校門から「第一高校前」駅までの通学路の途中、一つ角を曲がったところに行きつけの喫茶店「アイネブリーゼ」はある。部活連での話を終えた悠元は、達也、深雪、水波、ほのか、雫、幹比古に加えてセリアと一緒に、この店でコーヒー片手の雑談に興じていた。
話題は無論入学式というか新入生絡みとなるのは無理からぬことだった。
「それで、十文字さんが生徒会役員に入ったの?」
「うん。見るからにしっかりしてそうだし、やる気もあるように見られたから」
雫の問いかけに対してほのかがそう答えたが、時折周りが見えなくなってドジをしてしまうほのかがそれを言ったら自爆ではないか、と雫は心の中で呟いたが、ここで言うのもどうかと思って追及を止めた。
そのやり取りを聞きつつ、悠元が思い出す様に呟いた。
「入ったといえば、七宝が部活連執行部に入った。服部会頭の話だと、将来の幹部候補として鍛え上げるつもりらしい。その辺は生徒会の勧誘方針に倣ったものらしいが」
「……服部会頭って七草先輩に惚れてた人でしょ? 大丈夫なの?」
「七宝とて入学早々先輩に対して諍いを起こそうとは思わないはずだが……一応気を付けてはおく」
セリアの問いかけにそう答えたが、七草の人間が絡んだ際に先輩だろうが噛みつきかねない可能性は捨てきれない。そのやり取りを聞いて幹比古が不思議そうにしつつ悠元に尋ねた。
「えっと……悠元、彼はそこまで危ういと思っているのかい?」
「七草家の人間が絡まなければ割とまともな分類だろうとは思う。だが、同学年にその七草の人間がいる以上、諍いを起こす可能性はゼロじゃない」
幸いにして香澄と親交があるため、彼女には琢磨に対して挑発しないよう言い含めておいた。これで琢磨が更に憤ってくるようならば、最悪七宝家に対して直接抗議を入れなければならなくなる。
もしかしたらだが、自分と七草家に関わるいくつかのトラブルを琢磨が一番喜んだ挙句、更に増長した可能性もある。十三束の出番を奪いかねないが、場合によっては自分の不始末を片付ける意味でも矢面に立つ必要が出てくるだろう。
「あー、そういえば達也たちと合流する前にカウンセリング室へ立ち寄ったが、その際に小野先生から相談事を持ち込まれたわ」
「小野先生が……何の相談だ?」
「風紀委員の職員室推薦枠について」
大体月に1回程度の定期的なカウンセリングは続いているが、横浜事変以降はカウンセラー(実際は公安の秘密捜査官)の遥に加えて保険医の
達也の問いかけに対して簡潔に述べた後、悠元は言葉を続けた。
「昨年はその絡みで問題もあったわけだし、教職員からの推薦に対して実効性が疑われているのも事実。なので、一応香澄ちゃんはどうかと提案はしておいた。だが、強制はしないでほしいと言い含めている」
問題というのは論文コンペで産業スパイの行動をしていた昨年の3年生―――関本勲のことだ。彼が職員室推薦枠の風紀委員だったこともあって、教職員の選定基準に疑いを持たれる形となったわけだ。
それはともかく、香澄がこのまま風紀委員に入れば泉美の扱いをどうするかが重要になる。悠元がいる部活連に入れれば確実に琢磨と衝突しかねない。そうなると……悠元は達也と深雪、セリアに視線を向けた。
「達也、深雪、それにセリア。香澄ちゃんが風紀委員に入ったら泉美ちゃんを生徒会に引き込んでほしい。彼女の性格を考えると部活連には向かないからな」
「分かった」
「分かりました。中条会長にも話を通しておきます」
「了解。まあ、火種を身内に抱え込みたくないって気持ちは理解するよ」
琢磨を部活連執行部に引き込んだ時点で火種を抱え込んだようなものだが、これ以上の被害を避ける意味でも泉美は生徒会役員に入れた方がいいだろう。この辺はこちらからあずさと五十里にほのか、そして泉美にメールを送って説得するつもりなので、そこに関しては揉めることなく決まるだろう。
「でも、やる気はあるのかな?」
「少なくとも、深雪に対して尊敬のような眼差しを向けていたから、脈はあるんじゃないのかなとは思う」
