえ、人間主義者は野党だけでなく与党側の人間にも一定のシンパがおり、メディアによる反魔法主義キャンペーンが後を絶たず、総理自身も苦慮しているのだと理解はした。悠元はこっそり遮音フィールドを展開すると、総理に小声で報告めいた言葉を発した。

 

「総理、ここ最近のメディア工作は大陸の関係者によるものです。加えて野党議員も数人ほど多額の献金を受けております」

「大陸……大亜連合ということか?」

「我が物顔で治外法権を振るっている横浜の中華街の連中です。加えて、その大本は『無頭龍』や『ブランシュ』とも無関係ではない者―――USNAでは『七賢人』と噂されている人物らの一人です」

 

 悠元の説明に総理は渋い表情を浮かべた。政府としては非公式に大亜連合から亡命した人間を匿う意味で中華街の治外法権を黙認している。その中華街にいる何者かがこの国の反魔法主義を煽っているという事実を聞き、何かしらの手を打とうにも今の世論では難しい。下手なことをすれば内閣総辞職になりかねない。

 

「神楽坂殿から今の話を聞いた以上、政府としても看過は出来ない。だが、世論をどうにかしない限り動こうにも動けないのだ」

 

 次の選挙が近い(数ヶ月先にはなるが)こともあってか、踏ん切りがつかないという総理の気持ちは理解できなくもない。とりわけ国会議員は国民の投票―――“世論”に大きく影響してくる。近頃の反魔法主義という与党にとって逆風になりかねない要素もあり、悠元の話を全面的に受け取れないのだ。

 悠元も今すぐに対処しろなどとは言うつもりなどない。だが、スピーディーに解決できなければ反魔法主義の勢力が世論を埋め尽くしかねない。今日に関しては、総理に対処する意思が見えれば十分及第点になると判断した。

 

「……総理にその意思がおありというのは助かりました。後日改めてお話いたしましょう」

「うむ。では、失礼させてもらうよ」

 

 総理を皮切りに、秘書とSPも悠元にお辞儀をして去っていく。自分が十師族の直系であれば総理大臣と話すのは憚られてしまうだけに良かったと思っている。彼らを見届けた後で悠元は深雪に愛想よく話を続けている人物に近寄って声を掛けた。

 

「お久しぶりです、上野(こうずけ)先生」

「おお、これは三矢殿。いえ、神楽坂殿でしたな。お久しぶりです」

「いえいえ、市井の認識だとその印象なのは致し方ないことです。お忙しい中、態々ご出席頂いたことに感謝を禁じえません」

 

 悠元は滅多に存在感を露わにしない。それこそ、相手に対して自分の意見を通す時ぐらいしかないほどだ。だが、今の悠元はその存在感を敢えて示している。自分の恋人もとい婚約者に対して、精神的であっても欲を孕んだ目線など悠元相手に誤魔化せるものではない。

 自分から騒ぎを持ち込もうとは思わない悠元がそうしたということは、深雪に対しての色目を許容しないというものだった。目の前にいる国会議員が一時期国立魔法大学の学外監事(がくがいかんじ)を務めたこともあり、魔法師に好意的(あくまでも政治的な利になると踏んでのものだが)な政治家だということも認識している上で。

 

 一方、上野は早くも逃げ腰であった。

 ただでさえ悠元は十師族の一角を担う三矢家の血族。それに加えて彼の母方の祖父は()()上泉剛三であり、神楽坂家の次期当主だという情報は上野も知っている。それ以上に、上野自身よりも権力を持つ与党の総裁―――内閣総理大臣が彼に対して畏まった態度を見た時、神楽坂家の噂は決して与太話の類ではないと察したのだ。

 

「それは別として、先程は少しばかり驚かせて申し訳ございません。そちらにいらっしゃる司波深雪さんは()()()()ですので、つい存在感で威圧してしまいました」

「成程、そうでしたか。もう少し踏み込んでいれば地獄に落ちるところでしたな。おっと、もうこんなお時間ですか。では、失礼いたします」

 

 上野は先程威圧のようなものを感じた。それが悠元から発せられたものだということに冷や汗が止まらなかった。加えて、彼の言い放った言葉で先程話していた深雪が頬を赤く染めているのを見て、この二人が本当に恋人関係であるのだと理解するのにそう時間は掛からなかった。上野は悠元と深雪に頭を下げるとこの場を去っていった。

 悠元は一息吐いたところで深雪に向き直った。

 

「やれやれ、自分もまだまだ子どもだな。深雪、悪かった」

「あ、いえ、大丈夫です悠元さん。それにしても恋人だなんて」

「実際のところ、間違ったことは言ってないだろ」

 

 昨年度の春から一緒に行動していることが多いため、恋人関係にあるという噂が現実となったところで何ら問題はないし、そもそも恋人というより婚約者の間柄である。ここで公言したとしても何ら問題はないと判断した形だ。