悠元がトイレで手を洗っていると、幹比古が入ってきた。特に示し合わせていたわけではないので偶然なのだが、軽く受け答えをして行こうとしたところで幹比古に呼び止められた。
「悠元」
「どうした? ここでないと話しにくいことか?」
「まあ、そうだね」
とはいえ、トイレの中で長時間話し込むと衛生的にも宜しくないため、手短になるように促すと幹比古が話し始めた。
「悠元、今日の式にローゼン日本支社長が来てたのは知ってるよね?」
「知ってる。というか、熱烈に勧誘までされたよ……断ったけど」
来賓の誘導は彼らとの話し相手も含まれてしまうため、総理大臣だけでなく各界の要人は大体剛三経由で知り合っている。ローゼン・マギクラフトの前社長であるバスティアン・ローゼンも剛三経由で知り合った一人だが、今回来日したエルンスト・ローゼンとは一切面識がない。
その人間が来日した理由は大きく分けるとすれば四つ。
真っ当な理由だとするなら日本市場のシェア拡大。そうでない理由とするなら、「トーラス・シルバー」の引き抜き、バスティアンに関わる遺産相続の交渉、そして……現状では明るみになっていないが、レオに関わることの三つ。
「断ったって……けれど、悠元からしたらそうなっちゃうか」
「スカウトを受けたら間違いなくドイツに飛ばされるのは明白だからな。そうでなくとも、ローゼン絡みは他人事じゃないし」
しかも、悠元はあろうことか、本来他人の家のことなのにローゼン家の遺産相続の権利書をバスティアンから渡されてしまった。
どうしてそうなったのかと言えば、バスティアンが自身の持つ莫大な遺産でローゼン家を破滅させないためと、以前バスティアンは剛三の助けでローゼン・マギクラフトの危機を乗り越えた功績の対価ということらしい。しかも、剛三が固辞したためにスライドしてしまったということだ。
一番の問題は、その分与率が遺産全体から見て約3分の1にまで達するということも含めて厄介な問題なのだ。
話を戻すが、エルンストがそのことについて触れてくることはなかったが、九校戦における悠元のエンジニアとしての腕を見込んでローゼン・マギクラフトで働かないかとスカウトしてきたのだ。尤も、悠元は既にFLTで働いている魔工技師であるため、丁重にお断りしておいた。
「それで、幹比古としては達也にも伝えてほしいのか?」
「そうだね。エリカのこともあるし」
「……幹比古に言っておくが、ローゼンが出てくるとならばエリカだけじゃなくレオも絡んでくる可能性がある。その対処は全部こちらでやるつもりだから」
レオの祖父こと調整体魔法師ブルグ・フォルケの
悠元は世界旅行の途中で昔話を聞かされることが多かった。ゲオルグの亡命の話を聞いたのは丁度アメリカを徒歩(とは言っても、魔法訓練の一環なので時速200キロ以上で走っている形だが)での横断をしていた時だ。
剛三が武者修行の一環でドイツを訪れていた際、ルーカスからゲオルグの亡命を手伝ってほしいと頼まれた。とはいえ、そのまま二人に同行すれば足取りを掴まれる可能性があったため、一計を案じた。
剛三は何とシベリア鉄道でウラジオストクまで移動した後、そこから(剛三本人曰く)徒歩でオホーツク海、カムチャツカ半島、ベーリング海、アラスカ地方と経由してサンフランシスコまで移動した後、上泉家の伝手で偽名での航空券と日本国籍まで丁重に用意した上、反政府テロリストをおびき寄せての交戦を利用して追っ手を完全に攪乱してゲオルグを日本に亡命させた。更に、ルーカスが日本人女性と駆け落ちして日本に逃亡する際にも剛三が力を貸している。当然ローゼン家では非難轟々だったが、剛三を相手にしてローゼン家を潰すような真似は避けるべきだと考え、ルーカスの話題はこれ以降出てくることがなかった。
やっていることが既に人間の領域を超えているが、これを平気で実行してしまうのが上泉剛三という存在である。彼に喧嘩を売った顧傑は自殺願望でも持っているのか、と疑問を呈したのは言うまでもない。
閑話休題。
「エリカだけじゃなくてレオも……分かった。悠元に任せるよ」
「ま、祖父方の連中の尻拭いみたいなものだが、こればかりは仕方ないと諦めてるからな」
この件に関して達也や深雪を巻き込むつもりはない。元はと言えば身内が関与している上に自分もその一端に関わってしまっている。とはいえ、エルンストの狙いに『トーラス・シルバー』がある以上は達也に話を通すぐらいなら問題はないだろう。
強引に誘拐という手段を取った場合は、大使館を通さず
◇ ◇ ◇
達也には、エルンストの狙いの一つに『トーラス・シルバー』をローゼン・マギクラフトに引き込む狙いがあるということを伝え、達也経由でCAD開発第三課に知らされる形となった。
早速ローゼン・マギクラフトは関連企業を使ってFLTに探りを入れているのがすぐに分かったが、『トーラス・シルバー』の根幹となる情報は全てFLT外―――神楽坂家の本屋敷で管理されている。かなりの資金が動いているのも確認できたが、その気になれば兆単位の金を動かせる神楽坂家に喧嘩を売りたいのか、と疑問を投じたい気分だ。
(飛行デバイスで危機感を持ったというのも理解できなくはない。マクシミリアンもその線で探りを入れてきていたからな……その代償は既に頂いたも同然だが)
彼らは知らないが、悠元は『八咫鏡』でマクシミリアン・デバイスとローゼン・マギクラフトの機密情報全てを引っこ抜いていた。別に公表や盗用する気はなく、あくまでも参考資料程度のもの。『ワルキューレ』や『オーディン』で何世代も先を進んだデバイス設計をしている側の人間からすれば、それらの情報は復習みたいなものになってしまう。
閑話休題。
香澄は職員室推薦枠で風紀委員となり、泉美は生徒会会計として就任する形となった。深雪は水波も生徒会に入れたがっていたが、それは流石に水波が可哀想だろうということで達也が止めた。その代わり、水波は自ら山岳部を選択していた。
部活連での琢磨との顔合わせ自体は特にトラブルが起きることもなく無事に終わった。我が強い琢磨の様子を見て、顔合わせが終わった後にエリカが「あれはトラブルを起こしかねないわね」とポツリと零していたのを聞いたのは、本人を除けば悠元とレオだけであった。
新入部員勧誘週間。昨年は生徒会役員として部活同士のトラブル(プラス『エガリテ』の妨害もあった)に対応していたが、今年度は部活連の執行委員として対処に当たっていた。とはいえ、生徒会や風紀委員会よりも多い部活連の執行委員全員が見回るわけではなく、五人一組のローテーションで回す形となる。
悠元は軽運動部の部長だが、新入部員自体募集する予定などなかった。元々軽運動部を設立したのは深雪の武術鍛錬の一環であり、教える技巧の中には秘密も多いために見知らぬ人間を入れるつもりなどない。
今年度の初めにセリアと佐那が入ったことで実質的にはそこそこの規模となった。
話を勧誘週間に戻すが、何もしないよりはマシと考えて勧誘週間2日目(悠元の部活連巡回担当は4日目に割り当てられている)に軽めの演目を組むこととした。初日にしなかったのは演目で扱う道具の準備(元々第2小体育館の割り当て自体は一応入っていたが、何もしない場合は拳法部と剣道部で半分ずつ割り当てるつもりだった)もあってのことだ。エリカはやや不満げだったが、おいそれと秘剣に分類される剣技(主に天刃霊装)を披露できるはずもないことを伝えると渋々納得した。
悠元とエリカによる魔法を駆使した太刀(刃引きされたものを使用している)での試し斬り。折角だからと体重移動による落下速度をそのまま移動速度に転換するベクトル変換魔法『
エリカも千刃流の『
その後は、悠元とエリカで5分程度魔法を用いた軽い手合わせを行っただけでなく、剣道部に所属している3年の
紗耶香から感謝の言葉を言われた後、以前紗耶香に話した内容を聞いたエリカが思い出したように呟いた。悠元が長野佑都と名乗っていて出場した剣道大会を偶々エリカも見に行っており(道場にいると父親や姉からの小言が面倒だったので、修次に同行する形で足を運んでいた)、長野という名字と中学生離れした剣筋ですぐに分かったらしい。
「中学1年の時点で新陰流師範代の悠元が剣道の試合に出たら、そりゃ全中の個人戦で優勝するわよね……二度と出たくないって気持ちは少なくとも理解できちゃうわ」