 ただ、唯一の誤算があるとするのならば……その会話に聞き耳を立てていた小悪魔先輩(さえぐさまゆみ)がショックを受けたような表情を浮かべつつ、悠元に詰め寄ったことだろう。

 

「ちょっと、悠君。今の発言はどういうことなの? お姉ちゃんは何も聞いてないわよ!?」

「何がって……曲がりなりにも事実でしかありませんよ。そもそも、俺が誰と付き合おうと先輩には関係ありませんよね?」

「そ、それは、そうだけど……いや、分からなくもないけれど……」

 

 真由美が困惑している理由は、悠元と深雪の家格が釣り合うかどうかなのだろう。

 自分の婚約者選定を上泉家(剛三)と神楽坂家(千姫)が担っていると知っているのは当主クラスの話。十師族の時ならばいざ知らず、上泉家と神楽坂家は家の格に出来るだけ拘らない方向で婚姻を決めている。可能であれば恋愛結婚も吝かではない、という感じは千姫から聞き及んでいる。

 

 司波家としての深雪ならば、九校戦での輝かしい実績がある以上は相応の実力を有すると評価されるが、魔法師としての家の格は下位に位置してしまう。将輝が煮え切らずに告白できなかったのは一条家の御曹司と無名に等しい司波家の娘では周囲からの反発が凄まじいことになるためだ。

 

 その点、自分の場合は三矢の姓であっても魔法科高校における姉らの功罪によってその辺を口煩く言われないし、基本的に家督を継がない三男ならば実力重視で選んでも問題は殆ど生じないだろう。更に、一科生同士であると同時に、昨年度は同じ生徒会役員だったので一緒に行動しても突っかかる人間は存在しなかった。

 現時点で四葉家、渡辺家、上泉家、そして神楽坂家と誼を結ぶことに成功している元からすれば、これ以上の結果を望むのは贅沢が過ぎる……という呟きを聞いたことで確証に近い推測へと至った。

 

「ともあれ()()殿()()()()殿()、本日はご出席いただき、誠にありがとうございます。お帰りはあちらからになりますので、気を付けてお帰りください」

「えっ―――って、十文字君!?」

「七草、お前の妹たちがお前を探していた。これ以上長居すれば、職員の方々の邪魔になってしまうぞ」

「……分かったわ。言っとくけど、私は納得したわけじゃないんだからね!」

 

 何故だか真由美がツンデレキャラのような立ち位置になりつつあることは置いといて、いつの間にか真由美の背後にいた克人の言葉で渋々引き下がっていった。まるでゲリラ豪雨だな、と思ったところで右腕に柔らかい感触を感じるので見てみると、深雪が悠元の腕にしがみつくような形で寄り添っていた。

 

「深雪さんや……」

「当ててますから」

 

 そんな短いやり取りで大体のことを察せるようになった辺り、この1年は本当に濃密な時間を過ごしてきたのだな、と思ってしまったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 入学式を終えた悠元は、先に帰ることになった達也たちと別れて部活連執行部の本部に来ていた。とはいえ、部屋の中にいたのは会頭である服部と執行部メンバーである桐原だけであった。

 

「お疲れ様です、服部会頭に桐原先輩」

「おう、神楽坂か。服部、丁度良かったじゃねえか」

「……そうだな」

 

 以前の部活連は各クラブから必要に応じて人数を割り当てる方式だったが、服部が会頭となってからは男女20名の4交代ローテーションによる本部常駐を含めた常任制となり、生徒会や風紀委員会を超える最大規模の組織となった。

 ただ、昨年度に取り決められた幹部クラスのCAD携行許可の関係で、執行部の幹部クラスは会頭である服部に任命権が存在するため、副会頭に加えてその補佐を担う人間となると、最低四名から最大八名ほどがその対象となる。更には、生徒会におけるCAD携行許可との公平性を期すため、今年度から生徒会長選挙と同様に部活連会頭選挙も実施される形となる。

 悠元の挨拶に手を軽く上げつつ答えると、タイミングがいいとばかりに服部へ話しかける。服部も納得しつつ悠元に視線を向けた。

 

「実はな、今年度から生徒会と同じく幹部候補生を育て上げる方針で行くこととした」

「理由はリーダーシップを取れる人間の育成ですか?」

「有体に言えばそうなる。それで、新入生次席である七宝を勧誘したところ、彼も快く引き受けてくれた。聞けば、部活を頑張って力を付けたいとのことらしい」

 

 その言葉を聞いたところで悠元は考え込んだ。

 達也と深雪が真由美と深い関係にあると唆されているのに、もっと話題に上りそうな自分がその対象に見られていないのか、と怪しんだ。真由美が積極的にスキンシップを取ってきた場所は基本的に生徒会室かあまり周囲の目がないところぐらいで、一度一緒に下校したことがあるぐらいだ。後は、強いて言うなら登校中に一度声を掛けながら走ってきたことぐらいだろう。