「あの後、エリカに散々手合わせをせがまれたっけか」
「よっ、二人ともおつかれだな」
軽運動部の演目を終えると、レオが悠元とエリカにスポーツドリンクとタオルを手渡した。レオも今日は山岳部の手伝いがないらしく(山岳部自体積極的に勧誘はしていないが、美嘉が入り浸っていたこともあってか噂を聞きつけて入部する人が少なくない)、軽運動部の手伝いをしていた。
軽運動部の後は剣道部が演目を始めており、再来週全国大会クラスの強豪校との練習試合があるからか、演目とはいえその剣筋はかなり気合の入ったものとなっていた。
「お、珍しく気が利くじゃない」
「ありがたくいただくよ、レオ」
「おうよ。ていうか、珍しくは余計だっつうの」
スポーツドリンクで喉を潤しつつ、剣道部の演武に見入っている新入生の様子を観察していると、エリカが声を掛けてきた。
「ところでさ、悠元。軽運動部の設立の経緯はあたしも知ってるけど、態々演目を入れる必要もないわよね?」
「それは間違ってないが、一応部活動割当金の予算執行とかの関係がある以上、これぐらいはやらないといけなかったんだ」
自分が部活連副会頭である以上、その所属している部活が一体何をしているのかという疑問を見せることで解決させるためのものだ。それと、備品購入以外に使う予定のない割当金のこともあって、活動はしていますというアピール目的で今回の演目を組んだと二人に説明した。
「それはいいけど、新入部員の受け入れは基本しないのよね?」
「出来るはずがない。まあ、既に入部扱いになっている人間の推薦なら了承するつもりだ……水波ちゃんが入部届を持ってきてはいたが」
「マジかよ。ま、部長の決めることだし、俺らが異論を言える立場でもねえか」
軽運動部の詳細にも新入部員の受付は原則的にしないと明記している。軽運動部の名簿に入っている深雪、ほのか、雫、幹比古、レオ、エリカ、美月、姫梨のいずれかの推薦があれば受理するつもりだ。
なお、達也は八雲の試しで勝てていないために軽運動部へ入部はしていない。深雪の推薦があれば無条件で受け入れるつもりだが、この辺は達也なりの我儘であると深雪から聞き及んでいた。達也の言い分では、八雲にきちんと勝ててからでないと悠元に勝てないから、ということらしい。
ここで悠元はふと遠くから喧騒のような声が聞こえてきたことに気付き、瞼を閉じて『聴覚強化』でその元を探る。その上で傍に置いていた通信機を手に取り、部活連本部室へと連絡をする。
「(……会話の内容を聞く限り、場所はロボ研のガレージ前。諍いはロボ研とバイク部のようだな)―――神楽坂です。ロボ研のガレージ前でロボ研とバイク部によるトラブルが起きたので、早急に対処をお願いします」
連絡の相手が服部だったので、必要な事項を伝えた上で通信を切るとそのまま床に置いて一息吐いた。それを見たレオが悠元に問いかけた。
「トラブルなんだろ? 悠元が行かなくていいのか?」
「部活連本部に服部会頭と桐原先輩がいるし、それに生徒会から達也と理璃ちゃんも詰めているんだ。ここで俺が出張って船頭を多くするような真似は状況を混乱させるだけだ」
「あー、達也君だけでも事足りるのに、その面子なら確かに出張る必要なんてないわね」
ただ、結果として風紀委員である香澄と部活連執行委員である琢磨が一触即発寸前の状態になってしまった。その場は十三束が何とか止めたことで事なきを得た、と達也や理璃から聞いたときは深い溜息しか出なかったのであった。
200本目(これを投稿した後に設定部分を分割したので201本目)ですが、設定とか閑話があるので200話目ではないです。ダブルセブン編だけでどれぐらいになるかは正直分かりません(あちこち書きたいところもあったりするので)。
国外絡みは大体剛三が絡んできます。というか、ある意味某最強の弟子の長老みたいな存在です(性格的にそのイメージで書いています)。魔法関連となると法的拘束力が一気に緩んでいるというか、平気な顔をして武装を密輸入させているってどうなのかという気もしますが(SS編を読んだ感想)。