 それと、服部も昨年度の前半まで生徒会副会長をしていて、真由美に惚れていた人物の一人。彼がいることぐらいは琢磨も流石に許容したのでは……と、そこまで考えたところで服部が問いかけてきた。

 

「今考えている交代メンバーだが……七宝の教育係には誰を入れるべきだと思う?」

「2年の十三束(とみつか)でいいと思います。新入部員勧誘週間のことも考えれば、彼が一番適任かと」

「神楽坂は立候補しないのか?」

「そりが合いませんので」

 

 現時点でローテーションはほぼ決まっており、悠元の当番時はレオ(山岳部)やエリカ(剣道部)、新たに執行部メンバーとなった英美(狩猟部)や燈也(山岳部)と一緒になる。悠元が珍しく拒否の姿勢を見せたのは、身内組のローテーションから外れることで心労を重ねたくないことに加え、使う魔法の関係とはいえ魔法工学を軽視するような輩とは相容れないという気持ちからくるものだ。

 それに、万が一琢磨が『ミリオン・エッジ』を使用しても止めることのできる人間という意味で十三束は適任である。彼の特性―――『接触型術式解体(グラム・デモリッション)』は『ミリオン・エッジ』にとって“天敵”とも言える相性が最悪の代物だからだ。

 

「そりが合わん……か。一応同じ師族の人間なのにか?」

「七宝家が得意とする魔法『ミリオン・エッジ』は例外的にCADを使いません。なので、魔法工学を軽視する傾向にあります……これ以上言うと誹謗中傷にもつながるようなことを言いかねませんので、先程の言葉で察してくれると助かります」

「あ、ああ……では、お前の助言を取り入れて十三束に頼んでおく」

 

 我儘と言えばそうかもしれないだろう。ただ、七草の存在で瞬間湯沸かし機のようにカッとなって敵愾心を向ける様な人間の近くにいて責任問題となるのは御免被るというだけの話。それが回りまわって矢面に立たされた時は覚悟を決めるしかないだろう。

 それに、七宝だけにリソースを割くのは得策ではない。反魔法主義に対するカウンターを成功させるためにも、今は七宝絡みの問題を後回しにするつもりだ。悪く言えば見て見ぬふりをしているも同然なのは自覚している。

 悠元が部屋を出ていくのを見送ると、桐原は真剣な面持ちをしつつ服部を見やった。

 

「失敗だったな、服部。ま、神楽坂がそれとなく嫌がった理由は何となく理由もつくってもんだ」

「どういうことだ?」

「……服部。七宝がお前に言った理由を全部口にしなかっただろう」

 

 実を言うと、服部は悠元を琢磨の教育係にしようと考えていた。だが、悠元の側からそれを固辞した形となった。悠元本人の承諾なしで彼の部活連入りを決めたため、こればかりは無理強いも出来なかった。

 桐原は服部と琢磨の面談―――服部が琢磨を勧誘した際、見届けという形で部屋に居た。その際、琢磨はこう言っていたのだ。

 

「部活を頑張って力を付けたい。()()()()()()()()()()()()()()()になりたい―――確かに向上心があるのはいいことだと思うぜ。リーダーシップを取ろうと前向きになっているのもな」

「それのどこが問題があるというんだ?」

「別に難しい話じゃねえが……一つ言えるとするなら、アイツは近いうちに絶対揉め事を起こすぞ」

 

 桐原は確信めいたような言葉を口にした。桐原の家はそれこそ百家ですらないが、魔法師を目指す人間として十師族や師補十八家のことは少なからず知っている。そして、七宝家が師補十八家の一つであることも承知している。

 その七宝家の人間が十師族とは別の秩序を作る―――そんな風にも聞き取れてしまったのだ。服部に包み隠さず言ったところで「何を言っているんだ」と返してくるのは目に見えていたため、桐原もその部分をぼかす様に呟いた。

 

「桐原……正気で言っているのか?」

「真面目な話の時に大袈裟な嘘なんざ言えねえよ。何と言うか……一年前の俺を見ているような危うさを感じちまったのさ。神楽坂も多分七宝を見てそう感じたのかもしれねえ」

 

 そして琢磨を見た際、まるで一年前に紗耶香とトラブルを起こした自分自身を見ているような既視感を覚えたからこそ、桐原はそう呟いた。

 

「十三束も十分強いだろうが、場合によっては神楽坂を頼らないとダメだろう……ま、未熟な剣術家としてのしょうもない勘みたいなものだ。起きさえしなければそれでいいだろ?」

「そうか……そうだな……」

 

 もし、服部が琢磨を勧誘していた時に悠元が立ち会っていたらどうなっていたか……明日は部活連全体の顔合わせがある以上、変な揉め事は起きてほしくないと願う服部であった。

 




 入学式後の展開は少しだけ変えました。あと、部活連絡みのところは原作だと触れられていないため、齟齬が出ない様にしています(服部による琢磨の勧誘に桐原が立ち会った感じです)

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